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大先生ならではの指導が始まった
「いっそ物流部を廃止すればいい」
大先生がコンサルティングを請け負っている大
手消費財メーカーの大会議室。 物流部長と部員た
ちが、いまや遅しと大先生一行の到着を待ってい
る。 今回の案件にスタート時から携わってきた物
流部企画課の課長にくわえて、今日は業務課のメ
ンバーも課長以下、全員が顔を揃えている。 クラ
イアント側の参加者は総勢十一人。 晩秋の冷え込
みの厳しい屋外とは対照的に、会議室の中は全員
の熱気で暑いくらいだ。
「ちょっと暖房が効き過ぎじゃないか」
部長の一言に、大先生が苦手にしている若手社
員が、腰の軽さを発揮して暖房の調節器に飛びつ
いた。
「わー、二六度になってます。 一八度くらいにしま
すか」
相変わらず、底知れない屈託のなさだ。 なかば
呆れ顔の課長が、言い捨てるように指示した。
「二四度」
ちょうどそのとき、会議室の扉が開き、大先生
と二人の弟子が女子社員に案内されて入ってきた。
慌てた若手課員が、大先生の前を突っ切って席に
戻る。 それを見た大先生は、あからさまに嫌な顔
をしてその場に立ち止まった。 一瞬、会議室に気
まずい空気が流れる。 だが、?美人弟子〞が何事
もなかったように大先生を席へと促した。
大先生と美人弟子、そしてもう一人同行した
?体力弟子〞の三人の着席を待って、部長が挨拶
をした。 だが大先生は会釈を返すだけで何も言わ
ない。
それでも部長は、大先生に慣れたのか、あるい
は開眼したせいか、動ぜずに議事を進める。 なか
なか頼もしくなってきた。
部長はまずプロジェクトチームの編成とメンバ
ーを大先生に紹介した。 美人弟子と体力弟子に相
談して編成したチームで、「在庫管理導入チーム」
と「ABC(アクティビティ・ベースド・コステ
ィング)導入チーム」の二つある。
在庫管理チームは企画課の課長以下五人からな
り、コンサルは美人弟子が担当する。 一方のAB
《前回までのあらすじ》
本連載の主人公でコンサルタントの“大先生”は、ある大手消費財メーカ
ーの物流部の相談にのっている。 大先生の真骨頂は、あの手この手を駆使し
てクライアントを目覚めさせる指導法にある。 なかでも物流を数字で語らせ
ることでムダをあぶり出し、自覚を促すのはお得意の手段だ。 大先生は、「ど
んなに優れた解決策でも借り物では定着しない。 自ら考えたものだからこそ
実行する気になる」と確信している。 今回の案件でも、一カ月間を費やした
出荷量調査の惨憺たる結果が、物流部長を在庫管理に“開眼”させた。 具体
的な物流改善に取り組む下準備がようやく整った。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役
湯浅和夫の
《第九回》
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Cチームには、業務課の課長と課員二人にくわえ
て、大先生も視察した物流センターからセンター
長と担当者一人が参加。 クライアント側のメンバ
ーは計五人で、ここにコンサル側から体力弟子が
入る。 プロジェクトの統括責任者は、もちろん部
長である。
これらのメンバー全員が勢ぞろいしたキックオ
フ・ミーティングが今回の会議である。 ただ、初
めての顔合せではない。 そんな準備不足で大先生
との会議に臨むことなどできない。 事前に全員が
二人の弟子から在庫管理とABCについて周到な
教育を受けた。 また部長からは、このプロジェク
トの重要さを徹底的に叩き込まれてもいる。 それ
だけの準備をして大先生を迎えたのである。
メンバー紹介を終えた部長が、恐る恐る大先生
に振った。
「それでは、先生、ご指導をよろしくお願いします」
あらかじめ美人弟子から、型通りの紹介が終わ
ったら大先生に振ってくださいと言われていた手
順どおりである。 しかし部長には、最初の会議の
席で大先生に議事進行を依頼したら、「よろしくっ
て、何をですか」と言いがかりをつけられた苦い
記憶がある。 ここは慎重にならざるをえない。
「さてと‥‥」
大先生が心よく受け止めてくれたので、部長は
ほっと肩の力を抜いた。 だが、安心するのは早す
ぎた。
「部長、ここに集まっているのは何人?」
「は、はい、えーと‥‥私どもで十一人です」
課長の耳打ちを受けて、部長が答える。
「十一人か‥‥。 十一人もの人間を抱えて、これ
まで何をしてきたの?」
大先生の物言いがくだけている。 こういうとき
は、発言に歯止めがかからないから危ない。 大先
生の横に座っている弟子たち二人が顔を見合わせ
る。 体力弟子は不安そうだが、美人弟子は何やら
楽しそうだ。 そうこうしているうちに大先生の?言
いたい放題〞指導が始まった。
「この十一人の人件費や経費も立派な物流コストだな。 どう、十一人分の経費以上のコストダウン
効果を出してる? もし出せてないのなら、そん
な物流部は要らないな。 廃止してしまえばいい。 そ
れだけで結構な物流コストの削減になるだろ」
「‥‥」
予想していなかった展開に、全員に戸惑いが広
がった。
「物流部とは何をするところなの?」
強い口調に会議室が静まり返った
そんなことにはおかまいなしに大先生の嫌味、い
や指導が続く。
「これまで物流コスト削減のために何をしてきたか、
一人ずつ聞いてみるか‥‥」
大先生のよく聞こえる独り言に、会議室に動揺
が広がる。 大先生は黙って全員を見ている。 会議
室が重苦しい雰囲気に包まれる。 その雰囲気を大
先生が破る。 いよっ、マッチポンプ大先生!
「まあ、過去の過ちを問うのはやめておこう」
美人弟子だけは相変わらず涼しげな表情だが、
他の参加者は全員、大先生の独断と偏見にみちた
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指導に完全に飲まれてしまった。 全員が固まって
いる。 楽しんでいるかのように、大先生が続ける。
「物流部というのは、いったい何をするところな
の? 企画課だの業務課だのがなくたって、物流
は動くぞ。 そうだろう、センター長?」
突然の問い掛けに、センター長は声を出せず、か
ろうじて首を縦に振った。
「物流は管理部門などなくても動く。 いざとなった
ら物流業者に任せてしまえばいいんだからな。 と
ころが、物流部などという部署を作るとどうなる
か。 物流コストを減らせと言われて、余計なこと
を始める」
ここで大先生は一呼吸おいて、参加者を見回す。
みんな大先生と目を合わせないようにしている。 な
おも大先生の独演会が続く。
「倉庫が多いからこれを集約しようだとか、新しい
物流センターをつくろうだとか考える。 それで、現
実に一体どれだけコストが減ったの?」
「‥‥」
「オタクがどうかは知らないけど、中には、どう
せ作るんだから立派なセンターにしようなんてバ
カなことを言い出す会社がある。 物流センターづ
くりが自分の仕事だと思っているとんでもない物
流部長まで登場する。 だから立派な物流センター
はできたけど、結果として物流コストは上がった
なんて本末転倒の事態が起きてしまう。 そうかと
思えば、非常識な顧客の要求を丸呑みしているだ
けなのに、これを顧客のためだなどとザレゴトを
言って、作業システムに金をかけてもへっちゃら
な物流部もある。 どう思う? おかしな話だろう
が‥‥」
一般論のような口振りだが、自分の会社のこと
を言われているようでもあり、ここは全員が頷い
てしまう。
「いーかい、よーく考えてよ。 いくら立派な物流セ
ンターをつくたって、売り上げが増えるなんてこ
とは絶対にないぞ。 何かに投資をすれば、その分
コストは必ず増える。 それ以上にコストを減らせればいいけど、そうでないのなら、そんなことは決
してやってはいけない。 物流部門はコスト増にな
るようなことを絶対にすべきではない。 顧客サー
ビスのためなどというザレゴトは一切通用しない。
物流担当者は、口が裂けてもそんなことを言って
はダメだ」
かなり強い口調だ。 ここで、大先生がお茶を口
にする。 わざと沈黙の時間をおく。 そして聞き手
の緊張感が否応なく高まる頃合いを見はからって、
また話し始めた。
「物流が進んでいると言われる企業では何をしてい
るのか。 先進的とはどういう意味なのか。 顧客の
要求を丸呑みして、それに対応できる独りよがり
の高度なシステムなど作ってはいない。 ましてや
作業システムの自慢なんて論外。 賢い企業は、顧
客の要求を妥当な水準まで是正するための仕掛け
を作っている。 どう、何が言いたいかわかる?」
へたに頷いて指名でもされたら大変だという思
いからか、みんな一心不乱にメモをとっている。 大
先生も敢えて答えは求めず、持論をぶち続ける。
「どこの会社でも物流は高コスト構造になっている。
高コスト構造というのは、本来やる必要のない物
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流を生み出している構造のことだが‥‥これは分
かるね。 そんな中で活動をいかに効率的にやるか
というのは、本社物流部の取り組むべき仕事では
ない。 本社物流部は、高コスト構造そのものを打
破しなければいけない。 オペレーションの効率化
は現場の管理者に任せておけばいい。 本社物流部
が現場にかかわるとすれば、いかに金をかけない
で効率化を実現させるかという指導だけ‥‥いい
ね?」
大先生の問い掛けに、今度はみんなが大きく頷
く。 心なしか、大先生と目が合うのを避けた先ほ
どの反省もこめられているようだ。
ここで、大先生が一つの結論を出した。 「物流管理とは‥‥金をかけないでコストを減ら
すこと。 そのために、物流を高コスト化させてい
る構造にメスを入れる。 不要な物流を一切やらな
いで済むような仕掛けをつくる。 ここがポイント。
物流に金をかけたら、絶対に取り戻せないという
ことを肝に銘じておくこと‥‥」
みんな、神妙な顔をして、それでも大きく頷き
ながら必死にメモをとり続けている。 それを見な
がら、大先生が誰にともなく「そろそろコーヒー
なんぞが欲しいな」とつぶやいた。
途端に例の若手課員が、脱兎のごとく会議室を
飛び出していった。 それを見た大先生の口から、つ
い愚痴が出た。
「もう少し飲み物を出すタイミングとか考えたらど
う? こんだけ話せば喉も渇くよ。 なんでオレか
ら要求しなければならないの。 しかも、そのたん
びにあいつが走っていく。 これから、オレの前で
あいつを走らせないでよ」
部長と課長は同時に謝り、やれやれといった感
じで顔を見合わせた。
大先生が正式に休憩を告げ、一瞬、会議室の空
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気が緩んだ。 でも、本番はこれからだ。
様変わりした部長の決然とした態度が
プロジェクトの成功を保証している
たばこをくゆらせながら、大先生が企画課長に
話しかける。
「課長、どう、ABCはおもしろい?」
休憩だと思ってのんびりモードにあった課長は、大
先生からの突然の指名に慌てたのか、言わずもが
なのことを口走ってしまった。
「はぁ、あのー、私は在庫管理の担当でして‥
‥」
間髪入れずに、大先生が一喝する。
「あんたの担当なんか聞いてない。 ABCはおもし
ろいかって聞いたんだよ‥‥ABC、勉強した
ろ?」
課長が何と答えようかと逡巡しているのを見て、
部長が明快に返事をする。
「はい、お二人の先生のご指導のもと、ここにいる
全員にABCと在庫管理の勉強をさせました。 ど
こまで理解しているかはわかりませんが、いずれ
にしろ、『オレは在庫管理の担当だからABCは関
係ない』などとは言わせないつもりです。 一応、チ
ームは分けてますが、それぞれの検討結果を共有
する会議を常時設けますし、時間の許す限り、両
方の会議に出て、先生方のご指導を受けろといっ
てあります」
大先生が満足そうに、大きく頷く。 明らかに部
長は変わった。 率先して物流部を引っ張って行こ
うという強い決意を感じる。 進むべき方向が見え
ている証拠だ。 このような部長の決然とした態度
が、部員たちを変えることは間違いない。 このプ
ロジェクトの成功が保証されたようなものだ。
部長に続き、課長が言った。
「さきほどは失礼しました。 突然で慌ててしまい、
ばかな返事をしてしまいました。 いま部長が申し
ましたように、私たち全員、在庫管理とABCのプロを目指して取り組むつもりです‥‥。 あっ、プ
ロというのは言い過ぎでした」
課長のおどけた物言いに、みんなが笑う。 いい
雰囲気になってきた。 この雰囲気を最後まで持続
させるのが部長、両課長の役割だ。
ふと視線を感じて、大先生がそっちの方に目を
やると、例の若手課員がにこにこしながら、うん
うんと頷いている。 大先生をじっと見て‥‥。
「あいつだけは変わらねえな」
大先生の小さな呟きをとらえて、美人弟子が、な
ぜか嬉しそうに呟き返した。
「はい、そう思います。 彼だけは絶対に変わりませ
ん」
大先生が大きなため息をついた。 こうして、二
つのプロジェクトが動き出した。
(次号に続く)
*本連載はフィクションです
ゆあさ・かずお
一九七一年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究所
入社。 現在、同社常務取締役。 著書に『手
にとるようにIT物流がわかる本』(かん
き出版)、『Eビジネス時代のロジスティク
ス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジ
メント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE
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