2001年3月号
キーマン
キーマン
「私の仕事、私の情報源」
――日本の物流ビジネスは、どこ
まで進化しましたか。
この一〇年間で物流マーケット は大きく変わりました。
特にこの 五年間で営業のやり方がまったく 変わった。
3PLとかSCMとい う概念が登場したことが背景にあ ります。
荷主企業の物流への関心 は高まっています。
今や物流はト ップマターです。
ただし、役所だ けは変わっていない。
規制緩和と 言いながら、今だに自由競争を許 さない。
法律を変えても、役所自 身の体質は全く変わっていません。
――これからの物流業者には何が 必要でしょう。
これまで日本の物流業者は、ち ょっと景気がよくなると、運賃が 安いから運ばないと荷主を袖にし、 景気が悪くなると今度はダンピン グして荷物を取り合う。
この繰り 返しでした。
日本通運のような業 界を代表する企業が、今だにそう したビジネスを続けているのだか ら暗澹たる気持ちになります。
しかし、これからは自分の会社 のコスト構造を理解していないと、 絶対に生き残れない。
そもそも、 自分たちのコストをつかんでいな い状況で営業するのが間違ってい ます。
コストが分からないから、 目先の売り上げだけを追いかけて、 採算割れの仕事も受注してしまう。
負のサイクルになってしまう。
荷主の物流マネジャーにも同じ ことがいえます。
日本では外に出 ていく物流コスト、いわゆる支払 い物流費をコストとして計上しす るだけで、内部で掛かっているコ ストを掴めていない。
社内のロジ スティクス・コストは、物流費に 含めていない。
そもそも物流費と は何かという概念が明確ではない。
――日本の物流業者の能力は低い のでしょうか。
残念ながらコストをつかむ技術 を持つ物流業者が日本に少ないの は事実です。
管理の手法はABC (活動基準原価計算)でも他の方 法でも構わないと思いますが、現 実に自社のコスト構造を把握して、 顧客別の収益を管理できている物 流企業が日本に今、どれだけある でしょうか。
少なくとも米国では二〇年前か ら物流作業についての大まかな原 価管理ができていました。
米軍の ロジスティクス担当セクションが 物流作業の原価表を作成し、それ ――他分野の業界VAN(付加価 値通信網)構想が軒並み失敗した のに対し、プラネットだけは何故、生き残ることができたのでしょう。
今でいうとビジネスモデルの違 いですね。
VAN会社が発注デー タ一行につき数円もらうというの は当たり前ですが、ただそれだけ の収入ではたかが知れている。
そ こでプラネットを利用してもらえ ば、販売データも利用できるとメ ーカーを説得しました。
――文字通り付加価値の部分で商 売をしてきたわけですね。
そうです。
単にVANとして情 報変換ができるというだけではな く、もっと高いレベルで付加価値を付けたんです。
それと官主導で はなく民主導、しかも協同組合な どではなく完全な株式会社として 誕生したことも大きいと思います。
そのために当社のスタッフはあく までも自分たちの問題として一生 懸命に取り組むことができました。
結果として、現状では日雑業界 のオンライン化だけが他業界に比 べ非常に高くなっています。
ほぼ 一〇〇%です。
他業界は十数%で す。
これは我々がここ十数年間、 創刊準備号42 「コスト管理が全ての基本になる」 富士ロジテック 鈴木威雄 社長 物流キーマン 「私の仕事、私の情報源」 を公表していたため、民間の物流 マンはその原価表を使って比較的 簡単にコストを弾くことができた。
これが日本では全部、自分でやら なければならない。
大変なことで すが、コストの問題をクリアでき ない限り、日本にアウトソーシン グが本当に普及することなどあり 得ないはずです。
「半歩先のビジネスモデルを考える」 プラネット 玉生弘昌 社長 キャンペーンを張ったりして必死 で取り組んできた成果だと自負し ています。
いっこうにオンライン 受注比率が上がらないじゃないか、 などと文句いわれながらね。
――ビジネスモデルを考える上で、 お手本のようなものがあったので しょうか。
特にありません。
やはり、こう したいという「思い」ではないで しょうか。
メーカーにしても卸に しても、自前で情報化できるのは、 ごくわずかの上位企業だけなんで す。
システム対応力やコストなど が原因です。
ただ、中小規模の事 業者もやりたくないわけではない。
やりたくても出来ない。
そうした 事情は私達にもよく分かりました から、ひたすら時間をかけて説明 を繰り返しました。
――日本企業のビジネスモデルは 今後、米国型に変わりますか。
先日、米国で十数カ所のショッ ピングセンターを見学したんです が、どこに行っても同じなんです ね。
果たして米国の人達は、これ で幸せなのかなと思いました。
値 段を見ても決して安くはない。
確かに食品は安いんです。
でも日用 雑貨をみる限り安くはありません。
日本でもメーカーの直販が今後出 てくるでしょうが、その量はたか が知れていると思います。
便利な 店舗があるわけですから。
もとも と日本では通販の割合というのは 非常に小さいですし、それが二倍、 三倍になるとは思えません。
――平和堂はCRPで物流のモデ ルを大胆に変えましたね。
私は物流に携わる以前、店舗の スーパーバイザーを統括する立場 にいました。
その頃は、いかに予 測精度を向上させるかばかりを言 っていた。
もっと過去のデータを 分析すれば予測できるはずだ、と かね。
店頭を見ていて、欠品や過 剰在庫が発生するのは物流が悪い せいだと薄々気がついてはいまし た。
それでも欠品が起こると、パー ト社員に対して「欠品が起こらな いように発注しなさい」などと、 まるで指導にならないアドバイス しかできなかった。
非常に無力で したね。
注意したパート社員が 「私の予測ミスです」とうなだれて いる姿を見ていると、何か不毛な 儀式をしている気さえしました。
とにかく、店頭の動きというの は予測できない。
いま平和堂の店 頭に出している商品数をアイテム 単位でみると、平均して五個ぐら いです。
これに対して一日に来店 するお客様は約三〇〇〇人。
需要 予測というのは、この三〇〇〇人 が買うものを事前に当てるわけで す。
統計的な平均値は出せますが、 たまたま同じ商品を三つ、まとめ 買いする人が出てくれば、事前の 予測によって欠品を防ぐことはで きません。
つまり需要予測なんて 不可能なんです。
そこで発想を転 換し、欠品したらすぐ補充する体 制を整えようと考えました。
そこ からCRPの発想も出てきました。
――マーケティングのリーダーが 物流改革のリーダーに転身したわ けですね。
「従来型の物流部門の考え方を 変えなければダメだ」と、あまり にも言い続けたせいで、じゃあお 前がやれとリーダーにされてしま いました。
そうやって九四年に立 ち上げた物流改革プロジェクトは、 既存の社内組織には属さず、レポ ートを提出するのも社長だけとい う独立王国のような組織でした。
制約は一切、無かったんです。
――教科書はあったのですか。
特にこれといった教科書はなか ったんですが、既に動いていた先 進事例からは多くを学ばせてもら いました。
とくに菱食さんの廣田 社長のセミナーを聴いたときには、 「中間流通の人達がこんなに物流 のことを考えているのに、小売り た。
私は化粧品会社の出身です。
――それでロジスティクス部門に 配属されたわけですね。
それまでのロジスティクス部門 の常識は、いかに安く、正確にモ ノを動かすかということでした。
そこに私が入って「そんなバカな 話はないだろう。
これからのロジ スティクスは差別化の手段だ」と 言ったんです。
我々は商社ですか ら、製品による差別化はできませ ん。
情報システムとロジスティク スしか差別化要因はないんです。
そこで、従来の「物流コストを いかに削減するか」という発想を、 「売り上げを伸ばすためにロジステ ィクスをどう活用するか」に変え ました。
まさにコストセンターか らプロフィットセンターへの発想 の転換です。
――まず何をやったんですか 当時のロジスティクス・チーム には、顧客の意見に耳を傾けよう という発想そのものがありません でした。
例えば、市場開発チーム などは頻繁にお客様のところに行 きます。
ロジスティクスだって同 じじゃないか、と。
仮説を立てて、 顧客のところに行ってみろと言っ たんです。
それで実際に顧客にヒアリング してみたら、不満がいっぱい出て きました。
当時の宅配便は何時に 届くか分からなかったんですが、 「可能であれば朝八時に欲しい」 「梱包資材を減らせないか」「ビニ ール袋の口をホチキスで止めない でくれ」などと、物流に関する要 望がどんどん出てくる。
そこから生まれたサービスが 「無梱包配送」です。
名古屋から スタートしたんですが、必ず午前 中に届けると約束し、初めは軽ト ラック一〇台ぐらいで始めました。
要望があれば、梱包材を使わずに 折り畳みコンテナに入れて持って いく。
緩衝材なしで運んだら商品 に傷が付くかどうか、あらかじめ テストしたんですが傷は付かなか った。
じゃあ、緩衝材も取っちゃ おうとなったんです。
――ミスミはビジネスモデルとい うものをどう考えているんですか。
結局、差別化だと思うんです。
ミスミという会社は金型分野では 後発なんですよ。
初めの頃はご多 分にもれず、メーカー側に立って モノを売っていました。
しかし、 商品単価は安いのに、接待は必要 だし、広告宣伝費もかかる。
とて も商売にならない。
それならばメーカーの代わりに 売るという発想ではなく、お客さ んの代わりに欲しい物を買ってく る「購買代理商社」になろう、と。
いま思えば、ここがビジネスモデ ルの転換点だったと思いますが、 要するに差別化です。
どうすれば 他社と差別化できるかを追求した 結果、必然的にこうなったのです。
43 創刊準備号 「日本型CRPにウォルマートは仰天した」 平和堂 島田恭一 物流事業部 兼 営業企画部 部長 ――ミスミに入社した経緯は。
当社の社長の田口には、革新は 素人にしか成しえないという信念 があります。
つまりロジスティク スの仕事であれば、ロジスティク スを知らない人のほうが革新的な アイデアを生み出せる。
ある業界 に長らく籍を置いていると、しが らみが増え、知識や経験が邪魔し て新しいことをできないというわ けです。
そこで一〇年ほど前から 当社は、?自分で仕事を創り出せ る人材〞を外部から集め始めまし は何も考えていない」とショック を受けました。
アメリカ的なモデルを導入した という意識は全くありません。
ア メリカ人にグロサリーを毎日補充 するなんて言ったら、ひっくり返 りますよ。
実際、ウォルマートの 人も数多く見学に来ましたが、「こ んな物流はアメリカにはない。
後 で当社の物流センターの人間を見 学に来させていいか」と言って、 わざわざ来日したくらいです。
「素人のアイデアが革新を生む」 ミスミ 都築一光 執行役員 創刊準備号44
この一〇年間で物流マーケット は大きく変わりました。
特にこの 五年間で営業のやり方がまったく 変わった。
3PLとかSCMとい う概念が登場したことが背景にあ ります。
荷主企業の物流への関心 は高まっています。
今や物流はト ップマターです。
ただし、役所だ けは変わっていない。
規制緩和と 言いながら、今だに自由競争を許 さない。
法律を変えても、役所自 身の体質は全く変わっていません。
――これからの物流業者には何が 必要でしょう。
これまで日本の物流業者は、ち ょっと景気がよくなると、運賃が 安いから運ばないと荷主を袖にし、 景気が悪くなると今度はダンピン グして荷物を取り合う。
この繰り 返しでした。
日本通運のような業 界を代表する企業が、今だにそう したビジネスを続けているのだか ら暗澹たる気持ちになります。
しかし、これからは自分の会社 のコスト構造を理解していないと、 絶対に生き残れない。
そもそも、 自分たちのコストをつかんでいな い状況で営業するのが間違ってい ます。
コストが分からないから、 目先の売り上げだけを追いかけて、 採算割れの仕事も受注してしまう。
負のサイクルになってしまう。
荷主の物流マネジャーにも同じ ことがいえます。
日本では外に出 ていく物流コスト、いわゆる支払 い物流費をコストとして計上しす るだけで、内部で掛かっているコ ストを掴めていない。
社内のロジ スティクス・コストは、物流費に 含めていない。
そもそも物流費と は何かという概念が明確ではない。
――日本の物流業者の能力は低い のでしょうか。
残念ながらコストをつかむ技術 を持つ物流業者が日本に少ないの は事実です。
管理の手法はABC (活動基準原価計算)でも他の方 法でも構わないと思いますが、現 実に自社のコスト構造を把握して、 顧客別の収益を管理できている物 流企業が日本に今、どれだけある でしょうか。
少なくとも米国では二〇年前か ら物流作業についての大まかな原 価管理ができていました。
米軍の ロジスティクス担当セクションが 物流作業の原価表を作成し、それ ――他分野の業界VAN(付加価 値通信網)構想が軒並み失敗した のに対し、プラネットだけは何故、生き残ることができたのでしょう。
今でいうとビジネスモデルの違 いですね。
VAN会社が発注デー タ一行につき数円もらうというの は当たり前ですが、ただそれだけ の収入ではたかが知れている。
そ こでプラネットを利用してもらえ ば、販売データも利用できるとメ ーカーを説得しました。
――文字通り付加価値の部分で商 売をしてきたわけですね。
そうです。
単にVANとして情 報変換ができるというだけではな く、もっと高いレベルで付加価値を付けたんです。
それと官主導で はなく民主導、しかも協同組合な どではなく完全な株式会社として 誕生したことも大きいと思います。
そのために当社のスタッフはあく までも自分たちの問題として一生 懸命に取り組むことができました。
結果として、現状では日雑業界 のオンライン化だけが他業界に比 べ非常に高くなっています。
ほぼ 一〇〇%です。
他業界は十数%で す。
これは我々がここ十数年間、 創刊準備号42 「コスト管理が全ての基本になる」 富士ロジテック 鈴木威雄 社長 物流キーマン 「私の仕事、私の情報源」 を公表していたため、民間の物流 マンはその原価表を使って比較的 簡単にコストを弾くことができた。
これが日本では全部、自分でやら なければならない。
大変なことで すが、コストの問題をクリアでき ない限り、日本にアウトソーシン グが本当に普及することなどあり 得ないはずです。
「半歩先のビジネスモデルを考える」 プラネット 玉生弘昌 社長 キャンペーンを張ったりして必死 で取り組んできた成果だと自負し ています。
いっこうにオンライン 受注比率が上がらないじゃないか、 などと文句いわれながらね。
――ビジネスモデルを考える上で、 お手本のようなものがあったので しょうか。
特にありません。
やはり、こう したいという「思い」ではないで しょうか。
メーカーにしても卸に しても、自前で情報化できるのは、 ごくわずかの上位企業だけなんで す。
システム対応力やコストなど が原因です。
ただ、中小規模の事 業者もやりたくないわけではない。
やりたくても出来ない。
そうした 事情は私達にもよく分かりました から、ひたすら時間をかけて説明 を繰り返しました。
――日本企業のビジネスモデルは 今後、米国型に変わりますか。
先日、米国で十数カ所のショッ ピングセンターを見学したんです が、どこに行っても同じなんです ね。
果たして米国の人達は、これ で幸せなのかなと思いました。
値 段を見ても決して安くはない。
確かに食品は安いんです。
でも日用 雑貨をみる限り安くはありません。
日本でもメーカーの直販が今後出 てくるでしょうが、その量はたか が知れていると思います。
便利な 店舗があるわけですから。
もとも と日本では通販の割合というのは 非常に小さいですし、それが二倍、 三倍になるとは思えません。
――平和堂はCRPで物流のモデ ルを大胆に変えましたね。
私は物流に携わる以前、店舗の スーパーバイザーを統括する立場 にいました。
その頃は、いかに予 測精度を向上させるかばかりを言 っていた。
もっと過去のデータを 分析すれば予測できるはずだ、と かね。
店頭を見ていて、欠品や過 剰在庫が発生するのは物流が悪い せいだと薄々気がついてはいまし た。
それでも欠品が起こると、パー ト社員に対して「欠品が起こらな いように発注しなさい」などと、 まるで指導にならないアドバイス しかできなかった。
非常に無力で したね。
注意したパート社員が 「私の予測ミスです」とうなだれて いる姿を見ていると、何か不毛な 儀式をしている気さえしました。
とにかく、店頭の動きというの は予測できない。
いま平和堂の店 頭に出している商品数をアイテム 単位でみると、平均して五個ぐら いです。
これに対して一日に来店 するお客様は約三〇〇〇人。
需要 予測というのは、この三〇〇〇人 が買うものを事前に当てるわけで す。
統計的な平均値は出せますが、 たまたま同じ商品を三つ、まとめ 買いする人が出てくれば、事前の 予測によって欠品を防ぐことはで きません。
つまり需要予測なんて 不可能なんです。
そこで発想を転 換し、欠品したらすぐ補充する体 制を整えようと考えました。
そこ からCRPの発想も出てきました。
――マーケティングのリーダーが 物流改革のリーダーに転身したわ けですね。
「従来型の物流部門の考え方を 変えなければダメだ」と、あまり にも言い続けたせいで、じゃあお 前がやれとリーダーにされてしま いました。
そうやって九四年に立 ち上げた物流改革プロジェクトは、 既存の社内組織には属さず、レポ ートを提出するのも社長だけとい う独立王国のような組織でした。
制約は一切、無かったんです。
――教科書はあったのですか。
特にこれといった教科書はなか ったんですが、既に動いていた先 進事例からは多くを学ばせてもら いました。
とくに菱食さんの廣田 社長のセミナーを聴いたときには、 「中間流通の人達がこんなに物流 のことを考えているのに、小売り た。
私は化粧品会社の出身です。
――それでロジスティクス部門に 配属されたわけですね。
それまでのロジスティクス部門 の常識は、いかに安く、正確にモ ノを動かすかということでした。
そこに私が入って「そんなバカな 話はないだろう。
これからのロジ スティクスは差別化の手段だ」と 言ったんです。
我々は商社ですか ら、製品による差別化はできませ ん。
情報システムとロジスティク スしか差別化要因はないんです。
そこで、従来の「物流コストを いかに削減するか」という発想を、 「売り上げを伸ばすためにロジステ ィクスをどう活用するか」に変え ました。
まさにコストセンターか らプロフィットセンターへの発想 の転換です。
――まず何をやったんですか 当時のロジスティクス・チーム には、顧客の意見に耳を傾けよう という発想そのものがありません でした。
例えば、市場開発チーム などは頻繁にお客様のところに行 きます。
ロジスティクスだって同 じじゃないか、と。
仮説を立てて、 顧客のところに行ってみろと言っ たんです。
それで実際に顧客にヒアリング してみたら、不満がいっぱい出て きました。
当時の宅配便は何時に 届くか分からなかったんですが、 「可能であれば朝八時に欲しい」 「梱包資材を減らせないか」「ビニ ール袋の口をホチキスで止めない でくれ」などと、物流に関する要 望がどんどん出てくる。
そこから生まれたサービスが 「無梱包配送」です。
名古屋から スタートしたんですが、必ず午前 中に届けると約束し、初めは軽ト ラック一〇台ぐらいで始めました。
要望があれば、梱包材を使わずに 折り畳みコンテナに入れて持って いく。
緩衝材なしで運んだら商品 に傷が付くかどうか、あらかじめ テストしたんですが傷は付かなか った。
じゃあ、緩衝材も取っちゃ おうとなったんです。
――ミスミはビジネスモデルとい うものをどう考えているんですか。
結局、差別化だと思うんです。
ミスミという会社は金型分野では 後発なんですよ。
初めの頃はご多 分にもれず、メーカー側に立って モノを売っていました。
しかし、 商品単価は安いのに、接待は必要 だし、広告宣伝費もかかる。
とて も商売にならない。
それならばメーカーの代わりに 売るという発想ではなく、お客さ んの代わりに欲しい物を買ってく る「購買代理商社」になろう、と。
いま思えば、ここがビジネスモデ ルの転換点だったと思いますが、 要するに差別化です。
どうすれば 他社と差別化できるかを追求した 結果、必然的にこうなったのです。
43 創刊準備号 「日本型CRPにウォルマートは仰天した」 平和堂 島田恭一 物流事業部 兼 営業企画部 部長 ――ミスミに入社した経緯は。
当社の社長の田口には、革新は 素人にしか成しえないという信念 があります。
つまりロジスティク スの仕事であれば、ロジスティク スを知らない人のほうが革新的な アイデアを生み出せる。
ある業界 に長らく籍を置いていると、しが らみが増え、知識や経験が邪魔し て新しいことをできないというわ けです。
そこで一〇年ほど前から 当社は、?自分で仕事を創り出せ る人材〞を外部から集め始めまし は何も考えていない」とショック を受けました。
アメリカ的なモデルを導入した という意識は全くありません。
ア メリカ人にグロサリーを毎日補充 するなんて言ったら、ひっくり返 りますよ。
実際、ウォルマートの 人も数多く見学に来ましたが、「こ んな物流はアメリカにはない。
後 で当社の物流センターの人間を見 学に来させていいか」と言って、 わざわざ来日したくらいです。
「素人のアイデアが革新を生む」 ミスミ 都築一光 執行役員 創刊準備号44
