ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年4号
道場
ロジスティクス編・第19回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

APRIL 2007 62 「支店の物流部長も兼務しているの?」 美人弟子が驚きの声を上げた ロジスティクス導入のための全社会議が無事終 わり、大先生を招いて打ち上げ会が開かれた。
そ の席上、物流部長が大阪の営業部長に「先生に 名刺をお見せしたら」と思わせぶりに言った。
弟子たちが興味深そうに見つめる中、大阪の 営業部長がおもむろに名刺を差し出した。
大先 生がそれを受け取り、チラッと見て、つぶやいた。
「なんだ、金の名刺でも出すのかと思ったら、た だの名刺じゃないか」 大阪の営業部長が苦笑しながら、弟子たちに も名刺を渡す。
名刺を見て、美人弟子が驚きの 声を上げる。
「まあ、支店の物流部長も兼務されているので すか?」 大阪の営業部長がちょっと照れ臭そうに頷く。
社長が説明する。
「自分から物流部長をやらせてくれって支店長 に申し出たんですよ」 「わざわざ自分で仕事を増やすなんて変わった やつです。
別に給料が上がるわけでもないのに ‥‥」 物流部長が茶々を入れる。
社長に睨まれ、物 流部長が首をすくめる。
「物流に興味を持ったわけ?」 大先生が大阪の営業部長に聞く。
「はい」と大 阪の営業部長が頷き、話し始める。
「先生方から最初に伺ったお話、物流には営業 や仕入れの失敗が隠されているという内容でした が、そのとき私としてはいたく感銘を受けました。
実際、たしかにそのとおりだと‥‥。
そこで、私 としては是非物流にかかわりたいと思いまして、 お願いしました」 大先生が頷き、珍しく褒める。
「うん、あんたなら適任だ。
というより最強の 布陣だ。
物流部長、うかうかしてられないな」 「はい、例の物流センターの最適化ですが、大 阪はそれに向かって邁進している状況です。
私の 出る幕はありません」 物流部長が謙虚に答える。
それを聞いて、大 《前回までのあらすじ》 本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクス分野の カリスマコンサルタントだ。
“美人弟子”と“体力弟子”ととも にクライアントを指導している。
現在は旧知の問屋から依頼され たロジスティクス導入コンサルを推進中だ。
仕入れルール刷新の ための全社会議は無事終了。
その日の夜に大先生を招いて開か れた打ち上げ会に出席した大阪の営業部長が、みんなの前で興 味深い名刺を差し出した。
湯浅コンサルティング 代表取締役社長 湯浅和夫 《第 60 回》 〜ロジスティクス編・第 19 回〜 63 APRIL 2007 阪の営業部長が慌てて付け足す。
「いえ、とんでもありません。
物流部長には色々 と事細かにご指導いただきました。
そのおかげで す」 「そうそう、わかってりゃいいんだ、わかってり ゃ。
その恩を忘れるなよ。
あんたがえらくなった ら、おれのこと引き立てろよ」 物流部長が調子に乗って、余計なことを言う。
すぐに営業部長にやりかえされる。
「何を言っているんだ。
彼がえらくなる前に、あ んたは定年で辞めているよ」 物流部長が反論しようとしたとき、社長が遮 った。
「お客さんとの取引条件も変えつつあるのよね」 社長の言葉に大阪の営業部長が頷いた。
「仕入先が利益源の小売もあります」 大阪の営業部長が嘆く 「理不尽ではなく、理の通る客もいるってこと だ」 大先生の言葉に促され、大阪の営業部長が堰 を切ったように話し出した。
「はい、どちらかと言うと、理不尽というか、こ ちらの話を一切聞かないお客さんの方が多いです けど。
中にはこちらの話を聞いて、納得すれば、 提案を受けてくれるところもあります。
そこでい ま、生意気な言い方かもしれませんが、お客を選 別しているところです」 「選別ですか‥‥どういう選別ですか?」 体力弟子が興味深そうに質問した。
「はい、私どもの営業戦力は限られていますの で、私どもの支援でこれから伸びそうなところと、 これ以上付き合ってもうちにとってメリットがな いところに分けて、営業戦力を配分しています」 弟子たちが大きく頷き、先を促すように、大阪 の営業部長を見る。
「チェーン店の中には、利益源を店頭ではなく、 われわれ仕入先に求めているようなところもあり ます。
センターフィーも結構高いですし、その根拠を聞いても、『決められていることなんだから、 うちと取引したければ、ガタガタ言うな』って感 じです。
値引き要求もありますし、うちを倉庫代 わりにしているような物流サービスを要求されて います」 「そういうところほど、お店は荒れていて、消 費者離れが進んでいるでしょう?」 美人弟子の言葉に、大阪の営業部長は「そう なんです」と言って続ける。
「そういうところは、既存店舗の売上は前年割 れを続けていますし、それに対して抜本的な対策 を講じようという気概も感じられません。
とにか くコストを切り下げることだけで対応しようとし ていますので、われわれへのしわ寄せも結構来て います」 「本業の建て直しに努力しようとしないところ とは、決別しようというお考えですか?」 体力弟子が確認する。
大阪の営業部長が頷く。
「はい。
少なくとも、そういうところと付き合 っていてもいいことはありませんから、そういう ところには営業努力を最小限に抑えるということ APRIL 2007 64 です」 「現実に売上予算にも、その考えが反映されて いるんですよ。
大阪支店としては売上増の予算に なっていますが、そういうお店の売上予算は前年 度より減らしているんです。
うちの他の支店とは まったく違った方向性です」 社長が嬉しそうに説明する。
それを聞いて、大 先生が楽しそうに付け足す。
「社長としては、全社をその方向性に持ってい きたい。
そのためにロジスティクス改革を推し進 めたい。
その役割を担っているのが、売上さえ上 がれば客の言うことは何でも聞くという営業にど っぷり浸かってきた物流部長ってわけだ」 大先生に突然指名され、自分の出番はないと 一人手酌で酒を楽しんでいた物流部長が「ひぃ」 と声を上げた。
「はいはい、自慢じゃありませんが、私の頃は、 お客さんの言うことは天の声でしたから、何でも 受け入れて、物流に発破を掛けていました。
でも、 いまは、私はもう営業をやっているわけではあり ませんから、彼のやり方を支持しています。
お客 さんの言うことを、何でも聞いていたら儲かりま へん。
はい」 そのぬけぬけとした剽軽な物言いに、全員が苦 笑する。
大先生と物流部長との楽しい会話が始 まった。
「お客さんに何か、こうしてくれって言いに行 ったことはないの?」 「はぁ、私はありませんが、仲間内でそのよう なことをしに行ったやつもいました。
もちろん、 剣もほろろで取り合ってもらえなかったようです。
『問屋はおまえのところだけじゃない』という手 垢のついた言葉を本当に言う輩もいたようです。
『これからも取引を続けたいなら土下座して謝れ』 なんて低レベルなことを言われたやつもいました。
『うちにプラスにならないことは一切受け付けな いから、今後はその手の話は言ってくるな』って、 はっきり言われたやつもいます」「その連中が、いま支店長をやっている?」 「はいー、そうなんです。
彼らにはそういうお 客の声が染み付いてます。
ですから、この彼のよ うなやり方は信じられないんじゃないでしょう か?」 「その支店長たちの考えを変えていくわけだ?」 「はぁ、それが難儀なんですわ。
いっそのこと 全部の支店長を代えてしまいたいくらいです」 「でも、その下の営業の連中もお客さんに対し ては同じような考えを持っているんじゃないの?」 「はー、それです、それ。
たしかに先生のおっ しゃるとおりです。
いやー難儀だな」 「口先だけで難儀ぶったってだめさ。
それは自 分の仕事じゃないって顔に書いてある。
大阪の彼 のようなやり方を一つの手本に全社に展開するの は営業部長の仕事?」 話の流れから自分に回ってくることを予期して いたように、営業部長が大きく頷く。
大先生が聞 く。
「そのポイントは?」 営業部長が物流部長を見ながら答える。
「はい、彼の話の中にあった『お客さんにとっ 65 APRIL 2007 てプラスになること』を提案していこうというこ とです」 大先生が頷き、ぼそっと呟く。
「お客さんの担当者は組織人だから、少しでも 自分たちが譲歩することはなかなか受け入れない だろうな。
組織内での自分の立場がなくなってし まうから。
しかし、プラスになるとわかっていて も、面倒なことは受け入れないだろう。
これまで のやり方を変えるために指導したり、教育することが必要だとなると嫌がる人も少なくないんじゃ ないか‥‥」 大先生の呟きに大阪の営業部長が敏感に反応 した。
「そうなんです。
要するに相手がどれだけの権 限を持っているかということです。
売上増やコス ト削減を前面に出せば、たとえばローカルチェー ンの社長に話すことができれば結構通りますし、 権限のある店長なんかも乗ってきます。
もちろん、 一般小売店は結構聞いてくれます。
いま、そうい うところを重点顧客として攻めています」 「物流負荷の大きい客は収益性が低い」 物流ABCに一つの格言が生まれた 「具体的に、どんな提案を持っていくんです か?」 体力弟子が、ずっと聞きたかったことをここで 質問した。
大阪の営業部長が秘密っぽく答える。
「はい、実は大したことではないんです。
最初 からあまり大げさな提案をしていくと、そんな面 倒なって敬遠されてしまうものですから、簡単な Illustration©ELPH-Kanda Kadan APRIL 2007 66 提案からアプローチしています」 大阪の営業部長は、ここで思わせ振りに話を 切った。
体力弟子が待ち切れない感じで自分の 意見を述べる。
「たとえば、取り扱いアイテムの絞り込みと か?」 大阪の営業部長がまさにその通りという感じで 大きく頷く。
「さすがですね。
要はそういうことです」 ここで物流部長がすぐに口を挟んだ。
さすが物 流部長。
こういうところには敏感だ。
「『さすがですね』じゃないよ。
アイテムの多さ が物流サービスの諸悪の根源の一つだって、前か ら先生方に言われていたじゃないか」 「あっ、すみません。
そうでした。
失礼なこと 言ってしまいました。
申し訳ありません」 体力弟子が、そんなことはどうでもいいという ように顔を振って続ける。
「それで、効果はありますか?」 「はい、以前と比べ、明らかに売上は増えてい ます。
うちの売上が増えているということはお客 さんの売上も増えているということです。
品目を 絞ったおかげで、うちへの注文回数は減ってきま したし、必然的に一行当たりの注文量も増えて きました。
うちの物流の作業負荷も減ってきてい ます」 「まだ少数の展開に過ぎませんので、作業者の 数を減らすまでには至っていませんが、これが広 がれば、大きな効果となって現れると思います」 営業部長が補足する。
黙って聞いていた美人 弟子が話に加わる。
「お客様の棚の売上を増やし続けるということ がこれからの課題になりますね」 美人弟子の言葉に大阪の営業部長が即答する。
「そうなんです。
そこに営業努力を集中させて います。
売上が増えていれば、お客さんはこちら の提案を素直に聞いてくれます。
そういう関係作りにいま力を入れているところです」 「それはいい。
ところで、そういう方向性に至 ったのは物流部長になったから?」 大先生が話を戻した。
「はい、物流ABCの結果です。
私の指示で顧 客別の物流コストをずっと取らせています。
物流 ABCで私が得た結論は『物流で私どもに大き な作業負荷を掛けてくるようなお客さんの店舗は 収益性という点で問題がある』というものですが、 いかがでしょうか?」 大先生が笑いながら、大阪の営業部長にビー ルのグラスを奉げた。
(本連載はフィクションです) ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、 『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管 理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか る本』(以上PHP研究所)ほか多数。
湯浅コ ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE

購読案内広告案内