2007年9月号
判断学
判断学
投資ファンドの危機
SEPTEMBER 2007 78
奥村宏 経済評論家
第64回投資ファンドの危機
世界同時株安の“犯人”
七月末の世界同時株安の原因として、アメリカの低所得
者向け高金利型住宅ローン(サブプライム)と並んで非公開
の投資ファンド(プライベート・エクイティ・ファンド:P
EF)があげられている。
前者は一九八〇年代の日本のバブルと同じように、いず れ崩れるだろうといわれていたが、それが表面化しただけで、 それほど驚くべきことではない。
それに対し、後者、すなわちPEFは二〇〇〇年代になっ て脚光を浴びるようになった新しい投資ファンドとして注目 されてきた。
投資信託は広く一般の投資家から資金を集め、それを株 式や債券に投資するというもので、危機分散と専門家による 運用ということが売り物である。
当然のことながら、投資信 託は公募するのだから、その資産内容や運用成績を公表する。
これに対しPEFは少数の金持ちだけを相手に資産運用す るファンドなので、その資産内容を公開しなくてもよいとい うことになっている。
そこで大金持ちだけでなく機関投資家 もこのPEFに投資する。
現にアメリカでは年金基金がこの PEFに投資しているといわれる。
さらに問題なのは、このPEFが銀行から巨額の借入をして、 それで株や債券を買っているということだ。
いわゆるレバレ ッジ(てこ)の原理をはたらかすわけで、かりに投資家から 一億ドルの資産運用を任されたとして、もう一億ドルを銀行 から借りて運用すれば、運用利回りは二倍になるというわけだ。
こうして二〇〇〇年代になってアメリカでPEFが急速に 拡大して株式市場で大活躍するようになったが、いまそれが 曲がり角にきた。
というのはPEFのなかで運用に失敗して 赤字を出すものが出てきて、銀行がそれにカネを貸さなくな ったからである。
とりわけ円を借りて株を買うという円キャ リー・トレードがここにきてつまずいたといわれる。
変身する恐竜 PEFが行き詰まったひとつの現れとして今年六月、ブラ ック・ストーンが株式を公開したことがあげられる。
PEF として最も大きいのはカーライル・グループ、二位がKKR、 そして三位がブラック・ストーンだとされている。
そのブラ ック・ストーンがニューヨーク証券取引所に株式を上場した のである。
もともとPEFは株式を非公開にしているところに特色が あるのだが、それが株式を公開したのだから、それはもはや プライベート・エクイティ・ファンドではなく、パブリック・ エクイティ・ファンドであり、アメリカに多い会社型投資信 託と同じである。
このブラック・ストーンに続いてKKRや カーライル・グループも株式の公開を検討しているといわれる。
そうなればもはやPEFの時代は終わったということになる。
なぜ、これらの大手PEFが株式を公開するのか、といえ ば、それはもちろん、資金調達のためである。
銀行がカネを 貸さなくなったから、株式を公開して資金を調達するしかな くなったのである。
それを一般の投資家は見ているから、資金調達に困ったよ うな会社が株式を公開してもそんな株を買う人はいない。
当 然のことながら株価は下がる。
七月末の株安にはこのような ことが背景にあったと考えられ、PEFの存在そのものが問 われているといえる。
カーライル・グループやK K R、そしてブラック・スト ーンなどは株式市場に突如として現れた恐竜だといわれたが、 恐竜はあまりにも図体が大きくなりすぎたために動きがとれ なくなった。
そこで株式を上場することで普通の動物になろうとして いるのだが、そんなに簡単に生まれかわることができるのか、 と人びとは不安な眼を向けている。
それがPEFの現在の姿 である。
非公開の投資ファンド(PEF)が曲がり角にきている。
アメリカでは資金調達 のため大手が株式上場に動き、日本では村上ファンドが摘発されて解体に追い込 まれた。
しかし、大きくなりすぎて非効率となった株式会社があるかぎり、PEF は形を変えて再生してくるであろう。
79 SEPTEMBER 2007 “解体屋”の役割 いわゆる投資信託は大衆から資金を集めてそれを株式に投 資するというもので、それによって上場会社は資金調達をし て成長していく。
それは会社を大きくするという役割を果た しているのだが、PEFはどうか。
これは先に述べたように会社の株を買占めてそれを会社側 に引取らせて儲けるか、あるいはそれを他の会社に転売する ことで儲けるというやり方をする。
もちろん彼らも長期投資をすることで会社に貢献する、と いうのだが、長期に資金が寝てしまったのでは運用成績は下 がる。
もちろんPEFのファンドマネージャーが株を買占め た会社の経営をするなどということはありえない。
それは会社を乗取るのが目的ではなく、値上がり益を稼い で儲けるのが目的である。
したがって早く転売しなければな らない。
そして転売できるような会社の株しか狙わない。
ライブドアがニッポン放送やフジテレビの経営をしたり、 あるいは村上ファンドが阪神電鉄の経営をしたりするという ことは考えられない。
このことはアメリカやイギリスのPEFでも同じで、彼ら もまた会社乗取りが目的ではなく転売が目的である。
その際、 株を買占めて会社を乗取ったあと、その会社の資産をバラバ ラにして転売する。
というのは会社が大きくなりすぎて非効 率になっているからだが、そこに目をつけて、株を買占める のである。
彼らはいうなれば“解体屋”であり、大きくなりすぎた会 社をバラバラに解体することで儲けるというわけだ。
二〇世紀末になって株式会社は恐竜のような存在になって いるが、そこに目をつけて、これを解体することで儲けよう というビジネスが現れた。
それがPEFであった。
それだけに、 これは簡単には消えてなくならないだろう。
形を変えて再生 してくることが十分考えられる。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『株のからくり』(平 凡社新書)。
村上ファンドの挫折 このPEFを日本に輸入してできたのが村上ファンドだっ たことはよく知られている。
元通産官僚だった村上世彰がオ リックスの宮内会長などの支援を受けて立ち上げた村上ファ ンドは非公開の投資ファンドで、少数の投資家の資金を集めて、 それを株式や債券などに投資して運用するというものだった。
そしてその運用成績は非常に良く、それによってファンドを 運用している村上世彰自身も一挙に巨額の財産を築いた。
と りわけ阪神電鉄株の買占めで大儲けしたのだが、インサイダ ー取引容疑で摘発され、村上ファンドは解体、そして村上世 彰は懲役二年、罰金三〇〇万円、追徴金十一億四九〇〇万 円の実刑判決を受けた。
アメリカでPEFが危機に陥る以前に、日本ではいち早く 村上ファンドが挫折したということはいったい何を意味して いるのだろうか。
PEFが活躍したのは単なる株式投資というよりは、株の 買占めであった。
しかしそれは株を買占めて、その会社を乗 取るのが目的ではない。
買占めた株を会社側に引取らせて儲 けるか、あるいはそれを他の会社に売りつけて儲けるという やり方である。
村上ファンドの場合は阪神電鉄の株を買占めて、それを全 株、阪急ホールディングスに引取らせることで大儲けした。
そういえばライブドアのやり方も同じだった。
ライブドア の場合はニッポン放送の株を買占め、それを全株、フジテレ ビに引取らせることで大儲けした。
ところがそれにからんで 村上ファンドがニッポン放送株を買っていたのがインサイダ ー取引として摘発されたのである。
そして当のライブドアもすでに村上ファンドに先立って摘発 され、会社は残っているものの、事実上、解体されてしまった。
いずれもアメリカに先立って日本でPEFは危機に陥って いたのである。
前者は一九八〇年代の日本のバブルと同じように、いず れ崩れるだろうといわれていたが、それが表面化しただけで、 それほど驚くべきことではない。
それに対し、後者、すなわちPEFは二〇〇〇年代になっ て脚光を浴びるようになった新しい投資ファンドとして注目 されてきた。
投資信託は広く一般の投資家から資金を集め、それを株 式や債券に投資するというもので、危機分散と専門家による 運用ということが売り物である。
当然のことながら、投資信 託は公募するのだから、その資産内容や運用成績を公表する。
これに対しPEFは少数の金持ちだけを相手に資産運用す るファンドなので、その資産内容を公開しなくてもよいとい うことになっている。
そこで大金持ちだけでなく機関投資家 もこのPEFに投資する。
現にアメリカでは年金基金がこの PEFに投資しているといわれる。
さらに問題なのは、このPEFが銀行から巨額の借入をして、 それで株や債券を買っているということだ。
いわゆるレバレ ッジ(てこ)の原理をはたらかすわけで、かりに投資家から 一億ドルの資産運用を任されたとして、もう一億ドルを銀行 から借りて運用すれば、運用利回りは二倍になるというわけだ。
こうして二〇〇〇年代になってアメリカでPEFが急速に 拡大して株式市場で大活躍するようになったが、いまそれが 曲がり角にきた。
というのはPEFのなかで運用に失敗して 赤字を出すものが出てきて、銀行がそれにカネを貸さなくな ったからである。
とりわけ円を借りて株を買うという円キャ リー・トレードがここにきてつまずいたといわれる。
変身する恐竜 PEFが行き詰まったひとつの現れとして今年六月、ブラ ック・ストーンが株式を公開したことがあげられる。
PEF として最も大きいのはカーライル・グループ、二位がKKR、 そして三位がブラック・ストーンだとされている。
そのブラ ック・ストーンがニューヨーク証券取引所に株式を上場した のである。
もともとPEFは株式を非公開にしているところに特色が あるのだが、それが株式を公開したのだから、それはもはや プライベート・エクイティ・ファンドではなく、パブリック・ エクイティ・ファンドであり、アメリカに多い会社型投資信 託と同じである。
このブラック・ストーンに続いてKKRや カーライル・グループも株式の公開を検討しているといわれる。
そうなればもはやPEFの時代は終わったということになる。
なぜ、これらの大手PEFが株式を公開するのか、といえ ば、それはもちろん、資金調達のためである。
銀行がカネを 貸さなくなったから、株式を公開して資金を調達するしかな くなったのである。
それを一般の投資家は見ているから、資金調達に困ったよ うな会社が株式を公開してもそんな株を買う人はいない。
当 然のことながら株価は下がる。
七月末の株安にはこのような ことが背景にあったと考えられ、PEFの存在そのものが問 われているといえる。
カーライル・グループやK K R、そしてブラック・スト ーンなどは株式市場に突如として現れた恐竜だといわれたが、 恐竜はあまりにも図体が大きくなりすぎたために動きがとれ なくなった。
そこで株式を上場することで普通の動物になろうとして いるのだが、そんなに簡単に生まれかわることができるのか、 と人びとは不安な眼を向けている。
それがPEFの現在の姿 である。
非公開の投資ファンド(PEF)が曲がり角にきている。
アメリカでは資金調達 のため大手が株式上場に動き、日本では村上ファンドが摘発されて解体に追い込 まれた。
しかし、大きくなりすぎて非効率となった株式会社があるかぎり、PEF は形を変えて再生してくるであろう。
79 SEPTEMBER 2007 “解体屋”の役割 いわゆる投資信託は大衆から資金を集めてそれを株式に投 資するというもので、それによって上場会社は資金調達をし て成長していく。
それは会社を大きくするという役割を果た しているのだが、PEFはどうか。
これは先に述べたように会社の株を買占めてそれを会社側 に引取らせて儲けるか、あるいはそれを他の会社に転売する ことで儲けるというやり方をする。
もちろん彼らも長期投資をすることで会社に貢献する、と いうのだが、長期に資金が寝てしまったのでは運用成績は下 がる。
もちろんPEFのファンドマネージャーが株を買占め た会社の経営をするなどということはありえない。
それは会社を乗取るのが目的ではなく、値上がり益を稼い で儲けるのが目的である。
したがって早く転売しなければな らない。
そして転売できるような会社の株しか狙わない。
ライブドアがニッポン放送やフジテレビの経営をしたり、 あるいは村上ファンドが阪神電鉄の経営をしたりするという ことは考えられない。
このことはアメリカやイギリスのPEFでも同じで、彼ら もまた会社乗取りが目的ではなく転売が目的である。
その際、 株を買占めて会社を乗取ったあと、その会社の資産をバラバ ラにして転売する。
というのは会社が大きくなりすぎて非効 率になっているからだが、そこに目をつけて、株を買占める のである。
彼らはいうなれば“解体屋”であり、大きくなりすぎた会 社をバラバラに解体することで儲けるというわけだ。
二〇世紀末になって株式会社は恐竜のような存在になって いるが、そこに目をつけて、これを解体することで儲けよう というビジネスが現れた。
それがPEFであった。
それだけに、 これは簡単には消えてなくならないだろう。
形を変えて再生 してくることが十分考えられる。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『株のからくり』(平 凡社新書)。
村上ファンドの挫折 このPEFを日本に輸入してできたのが村上ファンドだっ たことはよく知られている。
元通産官僚だった村上世彰がオ リックスの宮内会長などの支援を受けて立ち上げた村上ファ ンドは非公開の投資ファンドで、少数の投資家の資金を集めて、 それを株式や債券などに投資して運用するというものだった。
そしてその運用成績は非常に良く、それによってファンドを 運用している村上世彰自身も一挙に巨額の財産を築いた。
と りわけ阪神電鉄株の買占めで大儲けしたのだが、インサイダ ー取引容疑で摘発され、村上ファンドは解体、そして村上世 彰は懲役二年、罰金三〇〇万円、追徴金十一億四九〇〇万 円の実刑判決を受けた。
アメリカでPEFが危機に陥る以前に、日本ではいち早く 村上ファンドが挫折したということはいったい何を意味して いるのだろうか。
PEFが活躍したのは単なる株式投資というよりは、株の 買占めであった。
しかしそれは株を買占めて、その会社を乗 取るのが目的ではない。
買占めた株を会社側に引取らせて儲 けるか、あるいはそれを他の会社に売りつけて儲けるという やり方である。
村上ファンドの場合は阪神電鉄の株を買占めて、それを全 株、阪急ホールディングスに引取らせることで大儲けした。
そういえばライブドアのやり方も同じだった。
ライブドア の場合はニッポン放送の株を買占め、それを全株、フジテレ ビに引取らせることで大儲けした。
ところがそれにからんで 村上ファンドがニッポン放送株を買っていたのがインサイダ ー取引として摘発されたのである。
そして当のライブドアもすでに村上ファンドに先立って摘発 され、会社は残っているものの、事実上、解体されてしまった。
いずれもアメリカに先立って日本でPEFは危機に陥って いたのである。
