2007年10月号
現場改善

ワンマン運送会社A社の業務改善

OCTOBER 2007  72 ガチャンと電話を切られた  ある物流専門紙から、運送会社A社の事務 作業の改善をコンサルティングできないかとい う相談を受けた。
同紙の記者が取材中に先方 の社長から依頼を受け、私に白羽の矢が立った わけである。
 A社は大型トラックを中心に約二三〇台の車 両を保有する中堅運送会社だ。
グループ年商 は約三〇億円と、その地域としては一定の規 模があるうえ、社歴も古い。
何より名物社長の T社長の存在で、県下の同業者には一目置か れる会社であった。
T社長は大臣クラスの政治 家でもこの地域を訪れれば必ず挨拶に訪れると いう、いわゆる地元の名士である。
 早速、A社に連絡を入れてみた。
電話口に 出た女性の対応はすばらしかった。
電話をとる とすぐに「安全運転のA社です」との声。
電 話に出る人間には必ずそう言わせているようで、 「安全運転」を社外にPRすると共に、社員に も自覚させる努力を行っていた。
 T社長に電話がつながった。
「日本ロジファ クトリーの青木です。
○×新聞のご紹介でご連 絡させていただきました」。
そう自己紹介した ものの、反応が無い。
記者からは先方にも連絡 を入れてあると聞いていたのだが、どうも勝手 が違う。
仕方なく、こちらが何者かを詳しく説 明した。
それでようやくT社長も理解したよう で「はぁ、はぁ」と返事が返ってきた。
 ところがアポイントの日程調整を行おうと すると、「来る前日に電話をしてくれ」という。
それではアポイントにならない。
ある意味、こ の対応は断りの類である。
紹介どころか飛び込 み営業よりタチが悪い。
本当に依頼を受けたの かさえ疑わしくなってくる。
 それでも、私はこのタイプの経営者には慣れ ている。
「それでは一応、○月×日の一六時に お邪魔することにいたしますので、空けておい ていただけますか。
もちろん前日にもお電話い たします」と、動じないフリをして電話を切った。
 訪問の前日、約束通り確認の電話を入れた。
例の「安全運転のA社です」という電話応対 のあと、T社長につながった。
こちらが用件を 言うと「はいはい」の一言だけで、一方的に電 話を切られてしまった。
まったく愛想の無い対 応である。
 直接顔を会わせた時には、どのようにT社長 と対決してやろうか。
私は改善の仮説よりもむ しろ、そんなことばかりをイメージしてA社を 訪問したのであった。
 A社の本社事務所は、よく掃除の行き届い 事例で学ぶ 現場改善 日本ロジファクトリー 青木正一 代表 第57 回  中堅運送会社A社の創業社長は、地元ではちょっとした 名士として知られている。
七五歳と高齢ながら、いまだに 現役バリバリで人一倍元気もいい。
押しが強く、情に厚い、 典型的な運送会社のワンマン社長だ。
コンサルタントにと っては、かなり手強い相手である。
ワンマン運送会社A社の業務改善 73  OCTOBER 2007 た清潔で瀟洒な自社ビルであった。
会社のゲー トを時折、大型車が出入りしている。
その一台 一台のドライバーに対して、ゲートに立つ管理 担当者が必ず一声掛けていた。
挨拶の習慣が キッチリ現場にまで徹底されている。
先の電話 対応者のトークもしかり。
形骸化したマニュア ル仕事ではない。
芯の通った会社のようだ。
七五歳のマシンガン・トーク  いよいよ戦いがはじまろうとしていた。
自分 の名前と、T社長に会いにきたことを受付で告 げると、初老の男性が「いらっしゃい。
あの部 屋へどうぞ」と社長室らしき部屋に案内してく れた。
男性は、どこかのお屋敷の執事のような 腰の低さであった。
 まさかと思ったが、その執事がT社長であっ た。
名刺交換を終え、「あと二人、担当者を呼 んでくるので、もう少し待って下さい」とのこと。
電話口の印象とはまるで違う。
私は少なからず 面食らった。
 T社長が担当者二人を連れてきた。
顧問と 総務の若手スタッフであった。
面子が揃って、 ソファに座るなり、T社長が本性を現した。
開 口一番、「ワシは最近、運転手付きの社用車 をやめて、タクシーに乗るようになったんだが、 あんたはそれをどう思う」と大声でいう。
 久々の満塁ホームラン、いや頭面デッドボー ルを受けたかのような初打席であった。
私も返 答すべきなのだが、そのチャンスをなかなか与 えてくれない。
私が何か口にしようとする前に、 T社長が社用車をやめた理由を自分でしゃべり 出してしまう。
タクシーに乗るようになったこ とで運転手から様々な自分の知らない情報が入 るようになり、喜んでいるという。
 T社長は今年で七五歳。
引退してもおかしく ない年だが、やたらと声が大きく、とにかく元 気である。
そして話し合いの間中、ずっと煙草 を口にしている。
T社長の足もとには大きなバ ケツが用意されている。
それが彼のマイ灰皿で あった。
 私はT社長が次の煙草に火をつけるわずかな 瞬間を見計らって、こちらの聞きたいこと、話 すべきことをはさんでいった。
そうやって、戦 いの開始から五〇分ほどを経過した頃に、よう やく本題に入ることができた、と思ったが甘かっ た。
 T社長は私に心を許してくれたのか、あるい はさすがに疲れてきたのか、入れ歯を外して一 息ついた。
ところが、それを合図に延長戦に入っ てしまったようだ。
再び話にエンジンがかかっ てしまった。
 A社が新聞で紹介された記事を総務の若手 スタッフに取りに行かせて、私に披露する。
持っ てきた記事は二〇年前のモノで既にかなり黄ば んでいたが、そんなことはお構いなしだ。
さら には政治家のなにがし幹事長や○×大臣から送 られた手紙まで持ち出してくる。
 結局、本題に入れたのは、席についてから 一時間をゆうに回った頃だった。
とうとうT社 長も力尽きたようだった。
事務所作業にどれだ けのムダがあるのかを知るために、私は手短に、 人員と残業時間、そして残業手当などを質問し、 仮説を三つほど提示した。
 そしてコンサルティングに必要な期間と料金 を告げた。
それに対してT社長は他の二人に意 見を求めたが、二人とも「とくにありません」 とのこと。
結局、即決でコンサルティングにG Oサインが出た。
 話し合いも終わりの頃、私はT社長に「長年 経営を続けてこられた先輩として、後輩経営者 に一つ大切なことを教えるとすれば何でしょう」 と尋ねた。
「それは、経営者は孤独や、という ことやなあ」と返ってきた。
その言葉がT社長 と二人の社員たちとのやりとりに、あまりにぴっ たりだったため、私は思わず苦笑いしてしまった。
 この初回訪問での商談時間は二時間三〇分 を超えた。
T社の玄関を出る頃には、辺りは日 が沈み、既に薄暗くなっていた。
私はホッと一 息ついてタクシーに乗り込み、何とはなく後ろ を振り返ると、七五歳の老人がひとり私を見送っ てくれていた。
 運送会社の創業者ならではのアクの強さと律 義で情に厚い性格──私が一五年前にこの業界 に入った当時は、T社長のような経営者がたく さんいた。
しかし、その多くは二代目、三代目 に代替わりし、最近ではこの業界にもスマート な経営者が増えている。
久しぶりに個性の強い ワンマン社長に出会った気がした。
過剰品質を改善  さて今回の業務改善で、調査期間として与 えられた時間は二日間だ。
初日に実態を調査し、 それを元に仮説を立て、二日目は仮説の検証 に充てなければならない。
 調査初日、総務の若手スタッフから業務の流 れの説明を受けた。
私の方から「この伝票は次 OCTOBER 2007  74 にどこに渡すのですか」「この書類は何のため に必要なのですか」といった具合に、現場で疑 問点を次々に質問していくスタイルをとった。
 その最中、T社長がくわえタバコで我々の話 に入ってきた。
(あれあれ。
安全運転さえでき れば、くわえタバコはええんかい)と、私は心中、 ツッコミを入れながらも、T社長の言動を見守っ た。
 T社長が総務の若手スタッフに替わって、業 務の流れを説明してくれる。
ところが、全てそ れは大昔のやり方であった。
現状とはかなり違っ ている。
現場は戸惑い、静まりかえった。
 さすがにT社長も空気を察知したのか「あと は頼むぞ」と、説明を途中で切り上げ、所在 なさげに社長室に戻っていった。
そんな、ちょっ としたイベントも交えながら実地調査を進めた。
 立ち話レベルで事務所内にいる七名の社員に 「困っていることをひとつ教えて下さい」と聞い て回ったものの、回答に共通点や一貫性が全く ない。
顧問も現場の細かな業務までは把握して いない。
いきおい、総務の若手スタッフからの ヒアリングが中心となった。
ワンマン経営の功と罪  そこから、「?請求書発行のチェック業務」と、 「?月次損益の確定業務」に問題のあることが 分かった。
 ?請求書のチェックは、ダブルチェックまで が一般的である。
それに対して、A社では二 名の担当者がそれぞれ四回のチェックを行って いた。
いわゆる「過剰品質」の状態であった。
これを私は二回のチェックに減らし、その代り 二名の社員で双方の請求書を“襷がけ”でチェッ クする方法に変更した。
 ?月次損益の確定業務で問題になったのは、 数字の確定までに二五日間もかかっているとい う点である。
我々日本ロジファクトリーは、ク ライアント先の物流企業に対して、締め日から 五日以内に、暫定版でもかまわないので月次損 益をまとめるように指導している。
そうしないと、 月内に改善策を打てないからである。
 A社では、それが二五日間もかかってしまう 理由は、本社とは別にある計三カ所の営業所の 実績数値の入力が遅れてしまうためだった。
そ こで次の改善を行うことにした。
(1) 各営業所の入力作業を月末まで溜め込まず、 毎日実施する (2) 各営業所のドライバーの給与や傭車費、パー ト・アルバイトの人件費などは、事前に予測 値を入力しておき、さらに締め日に概算値で 修正することで、「暫定版」の月次損益を作 成する (3) 下払い先に請求書の締め日および到着日を厳 守してもらい、かつ郵送する前にFAXを必 ず入れてもらうようにする  こうして二つの問題点は解決した。
しかしA 社にとって最も大きな課題には、まだ手が付け られていない。
それは業務にムダがあると感じ ていながらも、スタッフが自ら手を挙げて改善 提案をする、あるいは上司に意見するという社 風がないことだ。
それどころか早く仕事が終っ てしまえばやることがなくなり、T社長にドヤ されるという意識が強いように感じた。
 全て自分で見なければ気がすまない。
人に任 せても、つい口を出してしまう。
高いレベルの 仕事を期待するあまり、権限委譲ができないと いう経営トップは珍しくない。
優秀な経営者ほ ど、そうした傾向がある。
しかし、それによっ て社員たちには、自ら考える、一人ひとりが問 題意識を持ち、具体的に行動するといった意識 が働かなくなってしまう。
ワンマン経営には常 に功と罪がつきまとうのである。
あおき・しょういち  1964年生まれ。
京都産 業大学経済学部卒業。
大手 運送業者のセールスドライ バーを経て、8 9年に船井 総合研究所入社。
物流開発 チーム・トラックチームチー フを務める。
96年、独立。
日本ロジファクトリーを設 立し代表に就任。
現在に至る。
HP:http://www.nlf.co.jp/ e-mail:info@nlf.co.jp

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