2007年10月号
物流IT解剖
物流IT解剖
ヤマト運輸
OCTOBER 2007 52
組織変更
第7 回
経営戦略とIT戦略を
同じ組織が取りまとめ
今年四月、ヤマト運輸はIT部門
と経営企画部門を統合して、新たに
「経営戦略部」を発足させた。
約三〇 人の社員からなるこの組織には、情 報システム課(元情報システム部) の社員およそ二〇人と、経営計画な どを取りまとめる経営戦略課の社員 などが所属している。
同部を率いる金森均執行役員経営 戦略部長は、「ビジネスモデルその ものを経営戦略とIT戦略でサンド イッチしていくために組織を変えた。
ちょうど今、来年四月からスタート する次期三カ年計画の骨子を固めて、 詳細な年度計画に落とし込んでいこ うとしている。
ITを使って次の三 カ年で何をするのかも当然重要だが、 さらに先をにらんだインフラ整備も 視野にいれたIT戦略が必要と考え ている」という。
これまでの三〇年に及ぶ「宅急便」 の歴史は、利用者との距離を縮めよ うとする行為の積み重ねだったとい える。
サービス水準さえ高めれば収 益は後からついてくるという経営 トップの考えの下、同社は約二〇年 を費やして全国を隈なく網羅する配 送ネットワークを構築した。
目先の利益だけを考えれば、人口 密度の高いエリアだけで営業活動を 展開するほうが有利だったはずだ。
しかし、利用者の利便性を高めるこ とこそ成長力の源泉と考えた同社は、 山間部など業務効率の悪いエリアで も“翌日配送”を実現するための集配 網を整備していった。
二〇〇三年四月に導入した「宅急 便エリア・センター制」では、二五 〇〇余りの拠点を倍増する方針を打 ち出した。
営業所を小グループ(= センター)に細分化する一方で、管 理の単位は、六つから七つのセン ターを束ねるエリアごとに移行。
そ れまで二五〇〇人以上いた営業所長 の管理業務は、その半数程度のエリ ア支店長や事務センター長などに引 き継がれた。
管理のための組織が肥 大するのを防ぎつつ、利用者に近づ くための施策だった。
IT活用も、こうした経営戦略と 密接に結びついている。
「当社の社 訓のなかに『運送行為は委託者の意 思の延長と知るべし』という項目が ある。
委託者と届け先の双方への サービスレベルをいかに高めるか。
それがIT戦略の大きな前提になっ ている」と金森執行役員は説明する。
過去の同社は「ゴルフ宅急便」や 「クール宅急便」、さらには「時間帯 お届けサービス」など輸送業務その もので新基軸を打ち出してきた。
だ が翌日配送や時間帯指定配送などが 業界標準として定着した現在、集配 実務で差別化を図るのは簡単ではな くなっている。
その一方で、インター ネットや携帯電話といった新しい情 報ツールの普及は、宅配ビジネスに 新たな可能性をもたらしている。
こ の変化がヤマトのIT戦略に反映さ れている。
携帯電話のインフラ活用して通信網整備 10万台超の端末を配備してサービス革新 ヤマト運輸 5 年前、セールスドライバーが利用する通信インフラをMCA 無線から携帯電話に シフトした。
その後は携帯電話やインターネットを駆使したサービスレベルの向上を 模索。
2005 年6 月に総額120 億円を投じて「次世代システム」を稼働したのに続き、 昨年12 月にはポータブルPOS(携帯端末)の機能を完全に肩代わりできる携帯電 話を導入した。
細分化しつづける末端配送をITで下支えしている。
◆本社組織 本社・経営戦略部の中の情報システム課に 約20人の社員が所属。
親会社のヤマトホールディング スにもIT戦略の担当者がいるが実務は各事業会社が担 当 ◆情報会社 ヤマトシステム開発(YSD)、1973年設立、 資本金18億円、売上高491億円(06年度・3分の2はヤマ トグループ以外)、従業員数1493人(07年3月末) 《沿革》1976年に「宅急便」を開始。
80年に全ての宅急便営業所にNEKO-POS(バーコー ドリーダー付簡易入力機)を配備して、営業拠点で貨物情報を入力することによる貨物追跡シ ステムを完成。
86年の「第3次NEKOシステム」でセールスドライバー(SD)が携行できるポ ータブルPOSを導入して、荷物のある場所で業務を処理する体制を整えた。
その後も5〜6年周期でシステムの改変を続け、2005年に第6世代となる「次世代システ ム」を稼働。
携帯電話の通信ネットワークを使った荷物情報のリアルタイム化(約15分間隔の 自動更新)や、専用端末を使った集配現場でのカード決済、専用の業務アプリケーションを搭 載した携帯電話の業務端末(ポータブルPOSの代替機)としての活用、などを実現した。
このシステムは、モバイルコンピューティング推進コンソーシアム(M C P C)主催の 「MCPC award2006」でグランプリを受賞している。
53 OCTOBER 2007 インフラ整備 それ以前から、荷物を発送する依 頼主が着荷時間帯を指定することは 可能だった。
しかし、この時間帯が、 荷物を受け取る側にとって希望通り とは限らない。
そこで新サービスで は、届け先にあらかじめ電子メール で配達日や時間帯を伝えて、受取人 がこれを変更できるようにした。
〇二年は、同社のIT戦略のター ニングポイントでもあった。
この年、 ヤマトは基幹システムを従来のホス トコンピューターからサーバー群に 切り替えるオープン化を実施。
さら に同年一〇月には、三万二〇〇〇 台の携帯電話(KDDI)を導入して、 すべてのSDに配布した。
それまで利用者から寄せられる集 荷依頼や再配達依頼は、コールセン ターなどで受けてから業務用無線な どでSDに伝えていた。
これを利用 者がSDの携帯電話に直接、連絡で きるようにした。
この動きは二年後、 SDの携帯電話の番号をより積極的 に開示する「ドライバーダイレクト」 へと発展していくことになる。
さらに携帯電話の全面的な採用は、 宅急便を支える通信インフラの抜本 的な見直しも意味していた。
これを 機にヤマトはMCA無線・業務用無 線の利用を停止し、通信インフラを 携帯電話ネットワークに一本化した。
そして、利用者の利便の向上と、通 信コストの削減、さらには将来の技 術革新への布石、という三つの目的 を追求しはじめた。
総額一二〇億円を投じて SDの情報武装を刷新 ヤマトは一九七〇年代から「NE KOシステム」という名称で情報シ ステムを整備してきた。
ほぼ六年ご とにこれを更新し、八六年に稼動し た第三次NEKOシステムではSD が携行する業務処理端末「ポータブ ルPOS」を全面導入。
集配業務の 飛躍的な効率向上を実現した。
ポータブルPOSの導入によって、 利用者のすぐ近くで業務を処理する ことが可能になった。
ただし、端末 に蓄積されるデータを基幹システム に反映するのは、SDが集配拠点に 戻ってから。
このタイムラグは、そ の後もずっと埋められず、九八年に ホームページ上で「荷物お問い合わ せシステム」をスタートしたときに も変わらなかった。
米UPSが九〇 年代前半からほぼリアルタイムの貨 物追跡情報を利用者に提供していた のとは対象的だ。
少なくとも第五次NEKOシステ ムを稼動した九九年の時点で、ポー タブルPOSのデータを無線で伝送 し、即座に基幹システムに反映させ ることは技術的に可能だった。
だが 国土が狭く、翌日配送が当たり前の 日本において、その必要性を当時の ヤマトは感じていなかった。
結局、 貨物情報のリアルタイム処理の実現 は、二〇〇五年の「次世代NEKO システム」の稼働まで待たなければ ならなかった。
第六世代となるこのシステムを、 社内ではいまだに“次世代システム” と呼びつづけている。
開発中ならい ざ知らず、稼働後もずっとそう呼ん でいる理由について、金森執行役員 は「これまで店で処理していた業務 を、このシステムではじめて軒先で 処理できるようになった。
作ってき た人たちにとっては四次、五次シス テムの延長ではないという意識が強 い」と説明する。
実際、それまではSDが集配拠点 に戻る昼と夕刻にだけデータを更新 していたのを、次世代システムでは 一五分間隔で自動更新するように改 実際、近年はセールスドライバー (SD)の携帯電話の番号を開示する 「ドライバーダイレクト」や、荷物情 報を利用者に知らせる「宅急便e─お 知らせシリーズ」など、ITを絡め たソフト面のサービス強化が目立つ。
利用者との距離は“情報”というソフ ト面の工夫でも縮めることができる という発想だ。
携帯電話をフル活用し 高品質・低コストを追求 ここ一〇年ほどのインターネット と携帯電話の爆発的な普及は、ヤマ トのIT戦略にも大きな影響を与え た。
二〇〇〇年前後に株式市場を騒 がせたITバブルでは、宅配業がネッ トビジネスを支えるインフラとみな され、ネット関連企業の一角に数え られた同社の株価が急騰する場面も あった。
ネットベンチャーの出資者 として、ヤマトが名を連ねるケース も目立った。
このときの経験がヤマトのIT戦 略に影響を及ぼしたであろうことは 容易に想像できる。
実際、ITを利 用するサービスを矢継ぎ早に打ち出 した。
〇一年二月にネットによる集 荷・再配達の受け付けをスタート。
翌〇二年二月には「宅急便メール通 知サービス」を開始している。
金森均執行役員経営戦略部長 次世代システム OCTOBER 2007 54 情報子会社 めた。
基幹システムのデータはほぼ リアルタイムで書き換えられる。
費 用対効果に対する考慮もあって完全 なリアルタイム化は実施せず、利用 者にストレスを感じさせないレベル のバッチ処理を選んだ。
迅速なデータ処理を実現するため に、携帯電話のネットワークを通信 インフラとして活用している。
すで に全SDが持っていた携帯電話を、 ポータブルPOSや携帯用プリン ターと無線(ブルートゥース)で接続。
ここに新たに導入したカード決済端 末(ピンパッド)もつなぎ、配送担当 者ごとに無線LANを構築した。
こ れら四つの機器(携帯電話、ポータ ブルPOS、プリンター、決済端末) を約四万人のSDがセットで携行す ることで、ほぼリアルタイムのデー タ処理が可能になった。
さらに同じ二〇〇五年の十一月に は、ポータブルPOSの機能を一部 肩代わりできる業務アプリケーショ ン(BREWアプリ)を携帯電話に搭 載するシステムも開発。
携帯電話を 業務端末としても使いはじめた。
年 末年始などの繁忙期の増員作業者 が、ポータブルPOSがなくても集 配業務を行える装備(BREWアプ リ搭載の携帯電話+バーコードリー ダー)を二万五〇〇〇セット用意。
計六万五〇〇〇人の集配担当者のI T武装が刷新された。
ただし、この時点で携帯電話に搭 載した業務アプリケーションには 「配達完了入力」の機能しかなかった。
そこで〇六年十二月に、今度はポー タブルPOSの全機能を肩代わりで きる業務アプリを搭載したビジネス ケータイ「E03CA」を新たに約六 〇〇〇台導入した。
これに小型の バーコードリーダーをつけることに よって、ポータブルPOSに比べる と作業の生産性は落ちるものの、低 コストで同等のサービスを提供でき る装備を開発した。
メール便のシステムも見直した。
昨年一〇月、合計で五万人以上いる メール便ドライバーおよびクロネコ メイトに、専用の業務アプリケー ションを搭載した携帯電話を配布。
メール便についても迅速に配達完了 データを吸い上げられる体制を構築 した。
結果として現在のヤマトは、 十数万台の携帯電話を通話以外の用 途で使っており、これがサービスレ ベル向上のカギを握っている。
情報子会社を介さなかった ポータブルPOSの開発 同社はこれまで情報システムの構 築を、グループ会社のヤマトシス テム開発(YSD)と共に進めてきた。
ヤマトのIT部門が企画する業務ア プリケーションの多くは、外部ベン ダーも活用しながらYSDが開発し ている。
また、ヤマトの情報インフ ラを支えるハードウエアの多くはY SDの資産で、これを活用するヤマ トはYSDに運用費を支払うという 関係になっている。
YSDは売上高の三分の二をグ ループ外から確保している有力なI Tベンダーだ。
それでも従来のヤマ トは決して開発業務を“丸投げ”しよ うとはしてこなかった。
それどころ か過去のポータブルPOSの開発で は、YSDをまったく介さずにヤマ ト自身が外部ベンダーと組んで行っ ていたのだという。
もちろん、ポータブルPOSの データを処理する基幹システムをY SDが担っている以上、まったく蚊 帳の外に置いたわけではない。
しか し、宅急便ビジネスの業務ノウハウ が凝縮されたポータブルPOSの開 発は、歴史的な経緯もあって長らく ヤマトのIT部門が直接、手掛けて いた。
ここにYSDが本格的に参画 するようになったのは、二〇〇三年 秋に“次世代システム”の構築に着手 してからだ。
このように着かず離れずやってき 図1 導入システム (セールスドライバー向け 2005年6月サービス開始) セールスドライバー(SD)実装機器 約40,000 台 営業所内 宅急便センター屋 外 モバイルプリンター 出力機能 新型ポータブルPOS 入力機能 携帯電話 通信機能 Pinpad カード決済機能 ハンズフリー機器 (車内) 通信 通信 Bluetooth アンテナ ワークステーション ドライバーの 実装スタイル 携帯電話基地局 携帯電話ネットワークを用い 15 分ごとにアップロード 55 OCTOBER 2007 IT投資 た両社だが、二年前にヤマトグルー プが持ち株会社制を導入したことで 関係は微妙に変化している。
以前は ヤマトの直系子会社だったYSD が、兄弟会社という位置づけに変わ り、持ち株会社から見れば二社はそ れぞれに収益を追求すべき事業会社 となった。
もっともヤマトとYSDは、以前 から従属的な親子関係にあったわけ ではない。
一般に親会社が子会社に 人材を送り込むケースは多いが、ヤ マトの場合は、逆にYSDの出身者 が親会社で活躍しているケースが少 なくない。
現に金森執行役員もYS Dの出身だ。
一年前にヤマトの情報 システム部の部長として異動し、今 年四月からは経営戦略部長を務めて いる。
IT戦略のパートナーとしてのY SDの働きに、金森氏はおおむね満 足している。
しかし、注文も忘れな い。
「宅配ビジネスのノウハウが集 積されているYSDとは、今後も ずっと付き合っていくことになるは ずだ。
だがインターネットやウェブ などの急速な技術革新に一社だけで ついていくのは現実的ではない。
彼 らにはIT技術の“目利き”として、 案件に応じて外部のITベンダーを 適切にコーディネートできる力を 養ってほしい」 単体売上高の二%を目安に IT投資の適正化を模索 現在のヤマトはITコストを公表 していない。
次世代システムには一 二〇億円を投じたが、これはあくま でも「ネットワークインフラを整備 するための投資額」であり、情報シ ステムを運営していくためのランニ ングコストとは異なる。
それでも金 森執行役員としては、社内で正式に 認められている基準ではないと断り つつ、「個人的には(単体売上高の) 二%という数字を一つの目安にして いる」と明かす。
二年前に持ち株会社制に移行した ときから、ヤマトは単体の売上高を 公表していない。
このため「二%」の 実額は推測するしかないが、〇五年 三月期の単独売上高が八九〇〇億円 だったことからすると、この時点で 年間一八〇億円程度を目安にしてい た計算になる。
この金額の妥当性を外部から判断 するのは難しい。
しかし、少なくて も金森氏は「現状のコンピューター への投資がとくに多いとは思ってい ない。
もちろん、技術は変化しつづ けているのだから、仕組みの改善に よるコスト削減は常に進める必要が ある。
だが単純なコストカットをす るつもりはない」と強調する。
IT投資の内訳や計上している項 目が企業ごとに異なるため、他社と の単純な比較もできない。
それでも 宅配市場で競合関係にある佐川急便 が現在、二百数十億円の年間ランニ ングコストを削減するために躍起に なっているのとは、ヤマトの現状は 少し異なっているように見える(本 誌二〇〇七年六月号参照)。
ホストコンピューターを使ってい た時代から分散処理の傾向が強かっ たヤマトは、五年前にいち早くオー プン化を実施している。
また、通信 ネットワークや業務端末に携帯電話 をフル活用していることも、特定の ITベンダーへの依存度を下げ、コ ストを適正化するのに役立っている はずだ。
同社のIT戦略にとって幸いなの は、宅急便をスタートしてから一貫 して追求してきた企業理念の下で、 いまだに会社が成長しつづけている ことだろう。
この大前提に基づいて IT戦略を実践するという好循環が 現在でも機能している。
成熟期に 入ったと言われる宅配市場にあって も、まだしばらくは我が道を歩みつ づけることになりそうだ。
(フリージャーナリスト・岡山宏之) ドライバー ダイレクト ドライバー ダイレクト 集荷 (定期訪問) 集荷・配達 (定期訪問) 集荷・配達 お届け通知サービスお届け通知サービス 集荷・配達 各種問合せ インターネット(集荷・再配達登録/荷物追跡照会) 軒先アップロード 決済センター 各銀行 法人のお客様 デビット・クレジット セールスドライバー 持ち込み 持ち込み・ 店頭受取 全国約8,000 拠点を通じ お客様へ ベース (大規模物流拠点) ヤマトシステム開発 ホストコンピュータ 宅急便センター 軒先決済 事務管理センター 増員稼働者 取扱店/ コンビニ POS 累積荷物履歴 サービスセンター http://www.kuronekoyamato.co.jp 図2 「次世代システム」と利用者の関係 集荷/ 再配 依頼/ 確認 各種依頼 個人のお客様 軒先アップロード 軒先アップロード 軒先アップロード 軒先アップロード
約三〇 人の社員からなるこの組織には、情 報システム課(元情報システム部) の社員およそ二〇人と、経営計画な どを取りまとめる経営戦略課の社員 などが所属している。
同部を率いる金森均執行役員経営 戦略部長は、「ビジネスモデルその ものを経営戦略とIT戦略でサンド イッチしていくために組織を変えた。
ちょうど今、来年四月からスタート する次期三カ年計画の骨子を固めて、 詳細な年度計画に落とし込んでいこ うとしている。
ITを使って次の三 カ年で何をするのかも当然重要だが、 さらに先をにらんだインフラ整備も 視野にいれたIT戦略が必要と考え ている」という。
これまでの三〇年に及ぶ「宅急便」 の歴史は、利用者との距離を縮めよ うとする行為の積み重ねだったとい える。
サービス水準さえ高めれば収 益は後からついてくるという経営 トップの考えの下、同社は約二〇年 を費やして全国を隈なく網羅する配 送ネットワークを構築した。
目先の利益だけを考えれば、人口 密度の高いエリアだけで営業活動を 展開するほうが有利だったはずだ。
しかし、利用者の利便性を高めるこ とこそ成長力の源泉と考えた同社は、 山間部など業務効率の悪いエリアで も“翌日配送”を実現するための集配 網を整備していった。
二〇〇三年四月に導入した「宅急 便エリア・センター制」では、二五 〇〇余りの拠点を倍増する方針を打 ち出した。
営業所を小グループ(= センター)に細分化する一方で、管 理の単位は、六つから七つのセン ターを束ねるエリアごとに移行。
そ れまで二五〇〇人以上いた営業所長 の管理業務は、その半数程度のエリ ア支店長や事務センター長などに引 き継がれた。
管理のための組織が肥 大するのを防ぎつつ、利用者に近づ くための施策だった。
IT活用も、こうした経営戦略と 密接に結びついている。
「当社の社 訓のなかに『運送行為は委託者の意 思の延長と知るべし』という項目が ある。
委託者と届け先の双方への サービスレベルをいかに高めるか。
それがIT戦略の大きな前提になっ ている」と金森執行役員は説明する。
過去の同社は「ゴルフ宅急便」や 「クール宅急便」、さらには「時間帯 お届けサービス」など輸送業務その もので新基軸を打ち出してきた。
だ が翌日配送や時間帯指定配送などが 業界標準として定着した現在、集配 実務で差別化を図るのは簡単ではな くなっている。
その一方で、インター ネットや携帯電話といった新しい情 報ツールの普及は、宅配ビジネスに 新たな可能性をもたらしている。
こ の変化がヤマトのIT戦略に反映さ れている。
携帯電話のインフラ活用して通信網整備 10万台超の端末を配備してサービス革新 ヤマト運輸 5 年前、セールスドライバーが利用する通信インフラをMCA 無線から携帯電話に シフトした。
その後は携帯電話やインターネットを駆使したサービスレベルの向上を 模索。
2005 年6 月に総額120 億円を投じて「次世代システム」を稼働したのに続き、 昨年12 月にはポータブルPOS(携帯端末)の機能を完全に肩代わりできる携帯電 話を導入した。
細分化しつづける末端配送をITで下支えしている。
◆本社組織 本社・経営戦略部の中の情報システム課に 約20人の社員が所属。
親会社のヤマトホールディング スにもIT戦略の担当者がいるが実務は各事業会社が担 当 ◆情報会社 ヤマトシステム開発(YSD)、1973年設立、 資本金18億円、売上高491億円(06年度・3分の2はヤマ トグループ以外)、従業員数1493人(07年3月末) 《沿革》1976年に「宅急便」を開始。
80年に全ての宅急便営業所にNEKO-POS(バーコー ドリーダー付簡易入力機)を配備して、営業拠点で貨物情報を入力することによる貨物追跡シ ステムを完成。
86年の「第3次NEKOシステム」でセールスドライバー(SD)が携行できるポ ータブルPOSを導入して、荷物のある場所で業務を処理する体制を整えた。
その後も5〜6年周期でシステムの改変を続け、2005年に第6世代となる「次世代システ ム」を稼働。
携帯電話の通信ネットワークを使った荷物情報のリアルタイム化(約15分間隔の 自動更新)や、専用端末を使った集配現場でのカード決済、専用の業務アプリケーションを搭 載した携帯電話の業務端末(ポータブルPOSの代替機)としての活用、などを実現した。
このシステムは、モバイルコンピューティング推進コンソーシアム(M C P C)主催の 「MCPC award2006」でグランプリを受賞している。
53 OCTOBER 2007 インフラ整備 それ以前から、荷物を発送する依 頼主が着荷時間帯を指定することは 可能だった。
しかし、この時間帯が、 荷物を受け取る側にとって希望通り とは限らない。
そこで新サービスで は、届け先にあらかじめ電子メール で配達日や時間帯を伝えて、受取人 がこれを変更できるようにした。
〇二年は、同社のIT戦略のター ニングポイントでもあった。
この年、 ヤマトは基幹システムを従来のホス トコンピューターからサーバー群に 切り替えるオープン化を実施。
さら に同年一〇月には、三万二〇〇〇 台の携帯電話(KDDI)を導入して、 すべてのSDに配布した。
それまで利用者から寄せられる集 荷依頼や再配達依頼は、コールセン ターなどで受けてから業務用無線な どでSDに伝えていた。
これを利用 者がSDの携帯電話に直接、連絡で きるようにした。
この動きは二年後、 SDの携帯電話の番号をより積極的 に開示する「ドライバーダイレクト」 へと発展していくことになる。
さらに携帯電話の全面的な採用は、 宅急便を支える通信インフラの抜本 的な見直しも意味していた。
これを 機にヤマトはMCA無線・業務用無 線の利用を停止し、通信インフラを 携帯電話ネットワークに一本化した。
そして、利用者の利便の向上と、通 信コストの削減、さらには将来の技 術革新への布石、という三つの目的 を追求しはじめた。
総額一二〇億円を投じて SDの情報武装を刷新 ヤマトは一九七〇年代から「NE KOシステム」という名称で情報シ ステムを整備してきた。
ほぼ六年ご とにこれを更新し、八六年に稼動し た第三次NEKOシステムではSD が携行する業務処理端末「ポータブ ルPOS」を全面導入。
集配業務の 飛躍的な効率向上を実現した。
ポータブルPOSの導入によって、 利用者のすぐ近くで業務を処理する ことが可能になった。
ただし、端末 に蓄積されるデータを基幹システム に反映するのは、SDが集配拠点に 戻ってから。
このタイムラグは、そ の後もずっと埋められず、九八年に ホームページ上で「荷物お問い合わ せシステム」をスタートしたときに も変わらなかった。
米UPSが九〇 年代前半からほぼリアルタイムの貨 物追跡情報を利用者に提供していた のとは対象的だ。
少なくとも第五次NEKOシステ ムを稼動した九九年の時点で、ポー タブルPOSのデータを無線で伝送 し、即座に基幹システムに反映させ ることは技術的に可能だった。
だが 国土が狭く、翌日配送が当たり前の 日本において、その必要性を当時の ヤマトは感じていなかった。
結局、 貨物情報のリアルタイム処理の実現 は、二〇〇五年の「次世代NEKO システム」の稼働まで待たなければ ならなかった。
第六世代となるこのシステムを、 社内ではいまだに“次世代システム” と呼びつづけている。
開発中ならい ざ知らず、稼働後もずっとそう呼ん でいる理由について、金森執行役員 は「これまで店で処理していた業務 を、このシステムではじめて軒先で 処理できるようになった。
作ってき た人たちにとっては四次、五次シス テムの延長ではないという意識が強 い」と説明する。
実際、それまではSDが集配拠点 に戻る昼と夕刻にだけデータを更新 していたのを、次世代システムでは 一五分間隔で自動更新するように改 実際、近年はセールスドライバー (SD)の携帯電話の番号を開示する 「ドライバーダイレクト」や、荷物情 報を利用者に知らせる「宅急便e─お 知らせシリーズ」など、ITを絡め たソフト面のサービス強化が目立つ。
利用者との距離は“情報”というソフ ト面の工夫でも縮めることができる という発想だ。
携帯電話をフル活用し 高品質・低コストを追求 ここ一〇年ほどのインターネット と携帯電話の爆発的な普及は、ヤマ トのIT戦略にも大きな影響を与え た。
二〇〇〇年前後に株式市場を騒 がせたITバブルでは、宅配業がネッ トビジネスを支えるインフラとみな され、ネット関連企業の一角に数え られた同社の株価が急騰する場面も あった。
ネットベンチャーの出資者 として、ヤマトが名を連ねるケース も目立った。
このときの経験がヤマトのIT戦 略に影響を及ぼしたであろうことは 容易に想像できる。
実際、ITを利 用するサービスを矢継ぎ早に打ち出 した。
〇一年二月にネットによる集 荷・再配達の受け付けをスタート。
翌〇二年二月には「宅急便メール通 知サービス」を開始している。
金森均執行役員経営戦略部長 次世代システム OCTOBER 2007 54 情報子会社 めた。
基幹システムのデータはほぼ リアルタイムで書き換えられる。
費 用対効果に対する考慮もあって完全 なリアルタイム化は実施せず、利用 者にストレスを感じさせないレベル のバッチ処理を選んだ。
迅速なデータ処理を実現するため に、携帯電話のネットワークを通信 インフラとして活用している。
すで に全SDが持っていた携帯電話を、 ポータブルPOSや携帯用プリン ターと無線(ブルートゥース)で接続。
ここに新たに導入したカード決済端 末(ピンパッド)もつなぎ、配送担当 者ごとに無線LANを構築した。
こ れら四つの機器(携帯電話、ポータ ブルPOS、プリンター、決済端末) を約四万人のSDがセットで携行す ることで、ほぼリアルタイムのデー タ処理が可能になった。
さらに同じ二〇〇五年の十一月に は、ポータブルPOSの機能を一部 肩代わりできる業務アプリケーショ ン(BREWアプリ)を携帯電話に搭 載するシステムも開発。
携帯電話を 業務端末としても使いはじめた。
年 末年始などの繁忙期の増員作業者 が、ポータブルPOSがなくても集 配業務を行える装備(BREWアプ リ搭載の携帯電話+バーコードリー ダー)を二万五〇〇〇セット用意。
計六万五〇〇〇人の集配担当者のI T武装が刷新された。
ただし、この時点で携帯電話に搭 載した業務アプリケーションには 「配達完了入力」の機能しかなかった。
そこで〇六年十二月に、今度はポー タブルPOSの全機能を肩代わりで きる業務アプリを搭載したビジネス ケータイ「E03CA」を新たに約六 〇〇〇台導入した。
これに小型の バーコードリーダーをつけることに よって、ポータブルPOSに比べる と作業の生産性は落ちるものの、低 コストで同等のサービスを提供でき る装備を開発した。
メール便のシステムも見直した。
昨年一〇月、合計で五万人以上いる メール便ドライバーおよびクロネコ メイトに、専用の業務アプリケー ションを搭載した携帯電話を配布。
メール便についても迅速に配達完了 データを吸い上げられる体制を構築 した。
結果として現在のヤマトは、 十数万台の携帯電話を通話以外の用 途で使っており、これがサービスレ ベル向上のカギを握っている。
情報子会社を介さなかった ポータブルPOSの開発 同社はこれまで情報システムの構 築を、グループ会社のヤマトシス テム開発(YSD)と共に進めてきた。
ヤマトのIT部門が企画する業務ア プリケーションの多くは、外部ベン ダーも活用しながらYSDが開発し ている。
また、ヤマトの情報インフ ラを支えるハードウエアの多くはY SDの資産で、これを活用するヤマ トはYSDに運用費を支払うという 関係になっている。
YSDは売上高の三分の二をグ ループ外から確保している有力なI Tベンダーだ。
それでも従来のヤマ トは決して開発業務を“丸投げ”しよ うとはしてこなかった。
それどころ か過去のポータブルPOSの開発で は、YSDをまったく介さずにヤマ ト自身が外部ベンダーと組んで行っ ていたのだという。
もちろん、ポータブルPOSの データを処理する基幹システムをY SDが担っている以上、まったく蚊 帳の外に置いたわけではない。
しか し、宅急便ビジネスの業務ノウハウ が凝縮されたポータブルPOSの開 発は、歴史的な経緯もあって長らく ヤマトのIT部門が直接、手掛けて いた。
ここにYSDが本格的に参画 するようになったのは、二〇〇三年 秋に“次世代システム”の構築に着手 してからだ。
このように着かず離れずやってき 図1 導入システム (セールスドライバー向け 2005年6月サービス開始) セールスドライバー(SD)実装機器 約40,000 台 営業所内 宅急便センター屋 外 モバイルプリンター 出力機能 新型ポータブルPOS 入力機能 携帯電話 通信機能 Pinpad カード決済機能 ハンズフリー機器 (車内) 通信 通信 Bluetooth アンテナ ワークステーション ドライバーの 実装スタイル 携帯電話基地局 携帯電話ネットワークを用い 15 分ごとにアップロード 55 OCTOBER 2007 IT投資 た両社だが、二年前にヤマトグルー プが持ち株会社制を導入したことで 関係は微妙に変化している。
以前は ヤマトの直系子会社だったYSD が、兄弟会社という位置づけに変わ り、持ち株会社から見れば二社はそ れぞれに収益を追求すべき事業会社 となった。
もっともヤマトとYSDは、以前 から従属的な親子関係にあったわけ ではない。
一般に親会社が子会社に 人材を送り込むケースは多いが、ヤ マトの場合は、逆にYSDの出身者 が親会社で活躍しているケースが少 なくない。
現に金森執行役員もYS Dの出身だ。
一年前にヤマトの情報 システム部の部長として異動し、今 年四月からは経営戦略部長を務めて いる。
IT戦略のパートナーとしてのY SDの働きに、金森氏はおおむね満 足している。
しかし、注文も忘れな い。
「宅配ビジネスのノウハウが集 積されているYSDとは、今後も ずっと付き合っていくことになるは ずだ。
だがインターネットやウェブ などの急速な技術革新に一社だけで ついていくのは現実的ではない。
彼 らにはIT技術の“目利き”として、 案件に応じて外部のITベンダーを 適切にコーディネートできる力を 養ってほしい」 単体売上高の二%を目安に IT投資の適正化を模索 現在のヤマトはITコストを公表 していない。
次世代システムには一 二〇億円を投じたが、これはあくま でも「ネットワークインフラを整備 するための投資額」であり、情報シ ステムを運営していくためのランニ ングコストとは異なる。
それでも金 森執行役員としては、社内で正式に 認められている基準ではないと断り つつ、「個人的には(単体売上高の) 二%という数字を一つの目安にして いる」と明かす。
二年前に持ち株会社制に移行した ときから、ヤマトは単体の売上高を 公表していない。
このため「二%」の 実額は推測するしかないが、〇五年 三月期の単独売上高が八九〇〇億円 だったことからすると、この時点で 年間一八〇億円程度を目安にしてい た計算になる。
この金額の妥当性を外部から判断 するのは難しい。
しかし、少なくて も金森氏は「現状のコンピューター への投資がとくに多いとは思ってい ない。
もちろん、技術は変化しつづ けているのだから、仕組みの改善に よるコスト削減は常に進める必要が ある。
だが単純なコストカットをす るつもりはない」と強調する。
IT投資の内訳や計上している項 目が企業ごとに異なるため、他社と の単純な比較もできない。
それでも 宅配市場で競合関係にある佐川急便 が現在、二百数十億円の年間ランニ ングコストを削減するために躍起に なっているのとは、ヤマトの現状は 少し異なっているように見える(本 誌二〇〇七年六月号参照)。
ホストコンピューターを使ってい た時代から分散処理の傾向が強かっ たヤマトは、五年前にいち早くオー プン化を実施している。
また、通信 ネットワークや業務端末に携帯電話 をフル活用していることも、特定の ITベンダーへの依存度を下げ、コ ストを適正化するのに役立っている はずだ。
同社のIT戦略にとって幸いなの は、宅急便をスタートしてから一貫 して追求してきた企業理念の下で、 いまだに会社が成長しつづけている ことだろう。
この大前提に基づいて IT戦略を実践するという好循環が 現在でも機能している。
成熟期に 入ったと言われる宅配市場にあって も、まだしばらくは我が道を歩みつ づけることになりそうだ。
(フリージャーナリスト・岡山宏之) ドライバー ダイレクト ドライバー ダイレクト 集荷 (定期訪問) 集荷・配達 (定期訪問) 集荷・配達 お届け通知サービスお届け通知サービス 集荷・配達 各種問合せ インターネット(集荷・再配達登録/荷物追跡照会) 軒先アップロード 決済センター 各銀行 法人のお客様 デビット・クレジット セールスドライバー 持ち込み 持ち込み・ 店頭受取 全国約8,000 拠点を通じ お客様へ ベース (大規模物流拠点) ヤマトシステム開発 ホストコンピュータ 宅急便センター 軒先決済 事務管理センター 増員稼働者 取扱店/ コンビニ POS 累積荷物履歴 サービスセンター http://www.kuronekoyamato.co.jp 図2 「次世代システム」と利用者の関係 集荷/ 再配 依頼/ 確認 各種依頼 個人のお客様 軒先アップロード 軒先アップロード 軒先アップロード 軒先アップロード
