2007年12月号
判断学

教育の荒廃──NOVAの教訓

DECEMBER 2007  62 奥村宏 経済評論家 第67回教育の荒廃──NOVAの教訓         NOVAの倒産  「駅前留学」の名前で英会話学校を全国的に展開している NOVAが一〇月二六日、大阪地方裁判所に会社更生法の適 用を申請して倒産した、というニュースは大きな反響を呼ん でいる。
 NOVAの株式はジャスダック市場に上場しているが、普 通の会社と違って、この会社は英会話を教えるという教育産 業の会社である。
それがカネ儲けに走り、受講料を前払いさ せるというやり方でカネ集めをし、そのうえ解約時の受講料 返還をめぐるトラブルが多発していた。
 そこで経済産業省がNOVAに対し、業務の一時停止命令 を発して、それを機会にこの会社の不明朗な経営のやり方が 一挙に表面化し、その結果倒産に追い込まれた、というわけ である。
 会社更生法の適用を申請した段階での負債総額は四三九億 円とされているが、前払い受講料は七〇〇億円にも達してい るといわれる。
 この前払い受講料の返還がこれから問題になるのはもちろ んだが、講師や従業員に対する未払い賃金の支払いも大きな 問題になっている。
 一九八一年に猿橋望社長がヨーロッパ留学から帰国して、 大阪で英会話学校を開いたのがこの会社の始まりで、その後、 次つぎに学校を増設し、二〇〇五年には全国に九〇〇カ所も の学校を展開した。
 そして九六年、株式を店頭公開し、〇四年にジャスダック に株式を上場した。
 これだけをみると、いかにも新興企業の成功物語のように みえる。
しかし、そのやり方は巧妙というよりも、教育を食 い物にするものだった。
 このような会社を放任していた政府の責任はいったいどう なるのか、ということが改めて問題になる。
      教育産業で起こった事件  NOVAの経営のやり方の大きな特徴は受講料の前払い、 ということにある。
レストランでも散髪屋でも、料金はサー ビスが終わってから払う、というのは当たり前のことである。
 ところがNOVAでは、授業を受ける前に授業料を取る、 という前払い制をとっている。
 そのカネを会社が流用するのはもちろん、途中解約した場 合、その前払い金の返還をできるだけ少なくしようとするか らトラブルが発生する。
 これについて関西経済同友会の小嶋淳司代表幹事は「食べ 終わった後や、利用のあった後に代金をもらうのが普通のや り方。
前払いの場合には、まかりまちがっても運転資金など 自分たちの都合のよいように使ってはいけない」と指摘して いる(「朝日新聞」〇七年一〇月三〇日)。
しかしこのような やり方を政府は放置していた。
 NOVAの受講生は三〇万人にも達するという。
会社がな くなると、料金は払っているにもかかわらず、授業を受ける ことができなくなる。
 そこで経済産業省がNOVAの再建を引き受けてくれると ころを探しているというのだが、もし引き受け手が見つから なければ、教室はすべて閉鎖され、前払い分の授業はできな くなる。
そして講師や従業員は解雇されることになる。
 会社更生法の適用を申請して会社が倒産すればこのような ことになるのは当然である。
しかし問題はそれが普通のサー ビス産業や製造業ではなく、教育産業において起こったとい うことにある。
 マスコミはNOVAの猿橋望社長がいかにワンマン経営者 であったか、そしていかに私腹を肥やしていたか、というこ とを写真入りで報道している。
 ところがそれが教育産業において行われている、というこ とについて全く触れていない。
 NOVA 元社長のワンマンぶりや、前払い受講料の問題ばかりが話題になっている。
しかしNOVA が教育産業であることを問題視する声は聞こえてこない。
この騒動 からわれわれが学ぶべきは、そもそも世の中には株式会社化や民営化をしてはなら ない領域があるということなのだ。
63  DECEMBER 2007        教育の荒廃  日本では、小泉内閣の時代に「民間にできることは民間に 任せる」というキャッチフレーズで、いわゆる規制緩和が行 われ、農業、医療、そして教育の分野にまで株式会社が参入 してもよいということになった。
 ここで教育というのは、大学や高校、中学、さらに小学校 であり、これはこれまで利潤追求を目的とする株式会社が参 入してはならない聖域とされていた。
 それ以前から塾や英会話学校などには株式会社が参入して いたが、いわゆる公教育にもそれを可能にさせるというわけ だ。
このような教育の株式会社化がなにをもたらすのか、そ のことをリアルに示したのが今回のNOVA事件であった。
 そしてこのNOVAのまねをしたというわけではないが、 私立の大学や高校、中学、小学校がカネ儲け主義に走ってお り、それがエスカレートしている。
 すでに私立大学が高校や中学、小学校を傘下に入れて、カ ネ持ちの子供をいかに多く採っていくかということに狂奔し ている。
国立や公立の大学や高校も、それをまねて、いかに して効率をよくするか、そしていかにして規模を拡大するか、 ということに力を入れている。
 それもこれも、教育をカネ儲けの手段にしようとしている からであり、それが教育の荒廃をもたらすことは目に見えて いる。
今回のNOVAの事件は、そのような日本における教 育産業の実態、その荒廃ぶりを天下に見せつけたものである が、だれひとりとしてこのことを指摘しようとしない。
 アメリカでも同じようなことが進んでいるといわれる。
し かしアメリカの大学などはカネ持ちの寄付を受けることで、 慈善事業と同じようにカネ儲け主義に走らなくてもよいとい うブレーキがかかっている。
しかし日本にはそういう風習が ない。
そこでは教育のカネ儲け主義が制約なしに暴走する。
今回のNOVAの事件はそのことをわれわれに教えている。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『会社学入門─実学 のすすめ』(七ツ森書館)。
       カネ儲けのため  「教育はカネ儲けのための産業であってはならない」── これは日本だけでなく、どこの国でも昔からそれが大原則で ある。
もしカネ儲けのために教育がなされる、というのであ れば、それは教育ではない。
 同じことは宗教についてもいえるし、さらに医療について もいえる。
キリスト教がカネ儲けのために走るようになった ところから、それを批判してルターやカルヴァンなどが宗教 改革運動を起こしたことはよく知られている。
 日本では今でもカネ儲けに走っている新興宗教がある。
し かし彼らも「カネ儲けのために布教している」とは口がさけ てもいわない。
 医療についても、カネ儲け主義の医者や病院はあるが、彼 らも「カネ儲けのために病人を治療している」とは絶対にい わないだろう。
 ところが、事もあろうに教育の分野でカネ儲け主義を堂々 と行っていたのがNOVAであった。
 いやNOVAだけではない。
その他の会話学校でもそうだ し、受験生用の塾もそうである。
これらはいずれも教育産業 の担い手なのだが、それは個人経営の形をとるか、あるいは 株式会社という形をとっている。
 株式会社ということになれば当然のことながら、株主の利 益追求を目的にしているのだから、できるだけコストを下げ、 そしてできるだけ収入を増やそうとする。
 そしてNOVAのように株式を公開して上場すれば、いか にして利益を増やすか、ということに全力をあげるのが当然 である。
 前払い受講料のキャンセルでトラブルが発生していたとい うことはともあれ、NOVAの経営自体に問題があったとい うことよりも、それが教育産業において起こっているという こと、そのこと自体が問題なのである。

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