2008年2月号
ロジスティクス・システムの発展
ロジスティクス・システムの発展
進化の第1段階=物流
FEBRUARY 2008 80
進化の第1段階=物流
第2章
進化上の成果
「全体社会は進化の所産である」(1)と
いうルーマンの言葉に倣うわけではないが、
ロジスティクス・システムの発展も、サプラ
イチェーンの成果も、進化の所産であるとい
うことはできるだろう。
さらに、ルーマンは「一八世紀以来この(進 化論の)問題は、歴史的発展の段階モデルの 形式で論じられてきた」とも語っている。
わ れわれの「ロジスティクスの段階的発展論」 という表現は奇しくもこれと似通っている。
事実、筆者はこれから、システム論的進化 論を、ロジスティクス発展の説明理論の中核 として、本腰を入れて活用していこうとして いる。
変異・選択・再安定化という進化の メカニズムを構成する三要素をどのように活 用して、現在のサプライチェーン・ロジステ ィクス(SCL)が実現したのか。
それを説 明することが当面の課題である。
SCLは何もないところから一挙に出現し たわけではない。
第〇(ゼロ)段階の各個 別活動の独立的運営から第一段階の物流シス テムへ、ついで第一段階から第二段階のロジ スティクス・システムへ、さらに第二段階か ら第三段階の協働ロジスティクス・システム へと、歴史的な段階を経て、今日に至っている。
これらの各段階間で実現した進化がどのよ うなものであったかを理解することは、今日 のSCLが果たしている進化上の意義を確認 する上で役立つに相違ない。
進化によって何が達成されたのか。
これを 一般に「進化上の成果」と呼ぶ。
筆者のドイ ツ語の読解力は誠に頼りないものだが、これ についてのルーマンの言説の要点を以下に紹 介しよう。
(2) 「進化上の成果を一般的に記述しようとす るならば、次のような定式化で十分であろう。
すなわち『より高度な複雑性を可能にするこ と』である。
もっとも、このような包括的な 定式化では、ほとんど実用に耐えない。
何 が高度な複雑性を可能し、それがいかにして 可能になるのかを、もっと正確に追求しなけ ればならない。
そこで問題はシステムを統一 体として記述する(例えばシステムは複雑『で ある』)というような水準から、システム構 造の水準へと移行することになる。
しかも後 者の水準においては、進化の結果を表示する ことのできる構想が必要となる。
すなわち機 能的等価物を上回る明確な優越性をもたらす 構造的配置に対する構想である。
例えば眼や 貨幣や曲げることのできる親指、あるいはテ レコミュニケーションをあげることができる。
これらのように既に定着している成果、それ らは他のものに比べて複雑な状態と一層より よく共存できている。
これらを進化上の成果 と呼ぶことにしたい」 筆者は、この進化上の成果という考え方を 突破口として、ロジスティクスの進化問題に 迫って行こうと考えている。
その論考は、第 システムは、なぜ進化するのか。
そのメカニズムを理 解することで、今日のサプライチェーン・ロジスティクス へと至る物流管理の歴史的発展の経緯を振り返ってみよ う。
それによってシステムの進化が、どのような成果をも たらしたのかが明らかになっていく。
※「自己創出型ロジスティクス」第2部として改題 81 FEBRUARY 2008 一部の内容と重複するところもあるが、やは り第一段階の物流システムからスタートする べきだろう。
物流システム化への期待 ロジスティクスの進化上の成果とは何か。
結論から言えば、筆者はそれを「システム化」 という構想そのものであると考えている。
物流の歴史が始まった当初から、物流は諸 種の要素活動の集合であり、これらを統合し て一つの統一体を作り上げることが、物流の 効率化のために必要なことではないかという 予測がもたれていた。
この予測は過去には存 在しなかった斬新なものであった。
これにつ いてバワーソックスは著書(3)の冒頭でつ ぎのように書いている。
「本書の主題である──ビジネス・ロジステ ィクス──は、商業界でも最も古く、同時に 最も新しい活動の一つであって、革新的なも のである。
ロジスティクスを構成する諸機能 の実践においては、専門化が進行している。
これらの諸機能とは、輸送、在庫、倉庫業 務、通信、そして荷役をさしている。
この ようなロジスティクスの諸機能に頼らなくて は、販売活動も取引活動も実施することが できない。
上記の前時代的な諸機能に対して、 一九五〇年代に開発が開始された従来とは全 く異なる新しいアプローチで管理しようとし ている所にロジスティクスの斬新さがある」 当時は第二次世界大戦が終了し、大量生 産・大量消費の時代が到来していた。
物流 も質・量の両面における効率化が要求され、 ハード・ソフトの両面において技術革新が急 速に進行した。
陸海における大量輸送、フレ ートライナーや航空輸送。
共同一貫輸送。
ま た高層自動倉庫や自動仕分、通信手段の高 度化等々である。
だが、それらは主として、各機能分野内 で個々独立的に進行していたに過ぎない。
そ れらを分野横断的に、そして統合化して、 全体として効果を産み出すことはできていな かった。
バワーソックスは続けて次のようにいって いる。
「‥‥典型的な商業企業でもロジスティク スの全領域において、これをバラバラにしか 取り扱って居らず、しかも多くの場合これに 与えた重要度は低かった。
極めて多くの論者 はロジスティクスに対して、マーケティング や製造にも勝る基礎的な重要度を与えるべき ことを認めていたが、公式的な統合化した概 念が与えられていた訳ではなかった」 それでも時代の経過とともに状況は変わっ てくる。
一九五六年には、ルイスとカリトン FEBRUARY 2008 82 とスティールによる、航空輸送の経済性に関 する研究(4)が発表される。
そこでは関 連する個別費用の合計額で有利・不利を判 断しなければならないことが示された。
すな わち、高速性は輸送費を増加させるが、保 管費を減少させる効果を与えている。
二つの 個別費用の間にはトレード・オフの関係が成 立している。
したがって単一の個別費用のみ の有利・不利で意思決定をしてはならない ということである。
これは「トータル・コスト・アプローチ」 という考え方に発展し、後の物流システムへ の統合化を促す大きな契機となった。
バワーソックスはなお続けて、 「(ロジスティクスの)問題解決のためにシ ステムズ・アプローチを使用し始めた発端に ついては、確かに遡ることは不可能である。
しかしながら、設定された目標の達成のため に努力を統合すべきだという考え方は、ロジ スティクス分析において急速に定着していっ た。
システム概念は研究の取り組みの方向を 示してくれるし、トータル・コスト分析はシ ステムの諸代替案を比較評価する方法を与え てくれる。
」 全体─部分モデルと余剰 最初に台頭した物流におけるシステム概念 は「全体─部分」モデルであった。
このこと は前節のバワーソックスの言説からも容易に 察しがつくだろう。
この「全体─部分」モ デルは、図1に示しているルー マンのシステム理論の変遷の歴 史の整理においても、七〇年代 におけるシステム理論の位置付 けの冒頭に出てくるものである。
「全体─部分」モデルにおい て、物流システムは環境世界と の関連を持たない。
このモデル ではシステムを部分相互、部分 と全体との関係という純粋に内 部秩序からのみ把握している。
当時のわが国におけるわれわ れ物流関係者も、この考え方に 共感していた。
われわれが用い ていた物流の定義は以下のよう なものであった。
「物流とは、有形・無形の一 切の財の廃棄・還元も含め、供給主体と需要 主体を結ぶ、空間と時間の克服、ならびに一 部の形質の効用創出に関する物理的な経済活 動であり、具体的には輸送・保管・包装・ 荷役・流通加工等の物資流通活動と、物流 に関した情報活動をさす」 この定義によれば、「全体(S)=物流」 とし、「部分( i )」をそれぞれ「i 1 = 輸 送」、「i 2=保管」、「i 3=包装」、「i 4=荷役」、 「i 5=流通加工」、「i 6=物流情報」としたとき、 Sは六つのiから構成されることになる。
しかし、システムについてはギリシャ時代 から「全体は部分の総和以上のものである」 という考え方が存在している。
それは次のよ うな式で表される。
70 年代の把握 80 年代のパラダイム転換の把握 (存在論的システム概念から機能的・環境関連的システム概念へ) 全体と部分からなるシステム概念。
環境世界との関連をもたず、シ ステムを部分相互、部分と全体との関係という純粋に内部秩序から 把握。
「均衡論」的なシステム概念。
1を継承しつつも、環境世界をシス テムがコントロールしえるかしえないかの撹乱の源泉として考慮。
環境世界に開かれたシステム概念。
システムの維持は環境世界と の交換過程を選択制御によって達成される。
システムは環境維持 的で存続維持的な諸過程の結合。
環境世界との複雑性の差異としてシステムを把握するサイバネティク ス的なシステム概念。
システム維持は環境世界の複雑性をシステム の強化された選択制により達成。
J.ハーバーマス、N.ルーマン著 佐藤嘉一、山口節郎、藤沢賢一郎訳「批判理論 と社会システム理論」木鐸社、1984年 ニクラス・ルーマン著 佐藤勉監訳「社会システム理論」恒星社厚生閣 1993 年 1 2 全体/部分図式からシステム/環境図式への転換 オートポイエーシスを組み込んだ自己言及システムへの転換 1 2 3 4 図1 システム理論の変遷 出典)村中知子「ルーマン理論の可能性」恒星社厚生閣 1996年 S= i1+ i2 + i3 + i4 + i5 + i6 ‥‥‥(1) のか。
それは、あたかも先月号の本稿第一章で 紹介した進化論の基本命題、「成立すること の蓋然性の低さを維持されることの蓋然性の 高さへと変換することである」という、誠に 理屈っぽい言い回しを想起させるものである。
この表現は平たくいえば「ありそうもないこ とがありそうになること」であって、この余 剰の発生もそれに当てはまるのではないだろ うか。
ここに「全体─部分」モデルの基本的問 題が潜んでいるように思われる。
経済発注量 前節で述べたシステム形成による余剰の問 題を、当時の人々が全面的に理解していたと は思えない。
しかしその一部は関係者の間で も知られていた。
その好例が「経済発注量 の公式」である。
いま、ある商品の年間の需要量をR単位、 商品単価をC円、一年間在庫を保有したと きの在庫保管費用を単価のI%と仮定する。
また一回当たりの発注費はA円であるとする。
このとき毎回同じ数量(Q)を発注すれば、 一年間ではR/Q回発注することになる。
一 年間の発注費は(R/Q)×Aである。
また 在庫はゼロになった時点で配送してもらえば よいので、在庫高の推移は最低でゼロ、最高 でQで、平均在庫量はQ/2である。
したが って年間保管費はQ/2×I×Cとなる。
年間の総費用(TC)は図2に示すよう に年間の保管費用と発注費用の合計額であ る。
式では次のように示される。
この総費用は発注のロットの大きさを変更 することで、図2に示すように増減する。
そこでTCを最小にするロットで発注する ことが最適の発注政策となる。
それはつぎの つまりシステムが形成されているときには、 部分の総和では不十分だということである。
さらにモランというフランスの学者は(5)、 システムの全体が部分の総和以上のものにな る (2) のみならず、その形成の効果が巧く発 揮されない場合には全体が部分の総和以下と なる (3) 可能性もあるといっている。
このように、全体が部分の総和以上になる、 すなわちシステム形成が「余剰」を産み出す という考え方は、われわれの一般常識とは素 直には相容れないものである。
ハード、ソフト両面の技術革新による各部 分活動のコスト削減効果や価値の増殖効果で あれば容易に理解できる。
だが、諸部分を統 合して全体を形成するだけで余剰が生まれる というのは、常識的にはありそうもないこと ではないか。
あるいは、その統合の方法を工 夫することによって、余剰が発生するという 図2 経済発注量 TC 発注量Q 発注費用 総 費 用 Q※ 経済発注量 在庫保管費用 83 FEBRUARY 2008 S≧i1+ i2 + i3 + i4 + i5 + i6 ‥‥‥(2) S≦i1+ i2 + i3 + i4 + i5 + i6 ‥‥‥(3) TC= + × I × C (4) RQ Q2 ような演算によって求められる。
この (5) 式を経済発注量の公式と呼ぶ。
物 流の初期時代に大変有名になった公式である。
当時の物流をめぐる状況は今日とは全く違 う。
今日では発注には専らITが利用される ため、発注の単位費用等は大きな決定要素 にはならない。
またJIT方式の普及と共に、 需要者は在庫ゼロを目指す傾向にあり、 (4) のような総費用の式も実態と合わない。
しか し、その当時としては、この公式は大きな意 義をもっていた。
図2の保管費用と発注費用は、それぞれ 独立したものではなく、関連した性格をもっ ている。
図2にみるように、発注ロットの大 きさという政策変数を変化させると、それに 反応して二つの費用は変動する。
発注ロット を大きくすれば、発注費が減少するが保管費 は増加する。
双方の間には、いわゆるトレー ド・オフが成立している。
全体を構成する諸機能部分間には、利害 の衝突、機能的矛盾が当然のごとく存在し ている。
そのため全体を最適化するためには 各機能部分を総合して判断することが必要で あるとの発見である。
ただし、その判断には、諸機能部分を結 びつける手段が必要である。
経済発注量の公 式は、「発注ロットの大きさ」という媒介変 数を介在させることによってそれに成功した。
大げさに言えば、発注部門と保管部門とを「発 注ロットの大きさ」という媒介変数を使って 結合させることによって、両者間の利害調 整を図り、両部門を併せた総合領域において、 利益の極大化を期待できるようにしたのである。
このような部分を結びつける機能、これに よって「全体─部分」システムは余剰を生み 出すことが可能になっている。
この「結びつ ける機能」は、今日の近代的システム理論で はコミュニケーションの役割の一種であると みなしている。
すなわち、変異─選択─再 安定化というプロセスの第一の要素、コミュ ニケーションにおける変異がここに発生して いるのである。
もっとも「経済発注量」問題は、発注と 保管という二部門間だけの調整問題であった。
現実の物流問題は輸送・保管・荷役・包装・ 流通加工・物流情報という六部門間に利害 の衝突・機能的矛盾が存在する。
このよう な多元的な複雑性をどのようにコミュニケー ションの変異によって解決していくのか。
さ らに、それをどのようにシステムの構造とし て安定させるのか。
この段階ではシステム内部の問題に限定さ れているとはいえ、その後「複雑性」とい う言葉で表現される状況にどのように対応 し、進化を成し遂げることができるのか。
こ うして「全体─部分」モデルは、「経済発注 量」問題というシンプルな状況下から出発し て、多元的な諸活動を結びつけるという困難 な問題に直面することになる。
これらについて次章で考察する。
FEBRUARY 2008 84 (1)Niklas Luhmann, “Die Gesellschaft der Ges ellschaft”, Suhrkamp, 1988 (2)(1)に同じ (3)Donald J. Bowersox, “Logistical Manageme nt, A Systems Integration of Physical Distrition Management, Material Management, and Logistical Coordination,” Macmillan Publishing Co, Inc, 1974. (4)Lewis, Howard T, James W. Culliton and Ja ck O. steel, “The Role of Air Freight in Physical Distribution.” Boston Divison of Researd, Graduate School of Business Administration, Harvara University, 1956 (5)E . モラン著、大津眞作訳、「方法1─自然の 自然」法政大学出版局 一九八〇年 参考文献 あぼ・えいじ 1923年、青森市生まれ。
早稲田大学理工学部卒。
阿保味噌醸 造、早稲田大学教授(システム科学研 究所)、城西国際大学経営情報学部教 授を経て、現在、ロジスティクス・マ ネジメント研究所所長。
北京交通大学 (中国北京)顧問教授。
物流・ロジス ティクス・SCM領域の著書多数。
− + = = 0 = 0 AR dTC dQ Q2 2AR Q IC ※ IC 2 (5)
さらに、ルーマンは「一八世紀以来この(進 化論の)問題は、歴史的発展の段階モデルの 形式で論じられてきた」とも語っている。
わ れわれの「ロジスティクスの段階的発展論」 という表現は奇しくもこれと似通っている。
事実、筆者はこれから、システム論的進化 論を、ロジスティクス発展の説明理論の中核 として、本腰を入れて活用していこうとして いる。
変異・選択・再安定化という進化の メカニズムを構成する三要素をどのように活 用して、現在のサプライチェーン・ロジステ ィクス(SCL)が実現したのか。
それを説 明することが当面の課題である。
SCLは何もないところから一挙に出現し たわけではない。
第〇(ゼロ)段階の各個 別活動の独立的運営から第一段階の物流シス テムへ、ついで第一段階から第二段階のロジ スティクス・システムへ、さらに第二段階か ら第三段階の協働ロジスティクス・システム へと、歴史的な段階を経て、今日に至っている。
これらの各段階間で実現した進化がどのよ うなものであったかを理解することは、今日 のSCLが果たしている進化上の意義を確認 する上で役立つに相違ない。
進化によって何が達成されたのか。
これを 一般に「進化上の成果」と呼ぶ。
筆者のドイ ツ語の読解力は誠に頼りないものだが、これ についてのルーマンの言説の要点を以下に紹 介しよう。
(2) 「進化上の成果を一般的に記述しようとす るならば、次のような定式化で十分であろう。
すなわち『より高度な複雑性を可能にするこ と』である。
もっとも、このような包括的な 定式化では、ほとんど実用に耐えない。
何 が高度な複雑性を可能し、それがいかにして 可能になるのかを、もっと正確に追求しなけ ればならない。
そこで問題はシステムを統一 体として記述する(例えばシステムは複雑『で ある』)というような水準から、システム構 造の水準へと移行することになる。
しかも後 者の水準においては、進化の結果を表示する ことのできる構想が必要となる。
すなわち機 能的等価物を上回る明確な優越性をもたらす 構造的配置に対する構想である。
例えば眼や 貨幣や曲げることのできる親指、あるいはテ レコミュニケーションをあげることができる。
これらのように既に定着している成果、それ らは他のものに比べて複雑な状態と一層より よく共存できている。
これらを進化上の成果 と呼ぶことにしたい」 筆者は、この進化上の成果という考え方を 突破口として、ロジスティクスの進化問題に 迫って行こうと考えている。
その論考は、第 システムは、なぜ進化するのか。
そのメカニズムを理 解することで、今日のサプライチェーン・ロジスティクス へと至る物流管理の歴史的発展の経緯を振り返ってみよ う。
それによってシステムの進化が、どのような成果をも たらしたのかが明らかになっていく。
※「自己創出型ロジスティクス」第2部として改題 81 FEBRUARY 2008 一部の内容と重複するところもあるが、やは り第一段階の物流システムからスタートする べきだろう。
物流システム化への期待 ロジスティクスの進化上の成果とは何か。
結論から言えば、筆者はそれを「システム化」 という構想そのものであると考えている。
物流の歴史が始まった当初から、物流は諸 種の要素活動の集合であり、これらを統合し て一つの統一体を作り上げることが、物流の 効率化のために必要なことではないかという 予測がもたれていた。
この予測は過去には存 在しなかった斬新なものであった。
これにつ いてバワーソックスは著書(3)の冒頭でつ ぎのように書いている。
「本書の主題である──ビジネス・ロジステ ィクス──は、商業界でも最も古く、同時に 最も新しい活動の一つであって、革新的なも のである。
ロジスティクスを構成する諸機能 の実践においては、専門化が進行している。
これらの諸機能とは、輸送、在庫、倉庫業 務、通信、そして荷役をさしている。
この ようなロジスティクスの諸機能に頼らなくて は、販売活動も取引活動も実施することが できない。
上記の前時代的な諸機能に対して、 一九五〇年代に開発が開始された従来とは全 く異なる新しいアプローチで管理しようとし ている所にロジスティクスの斬新さがある」 当時は第二次世界大戦が終了し、大量生 産・大量消費の時代が到来していた。
物流 も質・量の両面における効率化が要求され、 ハード・ソフトの両面において技術革新が急 速に進行した。
陸海における大量輸送、フレ ートライナーや航空輸送。
共同一貫輸送。
ま た高層自動倉庫や自動仕分、通信手段の高 度化等々である。
だが、それらは主として、各機能分野内 で個々独立的に進行していたに過ぎない。
そ れらを分野横断的に、そして統合化して、 全体として効果を産み出すことはできていな かった。
バワーソックスは続けて次のようにいって いる。
「‥‥典型的な商業企業でもロジスティク スの全領域において、これをバラバラにしか 取り扱って居らず、しかも多くの場合これに 与えた重要度は低かった。
極めて多くの論者 はロジスティクスに対して、マーケティング や製造にも勝る基礎的な重要度を与えるべき ことを認めていたが、公式的な統合化した概 念が与えられていた訳ではなかった」 それでも時代の経過とともに状況は変わっ てくる。
一九五六年には、ルイスとカリトン FEBRUARY 2008 82 とスティールによる、航空輸送の経済性に関 する研究(4)が発表される。
そこでは関 連する個別費用の合計額で有利・不利を判 断しなければならないことが示された。
すな わち、高速性は輸送費を増加させるが、保 管費を減少させる効果を与えている。
二つの 個別費用の間にはトレード・オフの関係が成 立している。
したがって単一の個別費用のみ の有利・不利で意思決定をしてはならない ということである。
これは「トータル・コスト・アプローチ」 という考え方に発展し、後の物流システムへ の統合化を促す大きな契機となった。
バワーソックスはなお続けて、 「(ロジスティクスの)問題解決のためにシ ステムズ・アプローチを使用し始めた発端に ついては、確かに遡ることは不可能である。
しかしながら、設定された目標の達成のため に努力を統合すべきだという考え方は、ロジ スティクス分析において急速に定着していっ た。
システム概念は研究の取り組みの方向を 示してくれるし、トータル・コスト分析はシ ステムの諸代替案を比較評価する方法を与え てくれる。
」 全体─部分モデルと余剰 最初に台頭した物流におけるシステム概念 は「全体─部分」モデルであった。
このこと は前節のバワーソックスの言説からも容易に 察しがつくだろう。
この「全体─部分」モ デルは、図1に示しているルー マンのシステム理論の変遷の歴 史の整理においても、七〇年代 におけるシステム理論の位置付 けの冒頭に出てくるものである。
「全体─部分」モデルにおい て、物流システムは環境世界と の関連を持たない。
このモデル ではシステムを部分相互、部分 と全体との関係という純粋に内 部秩序からのみ把握している。
当時のわが国におけるわれわ れ物流関係者も、この考え方に 共感していた。
われわれが用い ていた物流の定義は以下のよう なものであった。
「物流とは、有形・無形の一 切の財の廃棄・還元も含め、供給主体と需要 主体を結ぶ、空間と時間の克服、ならびに一 部の形質の効用創出に関する物理的な経済活 動であり、具体的には輸送・保管・包装・ 荷役・流通加工等の物資流通活動と、物流 に関した情報活動をさす」 この定義によれば、「全体(S)=物流」 とし、「部分( i )」をそれぞれ「i 1 = 輸 送」、「i 2=保管」、「i 3=包装」、「i 4=荷役」、 「i 5=流通加工」、「i 6=物流情報」としたとき、 Sは六つのiから構成されることになる。
しかし、システムについてはギリシャ時代 から「全体は部分の総和以上のものである」 という考え方が存在している。
それは次のよ うな式で表される。
70 年代の把握 80 年代のパラダイム転換の把握 (存在論的システム概念から機能的・環境関連的システム概念へ) 全体と部分からなるシステム概念。
環境世界との関連をもたず、シ ステムを部分相互、部分と全体との関係という純粋に内部秩序から 把握。
「均衡論」的なシステム概念。
1を継承しつつも、環境世界をシス テムがコントロールしえるかしえないかの撹乱の源泉として考慮。
環境世界に開かれたシステム概念。
システムの維持は環境世界と の交換過程を選択制御によって達成される。
システムは環境維持 的で存続維持的な諸過程の結合。
環境世界との複雑性の差異としてシステムを把握するサイバネティク ス的なシステム概念。
システム維持は環境世界の複雑性をシステム の強化された選択制により達成。
J.ハーバーマス、N.ルーマン著 佐藤嘉一、山口節郎、藤沢賢一郎訳「批判理論 と社会システム理論」木鐸社、1984年 ニクラス・ルーマン著 佐藤勉監訳「社会システム理論」恒星社厚生閣 1993 年 1 2 全体/部分図式からシステム/環境図式への転換 オートポイエーシスを組み込んだ自己言及システムへの転換 1 2 3 4 図1 システム理論の変遷 出典)村中知子「ルーマン理論の可能性」恒星社厚生閣 1996年 S= i1+ i2 + i3 + i4 + i5 + i6 ‥‥‥(1) のか。
それは、あたかも先月号の本稿第一章で 紹介した進化論の基本命題、「成立すること の蓋然性の低さを維持されることの蓋然性の 高さへと変換することである」という、誠に 理屈っぽい言い回しを想起させるものである。
この表現は平たくいえば「ありそうもないこ とがありそうになること」であって、この余 剰の発生もそれに当てはまるのではないだろ うか。
ここに「全体─部分」モデルの基本的問 題が潜んでいるように思われる。
経済発注量 前節で述べたシステム形成による余剰の問 題を、当時の人々が全面的に理解していたと は思えない。
しかしその一部は関係者の間で も知られていた。
その好例が「経済発注量 の公式」である。
いま、ある商品の年間の需要量をR単位、 商品単価をC円、一年間在庫を保有したと きの在庫保管費用を単価のI%と仮定する。
また一回当たりの発注費はA円であるとする。
このとき毎回同じ数量(Q)を発注すれば、 一年間ではR/Q回発注することになる。
一 年間の発注費は(R/Q)×Aである。
また 在庫はゼロになった時点で配送してもらえば よいので、在庫高の推移は最低でゼロ、最高 でQで、平均在庫量はQ/2である。
したが って年間保管費はQ/2×I×Cとなる。
年間の総費用(TC)は図2に示すよう に年間の保管費用と発注費用の合計額であ る。
式では次のように示される。
この総費用は発注のロットの大きさを変更 することで、図2に示すように増減する。
そこでTCを最小にするロットで発注する ことが最適の発注政策となる。
それはつぎの つまりシステムが形成されているときには、 部分の総和では不十分だということである。
さらにモランというフランスの学者は(5)、 システムの全体が部分の総和以上のものにな る (2) のみならず、その形成の効果が巧く発 揮されない場合には全体が部分の総和以下と なる (3) 可能性もあるといっている。
このように、全体が部分の総和以上になる、 すなわちシステム形成が「余剰」を産み出す という考え方は、われわれの一般常識とは素 直には相容れないものである。
ハード、ソフト両面の技術革新による各部 分活動のコスト削減効果や価値の増殖効果で あれば容易に理解できる。
だが、諸部分を統 合して全体を形成するだけで余剰が生まれる というのは、常識的にはありそうもないこと ではないか。
あるいは、その統合の方法を工 夫することによって、余剰が発生するという 図2 経済発注量 TC 発注量Q 発注費用 総 費 用 Q※ 経済発注量 在庫保管費用 83 FEBRUARY 2008 S≧i1+ i2 + i3 + i4 + i5 + i6 ‥‥‥(2) S≦i1+ i2 + i3 + i4 + i5 + i6 ‥‥‥(3) TC= + × I × C (4) RQ Q2 ような演算によって求められる。
この (5) 式を経済発注量の公式と呼ぶ。
物 流の初期時代に大変有名になった公式である。
当時の物流をめぐる状況は今日とは全く違 う。
今日では発注には専らITが利用される ため、発注の単位費用等は大きな決定要素 にはならない。
またJIT方式の普及と共に、 需要者は在庫ゼロを目指す傾向にあり、 (4) のような総費用の式も実態と合わない。
しか し、その当時としては、この公式は大きな意 義をもっていた。
図2の保管費用と発注費用は、それぞれ 独立したものではなく、関連した性格をもっ ている。
図2にみるように、発注ロットの大 きさという政策変数を変化させると、それに 反応して二つの費用は変動する。
発注ロット を大きくすれば、発注費が減少するが保管費 は増加する。
双方の間には、いわゆるトレー ド・オフが成立している。
全体を構成する諸機能部分間には、利害 の衝突、機能的矛盾が当然のごとく存在し ている。
そのため全体を最適化するためには 各機能部分を総合して判断することが必要で あるとの発見である。
ただし、その判断には、諸機能部分を結 びつける手段が必要である。
経済発注量の公 式は、「発注ロットの大きさ」という媒介変 数を介在させることによってそれに成功した。
大げさに言えば、発注部門と保管部門とを「発 注ロットの大きさ」という媒介変数を使って 結合させることによって、両者間の利害調 整を図り、両部門を併せた総合領域において、 利益の極大化を期待できるようにしたのである。
このような部分を結びつける機能、これに よって「全体─部分」システムは余剰を生み 出すことが可能になっている。
この「結びつ ける機能」は、今日の近代的システム理論で はコミュニケーションの役割の一種であると みなしている。
すなわち、変異─選択─再 安定化というプロセスの第一の要素、コミュ ニケーションにおける変異がここに発生して いるのである。
もっとも「経済発注量」問題は、発注と 保管という二部門間だけの調整問題であった。
現実の物流問題は輸送・保管・荷役・包装・ 流通加工・物流情報という六部門間に利害 の衝突・機能的矛盾が存在する。
このよう な多元的な複雑性をどのようにコミュニケー ションの変異によって解決していくのか。
さ らに、それをどのようにシステムの構造とし て安定させるのか。
この段階ではシステム内部の問題に限定さ れているとはいえ、その後「複雑性」とい う言葉で表現される状況にどのように対応 し、進化を成し遂げることができるのか。
こ うして「全体─部分」モデルは、「経済発注 量」問題というシンプルな状況下から出発し て、多元的な諸活動を結びつけるという困難 な問題に直面することになる。
これらについて次章で考察する。
FEBRUARY 2008 84 (1)Niklas Luhmann, “Die Gesellschaft der Ges ellschaft”, Suhrkamp, 1988 (2)(1)に同じ (3)Donald J. Bowersox, “Logistical Manageme nt, A Systems Integration of Physical Distrition Management, Material Management, and Logistical Coordination,” Macmillan Publishing Co, Inc, 1974. (4)Lewis, Howard T, James W. Culliton and Ja ck O. steel, “The Role of Air Freight in Physical Distribution.” Boston Divison of Researd, Graduate School of Business Administration, Harvara University, 1956 (5)E . モラン著、大津眞作訳、「方法1─自然の 自然」法政大学出版局 一九八〇年 参考文献 あぼ・えいじ 1923年、青森市生まれ。
早稲田大学理工学部卒。
阿保味噌醸 造、早稲田大学教授(システム科学研 究所)、城西国際大学経営情報学部教 授を経て、現在、ロジスティクス・マ ネジメント研究所所長。
北京交通大学 (中国北京)顧問教授。
物流・ロジス ティクス・SCM領域の著書多数。
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