ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2008年2号
判断学
株式相互持合いは復活するか

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

FEBRUARY 2008  78 奥村宏 経済評論家 第69回株式相互持合いは復活するか      新日鉄、住金などの持合い  昨年末、新日本製鉄と住友金属工業、神戸製鋼所の鉄鋼大 手三社が株式相互持合いを強化する方針を発表した。
この三 社はすでに株式相互持合いを行っているが、さらに三社がそ れぞれ相手方の株式を買い増し、新日鉄は住金の第三位株主 から第一位株主になり、そして住金は新日鉄の第九位株主か ら第四位株主になるという(「朝日新聞」二〇〇七年十二月 二〇日付)。
 これは世界最大手の鉄鋼メーカーであるアルセロール・ミ タルの買収攻勢に対する防衛策だといわれており、このほか トヨタ自動車と松下電器産業もお互いに五〇〇億円規模の株 式相互持合いを行うことで合意したと伝えられている。
 またブラザー工業とシチズンHD、オリンパス、東邦ガス の四社もお互いに株式相互持合いを行ったが、これはアメリ カの投資ファンド、スティール・パートナーズによる会社乗 取りから防衛するためだといわれる。
 バブル崩壊後、株式相互持合いが崩れたことはよく知られ ている。
ところが最近になって再びそれを行おうとする会社 が出てきているのだが、果たしてこれによって株式相互持合 いは復活するのだろうか?  新日鉄、住金、神戸製鋼の三社による株式相互持合いの場 合、新日鉄は住金の株式の九・四%、そして住金は新日鉄の 株式の四・一%を所有することになる。
 しかしこの程度の持合いで敵対的買収=会社乗取りを防止 することはできない。
もし本当に乗取りを防止しようとする のであれば、当然のことながらお互いに相手の発行株式の過 半数を取得するのでなければならない。
そのようなことが考 えられるのだろうか?  乗取り攻勢に脅えて株式相互持合いを行おうとする会社が 出てきていることは事実だが、果たしてそのような動きが一 般化していくことになるのだろうか?        私の持合い批判  岩波書店が発行している「世界」の〇七年八、九、一〇月 号の三回にわたって伊東光晴=ロナルド・ドーア往復書簡が 掲載されているが、そのなかで伊東氏は次のように書いてい る。
「株の相互持合いを『法人資本主義』として強く批判し たのは、奥村宏中央大学教授で、マルクス経済学者です。
そ れが覇権国アメリカが望む構造改革と一致したにすぎません。
福澤諭吉が言った産業ではなく実業を推進している日本の経 営者たちが、株式の相互持合いを悪と考えていることは今も ないと思います。
私が前に書いたように『乱用的買収者』か ら企業を守るために相互持合いは今後強まると思います。
現 時点においては、それのみが唯一の防衛策だからです。
現に 二〇〇六年相互持合い比率はわずかですが高まりました。
マ スコミにあらわれる持合い批判の話の多くは投資ファンドに つらなるエコノミストたちのものです」(「世界」〇七年一〇 月号)。
 私(奥村)が株式相互持合いを批判してきたことは伊東 氏の言う通りだ。
しかし私は中央大学教授ではない(七年も 前に定年で辞めている)し、またマルクス経済学者でもない。
私のモットーは「実学」で、現実から理論を作っていくとい うものである。
その実学の研究から株式相互持合いを批判し てきたのだが、それが全くわかっていないのが日本の経営者 であり、そして伊東氏である。
 株式会社がお互いに株式を持ち合う、ということは日本、 それも戦後の日本に独特のやり方で、アメリカやヨーロッパ ではそのようなことはないし、かりにあったとしてもごく一 部である。
財閥解体後、日本では株式所有の混乱状態が起こ り、そのなかで株式の買占め事件が多発したところから、自 然発生的に株式を相互に持ち合うということが起こった。
だ がそれがどういう意味をもつものかということが当事者には 全くわかっていなかった。
 日本独自の株式相互持合いはバブル崩壊後、株式会社の原則に反するという本 質的矛盾により自壊した。
ところがこのところ、買収攻勢に対する防衛策として 持合いを強化する動きが出てきている。
果たしてこれは持合い復活への機運とな るのか、あるいは一時的な反動に過ぎないのだろうか。
79  FEBRUARY 2008        おかしな復活論  株式相互持合いは資本金の食い合いであるばかりか、そ れは支配の不公正をもたらす。
A社とB社がお互いに過半数 の株式を持ち合ったとすると、その株主権を行使するのはA、 B両社の代表取締役社長で、自分では全く出資していないに もかかわらず、お互いに相手の会社を支配し、そして残りの 株主は自分で出資しているにもかかわらず会社を支配できな い。
これは支配の不公正であり、株式会社の原理に反するこ とである。
 このような不合理な株式相互持合いはいずれ内部矛盾から 崩れていくだろう。
そう思っていたところ、果たせるかな 九〇年代になってその矛盾が爆発して崩れだした。
株式相互 持合いがやがてバブルを生み出し、それが行きつくところ崩 壊しはじめた。
 このような動きを見ながら、私は法人資本主義論を発展さ せて理論化するとともに、株式相互持合いを批判してきたの である。
 そのようなことが全くわかっていないのが日本の経営者で あり、そして伊東氏本人である。
日本の現実を直視し、それ を分析することで理論を作っていくということをモットーと してきた私にとって、最近の株式相互持合い復活の動きは度 しがたいものというしかない。
 日本の経営者たちがいかに株式会社の原理に無知であり、 そしてその時その時のご都合主義になっているか、というこ とがよくわかる。
そしてそれに迎合する伊東氏のような学者 がいかに無理論かということを表している。
 現在の株式相互持合い復活の動きはごく部分的なものであ り、それが全面的になるということは考えられないし、仮に それが普及したとしても、かつてのような相互持合率にまで 高まっていくことは考えられないが、それにしてもなんとま あおかしなことか、とただあきれるばかりである。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『会社学入門─実学 のすすめ』(七ツ森書館)。
     株式会社の原理に反する  私は一九七五年に日本評論社から出した『法人資本主義の 構造』で、日本で広く行われている株式相互持合いが株式会 社の原理に反するものである、として批判してきた。
この本 はのちに社会思想社から新版が出て、さらに最新版が岩波書 店から〇五年に出ている。
 株式会社が相互に株式を持ち合うということはお互いに資 本金を食い合っているということである。
株式会社には資本 充実、そして資本維持の原則があるが、株式相互持合いはそ れに反するものである。
 われわれ人間はもちろん、合名会社や合資会社の出資者と して無限責任を負わされているが、株式会社の株主だけは有 限責任で、最後に責任を取るものがいない。
近代株式会社が まだ確立する以前の一九世紀には、そのような無責任な会社 は存在を許すべきではないという議論が強かった。
これに対 し、株式会社には資本金があり、それを担保として債権者は カネを貸せばよい、もし会社がつぶれたら、その資本金に見 合った資産を差し押さえればよい。
 このような条件付きで株式会社制度を認めてもよいのでは ないか。
これがJ・S・ミルの主張であり、このような主 張が議会で多数を占めるようになったところからイギリスで 近代株式会社制度が認められたのである。
 一九世紀なかば、こうして確立した近代株式会社制度が世 界に普及することによってアメリカや日本でも株式会社が増 え、そして大きな力を持つようになり、株式会社王国になっ たのである。
ところが戦後の日本ではこの株式会社の原理に 全く反することが大規模に行われ、だれもそれがおかしいと 言うものがいなかった。
株をお互いに持ち合うことはそれに よって会社同士が仲よくなることだからよいことだ、という 程度に考えられてきた。
伊東氏のいう「実業を推進している 日本の経営者」たちはそう考えてきたのである。

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