2008年2月号
物流IT解剖
物流IT解剖
日本郵便
FEBRUARY 2008 66
第11 回
政治主導の開発日程に 条件付きでゴーサイン
郵政民営化の具体的なスケジュー
ルが語られるようになったとき、ボト
ルネックになりかねない要因として注
目を集めたのが情報システムだった。
二〇〇四年九月に小泉内閣が「郵政 民営化の基本方針」を閣議決定した ときにも、システムについては不透 明なままだった。
この「基本方針」で政府は、日本 郵政公社の業務を引き継ぐ持株会社 の設立時期を〇七年四月と明記した。
しかし、その一方で「情報システム の観点からそれが可能かどうかにつ いては、専門家による検討の場を郵 政民営化準備室に設置し、年内に結 論を得る」という文言も盛り込んだ。
事実、閣議決定から約一カ月後に 加藤寛千葉商科大学学長(当時)を 座長とする「郵政民営化情報システ ム検討会議」を発足。
天野吉和トヨ タ自動車CIO(同)や國領二郎慶 応大学教授などの有識者による検討 が重ねられた。
〇四年十二月に出さ れた結論は「暫定的に対応すること が可能」というもの。
これによって、 システムの準備が間に合わないから分 社化は〇九年に、という郵政公社サ イドの案は押しもどされた。
「検討会議」が “暫定”と表現した のは、民営化・分社化に対応するシ ステムだけなら〇七年四月に間に合う という意味だ。
民営化後の事業会社 がIT面で競争力を発揮できるかど うかは、ITとは異なる次元の「経 営の問題」として考慮対象から外さ れた。
有識者によるこの答申は、政 治主導のスケジュールにお墨付きを与 え、同時に郵政公社に対しても“あ るべきシステム”の構築は民営化後で いいという実質的な猶予を与える現 実的なものだった。
もっとも暫定とはいっても、スケジ ュールがタイトだったことに変わりは ない。
そして郵便分野には、人材の 不足という深刻な問題があった。
〇 四年一〇月時点で所属していたIT 要員の数は三〇人程度。
このわずか な担当者が郵便に関連するすべての システムを担当していた。
郵便システムの規模は膨大だ。
「検 討会議」の資料によると、郵便局な どにある窓口端末だけで三万台近く あり、集配担当者の携帯端末は十二 万台を超えていた。
これらを経由す るトランザクションは一日当たり五八 〇万件。
郵便事業より一回り小さい システムを運用するヤマト運輸が、子 会社まで含めて五〇〇人規模の専属 IT要員を抱えていることを考えれ ばギャップは明らかだ。
少人数でシステムを管理しようとす れば、外部ベンダーに依存せざるをえ ない。
しかも郵便事業に携わるシス テム担当者は、官に特有の煩雑な承 民営化に向けた暫定システムに700億 プロジェクト半ばで想定外の方針転換 日本郵便 郵政民営化にとって情報システムの整備は、全体のスケジュールを左右する一 大事業だった。
ITの専門家が育っていなかった郵便事業は、とりわけ多くの難題 を乗り越えなければならなかった。
開発期間が3分の1ほど過ぎた段階で、抜本 的な設計変更に踏み切るというハプニングも経験した。
約700億円を投じたシス テム開発プロジェクトを振り返る。
情報システム本部・情報シス テム開発部の大角和輝部長 暫定システム ◆本社組織 本社・情報システム本部に約90人 弱。
本部内に3つの部があり、5割の人員は「情報 システム開発部」に所属してシステムの設計・開 発を担当。
2割は「情報システム企画部」で主に予 算管理などを担当し、残り3割は「情報システム管 理部」で既存システムの運用に携わっている。
◆情報子会社 なし 《概要》日本郵政公社の時代には、全社で年間3000億円に上るIT投資を行なってい た。
ただし、その大半は「貯金システム」(現ゆうちょ銀行の担当)や「保険システム」(現 かんぽ生命の担当)に関連する投資であり、郵便事業への投資はごく一部にすぎなかっ た。
日本郵便としては今後、売上高の1〜1.5%をIT投資にあてていく方針。
07年10月の民営化によって持株会社と4つの事業会社に分社化されたが、郵便局会 社は過去にIT部門を持っていなかったため、民営化のためのシステム構築もとりあえ ず他の事業会社が担当した。
民営化後は郵便局会社としてもIT部門を構えており、今 後は独自のIT投資を展開していく模様だ。
日本郵政グループのIT戦略を策定する組織として現在、「グループ間情報システム連 絡会」が月1回の頻度で開催されている。
各事業会社のCIOとシステム部門の幹部が 参加し、全体方針などの意思決定を下す場となっている。
67 FEBRUARY 2008 押しもあって、〇三年度から郵便事 業のIT部門に民間の専門家を採用 する動きがスタートした。
現在、日本郵便の情報システム本 部で情報システム開発部長を務める大 角和輝氏も、そうした経緯で入社し た一人だ。
富士通とオラクルで大手コ ンビニエンスストアや通信会社のシス テム構築などに携わっていたが、請 われて〇四年五月に「企画役」とし て郵政公社入りした。
声がかかった当初、大角氏は郵政 公社入りを躊躇していた。
大手IT 企業から転職すれば収入は大幅にダ ウンする。
それで も恩義を感じてい る知人に説得され たことや、民間で は考えられない規 模のプロジェクト に引かれて転身を 決断した。
入社後は、郵 便事業の責任者の 高橋俊裕副総裁 (当時)ら経営陣 と相談しながらI T部門の充実を図 った。
「私が入社 したとき郵便事業 のIT担当者は三 〇人弱で、外部出身者は三人ぐらい しかいなかった。
これを三年間で一 〇〇人にすることを目標に拡充して きた」(大角部長) 現在、日本郵便のIT部門には約 九〇人が所属している。
そのうちお よそ半数は、大角部長と同じ外部出 身者だ。
外部出身者の比率は郵貯や 保険と比べると圧倒的に高い。
最初はアドバイザリースタッフとし て参画した大角氏だったが、後述する 想定外の経緯で、プロジェクト半ばか ら最前線に踊りでることになる。
そ の後は「青息吐息でシステムを開発」 し、何とか昨年一〇月の民営化に間 に合わせることができた。
民営化の一年二カ月前に 大幅な方針転換を決断 前述した通り、暫定システムを前提 とするスケジュールは〇四年末には固 まっていた。
民営化法の成立を待つ 余裕はなかったため、〇五年初頭か ら具体的な準備に入った。
同年四月に、従来の「情報システ ム部」を「情報システム本部」に改 組。
この中に「開発部」、「戦略部」、 「運用部」の三部を置く新体制に移行 した。
民営化のためのシステム構築 を実際にマネジメントするのは開発部 で、大角氏は情報戦略部長として支 援することになった。
その後、いわゆる“郵政解散”な どのすったもんだがあり、スケジュ ールは修正を余儀なくされた。
それ でも〇五年一〇月になると、時期を 半年遅らせた内容で民営化法が成立。
二年後をめざし「システム開発プロジ ェクト」が正式に動き出した。
郵便事業で開発すべきシステムは 二二を数えた(図1)。
主なものとし て「追跡系」、「決済系」、「経営系」 などがあったが、いずれも大掛かり なものばかりだった。
過去のIT部 門が小規模だったのは、開発時期を 意図的にずらしていたからでもある。
それが民営化プロジェクトでは、二二 のシステムを同時に、二年間で開発す ることを求められた。
まずは核となる「追跡系」の仕組 みを固める必要があったため、一足 早い〇四年十二月に追跡系システム の開発に着手した。
〇五年一〇月に 国際郵便の新たな基幹拠点「東京国 際郵便局」を開設した関係もあって、 貨物追跡のチェックポイントを五カ所 から七カ所に増やしたシステムの一部 が、プロジェクト開始時にすでにでき あがっていた。
これをベースに他のシ ステムを整えていった。
民間の物流事業者も同様の仕組み を持っているが、同列視することは 認プロセスなどで忙殺されていた。
自 ら革新的なシステムを企画して、外部 ベンダーのコストを厳しくコントロー ルしながら開発を進める余裕などあ ろうはずがなかった。
専門家不在のIT部門に 民間から人材集め拡充 事業の特性上、郵貯や保険の分野 には、従来からそれなりにシステム担 当者が育っていた。
片や郵便事業は、 ほぼ白紙の状態から組織を整える必 要があった。
IT活用に積極的だっ た生田正治初代郵政公社総裁らの後 図1 民営化に向けた郵便事業のシステム開発 郵便窓口における別後納郵便物等の引受処理、切手類の販売 処理を行うとともに、窓口切手箱の在庫管理、窓口日計処理、 追跡情報の入力を行う。
局外での郵便物引受処理、切手類販売処理を行うとともに、 追跡情報のリアルタイム処理を行う。
小包、書留、翌朝10 時郵便および国際スピード郵便の引き 受け、中継および配達情報等の追跡情報を管理し、お客様か らの着否照会に対して、リアルタイムに回答するとともに、 追跡情報の入力件数を集計して、品質等の統計データを作成 する。
また、国際郵便交換局における交換局業務、物数統計、 料金決済事務等を行う。
各端末から郵便収入データを受け取り、郵便収入を管理し、 企業会計原則に対応した会計データを作成して、総合的な財 務システムに連携する。
また、センターで顧客データを一元 的に管理し、後納郵便料金計算等を集中処理する。
各基幹系システムから郵便の経営管理に必要な収入、費用、 物数等のデータを集積し、経営管理の高度化、経営各階層に 応じた経営情報のフィードバックを行う。
郵便端末運用管理システム、電子内容証明システム、ハイブリッドめーる システム、郵便物事故申告処理システム、郵便システムヘルプデスク、勤 務時間管理レポートシステム( 試行)、ゆうパック取扱所決済システム、郵 便追跡システム(ネットショップ参入支援システム)、ゆうパック送り状 印字ソフト、郵便ホームページ、郵便イントラネット、配達総合情報シス テム、電子地図システム、コンピュータ郵便システム、まとめ送金システ ム(旧 代引金まとめ送金システム)、法人営業訪問管理システム、法人営 業ナレッジシステム 次期郵便 窓口端末 次期 携帯端末 次世代 郵便追跡系 システム 次期決済系 システム 次期経営系 システム システム名概 要 1 2 3 4 5 6 22 〜 組織改革 開発プロジェクト FEBRUARY 2008 68 できない。
「民間のシステムがいかに 優れたものでも、郵便事業で使うの は無理だ。
彼らは彼らの事業規模の なかでシステムを設計している。
郵便 で使うためには、インフラだけでなく ソフトやプログラムなどすべてを見直 さなければならない。
それほど“数 の暴力”というのは凄まじい」と大 角部長は強調する。
「決済系」システムにいたっては、 公社時代には存在すらしていなかっ た。
従来は郵便局ごとの「別後納シ ステム」で処理したデータを郵貯系シ ステムに伝送していた。
これをプロジ ェクトでは、民間の会計原則に則っ て郵便事業を処理できる仕組みをゼ ロから立ち上げる必要があった。
数々の難題に直面しながらシステム 開発を続けるなかで、想定外の設計 変更も経験した。
従来の郵便事業の ネットワークは「局サーバー方式」と 呼ばれ、郵便局ごとに独立したPC サーバーを構え、この中のデータベー スで処理した結果をセンターシステム に集めるという構成になっていた。
郵 便局での業務処理だけを考えれば便 利な仕組みだったが、ITの専門家 にとっては、「二万数千カ所で動いて いるサーバーを誰がメンテナンスする のか。
運用上ありえない」という異 様な状況だった。
「局サーバー方式」に対する異論は、 大角氏もことあるごとに指摘してい た。
だが民営化のシステム開発でも、 この方式を踏襲することは既定路線 になっていた。
異なる見解を持つ者 も、この方式の枠内で最善策を模索 するしかなかった。
この風向きが変 わったのは、プロジェクトの開始から 二カ月後のことだ。
実は郵政公社は、プロジェクト発足 と同時期に、システム開発に対して 有識者から客観的な意見を聞く「情 報システム・アドバイザリーグループ」 を新設していた。
冒頭でふれた「シ ステム検討会議」の天野トヨタ自動車 CIOも中心メンバーの一人だった。
その天野氏が〇五年末に「局サーバ ー方式」を疑問視する発言をして大 きな波紋を広げた。
それでも一度決まった事柄がなか なか覆らないのは役所の常だ。
その 後もしばらく、プロジェクトは既定路 線を走りつづけた。
それが〇六年に 入る頃から開発スケジュールが遅れ気 味になり、公社を挙げてシステムに注 目が集まるようになった。
多くの問 題にメスが入る中で、改めて「局サ ーバー方式」も俎上に載せられた。
このとき公社の経営陣は、局サー バーで処理するはずだった機能の多 くを、データセンターでの処理に変更 するという大胆な方針転換を決断し た。
最終的な経営判断が下されたの は〇六年六月。
ただでさえギリギリの 二年間という開発期間のうち、すで に八カ月が経過していた。
「局サーバー方式」を「センター方 式」に変えるということは、プログ ラム言語から何から、すべてを設計 しなおすことを意味していた。
ベン ダーの体制も組み変えなければなら ない。
コストもかかる。
それを覚悟 のうえでの経営判断だった。
土壇場での大幅な方針転換に伴い、 現場の責任者も変わることになった。
それまで補佐役に徹していた大角氏 に白羽の矢が立ち、〇六年七月から は開発部長として陣頭指揮をとるこ とになった。
この困難な役割を引き 受けることは大角氏にとってもリスク の大きい話だったが、もはや選択の 余地はなかった。
プロジェクトは一年 三カ月後に迫った民営化に向けて再 スタートを切った。
大手SIベンダーから IT活用の主導権を奪回 こうしたドタバタ劇を招いた原因の 一つに “縦割り”の管理があった。
か つての役所時代から縦割り組織のな かでシステムを作る習慣があり、そう した中で郵便局での管理などだけを 考える立場から局サーバー方式が採用 されていた。
「決済系」や「追跡系」、あるいは 「窓口端末」などのシステムごとに異 なるITベンダーを採用していたこと も混乱に拍車をかけた(図2)。
縦割 り組織のなかで作られたプランを、そ 図2 システムの開発体制 IT 本部幹部会議 全体統括ミーティング郵便PMO (プロジェクト・マネジメント・オフィス) 全体SIerチーム 日立 決済系システム 郵政公社 日立 追跡系システム 郵政公社 NEC 経営系システム 郵政公社 富士通 窓口端末システム 郵政公社 松下電器 東芝テック 携帯端末システム 郵政公社/松下電器 NTTドコモ/寺岡 リコー/ FSAS 日立ケーイーシステムズ ベンダー活用 69 FEBRUARY 2008 郵政関連のシステム調達では、そ の巨額の利権を一部の大手ベンダーが 分け合ってきた歴史がある。
客観的 にみたら非常識な行為でも、他社の 担当領域に首を突っ込んでまで波風 を起こす動きは出にくかった。
IT 担当者が不足していたことも、開発 の主導権をベンダー側に握られる一因 になっていた。
郵政公社が〇四年四月から三カ年 で取り組んだ「IT中期計画」では、 年間三〇〇〇億円かかっていた公社 全体のIT投資を三年間で二割削減 するという目標を掲げていた。
民営 化プロジェクトに紛れて成果は不明だ が、過去の管理の甘さはここにもあ らわれている。
大角氏もそうした実態を垣間みた ことがある。
入社してしばらく経っ たとき、ある大手ITベンダーの提 案に沿って実施したシステムの増強 が、まったく不要不急のものだった のに一〇億円規模の出費になってい ることに気づいた。
あまりの非常識 に呆れ、すでに導入済みだったのを 交渉して返金してもらったという。
過去のしがらみを断ち切るうえで、 民営化プロジェクトは好機だった。
I T活用の主導権を取り戻そうとした 象徴的な動きが、プロジェクト途上で の方針転換だったといえる。
しかし、その結果としてプロジェク トは、文字通り崖っぷちに追い込ま れることになった。
「正直いって動く かどうか不安だった」と大角氏が振 り返るほど前途は多難だった。
それ でも何とか昨年一〇月には、システ ムを稼働させることができた。
民営化から一カ月たった十一月に、 新システムの不具合などで「後納料 金」の請求ミスが判明した。
プログラ ムの誤りや操作ミスが原因だった。
も ちろんあってはならないミスだが、舞 台裏を知る関係者にしてみれば、「こ の程度でよくぞ収まった」というの が本音だったに違いない。
本来は業務の見直し後に システム化するのが筋 民営化のためのシステム開発プロジ ェクトには、郵便分野だけでも約七 〇〇億円が投じられた。
この中には 郵便局におく窓口端末や、集配担当 者がつかう携帯端末のコストも含ま れている。
一台あたりの投資額が常 識的でも数が多いため金額は大きく なるし、土壇場での設計変更もコス トアップ要因になった。
日本郵便は今後、売上高の一〜一・ 五%を毎年ITに投じていく方針だ。
金額にして三〇〇〜四〇〇億円にな ると推定される。
この他に日本郵政に よるコーポレートレベルの投資や、郵 便局会社による投資もあるため、投 資規模がライバル企業を大幅に上回 ることは間違いない。
ただ大角部長としては、システム 投資の前にやるべきことがあると考 えている。
「本来であれば、複雑化し た商品体系や料金体系をシンプルに していくのが先だ。
すべてをシステ ムに実装しようとしたら、一年に一 回か二回しか使わない機能まで盛り 込むことになってしまう。
時間はか かるかもしれないが、やはりBPR (業務の再構築)などとセットで考え ていかなければ、事業体に貢献でき るシステムにはならない」 日本郵政グループは、昨年一〇月 の発足時から「グループ間情報システ ム連絡会」という定例会議をスタート している。
持株会社と四つの事業会 社のCIOやIT部門の幹部が出席 して、問題意識を共有する場だ。
よ うやく“あるべき姿”の模索を本格 化しつつある。
これまでは民営化に向けたシステム 開発で手一杯だったが、いずれ本格 化するはずのロジスティクス分野のI T活用も課題の一つだ。
まだ時間は かかりそうだが、「緊密に連携しなが らやっていく方針」だという。
(フリージャーナリスト・岡山宏之) れぞれに異なるベンダーが請け負うこ とで、個別最適が助長されてしまっ たのである。
約40台(元普通局のみ) 統括 センター 約1,100 局 郵便局 会社 郵便事業 会社 郵便局 会社 郵便局 会社 郵便事業 会社 配達 センター 約1,100 局 無集配局 約16,000 局 窓 口窓口端末 窓口端末 窓口端末 後方PC・GW 後方PC・GW 後方PC・GW (郵便局会社) 後方PC・GW 窓口端末(郵便事業会社) 携帯端末 携帯端末 内務事務 PC 内務事務 PC 内務事務 PC 窓 口 窓 口 集荷・配達 集荷・配達 ゆうゆう 窓口 大口窓口 約2,700 台約1,100 台 約1,100 台 約39,500 台 約300 台 約1,100 台 約2,600 台 約5,000 台 約2,500 台 約16,900 台約16,000 台 ※GW=ゲートウェイ 約2,500 台 PNET センターサーバー 局種会社郵便局センター(蔵前) 図3 窓口端末と携帯端末の配置状況 センター DB IT戦略
二〇〇四年九月に小泉内閣が「郵政 民営化の基本方針」を閣議決定した ときにも、システムについては不透 明なままだった。
この「基本方針」で政府は、日本 郵政公社の業務を引き継ぐ持株会社 の設立時期を〇七年四月と明記した。
しかし、その一方で「情報システム の観点からそれが可能かどうかにつ いては、専門家による検討の場を郵 政民営化準備室に設置し、年内に結 論を得る」という文言も盛り込んだ。
事実、閣議決定から約一カ月後に 加藤寛千葉商科大学学長(当時)を 座長とする「郵政民営化情報システ ム検討会議」を発足。
天野吉和トヨ タ自動車CIO(同)や國領二郎慶 応大学教授などの有識者による検討 が重ねられた。
〇四年十二月に出さ れた結論は「暫定的に対応すること が可能」というもの。
これによって、 システムの準備が間に合わないから分 社化は〇九年に、という郵政公社サ イドの案は押しもどされた。
「検討会議」が “暫定”と表現した のは、民営化・分社化に対応するシ ステムだけなら〇七年四月に間に合う という意味だ。
民営化後の事業会社 がIT面で競争力を発揮できるかど うかは、ITとは異なる次元の「経 営の問題」として考慮対象から外さ れた。
有識者によるこの答申は、政 治主導のスケジュールにお墨付きを与 え、同時に郵政公社に対しても“あ るべきシステム”の構築は民営化後で いいという実質的な猶予を与える現 実的なものだった。
もっとも暫定とはいっても、スケジ ュールがタイトだったことに変わりは ない。
そして郵便分野には、人材の 不足という深刻な問題があった。
〇 四年一〇月時点で所属していたIT 要員の数は三〇人程度。
このわずか な担当者が郵便に関連するすべての システムを担当していた。
郵便システムの規模は膨大だ。
「検 討会議」の資料によると、郵便局な どにある窓口端末だけで三万台近く あり、集配担当者の携帯端末は十二 万台を超えていた。
これらを経由す るトランザクションは一日当たり五八 〇万件。
郵便事業より一回り小さい システムを運用するヤマト運輸が、子 会社まで含めて五〇〇人規模の専属 IT要員を抱えていることを考えれ ばギャップは明らかだ。
少人数でシステムを管理しようとす れば、外部ベンダーに依存せざるをえ ない。
しかも郵便事業に携わるシス テム担当者は、官に特有の煩雑な承 民営化に向けた暫定システムに700億 プロジェクト半ばで想定外の方針転換 日本郵便 郵政民営化にとって情報システムの整備は、全体のスケジュールを左右する一 大事業だった。
ITの専門家が育っていなかった郵便事業は、とりわけ多くの難題 を乗り越えなければならなかった。
開発期間が3分の1ほど過ぎた段階で、抜本 的な設計変更に踏み切るというハプニングも経験した。
約700億円を投じたシス テム開発プロジェクトを振り返る。
情報システム本部・情報シス テム開発部の大角和輝部長 暫定システム ◆本社組織 本社・情報システム本部に約90人 弱。
本部内に3つの部があり、5割の人員は「情報 システム開発部」に所属してシステムの設計・開 発を担当。
2割は「情報システム企画部」で主に予 算管理などを担当し、残り3割は「情報システム管 理部」で既存システムの運用に携わっている。
◆情報子会社 なし 《概要》日本郵政公社の時代には、全社で年間3000億円に上るIT投資を行なってい た。
ただし、その大半は「貯金システム」(現ゆうちょ銀行の担当)や「保険システム」(現 かんぽ生命の担当)に関連する投資であり、郵便事業への投資はごく一部にすぎなかっ た。
日本郵便としては今後、売上高の1〜1.5%をIT投資にあてていく方針。
07年10月の民営化によって持株会社と4つの事業会社に分社化されたが、郵便局会 社は過去にIT部門を持っていなかったため、民営化のためのシステム構築もとりあえ ず他の事業会社が担当した。
民営化後は郵便局会社としてもIT部門を構えており、今 後は独自のIT投資を展開していく模様だ。
日本郵政グループのIT戦略を策定する組織として現在、「グループ間情報システム連 絡会」が月1回の頻度で開催されている。
各事業会社のCIOとシステム部門の幹部が 参加し、全体方針などの意思決定を下す場となっている。
67 FEBRUARY 2008 押しもあって、〇三年度から郵便事 業のIT部門に民間の専門家を採用 する動きがスタートした。
現在、日本郵便の情報システム本 部で情報システム開発部長を務める大 角和輝氏も、そうした経緯で入社し た一人だ。
富士通とオラクルで大手コ ンビニエンスストアや通信会社のシス テム構築などに携わっていたが、請 われて〇四年五月に「企画役」とし て郵政公社入りした。
声がかかった当初、大角氏は郵政 公社入りを躊躇していた。
大手IT 企業から転職すれば収入は大幅にダ ウンする。
それで も恩義を感じてい る知人に説得され たことや、民間で は考えられない規 模のプロジェクト に引かれて転身を 決断した。
入社後は、郵 便事業の責任者の 高橋俊裕副総裁 (当時)ら経営陣 と相談しながらI T部門の充実を図 った。
「私が入社 したとき郵便事業 のIT担当者は三 〇人弱で、外部出身者は三人ぐらい しかいなかった。
これを三年間で一 〇〇人にすることを目標に拡充して きた」(大角部長) 現在、日本郵便のIT部門には約 九〇人が所属している。
そのうちお よそ半数は、大角部長と同じ外部出 身者だ。
外部出身者の比率は郵貯や 保険と比べると圧倒的に高い。
最初はアドバイザリースタッフとし て参画した大角氏だったが、後述する 想定外の経緯で、プロジェクト半ばか ら最前線に踊りでることになる。
そ の後は「青息吐息でシステムを開発」 し、何とか昨年一〇月の民営化に間 に合わせることができた。
民営化の一年二カ月前に 大幅な方針転換を決断 前述した通り、暫定システムを前提 とするスケジュールは〇四年末には固 まっていた。
民営化法の成立を待つ 余裕はなかったため、〇五年初頭か ら具体的な準備に入った。
同年四月に、従来の「情報システ ム部」を「情報システム本部」に改 組。
この中に「開発部」、「戦略部」、 「運用部」の三部を置く新体制に移行 した。
民営化のためのシステム構築 を実際にマネジメントするのは開発部 で、大角氏は情報戦略部長として支 援することになった。
その後、いわゆる“郵政解散”な どのすったもんだがあり、スケジュ ールは修正を余儀なくされた。
それ でも〇五年一〇月になると、時期を 半年遅らせた内容で民営化法が成立。
二年後をめざし「システム開発プロジ ェクト」が正式に動き出した。
郵便事業で開発すべきシステムは 二二を数えた(図1)。
主なものとし て「追跡系」、「決済系」、「経営系」 などがあったが、いずれも大掛かり なものばかりだった。
過去のIT部 門が小規模だったのは、開発時期を 意図的にずらしていたからでもある。
それが民営化プロジェクトでは、二二 のシステムを同時に、二年間で開発す ることを求められた。
まずは核となる「追跡系」の仕組 みを固める必要があったため、一足 早い〇四年十二月に追跡系システム の開発に着手した。
〇五年一〇月に 国際郵便の新たな基幹拠点「東京国 際郵便局」を開設した関係もあって、 貨物追跡のチェックポイントを五カ所 から七カ所に増やしたシステムの一部 が、プロジェクト開始時にすでにでき あがっていた。
これをベースに他のシ ステムを整えていった。
民間の物流事業者も同様の仕組み を持っているが、同列視することは 認プロセスなどで忙殺されていた。
自 ら革新的なシステムを企画して、外部 ベンダーのコストを厳しくコントロー ルしながら開発を進める余裕などあ ろうはずがなかった。
専門家不在のIT部門に 民間から人材集め拡充 事業の特性上、郵貯や保険の分野 には、従来からそれなりにシステム担 当者が育っていた。
片や郵便事業は、 ほぼ白紙の状態から組織を整える必 要があった。
IT活用に積極的だっ た生田正治初代郵政公社総裁らの後 図1 民営化に向けた郵便事業のシステム開発 郵便窓口における別後納郵便物等の引受処理、切手類の販売 処理を行うとともに、窓口切手箱の在庫管理、窓口日計処理、 追跡情報の入力を行う。
局外での郵便物引受処理、切手類販売処理を行うとともに、 追跡情報のリアルタイム処理を行う。
小包、書留、翌朝10 時郵便および国際スピード郵便の引き 受け、中継および配達情報等の追跡情報を管理し、お客様か らの着否照会に対して、リアルタイムに回答するとともに、 追跡情報の入力件数を集計して、品質等の統計データを作成 する。
また、国際郵便交換局における交換局業務、物数統計、 料金決済事務等を行う。
各端末から郵便収入データを受け取り、郵便収入を管理し、 企業会計原則に対応した会計データを作成して、総合的な財 務システムに連携する。
また、センターで顧客データを一元 的に管理し、後納郵便料金計算等を集中処理する。
各基幹系システムから郵便の経営管理に必要な収入、費用、 物数等のデータを集積し、経営管理の高度化、経営各階層に 応じた経営情報のフィードバックを行う。
郵便端末運用管理システム、電子内容証明システム、ハイブリッドめーる システム、郵便物事故申告処理システム、郵便システムヘルプデスク、勤 務時間管理レポートシステム( 試行)、ゆうパック取扱所決済システム、郵 便追跡システム(ネットショップ参入支援システム)、ゆうパック送り状 印字ソフト、郵便ホームページ、郵便イントラネット、配達総合情報シス テム、電子地図システム、コンピュータ郵便システム、まとめ送金システ ム(旧 代引金まとめ送金システム)、法人営業訪問管理システム、法人営 業ナレッジシステム 次期郵便 窓口端末 次期 携帯端末 次世代 郵便追跡系 システム 次期決済系 システム 次期経営系 システム システム名概 要 1 2 3 4 5 6 22 〜 組織改革 開発プロジェクト FEBRUARY 2008 68 できない。
「民間のシステムがいかに 優れたものでも、郵便事業で使うの は無理だ。
彼らは彼らの事業規模の なかでシステムを設計している。
郵便 で使うためには、インフラだけでなく ソフトやプログラムなどすべてを見直 さなければならない。
それほど“数 の暴力”というのは凄まじい」と大 角部長は強調する。
「決済系」システムにいたっては、 公社時代には存在すらしていなかっ た。
従来は郵便局ごとの「別後納シ ステム」で処理したデータを郵貯系シ ステムに伝送していた。
これをプロジ ェクトでは、民間の会計原則に則っ て郵便事業を処理できる仕組みをゼ ロから立ち上げる必要があった。
数々の難題に直面しながらシステム 開発を続けるなかで、想定外の設計 変更も経験した。
従来の郵便事業の ネットワークは「局サーバー方式」と 呼ばれ、郵便局ごとに独立したPC サーバーを構え、この中のデータベー スで処理した結果をセンターシステム に集めるという構成になっていた。
郵 便局での業務処理だけを考えれば便 利な仕組みだったが、ITの専門家 にとっては、「二万数千カ所で動いて いるサーバーを誰がメンテナンスする のか。
運用上ありえない」という異 様な状況だった。
「局サーバー方式」に対する異論は、 大角氏もことあるごとに指摘してい た。
だが民営化のシステム開発でも、 この方式を踏襲することは既定路線 になっていた。
異なる見解を持つ者 も、この方式の枠内で最善策を模索 するしかなかった。
この風向きが変 わったのは、プロジェクトの開始から 二カ月後のことだ。
実は郵政公社は、プロジェクト発足 と同時期に、システム開発に対して 有識者から客観的な意見を聞く「情 報システム・アドバイザリーグループ」 を新設していた。
冒頭でふれた「シ ステム検討会議」の天野トヨタ自動車 CIOも中心メンバーの一人だった。
その天野氏が〇五年末に「局サーバ ー方式」を疑問視する発言をして大 きな波紋を広げた。
それでも一度決まった事柄がなか なか覆らないのは役所の常だ。
その 後もしばらく、プロジェクトは既定路 線を走りつづけた。
それが〇六年に 入る頃から開発スケジュールが遅れ気 味になり、公社を挙げてシステムに注 目が集まるようになった。
多くの問 題にメスが入る中で、改めて「局サ ーバー方式」も俎上に載せられた。
このとき公社の経営陣は、局サー バーで処理するはずだった機能の多 くを、データセンターでの処理に変更 するという大胆な方針転換を決断し た。
最終的な経営判断が下されたの は〇六年六月。
ただでさえギリギリの 二年間という開発期間のうち、すで に八カ月が経過していた。
「局サーバー方式」を「センター方 式」に変えるということは、プログ ラム言語から何から、すべてを設計 しなおすことを意味していた。
ベン ダーの体制も組み変えなければなら ない。
コストもかかる。
それを覚悟 のうえでの経営判断だった。
土壇場での大幅な方針転換に伴い、 現場の責任者も変わることになった。
それまで補佐役に徹していた大角氏 に白羽の矢が立ち、〇六年七月から は開発部長として陣頭指揮をとるこ とになった。
この困難な役割を引き 受けることは大角氏にとってもリスク の大きい話だったが、もはや選択の 余地はなかった。
プロジェクトは一年 三カ月後に迫った民営化に向けて再 スタートを切った。
大手SIベンダーから IT活用の主導権を奪回 こうしたドタバタ劇を招いた原因の 一つに “縦割り”の管理があった。
か つての役所時代から縦割り組織のな かでシステムを作る習慣があり、そう した中で郵便局での管理などだけを 考える立場から局サーバー方式が採用 されていた。
「決済系」や「追跡系」、あるいは 「窓口端末」などのシステムごとに異 なるITベンダーを採用していたこと も混乱に拍車をかけた(図2)。
縦割 り組織のなかで作られたプランを、そ 図2 システムの開発体制 IT 本部幹部会議 全体統括ミーティング郵便PMO (プロジェクト・マネジメント・オフィス) 全体SIerチーム 日立 決済系システム 郵政公社 日立 追跡系システム 郵政公社 NEC 経営系システム 郵政公社 富士通 窓口端末システム 郵政公社 松下電器 東芝テック 携帯端末システム 郵政公社/松下電器 NTTドコモ/寺岡 リコー/ FSAS 日立ケーイーシステムズ ベンダー活用 69 FEBRUARY 2008 郵政関連のシステム調達では、そ の巨額の利権を一部の大手ベンダーが 分け合ってきた歴史がある。
客観的 にみたら非常識な行為でも、他社の 担当領域に首を突っ込んでまで波風 を起こす動きは出にくかった。
IT 担当者が不足していたことも、開発 の主導権をベンダー側に握られる一因 になっていた。
郵政公社が〇四年四月から三カ年 で取り組んだ「IT中期計画」では、 年間三〇〇〇億円かかっていた公社 全体のIT投資を三年間で二割削減 するという目標を掲げていた。
民営 化プロジェクトに紛れて成果は不明だ が、過去の管理の甘さはここにもあ らわれている。
大角氏もそうした実態を垣間みた ことがある。
入社してしばらく経っ たとき、ある大手ITベンダーの提 案に沿って実施したシステムの増強 が、まったく不要不急のものだった のに一〇億円規模の出費になってい ることに気づいた。
あまりの非常識 に呆れ、すでに導入済みだったのを 交渉して返金してもらったという。
過去のしがらみを断ち切るうえで、 民営化プロジェクトは好機だった。
I T活用の主導権を取り戻そうとした 象徴的な動きが、プロジェクト途上で の方針転換だったといえる。
しかし、その結果としてプロジェク トは、文字通り崖っぷちに追い込ま れることになった。
「正直いって動く かどうか不安だった」と大角氏が振 り返るほど前途は多難だった。
それ でも何とか昨年一〇月には、システ ムを稼働させることができた。
民営化から一カ月たった十一月に、 新システムの不具合などで「後納料 金」の請求ミスが判明した。
プログラ ムの誤りや操作ミスが原因だった。
も ちろんあってはならないミスだが、舞 台裏を知る関係者にしてみれば、「こ の程度でよくぞ収まった」というの が本音だったに違いない。
本来は業務の見直し後に システム化するのが筋 民営化のためのシステム開発プロジ ェクトには、郵便分野だけでも約七 〇〇億円が投じられた。
この中には 郵便局におく窓口端末や、集配担当 者がつかう携帯端末のコストも含ま れている。
一台あたりの投資額が常 識的でも数が多いため金額は大きく なるし、土壇場での設計変更もコス トアップ要因になった。
日本郵便は今後、売上高の一〜一・ 五%を毎年ITに投じていく方針だ。
金額にして三〇〇〜四〇〇億円にな ると推定される。
この他に日本郵政に よるコーポレートレベルの投資や、郵 便局会社による投資もあるため、投 資規模がライバル企業を大幅に上回 ることは間違いない。
ただ大角部長としては、システム 投資の前にやるべきことがあると考 えている。
「本来であれば、複雑化し た商品体系や料金体系をシンプルに していくのが先だ。
すべてをシステ ムに実装しようとしたら、一年に一 回か二回しか使わない機能まで盛り 込むことになってしまう。
時間はか かるかもしれないが、やはりBPR (業務の再構築)などとセットで考え ていかなければ、事業体に貢献でき るシステムにはならない」 日本郵政グループは、昨年一〇月 の発足時から「グループ間情報システ ム連絡会」という定例会議をスタート している。
持株会社と四つの事業会 社のCIOやIT部門の幹部が出席 して、問題意識を共有する場だ。
よ うやく“あるべき姿”の模索を本格 化しつつある。
これまでは民営化に向けたシステム 開発で手一杯だったが、いずれ本格 化するはずのロジスティクス分野のI T活用も課題の一つだ。
まだ時間は かかりそうだが、「緊密に連携しなが らやっていく方針」だという。
(フリージャーナリスト・岡山宏之) れぞれに異なるベンダーが請け負うこ とで、個別最適が助長されてしまっ たのである。
約40台(元普通局のみ) 統括 センター 約1,100 局 郵便局 会社 郵便事業 会社 郵便局 会社 郵便局 会社 郵便事業 会社 配達 センター 約1,100 局 無集配局 約16,000 局 窓 口窓口端末 窓口端末 窓口端末 後方PC・GW 後方PC・GW 後方PC・GW (郵便局会社) 後方PC・GW 窓口端末(郵便事業会社) 携帯端末 携帯端末 内務事務 PC 内務事務 PC 内務事務 PC 窓 口 窓 口 集荷・配達 集荷・配達 ゆうゆう 窓口 大口窓口 約2,700 台約1,100 台 約1,100 台 約39,500 台 約300 台 約1,100 台 約2,600 台 約5,000 台 約2,500 台 約16,900 台約16,000 台 ※GW=ゲートウェイ 約2,500 台 PNET センターサーバー 局種会社郵便局センター(蔵前) 図3 窓口端末と携帯端末の配置状況 センター DB IT戦略
