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SEPTEMBER 2005 34
人気スイーツを調達したい
「近鉄さん、何とかならない?」
近鉄ロジスティクス・システムズ(KLS)
の営業部隊は、札幌市に店舗を構える某百貨
店の催事担当者から、ある相談を持ち掛けら
れた。
「スイーツ」と呼ばれるケーキやプリン、デ
ザートなどを東京から札幌まで航空便で運ん
でほしい――。 これまでKLSでは精密機器
から動物に至るまで、ありとあらゆるモノを
航空便で輸送してきたが、スイーツという依
頼が寄せられたのは今回が初めてだった。
催事担当者によると、その百貨店では定期
的に「スイーツフェア」を開いている。 同イベントは若い女性たちを中心に人気を博して
いたが、スイーツブームが下火となっていく
につれて、集客力に少しずつ翳りが見え始め
てきた。 そこで、テコ入れ策としてテレビや
雑誌などで話題の有名パティシエ(菓子職
人)たちがプロデュースするスイーツを店頭
に並べることを検討しているという。
有名パティシエたちとの交渉は順調に進ん
でいたが、彼らは取引開始に際して、ある条
件を提示してきた。 フェアに足を運んでくれ
るお客さんには、東京に構える直営店で提供
しているスイーツとまったく同じものを口に
してもらいたい。 そのため、商品は札幌では
なく、東京の店舗で製造する。
スイーツのほとんどは製造から二四〜四八
専用コンテナや特殊容器の開発で
生洋菓子の全国当日配送が可能に
近鉄エクスプレスのグループ会社。 ケ
ーキなどの生洋菓子を航空便で全国配送
するサービスを始めた。 航空便の利用は
トラックよりも輸送時の揺れが大きいた
め、形状が崩れやすい生洋菓子には不向
きだとされてきたが、衝撃を軽減する資
材の開発や作業改善によって高い輸送品
質を実現できるようになった。
近鉄ロジスティクス・システムズ
――新サービス
35 SEPTEMBER 2005
時間程度と賞味期限が短い。 だからといって
日持ちさせるために冷凍などの処理を施すこ
とは認めない。 スイーツを?生〞の状態のま
ま、東京から札幌まで運び、百貨店の店頭に
並べることができるのであれば、喜んで商品
を提供しましょう、という回答だった。
この条件を受け入れるうえでのネックは物
流だ。 東京〜札幌間はトラック輸送で約二〇
時間(フェリー利用を含む)は掛かるため、
賞味期限に間に合わない。 これに対して、航
空便を利用すれば、リードタイムは大幅に短
縮できるはずだ。 そう考えた催事担当者は、
有名パティシエの店舗から商品を集荷し、航
空便で幹線輸送後、札幌の百貨店に届けるま
での一連の物流業務を請け負ってもらえない
か、とKLSに打診してきたという。
羽田〜札幌(千歳)のフライト時間はおよ
そ一時間半。 確かに幹線輸送を航空便で処理すれば、賞味期限の問題はクリアできる。 た
だし、航空便には輸送品質の面で難点があっ
た。 航空機は離発着時に機体が大きく傾く。
着陸時に機体が受ける衝撃も小さくない。 そ
れらが原因となってスイーツの形状が崩れて、
売り物にならなくなってしまう恐れがあった。
実際、物流業界ではスイーツの輸送には航空
便よりも?揺れ〞の影響が少ないトラックを
活用するのが常識とされてきた。
しかし、KLSは百貨店からの要請を一蹴
するどころか、むしろ前向きに検討すること
を約束した。 「国内航空貨物の需要は低迷し
ている。 当社では新商品の開発で新たな輸送
ニーズを掘り起こすことが急務の課題となっ
ていた。 こうした背景もあって、スイーツの
空輸に挑戦してみようという話になった」と
営業部開発グループの小池信一担当課長は説
明する。
衝撃を抑えるための工夫
商品化への道が開けるかどうかは、航空機
の離発着時や急降下時に生じる航空コンテナ
の振動をいかに抑えるかに掛かっていた。 実
験を行ったところ、スイーツの入った「ばん
じゅう」と呼ばれるケースを、そのまま航空
コンテナに格納するかたちでは、予想通り、
振動によってコンテナ内部で「ばんじゅう」
が上下左右に動き、その影響でスイーツがぶ
つかり合ってしまった。
KLSが最初に取り掛かったのは、「ばん
じゅう」をコンテナ内でしっかりと固定する
ことだった。 具体的には、上下の揺れへの対
処策として、コンテナの床部分と「ばんじゅ
う」の底の間に、衝撃を吸収するためのスポ
ンジ状のシートを差し込み、さらに積み重ね
た「ばんじゅう」の一番上の部分には板状のパネルを被せた。 一方、左右の揺れに対して
は、「ばんじゅう」の両サイドにパネルを立て
たうえで、「ばんじゅう」とパネルの間には段
ボール片などを詰め込んで隙間を埋めた。
続いて、「ばんじゅう」の改良に着手した。
現在、ケーキ屋やパン屋ではクリーム色の
「ばんじゅう」が利用されているが、KLS
では半透明の「ばんじゅう」を導入すること
にした。 「ばんじゅう」の中に何が入っている
のかを、外側からでも目視できるように改め
ることで、作業者に丁寧な荷扱いを促すのが
狙いだ。
スイーツの荷崩れを防ぐためには常に「ば
んじゅう」を水平な状態に保つ必要がある。
そこで、「ばんじゅう」には「ななめに持たな
KLSの小池信一営業部開発
グループ担当課長
「SWEETS EXPRESS」で使用する保冷コンテナ
冷却媒体はドライアイスではなく蓄冷材を活用している
いで
! !
」と記したラベルも貼付した(写真参
照)。
さらに「ばんじゅう」には一枚ずつ蓋を被
せることにした。 一般に「ばんじゅう」は積
み重ねて使用する場合、一段目の「ばんじゅ
う」の底の部分が、二段目の「ばんじゅう」
の蓋としての役目を果たしているが、このよ
うな仕組みは食品衛生上、好ましくないと判
断した。
空港内の仕分け施設などで「ばんじゅう」
を積み替える際に、「ばんじゅう」の並び順
を間違ってしまうと、床に接していた最下段
の「ばんじゅう」の底が?蓋〞として機能し、
底に付着していた埃などがスイーツに降りか
かってしまう可能性があった。 これに対して、
すべての「ばんじゅう」に蓋を用意しておけ
ば、仮に積み替えの順番が入れ替わってしま
った場合でも、スイーツに埃がかかる心配は
ない。
コンテナ内を一定温度に保つために使用す
る冷却媒体にも気を配った。 一般に保冷コン
テナの冷却媒体にはドライアイスが活用され
ているが、スイーツ輸送では蓄冷材を利用す
ることにした。 ドライアイスには、使用時に
発生する炭酸ガスの臭いがスイーツに付着し、
味が変化してしまうという問題点があったか
らだ。
「バニラビーンズが散りばめられているスイ
ーツかと思っていたら、実は黒い粒の正体は
埃だった。 蓋なしの『ばんじゅう』だと、そ
のような事故が起こる可能性もある。 スイーツは振動だけではなく、衛生管理や温度管理
の面でも非常にデリケートな扱いを必要とす
る。 スイーツについて色々な知識を得るため、
ケーキづくり教室に参加することから始めた」
と小池課長は説明する。
このほかに、集配を担当するドライバーや、
「ばんじゅう」を航空コンテナに搭載する作
業の担当者向けに作業マニュアルも作成した。
マニュアルでは積み降ろしの方法や「ばんじ
ゅう」の固定方法などを分かりやすく説明す
るため、写真や絵などを使うといった工夫も
凝らした。
製造から約八時間で店頭に
KLSではこうした下準備を経て、輸送ト
ライアルを繰り返し実施。 その後、細かい部
分に改良を加えていき、何とかトラック輸送
に比べ遜色のない輸送品質を提供できるレベ
ルにまで漕ぎ着けた。 これを受けて、昨年三
月から生洋菓子専用の航空輸送サービス「S
WEETS
EXPRESS」の販売を開
始した。
同サービスは次のような流れで進んでいく。
まずKLSがチャーターした定温仕様の軽ト
ラックがスイーツの工場や店舗などから商品
を回収する。 軽トラは出発空港まで輸送。 続
いて空港で「ばんじゅう」を航空コンテナに
搭載し、目的地近くの空港まで空輸する。 到
着空港でコンテナをデバンニングし、再び軽
トラックに「ばんじゅう」を積み込んで、百
貨店など販売店に配送する(図1)。
「SWEETS
EXPRESS」の最大の
セールスポイントは、主要都市間であれば、
スイーツの当日配送が可能になったという点
だ。 例えば、東京〜札幌の場合、遅くても出
荷の八時間後には相手先の店頭に商品が並ぶ
という。
冒頭で紹介した札幌の百貨店では、有名パ
ティシエの店舗から午前七時半に商品を回収。
羽田発午前一〇時の航空便に載せることで、
午後二時過ぎには店頭でスイーツの販売を開
始している。 札幌のスイーツファンたちは、
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半透明の「ばんじゅう」を導入。
丁寧な荷扱いを促すため、蓋には
ラベルを貼付した
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東京で購入する場合と変わらない鮮度でスイ
ーツを楽しめるようになったわけだ。
「有名パティシエのスイーツはとても人気が
高く、それを求めてお客さんは百貨店が開店
する前から列を作っている。 混乱を避けるた
めに配布している整理券は数分でなくなってしまう。 以前に比べフェアの集客率は確実に
アップしたと聞いている」と小池課長。 催事
担当者の思惑通り、スイーツフェアは再び活
気を取り戻しつつあるという。
クリスマスケーキに挑戦
「SWEETS
EXPRESS」の評判は
瞬く間に全国各地に拡がり、現在では札幌だ
けではなく、福岡や鹿児島など九州地区の百
貨店にも利用されている。 一方、出荷側の裾
野も広がっており、スタート当初は東京発の
スイーツが圧倒的に多かったが、最近では洋
菓子発祥の地である神戸の店舗や、京都の和
菓子店から集荷されたスイーツが伊丹(大
阪)から各地へ向けて出荷されるケースも少
しずつ増えている。
「SWEETS
EXPRESS」の昨年の
輸送実績は一五トンだった。 二〇〇五年度は
倍増を見込んでいる。 百貨店でスイーツフェ
アが開催されるのは主に九月から三月までで、
期間は一回当たり長くても一週間程度。 スポ
ット需要が中心のため、ボリュームそのもの
はまだまだ小さい。 百貨店サイドには集客力
の向上、菓子店サイドには商圏の拡大という
効果が期待できる点をアピールして、拡販を
進めていくことが今後の大きな課題だという。
営業活動と並行して輸送品質を高めるため
の研究にも引き続き力を注いでいく方針だ。
「航空便に載せることがまだ困難なスイーツ
もある。 例えば、モンブラン。 この商品はク
リームの層を重ねるかたちで出来ているため、
時間が経つにつれ、上に載せたマロンが少し
ずつ沈んできてしまう。 また、プリンには振
動を受けると底部分に敷いたカラメルが上っ
てきてしまうという難点がある。 それらを防
ぐ手立てはないか。 百貨店さんやパティシエ
さんたちともよく相談しながら、適切な輸送
方法を考案していきたい」(小池課長)とし
ている。
ケーキがもっとも売れるのは年末のクリス
マスシーズンだ。 そしてこの時期に市場に出
回っているホール型のケーキは冷凍品が圧倒
的に多い。 大手菓子メーカーは夏頃から生産
を開始。 その後、数カ月間にわたって冷凍保存し、ケーキの在庫を積み増しておくことで、
クリスマスの出荷ピーク時に対応している。
有名パティシエがつくる出来たての?生ケ
ーキ〞をクリスマスに食べてみたい――。 ス
イーツファンたちのニーズは尽きることがな
い。 KLSと百貨店ではこうした声に応えよ
うと、ホール型ケーキの輸送方法について研
究を始めたという。
化粧箱に入れたままでも荷崩れは起きない
か。 専用の「ばんじゅう」を新たに開発して、
それにケーキを入れて運んだほうが確実なの
か。 クリスマス商戦がスタートするまで残り
約四カ月。 「SWEETS
EXPRESS」
をめぐるKLSの試行錯誤の日々はしばらく
続きそうだ。
(
刈屋大輔)
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