2008年3月号
現場改善

小規模物流会社T社の事業承継

MARCH 2008  74 家業を継ぐか独立するか  久しぶりにS氏からメールが届いた。
年商 約二億円の物流会社T社の二代目だ。
地方都 市で輸配送、保管、梱包、そしてセンター運 営業務を手がけている。
S氏との出会いは弊 社日本ロジファクトリーの主催する「物流実 務カレッジ」であった。
S氏は同カレッジの 物流コンサルタントコースの受講者であった。
 当時のS氏は、渋谷の街にでもよく歩い ていそうな今どきの髪型と服装の若者であっ た。
初回の研修でその姿を見たとき、私は正 直、彼がなぜ弊社の物流コンサルタントコー スを受講したのか疑問に感じるほど、強い印 象を受けた。
他の壮々たる実力と経験を持っ た参加メンバーのなかで、S氏はやや物怖じ しているようにも見えた。
 ところが第二回目の研修時に、「会社に帰っ て具体的にどのようなアクションを取ったか」 という質問を受講者たちに投げかけたところ、 S氏だけが具体的な行動をとり、しかも成果 を出していた。
私の研修では、参加者全員が 見守る中で、一対一の質疑応答を行う。
その 受け答えからも、S氏が見かけと違って経営 全般に強い問題意識を持っていることははっ きりと分かった。
そして、この研修コースで 彼はメキメキとノウハウを身につけ、実践へ の手応えを感じることができたようであった。
 そんなS氏から届いたメールには、研修が 非常に実になり、今の仕事に大いに活かされ ているという嬉しい知らせと共に、新たにセ ンター運営の依頼を受けており、コンサルタ ントとして力を貸して欲しいということが書 かれていた。
 ローカル線の特急を乗り継いで、S氏のい るT社に向かった。
約二年ぶりに会うS氏は 見違えるように逞しくなっていた。
結婚して 一児のパパにもなっていた。
あのシブヤ系の 髪型はその片鱗を残しつつも無造作に乱れて おり、仕事に脇目も振らず邁進している様子 が窺えた。
 S氏から近況報告を兼ねた説明を受けた。
それによると研修受講時のS氏は、実は親の 会社を継ぐかどうかで迷っていたのだという。
ひとつは、T社が代々受け継いでいくほどの 会社とは思えず、父親である社長にもその様 子がなかったこと。
またS氏には実兄がおり ドライバーとしてT社に在籍していた。
 S氏自身で独立したいという気持ちもあっ た。
しかし、当時から既に結婚を約束してい る女性がいたため、経済的な面も無視はでき 事例で学ぶ 現場改善 日本ロジファクトリー 青木正一 代表 第62 回  シブヤ系の若き二代目が家業を継ぐことになった。
地元 の中小荷主や路線業の下請け仕事をメーンとする年商二億 円の小規模物流企業だ。
地元で一番の3PLに脱皮するこ とを目指し、新たにセンター運営にも乗り出した。
しかし、 背伸びは禁物だ。
まずは経営の足場を固め、一つひとつ階 段を上っていく必要がある。
小規模物流会社T社の事業承継 あおき・しょういち  1964年生まれ。
京都産 業大学経済学部卒業。
大手 運送業者のセールスドライ バーを経て、8 9年に船井 総合研究所入社。
物流開発 チーム・トラックチームチー フを務める。
96年、独立。
日本ロジファクトリーを設 立し代表に就任。
現在に至る。
HP:http://www.nlf.co.jp/ e-mail:info@nlf.co.jp 75  MARCH 2008 ない。
どの道を選ぶべきか、相当迷った末で の決断だったようだ。
そして、決断した後も、 今度はT社の経営全般に様々な課題があるこ とを日々思い知らされているのだという。
 T社の業務内容としては研修後に、従来か らの輸配送や保管・梱包業務に加え、ある物 流会社の下請けで、初めてのセンター運営事 業を開始していた。
S氏はセンター運営の右 も左も分からない中、研修テキストを片手に 悪戦苦闘。
一カ月近くの徹夜状態を経て、何 とか現場を回るようにしたという。
 そして現在、T社には新たなセンター運営 の話が舞い込んでいる。
しかし初回の案件で センター立ち上げの怖さを痛いほど理解した S氏は、ひとりでは対応が困難だと判断し、 私に声をかけてきたのである。
また、この案 件と並行してT社そのものの経営基盤を固め るための助言も欲しいとのことであった。
センター運営の依頼を辞退  今回、依頼を受けた荷主は日用雑貨を扱 うP社で年商は約二〇億円、東南アジアに生 産を委託した製品を国内の量販店に販売して いる。
過去にP社はセンター運営の外注化に 失敗し、それ以降は自家物流を行っていたが、 物量の拡大と社員の物流業務負担軽減から、 改めて外注化の方針を打ち出した。
 T社に声がかかったのは、先に運営を開始 した第一号センターの荷主からの紹介だった。
T社にセンター運営を任せる前提で話が始ま り、S氏はP社のトップとの面談を重ね、信 頼を築いていった。
ところが見積書を提出す る段階になって、過去にP社が外注化した時 の費用より高いということから、話はいった ん保留状態に置かれてしまった。
 P社はT社以外の委託先候補を求め、セン ター運営の実績と知名度のある物流会社二社 との話し合いを行い、それぞれに提案を求め るかたちで、T社を加えた三社による事実上 の物流コンペを行った。
これによってT社が 受託できる可能性は遠のいてしまった。
 ところが、しばらくしてP社の物流担当部 長からS氏に連絡が入った。
「御社に業務を 任せたいので再度、来社して欲しい」という。
訪問すると担当部長と社長が出てきた。
他 の二社は結局、P社の要望に対応できなかっ たという。
つまりコンペから降りたのである。
見積金額もT社より高かったようだ。
 こうして一度は保留になったセンター運営 の話が再度、T社に戻ってきた。
ところが 改めて聞いたP社の要望にS氏は驚かされた。
MARCH 2008  76 今から一カ月後の八月には業務を新センター に移管させたいという。
過去に経験した外注 化の失敗の轍は踏みたくないため、一年のう ち最も物量が落ちる八月に移管を済ませたい とのことであった。
 あまりに急な話だった。
他の二社が降り たというのも頷ける。
センターの移管業務 は、どこまで事前情報を集められるか、準備 をどこまで進めたかによって、大きな差が出 る。
とはいえ一カ月での移管は困難を極める。
我々は移管準備期間を短縮する方法を探るた め様々な方面からP社の情報を集め、十分す ぎるほどの話し合いを行った。
 結論は辞退であった。
新センターの物件確 保、ラックなどの備品の調達、人材の募集など、 準備には最低三カ月は必要だというのがS氏 の最終的な判断だった。
それは第一号センター で苦労した教訓でもあったが、T社の事業規 模を考えると準備不足による運営失敗がT社 の経営そのものを揺るがしかねないインパク トを持ち、最悪の場合には倒産という事態ま で覚悟しなければならないからでもあった。
 P社には、十分な準備期間を設けること がセンター移管の大前提であることを伝えた。
こうして結局、センター運営の委託先が見つ からなかったP社は社員による自家物流を泣 く泣く継続することになったのであった。
 ここでのS氏の判断は正しかったと言える だろう。
失敗そのものは次に活かせる。
リス クを避けてばかりいることが、常に正しいわ けではない。
しかし、基礎体力を超えるほ どの大きな損失は当然ながら経営を直撃する。
そのリスクを、まだ三〇そこそこのS氏が冷 静に評価できたことは賞賛に値する。
この年 齢ぐらいの経営者はどうしても背伸びをしが ちだ。
その結果、失敗するケースが世間では 数多く見受けられるのである。
まずは地固めから  S氏はこの案件を振り返って「この周辺で 一番の3PL企業に早くしたいという焦りが ありました。
もっとじっくり足元を固めながら、 実績を作っていきます」と私に話した。
そし て経営基盤を強化することの重要性を改めて 思い知らされた我々はすぐさまT社の改革に メスを入れたのだった。
それは以下のような 内容であった。
?S氏の社長就任 ?有限会社から株式会社への変更 ?長期借入金の借り換え ?損益管理の徹底 ?輸送業務の可視化  S氏は二代目としてT社の陣頭指揮をとり ながらも、正式には社長に就任していなかった。
父親のM社長(現・会長)は能力と適性から S氏が社長になることが望ましいと考えてい ながらも、先述の実兄の存在が決定を遅らせ ていた。
そこで将来の内輪揉めを避けるため、 輸送部門を別会社化し、それを実兄に任せる という選択肢を持つことにして事業承継を実 施した。
 「?有限会社から株式会社への変更」につ いてはT社に限らず、特に大きな理由が無い 限り、私は株式会社への変更を勧めるように している。
営業面における荷主からの印象、 銀行や取引先からの信用、人材募集時のマイ ナスイメージ払拭などが理由である。
 物流会社は元々、過小資本であることが 多い。
経営者の個人財産に余裕がある場合 は増資すべきだ。
会社から社長個人にいった ん資金を貸し付けて増資する方法もある。
個 人、会社の双方に資金的な余裕がない場合で も、新会社法で株式会社の最低資本金枠が引 き下げられているので、今やどんな会社でも 株式法人化できる。
 「?長期借入金の借り換え」も必須課題だっ た。
S氏からT社の決算書を見せてもらっ た。
経常利益は出ているものの現預金が少な い。
当面の資金繰りはなんとか大丈夫な状況 にはあったが、仮にP社のセンター運営が失 敗したとなれば、先行投資の避けられなかっ たラック購入や人材確保の資金で確実にショー トしていただろう。
 借入金は一〇年返済で五〇〇〇万円あった。
売り上げ二億円に対して二五%という割合は 問題視するほどのレベルではない。
相手も地 銀だ。
しかし金利が四・五%と異常に高かっ た。
M会長に理由を尋ねたが、明確な説明が ない。
借り入れ当時のT社は赤字状態で、後 継者もはっきりしていなかったことから、リ スクの大きな貸付先と評価されたのであろう。
 そこで二日に一度は支店長がT社に顔を見 せるという地元の信用金庫に借り換えを相談 した。
その結果、担保などを調整した末、一・ 77  MARCH 2008 九%という金利での借り換えに応じてくれる ことになった。
大きな支払利息の削減となった。
車両別損益管理を導入  「?損益管理の徹底」は、焦点を車両別損 益に絞った。
中小物流業のならいで先代が数 字を見ていた時代の損益管理ははっきり言え ば、どんぶり勘定であった。
そこでS氏に「車 輌別損益管理フォーム」を提供し、その活用 方法を伝えて、全車の損益を出してもらうこ とにした(左表)。
 結果は惨憺たるものであった。
五年ほど前 にはリッター七〇円前後だった軽油価格が今 や一一〇円台にまで高騰したことで、粗利の ほとんどなくなってしまった車両、あるいは 赤字になっている車両が少なくなかった。
さ らに路線会社の傭車として利用されている三 台に関しては、車両が償却済みであるにもか かわらず、若干の赤字が出ていた。
 この車両別損益表をもとに荷主に対して運 賃値上げを求めた結果、一部の荷主で一〇% の値上げに成功した。
路線会社の傭車は一台 減車した。
この路線会社からは従来から一台 の減車依頼が来ていたのだが、先代の社長 は「ウチを切るつもりか」とはねつけていた。
しかし先代も車両別損益表を見たことで態度 を一転し、減車に応じる考えになった。
 「?輸送業務の可視化」については、一部 助成金制度も活用し、三〇〇万円強のリー スを組んで、デジタコの導入を行った。
元々、 T社では事務員を最小限に抑えていたため運 行管理、車両管理が十分ではなかった。
それ に加え、改革の次のステップでドライバーの 給与・手当ての見直しを行うためにも、輸送 業務の実態を可視化することが不可欠であった。
 こうしてT社の事業承継と地盤固めが進ん でいる。
幸い追い風も吹いている。
このとこ ろ荷主企業の一部は安い賃料を求めて、関東 であれば埼玉、千葉、神奈川といった地域に 立地していたセンターをさらに地方へと移管 する動きに出ている。
T社の地盤とするエリ アはちょうどその対象となっている。
 S氏自身に関しても、持ち前のガッツと向 上心、情報収集力、人の意見を吸収する素直 さなど、私は手応えを感じている。
しかしな がら地方の中小物流業の多くが廃業も視野に 入れて承継問題を考えざるを得なくなってい る時代である。
それに対してコンサルタントが どこまで価値を提供できるのか。
我々もまた、 その実力を問われていると自覚している。
車両別原価計算表(算出例) 費 目摘 要月額(円) 消費税月額 (内訳・円) 車両費保険料燃料費修理費 車両償却費 自動車税 取得税 重量税 小 計 任意車両 任意対人 任意対物 任意搭乗 自賠責 小 計 燃料費 油脂費 小 計 車検整備費 一般修理費 タイヤ・チューブ費 小 計 [{(車体金額+ 車両設備)×0.95+}+ 消費税]÷72 カ月 法定自動車税÷12 カ月 購入時取得税÷72 カ月 法定重量税÷12 カ月 (1)+(2)+(3)+(4) (290 万円・免責5 万円) 72,150 円÷12 カ月 (無制限) 55,300 円÷12 カ月 (1,000 万円・免責5 万円) 80,770 円÷12 カ月 (500 万円) 3,750 円÷12 カ月 91,050 円÷12 カ月 (6)+(7)+(8)+(9)+(10) [{(214km×22 日)÷5.5km /ℓ}×60 円/ℓ]+ 消費税 [{(214km×22 日)÷660km /ℓ}×165 円/ℓ]+ 消費税 (12)+(13) (法定車検費用×5 回分+ 消費税)÷72 (月間平均修理費+ 消費税)÷12 [{(タイヤ価格×6 本)÷80,000km}×(214km×22 日)]+ 消費税 (15)+(16)+(17) (車庫使用料、休憩施設、その他)50,140 円+ 消費税 月間支払給与 賞与金額÷12 182,400 円×0.0289 (月間支払給与(20)+ 賞与(21)÷12)×0.027(法定掛率) 月間支払給与(20)×0.1135(法定掛率) (月間支払給与(20)×0.05)+ 消費税 (20)+(21)+(22)+(23)+(24) (シート・ロープ・消耗品・事故費・その他)57,430 円+1,330 円 (5)+(11)+(14)+(18)+(19)+(26)+(27) (運送費合計(28)×決算書販管比率)+ 消費税 (運送費合計(28)×決算書営業外費用比率)+ 消費税 (28)+(29)+(30)+ 消費税 合計金額(31)÷ 稼働日数22 日 合計金額(31)÷月間総走行距離(214km×22 日) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20) (21) (22) (23) (24) (25) (26) (27) (28) (29) (30) (31) (32) (33) 給料 賞与 退職引当金 労働保険料 法定福利費 福利厚生費 小 計 人件費 その他運送費 運送費合計 一般管理費 営業外費用 合 計 稼働1日当たり 実走1km当たり 施設利用料 ■営業用4t平ボディー車1カ月1両平均運送コスト試算表  (車両6年償却)1カ月平均22日稼働1日平均214km走行

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