2008年4月号
物流格差社会

「ミニ基幹システム」運用開始導入後の混乱乗り越え現場は安定

APRIL 2008  76 は、暫定処置として二つの管理方法を並行して 進めなければならなかった。
 入荷した商品を仕分ける作業は手間がかかっ た。
商品は通信販売用と店舗販売用に分けられ、 通販用の商品はさらにシステム切り替え以前の 発注番号と、以降のものに分かれる。
そのため 商品を検品するたびに行き先を一々確認をしな ければならなかった。
 また、システムを活用する上で重要な、商品 の格納法がまだ詰められていなかった。
どの棚 にどの商品を並べればいいのか、誰もわからな い。
商品は行き場が決まっていないため仮置き の形を取ったが、それがさらなる混乱を招いた。
 システムに不慣れなため手際が悪く、しかも システムに対応した業務フローができていないこ ともあり、業務は一気に止まってしまった。
終 電がなくなる時間になっても、入荷商品のほと んどは手つかずのまま残っていた。
 システム部の窓口としてプロジェクトを進めて きた大学院生は、想定外の混乱が目の前に現れ て、なすすべもなく立ちすくんでいた。
 臨時の措置として総務部から社員の川田さん が責任者として配置された。
しかし、川田さん は責任者らしいことは何もせず、一日中商品の 検品をしていた。
まるで物流部を統括する役割 を放棄しているようにみえた。
指示をしように もできなかったというのが本音だろう。
 吉田さんは「あの人、俺たちの言ってること がわからないんだよ。
頭の中に?マークが出て るんだと思うよ」と私に耳打ちしてきた。
物流 部内では業務方法を巡って幾度となく口論が起 こった。
一度議論の輪に、川田さんが入ってき たことがあった。
場をまとめてくれると期待し たが、しばらく話を聞いた後、何も言わずに離 れてしまった。
それ以降議論があっても近付い て来なかった。
 この時一番かわいそうだったのは、社員の陳 さんだった。
陳さんはシステム導入以前、物流部 を率いていた中川さんが突如失踪したにもかか わらず、のんきに構えていた。
しかし、中川さ んがもう戻ってこないことを自覚した途端、急 に責任感を負ってしまった。
三日続けて徹夜し、 「ミニ基幹システム」運用開始 導入後の混乱乗り越え現場は安定 第2 回 格  差   社  会 ●中村文丈● フリーターが見た ネット通販の裏側  著者がアルバイトを始めたPCサクセスの物流 部では誤出荷が頻発し、クレームが殺到してい た。
そんな中、同社初の物流システム「ミニ基 幹システム」が稼働した。
リーダー不在で、し かも業務フローが未完成だったため、現場は大 混乱に陥った。
しかし、この危機的状況がスタ ッフの自発的な改善を生み出した。
混乱を乗り 越えた現場は安定し、社内では上場話で盛り上 がるなど、和やかなムードになった。
待望の新 リーダーも誕生した。
システム導入後の混乱で業務停滞  「ミニ基幹システム(以下、システム)」は業 務フローが詰められないまま稼働を始め、現場 業務は停滞した。
あちこちにボトルネックが生 まれ、商品は動かなくなった。
 システムの運用は、ある発注番号を境に開始 することになっていた。
その発注番号以前の注 文は従来の客単位の管理だが、以降の注文は商 品ごとに棚に並べて管理する。
ただ、当分の間 物 流 77  APRIL 2008 ついに家で倒れた。
陳さんは彼女と一緒に住ん でいたおかげで、大事に至らなかったが「彼女 がいなかったらやばかった」と後でしみじみ振 り返っていた。
社員になるくらいなら辞めた方がマシ  そんな中、吉田さんが社長に呼び出された。
私を面接した時の取締役が、社長に昇格してい た。
この緊急事態を乗り切るために、社長は物 流部の新しいリーダーとして吉田さんに白羽の 矢を立てた。
吉田さんは仕事に精通しているだ けでなく、スタッフからの信頼も厚い。
会社に は批判的だったが、はっきりものを言っても嫌 われない柔らかさがあり、最もリーダーに適し ていた。
しかし、吉田さんは「社員にだけはな らない」とはっきり公言していた。
 社長との面談から戻ってきた吉田さんは、「社 員になって、リーダーとして物流部をまとめて くれないかと頼まれ た。
でも、絶対社員 になんかならない。
社員になるくらいな ら辞める」と、社長 の申し出をきっぱり と断ったという。
 さらに吉田さん は「アルバイトのリ ーダーでいいじゃな いですかって言っ たら、アルバイトじ ゃだめなんだと社員になるように説得してきた。
だから、絶対やりませんってはっきり答えたよ。
そしたら戦国武将の織田信長はどうのこうのっ てうんちく語り始めるから、何わけのわからな いこと言っているんですか、って返しちゃった」 と、社長に説得された時の様子を教えてくれた。
 会社は吉田さんをリーダーに立てることをあ きらめた。
しかし、その後もなり手は見つから ず、しばらく物流部の新しいリーダーは決まら なかった。
 物流部には、他部署からの応援が何人もやっ てきた。
問題が発生したら全員一丸となって事 に当たるのがサクセスの社内文化のようで、私 も他部署を手伝ったことがある。
 そんな中、応援にきていた店舗スタッフの一 人が声をかけてきた。
「物流部ってこんな仕事 をやっているんですね。
これからは物流部の人 にはもっと優しくしよう」。
どうやら彼は『アマ ゾン・ドット・コムの光と影(横田増生・情報 センター出版局)』という本を読み、アマゾンの 物流センターとサクセスの物流部の仕事を重ね 合わせてそう言っているようだった。
 彼が担当したのは検品作業だ。
延々と商品を チェックし続けるため、果てしない作業でつら いと思われても仕方ない。
しかし、出荷作業全 体の流れを理解した上で、その一環として検品 作業をしていれば別に苦痛でもないし、単純な 作業という意識も持たない。
そもそも同情され るような仕事はしていないつもりだった。
 システム導入でごたついている最中にあり、苦 しい状況であることは間違いなかった。
だが、ど うも彼が言っているのはそういう意味ではなさ そうだった。
物流の仕事自体に同情しているよ うだった。
私は彼の話を軽く聞き流したが、ア マゾンの本のことは気になった。
上場話で大盛り上がり  しばらく続いた混乱も、一カ月ほどして落ち 着きをみせ始めた。
試行錯誤はまだ続いたが、 一番の課題だった商品の格納法も固まってきた。
皆で知恵を絞り、商品の傾向やパッケージの大 きさなどを考慮して少しずつ築き上げていった。
 PCパーツと電化製品をゾーンで区切り、さ らに商品をカテゴリー分けした。
PCパーツは 細かい商品が多いため、場合によってはベンダ ーごとにまとめた。
さらに受発注商品とフリー 在庫の違いも加味し、収まりのいいかたちがで きてきた。
 アスース、ギガバイト、MSIなど有力メー カーのマザーボードがぎっしり隙間なく棚に並ん だ。
CPUはオレンジ色のパッケージのインテル、 黒いパッケージのAMDと、棚の色はきれいに 分かれた。
当時、電化製品では、HDD搭載の ビデオレコーダーが売れ始めていて、松下電器 の「DIGA」やソニーの「スゴ録」など各社 の人気製品が積み上げられていた。
また、シャ ープの「ヘルシオ」など水蒸気式のオーブンが 売れ始めたのもこの頃で、狭いスペースに大き く場所を取った。
iPodのような人気商品は 大量に入荷してきても、その日のうちにほとん 格  差   社  会 物 流 システム導入直後の商品仕分け方法 入荷商品 店舗販売用通信販売用 発注番号 例)1〜1000 客単位 (従来の方法) 発注番号 1000〜 商品ごとに 棚で管理 APRIL 2008  78 シの『さくら』は今でも耳に残っている。
仕事 というよりは、遊んでいる気分で働いていたか もしれない。
サクセスは服装が自由で、休憩時 間も自分の裁量で自由にとることができる。
そ の自由を初めて実感した。
 かつては毎朝他部署から大勢の応援が来てい たが、それが数人に減った。
実際はもう必要な いレベルにまで達していたが、吉田さんは「息 抜きに物流部に手伝いに来てるっていう側面も あるんじゃないの」と、他部署の事情を察して いた。
 物流部から何人かがサポートやクレーム部へ異 動になり、人数は少なくなっていたが作業時間 はかなり減っていた。
定時というのはさすがに 無理だったが、終電ギリギリまで会社にいなく ても家に帰れるようになった。
 この時期、会社も全体として落ち着いてきた ように思う。
私がサクセスで働き始めた頃は毎 日あちこちで問題が起こっていた。
それが整然 と動いているように見えた。
人も定着するよう になった。
上場話で盛り上がっていたのもこの 頃だ。
全体朝礼で、社長が証券会社の審査が通 ったことを発表した。
上場のための説明会や勉 強会が頻繁に行われるようになった。
あだ名が似てるから新リーダー  物流業務は流れるようになったが、ミニ基幹 システムが否定される雰囲気は残ってしまった。
稼働した当初、「どうしようもないシステム」と 言われるのを何度も聞いた。
現場が混乱したこ と、バグが多数出たこと、大学院生の担当者が 混乱にうまく対処できなかったことなどがその 理由だった。
最初のパニックが予想以上で、失 敗という第一印象が強く焼き付いたせいもある。
 しかし、少し時間はかかったが、このシステ ムで業務は動くようになった。
さらに修正を続 け、機能を加えていけば、もっといいシステム になる可能性があった。
改善の過程で得る経験 は何より蓄積になる。
 ところが、「サクセスは何をやってもあとちょ っとのところでうまくいかない。
ミニ基幹シス テムももう少しでうまくいくのに、その少しが できない」。
ある社員が会社を辞めるときに、し みじみ言い残した言葉だ。
 ミニ基幹システムが導入されてから三カ月ほ どたって、物流部の新しいリーダーが決まった。
責任者を置きたいという意向は以前から聞こえ ていたが、なかなか決まらなかった。
 新リーダーが選ばれた理由は、逃げ出した前責 任者とあだ名が似ていたからだ。
会議で社長が 唐突に「○○の次は××」とだじゃれのように 言って、そのまま決まったという話だった。
い い加減な決め方だったが、なり手が見つからず 苦肉の策だったのだろう。
 新リーダーの竹原さんは、電話通販部のサブ リーダーをしていた社員で、まだ二十代の背の 高い男だった。
私がサクセスに入った頃は二階 で仕事をしていたため、顔は知っていたが、あ まり話をしたことはなかった。
穏やかでおとな しそうな人だった。
私と吉田さんは、「あの人 どが出荷された。
 業務フローが安定し始めると、一転して働き やすい現場に変わった。
誰かに言われたからで はなく、自分たちの力だけで難局を乗り切った ことで、スタッフはみな自主的に動くようになっ た。
やらされる仕事と、自分から進んでやる仕 事では、業務に対する関わり方が全く違ってく る。
一度意識が変わると、アイデアや改善策が 次々に出てくるようになった。
誰かが気づいた ことがあればその場で実行され、物流のかたち はどんどん変わっていった。
責任者不在で会社 の意向が届きにくく、制約が減った分、現場に 自発的な空気が生まれたせいかもしれない。
危 ういバランスで成り立ったともいえるが、仕事 はスムーズに流れるようになった。
 この頃、他部署から物流部に応援にきた人は 皆、楽しそうに働いている物流部のメンバーを みて、うらやましがった。
「みんなニコニコして いる」「二階で嬉しそうに働いている様子を見 るのが楽しみだ」などとよく言われるようにな った。
 作業場の環境は格段に良くなった。
やってい る仕事は倉庫作業だが、倉庫で働いている感覚 はあまりなかった。
もともとオフィス用に建て られたビルで、床には絨毯が敷かれていた。
絨 毯は柔らかなグレー色で、踏み足に弾力があり、 倉庫特有の無機質さを消し去っていた。
また、 店舗用に備え付けられた有線放送から一日中ヒ ットチャートの音楽が流れ、現場作業の泥臭さ を押し流した。
当時大ヒットしていたケツメイ 格  差   社  会 物 流 79  APRIL 2008 だったら、会社との楯になってくれそうだ」と 喜んだ。
今以上に働きやすくなるかもしれない と物流部は歓迎ムードだった。
 新リーダーの決定を、誰よりも喜んでいたのは 陳さんだった。
陳さんは指示を出したり、人を まとめたりというのは苦手だった。
しかし、形 式的にも責任者という立場で、みなから色々言 われていた。
そこから解放されたことでほっと していた。
「管理職を役職で呼ぼう運動」開始  しかし、竹原さんに対する期待はすぐに裏切 られることになる。
社員、アルバイト約一〇〇 名全員が集まる全体朝礼で、社長から異動が発 表された。
その後、取締役が新リーダーを物流 部に連れてきて、「月に二億売り上げている電 話通販部サブリーダーの竹原さんです。
これか らは物流部のリーダーとして仕事をしていくこ とになります」と仰々しく紹介した。
竹原さん は物流部の課長に就任した。
 この頃、管理職を役職で呼ぼうとする運動が 始まった。
サクセスでは週に一度、リーダー会 議が開かれる。
社長はじめ、各部署のリーダー が集まる。
店舗にいない時も、「いらっしゃいま せ」と大きな声を出すように決まったのは、実 はこの会議だった(第一回参照)。
今度は「管理 職を役職で呼ぼう運動」の実施が決定した。
こ れまでは管理職者を「さん」付けで呼ぶのが普 通だったが、以降は○○課長、○○部長と呼ば なければならない。
吉田さんは「今時役職で呼 ぼうなんて時代に逆行してる」と、呆れた。
 突然、役職名をつけろといわれても、そもそ も誰が部長で、誰が課長かよくわからない。
執 行部にしても同じで、役員の肩書きが専務なの か常務なのか、そんなの名刺でももらわない限 りわからない。
サクセスは会社の急成長に組織 形態が追いついていなかった。
物流部にしても、 課長の上に部長という役職者はいなかった。
課 長の上役は実質的に社長だ。
この運動は一部の 社員は実行したが、役職をつけて呼ぶ声はほと んど聞かなかった。
強制力がなかったせいもあ り、結局根付かなかった。
誤出荷三回でアルバイトはクビ  課長就任から一週間ほど経ったある日、突然 A四の紙が物流部に張り出された。
 物流部は騒然となった。
「更新しない」とい うのは解雇という意味らしい。
それにしてもな ぜ更新という言葉が出てくるのか。
サクセスで 働いて一年になるが、更新手続きをとったこと は一度もないし、更新という制度自体聞いたこ とがなかった。
 その頃、確かに誤出荷が増えていた。
しかし、 ミニ基幹システムの稼働後、まだ三カ月ほどし か経っていない。
運用計画のない状態でスター トして、やっと実際の業務に根付くようになっ たばかりだ。
細かい問題は山積され、目の前の 問題を一つずつ解決している段階だった。
誤出 荷についても同様に、手探りで方法を模索して いた。
実際に効果を上げた改善策もあった。
吉 田さんは、梱包を終えテープで封をした後、箱 の上に客の名前を書くよう提案した。
送り状の 貼り間違いを防ぐためだ。
些細な提案だが、そ れからクロス誤出荷は一件も出ていない。
 吉田さんは「今まで頑張ってきたのにひどい 仕打ちだよな」と憤りをみせた。
物流部のスタ ッフは、業務日誌に一斉に抗議の文章を書いて 提出した。
ある者は「人間性を疑います」とま で書いた。
そのスタッフは、しばらくして他部 署へ異動になった。
 人のいい永井君は、「課長のやりたいことが わかりません。
酒でも飲みながらもっと話しま しょう」と前向きな意見を書いた。
永井君は何 かあっても直情的に怒るタイプではなく相手を 思いやれる優しい青年だった。
お互いに理解し 合えば、課長もわかってくれると信じていた。
 スタッフの抗議に対して、課長から反応はなか った。
次の日、何もなかったかのように朝礼を し、張り紙のことには触れなかった。
物流部は、 一気にやる気をなくした。
それまで進んでいた改 善は滞り、アイデアもほとんど出なくなった。
課 長とのコミュニケーションはなくなった。
       (登場人物は全て仮名です) 格  差   社  会 物 流 ■社員:誤出荷をしたら減給 ■アルバイト:誤出荷を三回したら、 更新しない

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