2008年5月号
現場改善

運送業創業社長T氏の苦悩

MAY 2008  82 創業者の四つの悩み  T社長のお手伝いをしてもう十数年にな る。
T社長は二六歳の時、脱サラで運送会社 のS社を立ち上げた。
社長自身がトラックの ハンドルを握り、白ナンバー(営業許可を持 たない自家用トラック)一台からスタートした。
それから四〇年。
現在は小口配送と保管を二 本柱として、住設機器、日用雑貨品、書籍、 紙関連などの荷主を中心に、年間約五億円の 商売を手がけている。
 高度成長期には、今では超優良企業となっ ている大手メーカーの物流を請け負ったこと で順調に業容を拡大させた。
ところがその後、 労働争議が勃発。
その影響で有力荷主が次々 に離反していった。
再起をかけてT社長は再 びドライバー兼トップセールスマンとして地元 の会社に飛び込み営業をかけて回り、何とか 危機を凌いできたのであった。
 幼少の頃に実母を亡くし、兄弟三人の長男 として父親の男手一つで育てられたというT 社長。
自分が稼がないといけないという責任 感とハングリー精神は相当なもので、逆境に 負けないバイタリティーには頭が下がる。
良 くも悪くも商売っ気の強い人物である。
 そんなT社長にとって、我々日本ロジファ クトリーは、いわば“よろず屋”的な存在であっ た。
会社案内やダイレクトメールの作成、新 しいサービス商品の開発、人事考課制度の策 定、表彰制度導入、社員研修、事務業務の 効率化、資金繰り対策、荷主紹介、二代目 教育等々。
並べてみればそれらしく聞こえる が、実際には“何かあればすぐに連絡が入る” というウエットなお付き合いであった。
 我々は売り上げが何%上がったとか、利益 がどれだけ出るようになったなど、具体的な 数値に現れるようなサポートをしてきたわけ ではなかった。
会社を伸ばす、強くするとい うより、むしろいかに会社をつぶさないよう にするか、度重なる危機にどう対処するかを、 その都度T社長と協議して手を打ってきたの であった。
 危機に直面したT社長はいつも我々に相 談する前から自分なりの答えを用意していた。
我々との話し合いは、T社長が自分の考えを 整理して頭の中をクリアにするためのものだっ た。
答えに迷っていることも珍しくはなかっ たが、そのような場合は我々が背中をひと押 しすることで、T社長は勇気を出して戦場に 向かっていった。
 T社長には独特の話法と慎重さがあり、必 事例で学ぶ 現場改善 日本ロジファクトリー 青木正一 代表 第64 回  白トラのドライバーから出発して年商五億円の運送会社 を築いたT社長。
創業から四〇年を経て今や世代交代の 時期を迎えている。
しかし、経営基盤は盤石とは言えない。
そのまま二代目に継がせても、皆が不幸になることは目に 見えている。
残された時間は限られている。
運送業創業社長T氏の苦悩 83  MAY 2008 ず自分の思っていることと反対の表現を使う という癖があった。
しかも会話に起承転結が なく、話題が知らぬ間に変わっていく。
初め て接する人は、話の半分も理解できないだろう。
そのためT社長の話法に慣れている我々がT 社の中途社員や部外者との間に立って、通訳 ならぬ代行説明を行うことも しばしばであった。
 T 社長には長年引きずっ ている四つの悩みがある。
? 労使問題、?営業活動の継 続性、?二代目への引継ぎ、 ?借入依存体質である。
最 近ではこれに健康問題が加 わっている。
以前はライバル や売り込みの営業マンに対し ては、T社長一流のイヤミで 相手を粉砕していたものだが、 このところはイヤミにも切れ 味がなくなってきた。
 さて、四つの悩みのうち? 労使問題については、前述 の労働争議は我々がお手伝い に入る以前の段階で大きな節 目を過ぎ、鎮火に向かってい た。
今もなお数名残っている 外部組合員に対しては、さす がに腫れ物にさわるようなか たちで対応しているが、少人 数となったことで会社全体に 与える影響は以前に比べ著し く低下している。
 それに比べて?営業活動の 継続性は、いまだに大きな懸 案となっている。
現状は営業 担当者不在と言うほかない状況にある。
敢え ていえばT社長自らがトップセールスマンと して活動しているのだが、六〇歳を越えた今 さすがにかつてのパワーはない。
 過去には我々のアドバイスを受けて、営業 専任担当者を採用し、その育成を図りながら 売り上げを作っていた時期もあった。
我々か らの紹介営業や、地元の新聞に掲載された会 社に一つひとつ連絡を入れるといった地道な 営業活動を重ねることで、受注につながるケー スが出てきたり、口コミで新規案件が入って くるようにもなっていた。
 ところが、その営業専任者が社内組織との 軋轢、トラブルから退社してしまった。
これ がT社長のトラウマになり、“もう勘弁して 欲しい”と、それ以降は営業専任者を採用す ること自体を止めてしまったのだ。
その代わ りにT社長の長男である常務を営業に当たら せようともしたが全く機能しなかった。
我々 がその必要性、重要性を伝えると常務も一時 的には営業に出るのだが、現場が忙しくなる と結局そちらに傾注してしまう。
不採算荷主を切るのは良いが…  会社としての強みはあった。
S社のドライ バー、特に二tクラスの小口ルート配送のド ライバーは着荷主からの評判が良く、また低 運賃で常に荷主のわがままには対応するといっ た“融通の利く”物流会社であった。
そのた め一度取引が始まると荷主から切られること がほとんどなかった。
 ところが、S社の業績は売上高五億円まで 物流業のマーケティング戦略 売り上げ 売り上げは創るもの 分解1 (月額) 100 万円 × 10 社 →月商3,300 万(年商4億) 以上の企業を10 社確保 分解2 (月額) →月商6,600 万(年商8 億) 以上の企業を5 社確保 200 万円 × 5 社 分解3 (月額) →月商3.3 億(年商40 億) 以上の企業を1 社確保 ※支払い物流費を年商の3% として換算 ※支払い物流費を全て受託し た場合を想定 1000 万円 × 1 社 サービスメニュー数 付加価値業務への参入 荷 主 数 伸びている時は口座数 ?エリア拡大 ?業種拡大 ?川上物流、川下物流への 参入 ※集荷(調達)物流から配 送物流を攻略する ステップ1 6大荷主体制(15%×6 社) ステップ2 10大荷主体制 (10%×10 社) ステップ3 特定多数荷主体制 (5%×20 社) 荷主構成比のバランス 必達荷主:5社 積み合わせ荷主の 損益分岐点は3社 ●流通前後行程への進出 ?積み合わせ ?倉庫(保管) ?時間指定 ?年中無休、24 時間 ?流通加工 ?荷役(ハンドリング) 第1攻略メニュー ?人材派遣 ?在庫管理  (オンライン) 第2 攻略メニュー ?陸、海、空一貫物流 第3 攻略メニュー 料  金 価格破壊を提案力でカバー ?物流提案力の充実 ?量の確保(薄利多売) 支払い物流費 ( 売上の2 〜 3%) (売上の4 〜 6%) 提案力による拡大領域 荷主の物流費 現状の受注領域 = × × MAY 2008  84 伸びて以降は頭打ちとなっている。
収支は赤 字決算が過去に二、三回あったが、毎年ほぼ トントンの状態である。
この一〇年は赤字荷 主との取引を打ち切ることで、なんとか収益 を維持してきたというのが実情だ。
 残業が多くなったり、運賃が合わない場合 にS社ではまず荷主別もしくはルート別の運 送原価をはじき出す。
その結果、赤字であれ ば積み合わせの検討やルート変更を行う。
そ れでも利益が出ない場合には荷主に運賃の見 直しを打診する。
応じてくれない場合には丁 重に業務を断るといった具合である。
 つまり荷主から“離婚届”を出される会社 が多いなか、S社ではこちらから“離婚届” を出していた。
そのこと自体はむしろ褒めら れるべきことなのだが、次の仕事の手当ての つかないうちに離婚してしまうことが往々に してあった。
 そんなS社にとって、継続的な営業活動 による新規案件の獲得は、“撤退”という選 択をとるうえでの保険として不可欠であった。
それが後手後手に回っている。
赤字取引を止 めてから数カ月経ってようやくその穴埋めが できるという流れが、最近では常態化してし まっている。
 ?の二代目への引継ぎ。
これも非常に頭の 痛い問題である。
周囲はT社長の常務であ る長男がいずれS社を継ぐものと考えている が、当事者たちは必ずしもそう考えてはいない。
私からみて常務は、フォークリフトの運転ス キルこそ高いものの、計算管理、リーダーシッ プ、行動力、コミュニケーションといった経 営者に必要な能力を十分に満たしているとは 言えない。
 S社が平時ならともかく、特別警戒レベル にある今、常務がそのまま経営を引き継いだ ら結果がどうなるかは明らかだ。
常務自身そ のことを理解しており、「社長はほんとうに 私に会社を継がせるつもりなのか。
継ぐ自信 は全くない」ということが日頃の言動に明ら かに出ていた。
 この問題で私は、T社長に同行しての他セ ンターへの移動中に「社長、常務に継がせる んですか」と直接切り出してみたことがある。
するとT社長からは「常務は継がないんじゃ ないかなあ。
まあはっきりと常務の意見は聞 いてはいないがね」と予想外の答えが返って きた。
 どうしても息子に跡を継がせたいという家 業に特有の強い思いは、T社長にはないよう だ。
S社が自分の代で終わることさえ選択肢 に入れていた。
しかし常務をはじめ、社員の 生活は維持していかなくてはならない。
T社 長と同様、私にとってもそれが新たな懸念事 項となっている。
資金調達の達人ゆえに  まずは?借入依存体質を変えなければなら ない。
危険水準とされる売り上げの五〇%に はまだ達していないものの、T社長のほか常 務も連帯保証人に組み込んだうえで、既に担 保物権としている倉庫の借入枠を超す借金が ある。
T社長が資金調達の達人であることが 裏目に出ている。
 T社長は不採算荷主からの撤退などで売り 上げがダウンすると、すぐに銀行に出かける 癖がある。
気が早いというか迅速な対応とい うか、端から見ていると銀行の支店長とのか け引きを楽しんでいるかのように見える。
そ して毎回見事に低金利で地銀や地元信用金庫 から数千万円単位の資金を引っ張ってくるの である。
 もちろん、それはT社長がこれまでキッチ リと返済を行っており、一度も遅延がないと いう実績があるからこそなのだが、このまま では借入総額が減らない。
我々はこの点から も営業活動の再開による新規荷主の獲得をT 社長に繰り返し主張し、時には荷主や大手物 流会社を紹介もしてきたのだが、どうも本人 の本腰が入らない。
 そんなT社長も、寄る年波には勝てない。
最近では持病の高血圧の治療のため、出勤日 も減ってきた。
かつてのようなリーダーシッ プを望むのはもはや難しいだろう。
これから 遅くとも二年以内に、S社は事業承継問題も 含めた今後の方向性を固めなければならない。
“よろず屋”たる我々にも少々焦りが出始め ている。
あ お き ・ し ょ う い ち  1964年生まれ。
京都産 業大学経済学部卒業。
大手 運送業者のセールスドライ バーを経て、8 9年に船井 総合研究所入社。
物流開発 チーム・トラックチームチー フを務める。
96年、独立。
日本ロジファクトリーを設 立し代表に就任。
現在に至る。
HP:http://www.nlf.co.jp/ e-mail:info@nlf.co.jp

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