2008年6月号
特集

巨大物流企業の攻防 フェデックスのグローバルIT

JUNE 2008  34 フェデックスのグローバルIT  IT先進企業として知られる米フェデックス。
1990年代を通 じて年間売上高の約10 %をIT投資に回し、94年には世界で 初めてインターネット経由で貨物情報を顧客に提供するサー ビスを開始した。
今も全世界に7000人以上の担当者を抱えて、 年間10億ドル規模のIT投資を続けている。
(フリージャーナリスト・岡山宏之) 七千人のIT担当者を世界各国に配置  フェデックスのIT投資の規模は、一年で約一〇億 ドル(一ドル一〇四円換算で一〇四〇億円)に及ぶ。
日本のヤマト運輸や佐川急便のIT投資は年間一五 〇〜二五〇億円程度だから文字通りケタが違う。
取 扱個数の問題ではない。
フェデックスの取扱個数は航 空貨物と陸運を合わせて一日当たり平均七五〇万個。
ヤマトの二倍程度に過ぎない。
 IT投資額の格差をもたらしている理由の一つは、 その事業形態にある。
周知のようにフェデックスは、 航空貨物輸送とトラック輸送を結びつけて小口貨物 をスピード配送するビジネスを確立したパイオニアだ。
現在ではグループ全体で約六七〇機の自社運航機と 七万五〇〇〇台以上の配送車両を日常的に運用して いる。
この複雑で巨大なインフラをコントロールする には高度な情報システムが欠かせない。
 グローバルにビジネスを展開しているという要因も 大きい。
同社は二二〇以上の国と地域で貨物を扱い、 世界中で貨物追跡などを行っている。
通関処理など のオペレーションのスピードアップにはやはりIT投 資が不可欠だ。
実際、ライバルの米UPSも、年間 一〇億ドル規模のIT投資を続けている。
 IT担当者の数も増え続けている。
フェデックス・ エクスプレスのアジア太平洋地域で情報部門の責任者 を務めているリンダ・ブリガンスCIO(最高情報責 任者)によれば、現状では「グローバルで七〇〇〇 人以上の担当者がいる」という。
 グループの持株会社であるフェデックス・コーポレ ーションのCIOを務めるロバート・カーター氏は、二 〇〇六年一月に『日経コンピュータ』のインタビュー で六〇〇〇人のIT担当者がいると語っている。
そ こからさらに一〇〇〇人が加わったことになる。
 ヤマトや佐川のIT担当者はいずれも一〇〇〇人 程度(子会社で親会社向け業務を担当している人数 を含む)。
フェデックスがIT担当者としてカウント している中には、システムで顧客のビジネスを支援す る人材も含まれているものの、同社がマンパワーの上 でもITを重視しているのは明らかだ。
 七〇〇〇人を超すIT担当者の七、八割は米国に いる。
その多くはフェデックス・コーポレーションの 傘下でIT開発やサプライチェーン関連事業を手掛け ているフェデックス・サービスの所属だ。
この会社は グループの事業をITやマーケティングなどの面から サポートするために二〇〇〇年に設立された。
現在 ではグループ全体の支援機能などを幅広く担ってお り、一万人以上の従業員を抱えている。
 フェデックス・サービスの年商は二一億ドル(二一 八四億円)。
ただし、ここにはオンライン印刷や書類 作成サービスを手掛けるフェデックス・キンコーズや、 フェデックス・グローバル・サプライチェーン・サー ビスの売上高も含まれている。
純粋なシステム会社と しての売上規模は公表していない。
 大規模なIT関連企業を米国内に持つ一方で、地 域にも多くの人材を抱えている。
アジア太平洋地域 だけでも三八九人のIT担当者がおり、その一部で ある日本法人にも二一人が在籍している。
このうち 十二人はインフラ整備やネットワーク構築など社内向 けサポートに従事し、残り九人は顧客向けIT関連サ ービスの高度化を担っている。
自主開発を貫き差別化  これほど多数のIT担当者を抱えている理由の一 つは、同社が歴史的にシステムを自前で開発してき 物流IT解剖《第15回》特別編 35  JUNE 2008 特 集巨大物流企業の攻防 たからだ。
フェデックスは、創業者であるフレデリッ ク・スミス氏(フェデックス・コーポレーションの最 高経営責任者)によって一九七一年に設立され、七 三年からエクスプレス事業をスタートした。
 メンフィス州立大学のロバート・シガフーズ教授(当 時)が八三年に書いた『空飛ぶ宅配便 フェデラル・ エクスプレス』(TBSブリタニカ)には、創業期の 奮闘ぶりが活写されている。
同書によると七〇年代 初頭の米国には、航空貨物とトラック運送を組み合わ せたエクスプレス事業者はまだ存在しなかった。
地上 で集配を担当するフォワーダーと、航空機を飛ばすキ ャリアは別々に事業を展開していた。
 航空会社にとって小口貨物の輸送が利幅の薄いビ ジネスだったこともあって、小口貨物を空輸しよう とすると二日で着くこともあれば五日かかることも あるという状況だった。
スミス氏はここに着目した。
貨物専用機を使ってハブ&スポーク方式で全米をカバ ーすれば、荷主に翌日配達を約束できる輸送ネット ワークを実現できる。
そうすれば必ずユーザーの支持 を得られるはずだ、と考えたのである。
 資金調達に苦しんだ創業期には何度も倒産の危機 に瀕した。
人材を確保するため、トラック輸送で既に 全米トップの座にあったUPSの社員を引き抜いたり もした。
何とか事業活動が軌道に乗った後も、今度 は急成長への対応に頭を悩ますことになった。
事業 を拡大していくためには高度な情報システムの構築が 急務と判断したスミス氏は、七八年に本格的なコンピ ュータ部門を設置。
現在に至る自前主義を中心とし たIT活用をスタートした。
 フェデックスは七九年に、今も基幹システムとして 利用している「COSMOS」を稼働させた。
人工 衛星と電話でどこでも貨物を追跡し、管理できると いう画期的なものだった。
翌八〇年には「DADS」 と呼ぶ車載コンピュータを活用したデータ伝送の仕組 みを導入。
それまで音声通信だけだったクーリエ(集 配担当者)との情報交換を電子化した。
 さらに八六年になると、クーリエの集配業務などに 使う携帯端末「スーパートラッカー」を導入した。
こ れによって、集配時に伝票のバーコードを携帯端末で スキャニングして貨物情報を収集し、車載コンピュー タから「COSMOS」に伝送するという貨物追跡 の仕組みができあがった。
 日本でも八五年に佐川が全国規模の貨物追跡シス テムを稼働させ、八六年にはヤマトが「ポータブルP OS」という携帯端末を導入している。
ただし、日 本の大手宅配事業者はサービス範囲が国内に限られて いることに加え、その後は携帯端末などのハードの 更新にIT投資の多くを割いてきた感が強い。
 一方、フェデックスが携帯端末「スーパートラッカ ー」を全面的にリニューアルするのは、これから約二 〇年後の話だ。
この間に同社が続けた巨額のIT投 資は、世界中で急増する貨物量に対応するためのイ ンフラ整備や、顧客の利便性を高めるためのソフトウ エアの拡充へと割かれてきた。
 その成果の一つが、九四年に開設したウェブサイ ト「フェデックス・ドット・コム」だった。
このサー ビスの一部は、世界で初めて同社が実現したインター ネットを使った貨物追跡システムとして知られている。
これによって、輸送事業者の専用端末を使うしかな かったサービスは劇的に進歩した。
 「フェデックス・ドット・コム」の開設は、インタ ーネットの将来性を見越した、きわめて戦略的なイン フラ構築でもあった。
実際、九〇年代後半のフェデ ックスは、専用端末による顧客向け出荷支援システ アジア太平洋地域の リンダ・ブリガンス CIO(最高情報責任者) フェデックス・グループの主要企業の概要 エクスプレス事業 フェデックス・エクスプレス 世界本部 メンフィス 売上高 約227 億ドル (フェデックス・トレードネット ワークスを含む) 営業エリア 220カ国以上 設 立 1971 年 (フェデラル・エクスプレスと して創業) 従業員 14.2 万人以上 持株会社 フェデックス・コーポレーション (会長、社長兼CEO フレデリックW・スミス) 本 社 米国テネシー州メンフィス 売上高 約352 億ドル 営業エリア 220カ国以上 設 立 1971 年 従業員 29 万人以上 宅配事業など フェデックス・グラウンド 本 社 ピッツバーグ 売上高 約60 億ドル (フェデックス・スマートポ ストを含む) 営業エリア 米国・カナダ・ プエルトリコ 設 立 1985 年 従業員 7万人以上 トラック輸送事業など フェデックス・フレイト 本 社 メンフィス 売上高 約46 億ドル (フェデックス・ナショナル LTLなどを含む) 営業エリア 米国・カナダ・ メキシコ・南米など 設 立 2001 年 従業員 3.5 万人以上 情報関連事業 フェデックス・サービス 本 社 メンフィス 売上高 約21 億ドル (フェデックス・キンコーズ、 フェデックス・グローバル・ サプライチェーン・サービ スを含む) 設 立 2000 年 従業員 1 万500 人以上 ※売上高はすべて07 年度 JUNE 2008  36 ムなどを次々にネット上に移管。
EDI(電子データ 交換)ともリンクさせながら、貨物輸送の請求業務 を簡単にオンラインで処理できるソフトなどを急速に 整えていった。
 フェデックスがIT業界にすら先行して先進技術を 実用化してこられたのは、自ら膨大なIT技術者を 抱え、巨額のIT投資を継続してきたからにほかな らない。
結果として同社は、九〇年代後半に勃興し たEC(電子商取引)マーケットの拡大を物流面か ら先導する存在にもなった。
 こうした挑戦の積み重ねが、近年のIT投資の効 率改善にもつながっている。
フェデックスのIT投資 額が売上高に占める比率は、ここ数年で大幅に低下 してきている。
現在の売上高は三五二億ドル(フェ デックス・コーポレーションの〇七年五月期の連結売 上高)であり、約一〇億ドルというIT投資の対売 上高比率は三%弱という計算になる。
 売上高が一五〇億ドル程度だった九〇年代末の同 社は、「年間売上高の約一〇%をITに投資してい る」(フェデックス幹部)としていた。
また、カータ ーCIOは『日経情報ストラテジー』の〇六年四月 号のインタビュー記事の中で「年間一四億ドル」とい うIT投資額を明言している。
これは〇五年五月期 の売上高二九四億ドルの五%弱に相当する。
 もちろん投資案件の違いによる振れ幅はあろう。
そ れでも漏れ聞こえてくるIT投資額の売上高比率を 並べてみると、同社のIT投資のパフォーマンスが近 年、格段に向上していることがうかがえる。
二〇年ぶりに携帯端末を革新  アジア太平洋地域のブリガンスCIOは、「グロー バルなアプリケーションは非常に大きな価値を持って いる。
グローバル・スタンダードにすることでコスト を削減できるし、複数のプラットフォームに対応する ためのテストを繰り返す必要もなくなる。
異なる顧客 のためにアプリケーションを手直しするときにも、標 準化しておけば迅速に対応できるため市場へのアク セスが早い」と強調する。
 こうして世界標準にこだわる一方で、「行動すると きはローカルで」という原則も貫いてきた。
国ごと に異なる通関処理や、整備の度合いに差のある通信 インフラなどに対応しながら、それぞれのエリアの顧 客ニーズに効果的に応えていくためだ。
 〇五年から約三年かけて約五万台を世界中に導入 した新型携帯端末「パワーパッド」には、その姿勢 がよく表れている。
主にクーリエが利用しているこの 新型端末の特徴の一つは、それ自体に通信機能がつ いている点だ。
集配作業の途中で車両に戻らなくて も、集荷情報を「COSMOS」に伝送することや、 コールセンターからクーリエに新たな集荷を指示する ことが可能になった。
 「パワーパッド」は、八六年の導入以来、マイナー チェンジ程度にしか変更してこなかった「スーパート ラッカー」の後継機だ。
新型端末のモニターにはペン 入力の機能があり、貨物の配達先で担当者から直筆 の“電子署名”をもらえる。
従来は受取人が送り状 に書いたサインを読んで、クーリエが「スーパートラ ッカー」のキーボードで入力していた。
この作業が不 要になったばかりか、リアルタイムで伝送される電子 署名のイメージ画像をインターネット上で確認するこ とも可能になった。
 ワイヤレス(無線)技術の活用も見逃せない。
フ ェデックスは二〇〇〇年以降、無線技術の研究と実 用化のために全世界で約二億ドル(二〇八億円)以 旧型端末「スーパートラッカー」新しい携帯端末「パワーパッド」 37  JUNE 2008 特 集巨大物流企業の攻防 上を投じてきた。
その成果の一つが「パワーパッド」 の無線機能(ブルートゥース)だ。
これによって集配 作業中のクーリエは、携行している小型プリンターと 携帯端末を連動させ、どこにいても新しいラベルを 発行することなどができる。
 新型端末は、輸出入貨物を仕分ける施設の中でも 使われている。
フェデックスの日本法人は〇六年十二 月に首都圏の中核拠点として「新砂営業所」(東京都 江東区)を稼働している。
それまで東日本向け輸入 貨物の通関作業は、すべて成田空港にある自社施設 で行っていた。
この機能の一部を新砂営業所に持た せ、保税状態のまま成田から横持ちすることによっ て、一層のスピードアップを実現した。
 エクスプレス事業にとっては、スピードこそ付加価 値の源泉だ。
このためフェデックスは朝、成田空港に 到着した輸入貨物を、東京二三区など一部のエリア には同日中に配達するサービスを実施している。
航空 コンテナのまま成田から新砂営業所に持ち込まれた 貨物を、施設内でバラして一つずつ「パワーパッド」 でスキャン。
通関のプレクリアランス(事前処理)が 済んでいるかどうかをチェックしていく。
 日本の通関情報処理システム「NACCS」とフ ェデックスの輸出入システムがつながっており、これ と無線で連動した作業端末として「パワーパッド」を 活用している。
このチェックによって通関処理の完了 を確認できた貨物は、すぐに配達エリアごとの仕分 けを実施。
集配車へと積み込んでいく。
 利用しているのはクーリエが集配時に使っているの と同じ端末だが、作業指示を出すソフトが異なる。
世 界中で統一されたハードと、標準化されたシステムを 使いながらも、地域や用途によって異なるニーズに対 応している実例といえるだろう。
 もっとも新砂営業所の中では、旧型端末でも間に 合う業務については、コスト効率を高める目的でい まだに「スーパートラッカー」を使い続けている。
そ もそも構内作業に携帯端末を使うことや、無線によ るデータ通信そのものは今やそれほど珍しくはない。
フェデックスが重視しているのは、そうしたハードよ りも業務プロセス全体の効率化だ。
そのために巨額 の投資を行っている。
 輸入通関のプレクリアランスを迅速化するには、あ らかじめ出発国で情報を処理しておく必要がある。
例 えば日本から輸出するのであれば、集荷した輸出貨 物をクーリエが新砂営業所に持ち込むと、航空貨物運 送状やコマーシャル・インボイスなどの関係書類を貨 物とは別に処理する。
高速読み取りスキャナーにかけ、 必要な書類をすべてイメージ画像として米国にあるデ ータベースに取り込むのである。
 この登録によって作成されるデータが「NACC S」と照合され、成田空港での輸出通関の迅速化に つながる。
さらにこのデータは、貨物の着地でのプレ クリアランスにも使われる。
成田に着く輸入貨物を新 砂営業所で素早く仕分けられるのは、発地側で入力 されたイメージ画像にもとづいて、事前に輸入通関 のための作業が施されているためだ。
 フェデックスの通関業務は、いまやほとんどペーパ ーレスで行われている。
以前は紙とファクスに依存し ていた事務処理をパソコンのモニター上で済ませるた めには、極めて精度の高い画像処理技術などが求め られる。
当然、一枚あたりのデータ容量も大きくな る。
そのために同社は、膨大な処理能力をもつ通信 インフラやデータベースの整備に巨費を投じ、かつ世 界各地のニーズに対応するために七〇〇〇人ものI T担当者を抱えているのである。
ペーパーレス化された通関業務 首都圏の中核拠点「新砂営業所」 ◆本社組織  持株会社であるフェデックス・コーポレー ション(通称のフェデラル・エクスプレスは旧登記名)の 傘下にエクスプレス、陸運、情報などの事業会社を持 つ。
グループ全体のIT担当者は7000人強。
その大部 分が事業会社でもあるフェデックス・サービスに所属。
◆エクスプレス事業を手掛けるフェデックス・エクスプレス にも多くのIT担当者がいる。
アジア太平洋地域だけでも 389人を数え、うち21人は日本法人に所属。
21人のうち 12人は社内向けの技術サポートやインフラ整備、残り9 人は顧客に対するIT関連のサポートを担当している。
《概要》1973年の会社設立以来、航空機とトラック輸送を組み合わせた小口貨物の エクスプレス事業で業容を拡大してきた。
全米で発生する貨物をいったん航空機で “ハブ”に集め、仕分けしてから再び航空機で各地に運び、個別配送する「ハブ&スポー ク」システムのパイオニアとして知られる。
 早くから情報システムの高度化に取り組み、79年に貨物追跡システムを稼働。
94 年には世界で初めてインターネット経由で顧客に貨物追跡情報を提供しはじめた。
そ れ以前の貨物追跡サービスはすべて専用端末を利用するもので、運送事業者が大手 荷主を中心に端末を貸与することで成り立っていた。
 インターネットを使ったフェデックス・ドット・コム(fedex.com)では、各種の出荷 支援ソフトや電子商取引を支援するソフトなどをネット経由で顧客がダウンロードでき るようになっている。
2004年にはオンライン印刷など情報サービス大手のキンコー ズを買収。
輸送事業に情報サービス事業も絡めながらビジネスを展開している。

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