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JULY 2008 18
日雇い派遣を禁止しても、企業は他に抜け道を見つけ
るだけだ。 必要なのは事業規制ではなく、労働者保護の
強化だ。 派遣のマージンを透明化することで不当なピン
ハネを抑制し、派遣先にも使用者責任を負わせる。 派遣
事業を正常化することで、均等待遇への道は拓ける。
(聞き手・大矢昌浩)
濱口桂一郎 政策研究大学院大学 教授
「日雇い派遣禁止論は見当違い」
禁止よりマージンの透明化を
──日雇い派遣を禁止すべきだという声が大きくな
っています。
「これまでの人材派遣業の規制緩和に行き過ぎが
あったことは否定できません。 もともと私は労働者
保護という観点から一連の規制緩和政策には否定的
なスタンスをとってきた人間です。 それでも、日雇
い派遣を全面的に禁止して、規制緩和前の状態に戻
せという声は冷静さを欠いており、見当違いと言わ
ざるを得ない」
「人材派遣業自体を禁止するという話ならまだ理
屈は通りますが、日雇い派遣だけをとりだして禁止
するというやり方には明確な理由がありません。 た
とえ禁止しても日雇い派遣が直接雇用の日雇いに変
わるだけで、ワーキングプアの問題をはじめ何の解
決にもならない。 企業は他に抜け道を探すだけです」
──しかし、もはや人材派遣業を放置できないとい
う意見が大勢を占めています。
「人材派遣業はILO(国際労働機関)の第一八
一号条約によって世界が認めた正当な民間のビジネ
スです。 それを改めて日本だけが禁止するというの
であれば、それだけの理由が必要です。 派遣事業を
できなくさせるのではなく、労働者保護の観点から
派遣法の枠組みを見直して社会的規制を強化するこ
とを考えるべきです」
──具体的には?
「一つは派遣マージンの透明化です。 給与明細に
も派遣会社の取り分を明示する。 悪質なピンハネを
している派遣会社がそれであぶり出される。 真っ当
な派遣会社であれば、一定のマージンのなかで社会
保険料や情報料その他の経費を負担しています。 公
開しても問題はない」
──物流業は波動の大きなビジネスです。 ジャスト・
イン・タイムで現場に労働力を供給するという日雇
い派遣の需給調整機能が、そこでは大きな価値を持
っています。 派遣ベンチャーがあそこまで大きくな
ったのも、それだけのニーズがあったからです。
「問題は派遣会社が法律に反した事業活動を行っ
ていたり、マージンを取りすぎていたり、労働者の
安全衛生に対する責任の所在が曖昧になっているこ
とにあります。 日雇いという働き方が悪いわけでは
ありません。 学生アルバイトや他に収入源のある人が、
空いた時間にスポットで働きたい場合に、派遣会社
がその仲介をするということだけなら、非難される
ことはない。 むしろ有益でしょう。 しかし、日雇い
労働だけに収入を依存しているフリーターの場合に
は、明日の仕事があるか分からないという不安定な
雇用に、生活の全てがかかってしまう」
──断続的に収入のあるフリーターは失業手当も生
活保護も受けられない。
「既存のセーフティネットは日雇い派遣という働き
方を想定していません。 その部分はやはり派遣法で
カバーする必要があります」
──物流派遣ベンチャーは、暇をもてあましている
フリーター層を必要によっていつでも現場に送り込
める仕組みを作りました。 これは今後も継続できま
すか。
「問題は賃金水準です。 日雇い労働者は安定収入
が期待できないというリスクを負っているわけです
から、本来ならそれに見合った賃金を手にする権利
がある。 同じ仕事をしている常用労働者よりも日当
が高くなくてはおかしい。 あるいは派遣会社が日雇
い派遣労働者に一定の収入を保証する必要がある」
Interview ワーキングプア問題の波紋
特集もう派遣には頼れない
19 JULY 2008
はまぐち・けいいちろう 1983年3月、
東京大学法学部卒業 。 同4月、労働省入
省。 欧州連合日本政府代表部一等書記官、
衆議院厚生労働調査室次席調査員等を経て、
2003年7月、東京大学大学院法学政治学
研究科附属比較法政国際センター客員教授。
05年7月、政策研究大学院大学教授。 現
在に至る。 著書に「EU労働法の形成」(日
本労働研究機構)、「労働法政策」(ミネル
ヴァ書房)などがある。
PROFILE
──それではもはやフリーターとは言えません。 日
雇い派遣を利用する企業側にとっては、大変なコス
トアップになります。
「安いから非正社員を増やすという企業姿勢はも
はや許されません。 同一労働・同一賃金は大前提で
す。 ヨーロッパでは既にそれが徹底されている。 派
遣社員は正社員よりも賃金コストが高い。 日本でも
事務職などの一般派遣の時給は、若手の正社員と比
べても安くはありません。 それでも派遣のニーズは
なくなっていない」
偽装請負はなぜ悪い
──一九九九年に派遣法が改正されて物流現場を含
めた肉体労働の派遣が解禁になるまで、派遣業がこ
れほど問題にされることはありませんでした。
「これまで派遣業の問題が目立たなかったのは、
派遣業がホワイトカラーの仕事に限られていたから
です。 実際には日本の派遣法は八五年に人材派遣業
が解禁になった当初から矛盾を抱えていました。 現
在の派遣法では派遣先に労災の補償責任がありませ
ん。 派遣先に現場の安全衛生を監督する責任はあっ
ても、実際に労働者が怪我をした場合の責任はとら
なくていい。 この矛盾が危険を伴う現場労働に派遣
業が解禁になったことで大きく表面化することにな
ったわけです」
──ワーキングプアの話もなかった。
「それも派遣される人の大部分が、女性事務職だ
ったからです。 会社としては本音では女性一般職に
長く会社に居続けて欲しくない。 しかし正社員は簡
単にはクビにできない。 それならば多少コストが高
くても派遣を使おうという考えであったため、派遣
といっても基本的には常用で、賃金水準など待遇も
正社員と大きな違いはなかった」
──偽装請負については?
「そもそも派遣と業務請負の間には、明確な線引
きがありません。 派遣先と同じ施設、同じラインで
働いている以上、業務請負であっても実際には派遣
先から何らかの指示は受けています。 ところが、業
務請負は労働法の制約を一切受けない。 実質的な雇
用者が労働者に対して何の責任も負わずに済む。 労
働者保護の観点では、グレーゾーンは派遣業として
扱うべきなのに、そうしてこなかった。 歴史的にみ
ても業務請負というのは、人材派遣業が全面的に禁
止されていた時代に、法的な体裁を整えるための便
法として使われていたところがあります。 本来であ
れば派遣業を解禁した時点で業務請負についても法
的な枠組みをきちんと見直すべきでした」
──規制緩和政策とは、競争規制の緩和と社会的規
制の強化が両輪となって進められるものなのでは?
「日本の場合は、財界の声に押されるかたちで事
業規制の緩和だけが先に進んでしまったんです。 そ
のツケが今になって回ってきています」
──一連の規制緩和政策に対する社会的な不満が、
かつてないほど高まっています。
「政治家や行政は、そうした世論の変化やマスコ
ミの論調に敏感に反応します。 厚生労働省が派遣法
改正案の提出を今年見送ったのも、昨年来の派遣業
に対する社会的批判を意識したからです。 本来であ
れば、今回の改正案で派遣業の規制緩和をさらに進
めるはずだった。 しかし今の状況でそんな案を出せ
ば袋叩きにされることは明らかです。 人材派遣業の
規制緩和は明らかに曲がり角を迎えました。 今後は
社会的規制の強化が政策的な焦点になっていくはず
です」
ILO第181号条約の概要
⑴定義(第1条)
「民間職業仲介事業所」とは、公の機関から独立した自然人
又は法人であって、職業紹介、労働者派遣等のサービスを提供
するものをいう。
⑵目的及び適用部門(第2条)
民間職業仲介事業所の運営を認め及びそのサービスを利用す
る労働者を保護することを目的とし、原則としてすべての種類
の労働者及びすべての部門の経済活動について適用する。
⑶法的地位(第3条)
加盟国は、原則として、許可又は認可の制度により、民間
職業仲介事業所の運営を規律する条件を決定する。
⑷労働者の個人情報の保護(第6条)
民間職業仲介事業所は、労働者の個人情報の処理に当たって
は、これを保護する方法で及び労働者の資格等直接に関連する
情報に限って行うものとする。
⑸手数料等の徴収の禁止(第7条)
民間職業仲介事業所は、労働者から原則としていかなる手
数料等も徴収してはならない。
⑹苦情調査制度の維持(第
10
条)
権限のある機関は、民間職業仲介事業所の活動に関する苦情
等を調査する適当な制度及び手続が維持されることを確保する。
⑺派遣労働者の保護(第
11
条)
加盟国は、国内法及び国内慣行に従い、派遣労働者に対し
団体交渉、労働条件、社会保障等について十分な保護が与え
られることを確保するため必要な措置をとる。
⑻公共職業安定組織との協力(第
13
条)
加盟国は、公共職業安定組織と民間職業仲介事業所の協力
を促進するための条件の策定等の措置を講ずる。
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