ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2008年8号
現場改善
元フリーターT氏の教育プロジェクト

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

AUGUST 2008  76 学園ドラマの教師役  今回の主人公であるT氏は、年商三〇億円 の機械商社M社の次男坊である。
実兄の長男 がM社の社長を務め、父親が会長に就いてい る。
我々日本ロジファクトリー(NLF)と の付き合いは、M社の物流拠点の移設をサポー トしたことがきっかけだった。
移設プロジェ クトが一段落したタイミングで、T氏を新拠 点の次期センター長として教育して欲しいと いう依頼を受けた。
 
夕劼藁鮖砲里△覯饉劼如代々親族経営を 続けている。
業績は堅調だ。
会長が長男のS 氏に社長の座を譲った後も、得意先との関係 は安定しており、売上高も微増ながら年々増 加している。
卸という業態だけに経営陣は物 流の重要性を良く認識し、物流管理に関する 知識、情報も豊富に持ち合わせている。
 拠点の移設プロジェクトは、それまで使用 していた本社兼物流拠点が手狭になり、建物 の老朽化も進んでいたことから、本社とは別 に外部倉庫を借りるというものであった。
移 設後も拠点の運営は従来通り自社で行うとい う前提で、我々NLFは移設先の拠点と協力 運送会社の選定をサポートした。
 通常、荷主企業の物流センター長クラスの 人材となると、内部に適任者がいなければ外 部から調達するのが一般的だ。
しかし、M社 の場合には次男のT氏以外に選択肢はなかっ た。
T氏は学校を卒業した後、今の会長の口 利きで某メーカーに就職し、その後、同じ業 界の販売会社にも勤めたが、いずれも数年足 らずで会社を辞めている。
 その後、T氏は中田英寿ならぬ?自分探し の旅?に出た。
アジア諸国を転々と渡り住ん でいたという。
その姿を見かねた会長が「戻っ てこい」と半強制的に日本に連れ戻したので あった。
会長や社長の話を聞く限り、T氏の 物流についてのスキルはもちろんのこと、資 質についても疑問であった。
 そもそもT氏を幹部にしようというのであ れば、長男のS社長か、あるいは番頭格の社 員が直接当たるべきだろう。
それをわざわざ 外部の我々に依頼してきたのは、男兄弟特有 のプライドや価値観の違いに加え、T氏が会 長を含め身内の言うことを何一つ聞かない状 態であったこと、さらには番頭を含めた関係 者全員がT氏の教育係をギブアップしている ことなどが理由であった。
 私は以前に現場でT氏を見かけたことがあ る。
華奢な体格で顔の表情にもまだ幼さが残っ 事例で学ぶ 現場改善 日本ロジファクトリー 青木正一 代表 第67 回  自分探しの旅に出て、海外を放浪していたオーナー一族の 次男坊が、日本に連れ戻され家業の物流現場で働くことになっ た。
その教育係が我々物流コンサルタントの役どころだ。
次 男坊をセンター長に育てて欲しいという。
どんな人物なのか も知らないで安請け合いしてしまったのがいけなかった。
元フリーターT氏の教育プロジェクト 77  AUGUST 2008 ているという印象だった。
しかし突っ込んだ 話をしたことはなかったので、まずはT氏の 人物を知るべく、S社長と番頭を含めた四人 でコミュニケーションを取るための飲み会を 設定した。
 ところがせっかくの席なのに、S社長と番 頭は、まるで腫れものに触るかのような話し 方しかしない。
そこで酒量が増えていくに従 い、私からいろいろとT氏に話しかけてみた。
「どこの国が一番楽しかった」などと、なる べく仕事とは関係のない話題を選んだ。
それ でも反応がない。
かなり人見知りが強いよう だ。
実兄であるS氏に対しても、私に対する のと変わらない態度である。
本当に兄弟なの かと疑いたくなるほどであった。
 事前にS社長からはT氏について「社内 の現状に対する問題意識は持っている。
しか し、その改善を自分がやるとなると、言い 訳や強い防衛本能が出てしまい、結局逃げ てしまう」と聞かされていた。
その言葉に は大きく頷けた。
たとえ何かを表現したいと 思う気持ちがあってもそれをうまく表現する 言葉が見つからず、表現自体を諦めてしま うという状態のようであった。
 これではセンター長どころではない、まず は社会人として更生するところからはじめな ければならない。
それが私の率直な感想だった。
まるで学園ドラマの教師役である。
本来の我々 の仕事の領域をはるかに越えた依頼であった。
大変なプロジェクトになりそうだという予感 に襲われた。
 飲み会の数日後、T氏から長文のメールが 届いた。
飲み会の席で、私からT氏に対して「物 流センターで感じていること、思っているこ とを何でも良いので教えて欲しい」とお願い したことに対するレスポンスであった。
文面 は支離滅裂で表現も幼稚であったが、言わん としていることは理解できた。
 要点は次の通りである。
?現状のセンター 運営はまともではない。
ロケーション、ピッ キング、在庫管理等のあらゆる面で何のルー ルもないまま、場当たり的に出荷作業を処理 している。
改善が必要だ。
しかし、?現場 担当者のレベルは極めて低く、自主改善は期 待できない。
そこで我々NLFに?智恵を貸 して欲しい、というものである。
パートの悩みが次々に  それからさらに数日後、私は物流センター に向かった。
最初にT氏と二人で打ち合わせ を行い、その日の夕方五時から現場の主要メ ンバーを集めてミーティングを開くという段 取りであった。
 
垰瓩箸了前打ち合わせでは、以下のよう な改善項目を抽出し、確認した。
?整理整頓の徹底 ?先入れ先出しの徹底 ?作業ルールの決定 ?契約面積からの「はみ出し」の改善 ?パートによる正確な格納作業の推進 ?適正在庫日数と発注点の見直し  (全社テーマ) ?ロケーションの見直し  いずれもセンター運営の基本的な項目であ る。
T氏もそれは分かっていた。
T氏曰く、 「言っても変わらないことが当社の問題であ る」。
まさにその通り。
パートに対して口で 言うだけでなく、やって見せて、やらせてみて、 そして褒めるといった手間をかけた指導が必 要であった。
しかし、現場には、誰か自分以 外の人間がそれをやれば良いといった他力本 願な考えが蔓延していた。
T氏自身もその一 人だった。
 現場スタッフには、T氏の上司としてセン ターを切り盛りする立場にあるベテラン社員 がいた。
しかし、会社側では彼に改善活動の リーダー役を期待するのは難しいと見切りを つけ、彼の次の配転先を準備している状態で あった。
しかし、T氏をリーダーに育てるこ とのほうが、それよりもっと難しいことのよ うに私には思えた。
 それでも、ひとまずミーティングに臨んだ。
センター内の作業台を机がわりにし、椅子を かき集めて、まずはレクチャーを始めた。
我々 NLFから事前に送付しておいた資料を元に 「なぜ、我々の会社で物流が問題視されてい るのか」「現場を改善して行くことの必要性、 重要性」などを、できるだけわかりやすく説 明した。
 レクチャー中も倉庫内を移動し、現物を指 さして「この部分は整理が必要です」、「これ AUGUST 2008  78 は要るものですか要らないものですか」、「こ こに置かれている製品はどういう意味合いの 製品ですか」といった具合に、可能な限り具 体的に説明した。
 私が話し終わると、一人のパートリーダー が意見を出してきた。
「いつ入荷するかわか らない製品を整理、整頓することはできない」 という。
言いわけにもなっていない。
しかし 最後まで話を聞くことにした。
すると、このパー トリーダーは、営業の返品対応や購買の仕入 れ方法に問題のあることを伝えたいのだと分 かってきた。
正しい判断である。
 それを受けて私は「アナタの指摘はもっと もです。
営業や購買にも問題はあります。
そ れも今後の大きな改善テーマになります。
し かしまずは、このセンターの現場でできるこ とからはじめましょう」と改善の範囲を絞り 込んだ。
 他のメンバーにも一言ずつでも構わないの で意見出すように指示した。
すると、全ての メンバーが、先述の七つの実施項目とは関係 のない、自分自身の悩みを次々とぶつけてき た。
それを聞いていて、いかにこれまでM社 が物流現場スタッフの声に耳を傾けずにいた のかをうかがい知ることができた。
 結局、この日のミーティングは時間切れと なってしまった。
どの項目を誰が担当するか を決定するまでには至らなかった。
私はT氏 に対して、私抜きでミーティングの続きをし てみたらどうかと提案するつもりだった。
私 としてはダメで元々、一か八かの気持ちである。
 ところが意外にも私から提案する前に、T 氏のほうから「せっかくですから明日、今日 と同じ時間にミーティングの続きを行ってみ ます」との言葉が出て、その場でメンバーに 了解を取り付けたのであった。
少し希望の光 が見えてきた。
諦めかけていたところ…  後日、S社長からメールが届いた。
T氏か らS社長に宛てたメールを転送したものだっ た。
そこには、T氏のいつもの言い訳や煮え 切らない思い、我々NLFの存在が煙たいと いうことまで、グチがつらつらと書かれてい た。
「当事者にはなりたくない」、「できれば 上司のベテラン社員を自分の隠れ蓑にしたい」 というT氏の考えがありありと出ていた。
 直接、T氏から私に届くはずのメールは来 ていなかった。
私が現場を訪問した翌日に開 催されたミーティングの報告をするようT氏 に指示してあった。
ところがミーティングの 開催から既に数日が経っているのにメールが 来ない。
あきらかに報告が遅れていた。
 やはりT氏を変えようというのは無理なの か──私は意気消沈してしまった。
T氏を指 導して一人前の実務家に育てることならでき るだろう。
しかし、センター長にするという のは話のレベルが違う。
安請け合いしてしまっ た自分を責めずにいられなかった。
 
喙卍垢離瓠璽襪砲蓮■垰瓩離皀船戞璽轡 ンも下がっているように思うのでフォローの 仕方を考えて欲しいという要望が付け加えら れていた。
気が重たかったが改めてT氏に直 接連絡を取ってみた。
 
垰瓩楼娚阿般世襪だ爾播渡淡に出てきた。
ミーティングはどうだったかと尋ねた。
「進 行は私がやりました。
普段は、あの人(ベテ ラン社員のこと)がやるんですが、いつも世 間話で終わってしまうものですから」という。
役割分担についても「パートのピッキングルー ルは私が教えました。
今日からそのルール通 りにやってもらってます」と返ってきた。
 おまけに「これまで報告レポートを作成し たことがないので困っています。
報告書の 書き方を教えて欲しい」と要望してきた。
S 社長にあてたメールの様子とは全く逆である。
思わず私の頬もゆるんだ。
 その後S社長からお礼の電話が入った。
「と りあえず、次につながったようです。
ありが とうございます」という。
T氏が作成した報 告書がベテラン社員から番頭を経て社長に上 がったことで、様子が分かったらしい。
こう してT氏の成長が始まった。
結局、ここまで我々 NLFは何もできなかったが、今後を見守る ことにしたい。
あおき・しょういち  1964年生まれ。
京都産 業大学経済学部卒業。
大手 運送業者のセールスドライ バーを経て、89 年に船井 総合研究所入社。
物流開発 チーム・トラックチームチー フを務める。
96年、独立。
日本ロジファクトリーを設 立し代表に就任。
現在に至る。
HP:http://www.nlf.co.jp/ e-mail:info@nlf.co.jp

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