2008年11月号
現場改善

新興外食チェーンM社の勇

73  NOVEMBER 2008 苦悩する担当者  外食チェーンM社は首都圏を中心に約五〇 店舗を展開している。
主要業態は鮮魚を売り 物とする居酒屋で、一部の店舗ではランチ営 業も行っているが、基本的には一七時〜二三 時の夜間営業である。
現在の年商は約四〇億 円。
一店舗当たりの売り上げにすると一億円 弱という計算だ。
中長期経営計画では一都三 県をエリアとして、年間平均五店舗のペース で店舗網を拡大していくという方針を打ち出 している。
 同社の経営企画室に所属するS氏が、我々 日本ロジファクトリー(NLF)のホームペー ジを見て、問い合わせを入れてきた。
専用セ ンターを新たに設置する計画があるので、そ の相談に乗って欲しいということである。
 聞けばS氏はM社に昨年入社したばかりで、 物流部門の経験はないが、センター設立プロ ジェクトを一人で担当する立場にあるのだと いう。
実際にS氏と面談した段階でも、物流 センターのイメージや計画など、まったく白 紙の状態だった。
そのため、我々から一般的 な物流センターについて説明する程度で最初 の面談は終わった。
 その後もM社と正式なコンサルティング契 約は交わしていない。
それでも忘れかけた頃に、 S氏から電話がかかってくる。
その都度、プ ロジェクトの進捗について報告を受け、その 感想を伝えた。
S氏は腰が低く、丁寧な姿勢 でいつも接してくる。
コミュニケーション能 力に長け、情報を聞き出すことが上手かった。
そして熱心でもあった。
 しかし、プロジェクトは関係者たちの意見 に相当、振り回されていたようだ。
S氏から 電話で相談を受けるたびに、センター運営の 前提条件が変わっていた。
本当に彼一人でセ ンターを立ち上げることができるのだろうか。
私は一抹の不安を感じていた。
それでも、た まに電話で相談を受ける程度の関係で、それ 以上に深く関与する立場にはなかった。
 M社の基本的なプランは、卸から調達した 食材を自社センターに集約し、店舗ごとに一 括納品するというものだ。
センターの確保と 運営は物流会社か食品卸にアウトソーシング し、委託費用は「センターフィー」として仕 入先から徴収しようという考えだった。
 この計画が持ち上がる以前から、M社は自 事例で学ぶ 現場改善 日本ロジファクトリー 青木正一 代表 第70 回  新興外食チェーンが将来的な店舗網の拡大に備え、専用物 流センターの設立に動いた。
運営費はベンダーから徴収する センターフィーでまかなう計画だ。
しかし、現状の物量は専 用センターを所有できるレベルには達していない。
プロジェ クトに必要な人材も確保されていない。
危うい見切り発車だった。
新興外食チェーンM社の勇み足 NOVEMBER 2008  74 前の鮮魚専用センターを所有していた。
当初、 S氏はそこに他の商材も取り込めないかと模 索していた。
しかし、鮮魚センターの運営状 況を調べたところ、次の繁忙期に入るまでに 鮮魚だけでも手一杯になることが判明した。
とても他の商材まで取り込む余地などなかった。
 また、鮮魚は水槽を装備した活魚専用車両 を使ってセンターから店舗に納品しているた め、他の食材と混載できない。
それを聞いて 私は、無理に鮮魚とそれ以外の食材を一つの センターに集約にする必要もないだろうと意 見を述べた。
物量が足りない  その後、S氏は当社が紹介した物流会社や、 S氏が自分で探してきた食品卸などの委託先 候補と、センター運営に関する打ち合わせを 重ね、同時に仕入先とのセンターフィー交渉 を進めていった。
 一般に大手小売業の加工食品センターの場 合、センター運営委託費はセンターを通過す る商品金額の三%前後となっている。
その内 訳は、庫内作業費が四割、配送費が六割といっ た具合である。
年間の商品通貨金額は最低で も数十億円以上に及ぶ。
 ところがM社の場合、年間の仕入額が全体 でも約六億円であり、主力商材の鮮魚は、鮮 魚専用センターから納品しているため、新セ ンターの商品通過額が野菜類を入れても四億 円程度にしかならない。
ボリュームがあまり にも小さかった。
 案の定、委託先候補の物流会社からの見積 りは、保管料を含めて通過額の十二・五%と いうものだった。
野菜など生鮮品や低温食品 なども扱うため、一般の加工食品センターと 数値を比較することはできないが、それにし ても割高だ。
M社の社長から目安として示さ れていた九%台という条件とも大きく乖離し ていた。
 私は自社センター化を延期し、ボリューム が確保できるまでは、卸による物流を継続す るよう、S氏にアドバイスした。
しかし、M 社のトップがその時点で既に自社センターの 設置を外部に発表してしまっていたこと、ま た物量も店舗網の拡大によって確保できると いう算段もあって、延期はできないという。
 しかし、計画とは、あくまでも見込みに過 ぎない。
以前から私は「店舗数の増大によっ て、売上高や物量が増えます」という荷主の 話を信じないことにしている。
新規出店をし ても、既存店の売り上げがダウンするかもし れない。
スクラップ&ビルドによって閉鎖す る店が出てくることもある。
フランチャイズ(F C)チェーンの場合には、FCオーナーの不 在や資金繰り悪化も考えられる。
経営計画通 りに売り上げと物量を増やせる会社など、む しろ稀なのだ。
 S氏は苦悩していた。
それでも多くの仕入 先、物流会社、卸などとの度重なる折衝を経 験することで、物流の知識は豊富になり、セ ンター化のポイントやノウハウなどを徐々に身 に付けていったようだ。
仕入先とは、センター 在庫の所有権や納入ロット、納品回数、納品 形態を調整し、物流会社とは店着時間、鍵預 かり(ドライバーが店舗の鍵を預かり、店員 の出勤前に納品しておく)の対象店舗を取り 決めるなど、精力的に動いていた。
 幸いM社の店舗は大半がテナントビルの一 階に入居していた。
入り口正面から納品でき るため、一般の飲食店より納品を短時間で処 理できる。
車両の停車時間が短いので、駐車 禁止対策に悩まされずに済んだ。
また、受発 注システムに、飲食業界で広く普及している プラットフォームを利用していたため、各店 舗からの発注は毎日深夜〇時には自動的に締 め切りとなる。
時間外発注やキャンセル、追 加発注などを危惧する必要もなかった。
 しかしS氏の交渉の仕方、商談の進め方を、 私はいつもひやひやして見ていた。
S氏の前 職はM社と同じ飲食チェーン大手。
その経験 からか、バイイングパワーに対する過信が少 なからずあるようだった。
センターフィーに ついても折り合いがつかず、結局数社の仕入 先を変更するという強硬手段までとっていた。
 運営面で最後まで課題として残ったのは、 野菜とアイスクリームの扱いであった。
野菜 は鮮度が重要だ。
しかしセンターを経由する ことでリードタイムが長くなってしまう。
店 舗納品時の保管方法や納品時間帯にも配慮が 必要であった。
だからといって、野菜をセンター 通過の対象外としてしまえば、物量の確保が 余計に難しくなる。
一方、アイスクリームは 解凍を避けなければならない。
通常の食材と は扱いを変えて保冷用ストッカーの使用等を 検討する必要があった。
センターフィーが割高に  多くの課題を抱えたまま、運営委託先は最 終的に食品卸に決まった。
料金は通過額の一 〇%で、社長が指示した九%台という水準を 超えていた。
しかしセンター化を前提とする なかで後には引けず、他に選択肢がなかった というのが実情である。
いかにも多難な船出 であった。
 先日、S氏から約三カ月ぶりに連絡が入っ た。
センターがまったく機能していないという。
メーカーは原料の値上げなどを理由にセンター 入れ条件の変更を訴えている。
食品卸による センター運営も現場管理者・パートが集まら ず、派遣に頼っているという。
まさに上から も下からも突き上げられている状態である。
 やはりM社の自社センター設置は時期尚早 であったと言わざるを得ない。
通過金額が一 〇億円に満たない専用センターはどうしても 割高になってしまう。
ベンダー側に対する交 渉力も弱い。
さらには、プロジェクトの取り まとめをS氏一人に、しかも他の仕事と兼務 で当たらせるという体制にも無理があった。
 センターフィーを伴う専用センターの設置 は、仕入先との交渉に細心の注意が必要だ。
その担当者には単に優秀であるだけでなく、 押したり引いたりのかけ引きと、計画の細部 について、一つひとつ積み上げていく繊細さ が求められる。
とても片手間で処理できる仕 事ではない。
 実際、S氏はプロジェクトの終盤、大詰め を迎えた段階になって、どの会社の誰と何の 交渉を行っているのか、混乱に陥ってしまっ ていた。
その結果、委託候補先から前提条件 の違う見積書が提出され、トラブルにも見舞 われている。
その責任をS氏個人に負わせる ことはできない。
立て直しには、全社的な取 り組みが必要である。
75  NOVEMBER 2008 あおき・しょういち  1964年生まれ。
京都産 業大学経済学部卒業。
大手 運送業者のセールスドライ バーを経て、89 年に船井 総合研究所入社。
物流開発 チーム・トラックチームチー フを務める。
96年、独立。
日本ロジファクトリーを設 立し代表に就任。
現在に至る。
HP:http://www.nlf.co.jp/ e-mail:info@nlf.co.jp

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