2009年1月号
特集
特集
物流機器を突破せよ 空港閉鎖─そのとき物流担当者は
空港閉鎖─そのとき物流担当者は
2008年11月25日、タイのゲートウェイ、スワンナプ
ーム空港が反政府団体に占拠された。
旅客機・貨物機 とも発着不能に陥った。
しかし、サプライチェーンを止 めるわけにはいかない。
空港の閉鎖はいつまで続くの か、予断を許さない状況で、物流担当者は重い判断を 迫られた。
(石鍋 圭) JANUARY 2009 20 トラブル対応で商機をつかむ タイの首都、バンコクから東方約二五キロメートル に位置するスワンナプーム空港は、航空貨物を年間一 〇〇万トン以上取り扱うASEAN屈指のゲートウェ イとして機能している。
二〇〇八年十一月二五日、タイ政府に反対する市 民団体のデモ隊数千人が同空港を占拠したことで、現 地に進出している日系企業のサプライチェーンは大き く混乱した。
「リードタイムが大幅に伸びてしまった。
顧客から 叱責の声をいただいた」 タイ北部のチェンマイに生産工場を置くある日系メ ーカーの現地社員は顔をしかめる。
地元のチェンマイ 空港はキャパシティが小さく、フライト便数も少ない ため、チェンマイ空港からスワンナプーム空港まで製 品を空輸し、そこから世界各地に向けて出荷してい た。
スワンナプーム国際空港が使えなくなったことで 製品は出口を失った。
物流を委託していた日系フォワーダーに対応を迫っ ても「空港の閉鎖が解除されるまで待つしかない」と 突っぱねられる。
結局、工場の社員一〇人ほどを投 入してチェンマイ空港からソウルや台北の空港を経由 し、各地にハンドキャリーで運ぶという緊急措置をと った。
しかし、それで全量をさばけるはずもなかった。
フォワーダーを責めるのは酷かも知れない。
「我々 も荷主のためになんとかしたいのは山々。
しかしタイ の地方空港を使って代替空輸しようにもスペースが確 保できない。
どこも同じことを考えるため、地方空 港はごったがえして収拾がつかない状態だった。
荷物 を運ぶメドが立たないため、閉鎖翌日からは荷受け自 体をストップせざるを得なかった」と日系フォワーダ ーの現地駐在員は説明する。
一方、トラブルシューティングで商機をつかんだ物 流会社もある。
DHLはスワンナプーム空港閉鎖の期 間、航空貨物の取扱量を大幅に増やした。
シンガポー ルや香港経由の航空便を一日四〜五便増強し、タイ の地方空港に発着させた。
航空機という輸送手段を 自社で保有する国際インテグレーターならではの「力 業」といえる。
お手上げ状態のフォワーダーを利用していた荷主企 業から、DHLに引き合いが殺到した。
需要の増加 に対応するため、週末営業も断行した。
「平時から危 機管理体制は整備している。
今回の件でそれが証明 できたのではないか」と、DHLの担当者はアピール する。
DHLと同じインテグレーターのTNTは陸路輸送 を活用した。
同社は〇五年からシンガポールをハブと してアジア域内にトラック輸送網「アジアロードネッ トワーク(ARN)」を整備しており、現在ではAS EAN全体を網羅しつつある。
そのうち、バンコク・シンガポール間を結ぶ陸路を メーンの代替ルートに設定した。
スワンナプーム空港 から出荷する予定だった荷物を陸路でシンガポール空 港まで自社トラックで輸送し、そこからエアで運ぶと いう手段だ。
スワンナプーム空港に向けた荷物は逆の ルートを辿ればよい。
今回の空港閉鎖でバンコク・シンガポール間を中心 とするARNの荷物の輸送量は二倍にまで膨らんだ。
TNTエクスプレスの恵谷洋取締役営業本部長は「当 社の場合は既存のルート・インフラで対応することが 出来た。
新たにセキュリティの担保やルート選定を勘 案する必要が無かったのは大きなアドバンテージとな った」と振り返る。
特集 21 JANUARY 2009 日本通運の選んだ代替ルートもTNTに近い。
自前 の陸上輸送網を使ってマレーシアのクアラルンプール 空港に運び込むというものだ。
TNT同様、日通も 以前からASEANにおけるトラック輸送網の整備を 進めており、クアラルンプールとバンコク間のトラック 輸送は一〇年以上の実績がある。
迅速な代替輸送の案内と正確な情報提供によって、 日通は空港閉鎖を既存顧客の支持強化につなげるこ とができた。
しかし、現場担当者は、不透明な状況 下で自らの経験と勘を頼りにいくつもの重要な判断を 下さなければならなかった。
錯綜する情報を整理し仮説を立てる 「タイ・スワンナプーム空港、反政府団体のデモに より閉鎖される」 一報を受けた日本通運東京航空支店国際貨物部の 井戸賢次課長は迷っていた。
即座に代替ルートを顧客 にアナウンスすべきか、様子を窺うべきか。
一つの疑 問が決断を妨げる。
「この閉鎖はいつまで続くのか」 日通にとって代替ルートを顧客に提供することは比 較的容易だ。
前述したようにASEANにおけるト ラック輸送の経験が豊富にある。
その中から今回のケ ースに最適なルートをチョイスすればよい。
だが、あ くまで代替ルート。
本来のスワンナプーム空港直行に 比べれば、どんなに早い代替ルートを使っても三日〜 四日のリードタイム延長は避けられない。
万が一、代替ルートを顧客に案内した直後に空港の 閉鎖が解ければ、かえって荷物の到着は遅れる。
顧客 の利益を著しく損なうことになる。
だが、代替ルート を案内せずに空港閉鎖が長引けば、その間、タイ発着 の荷物をまったく動かせないことになる。
井戸課長 は煩悶した。
情報は錯綜していた。
「他のフォワーダーではスワ ンナプーム直行便を飛ばすようだが、日通はどうなん だ」といったような問い合わせが顧客から殺到する。
慌てて真偽を確かめると、まったくのデマ。
かといっ て放っておくこともできない。
虚偽の情報につられて 顧客が離れてしまう可能性もあるからだ。
とにかく 一刻も早く届けたいと荷主は焦れている。
現地スタッフなどからの情報を基に、一つの仮説を 立てた。
空港閉鎖から一〇日後の十二月五日はタイ 国王の誕生日。
タイ国民は国王の存在をとりわけ尊ぶ。
ならば、暫定的にでも五日に向けて収束に向かうの ではないか。
逆に言えば、早くても十二月二日か三日までは閉 鎖は続く可能性が高い。
これを前提とすれば取るべき 行動は明確だ。
少なくとも一週間は閉鎖が続くのな ら、代替えルートのほうが早い。
閉鎖の翌日から各営業担当を通して顧客へのルート 切り替えのアナウンスを開始した。
他社のようにホー ムページ等で代替輸送を宣伝することは控えた。
緊急 事態においては、「新規の顧客獲得よりも既存顧客の フォローが優先」(井戸課長)と判断したからだ。
そ して正確な情報提供を徹底した。
結果的に井戸課長の読みは的中した。
日通は最も 効率的な案内を顧客にしたことになる。
一連の対応 を、ある荷主企業担当者は「正確な情報を適宜届け てくれるので安心できた」と評価する。
整備された輸送インフラや自社で保有する輸送手段 は緊急時には大きな威力を発揮する。
だがそれだけ ではない。
むしろ物流企業のリスク対応力は現場の物 流担当者の力量に負うところのほうが大きいのかも知 れない。
TNTエクスプレスの 恵谷洋取締役営業 本部長 日本通運東京航空支店 国際貨物部開発センター アジア・オセアニア開発課 の井戸賢次課長 タイ バンコク チェンマイ マレーシア クアラルンプール シンガポール スワンナプーム空港
旅客機・貨物機 とも発着不能に陥った。
しかし、サプライチェーンを止 めるわけにはいかない。
空港の閉鎖はいつまで続くの か、予断を許さない状況で、物流担当者は重い判断を 迫られた。
(石鍋 圭) JANUARY 2009 20 トラブル対応で商機をつかむ タイの首都、バンコクから東方約二五キロメートル に位置するスワンナプーム空港は、航空貨物を年間一 〇〇万トン以上取り扱うASEAN屈指のゲートウェ イとして機能している。
二〇〇八年十一月二五日、タイ政府に反対する市 民団体のデモ隊数千人が同空港を占拠したことで、現 地に進出している日系企業のサプライチェーンは大き く混乱した。
「リードタイムが大幅に伸びてしまった。
顧客から 叱責の声をいただいた」 タイ北部のチェンマイに生産工場を置くある日系メ ーカーの現地社員は顔をしかめる。
地元のチェンマイ 空港はキャパシティが小さく、フライト便数も少ない ため、チェンマイ空港からスワンナプーム空港まで製 品を空輸し、そこから世界各地に向けて出荷してい た。
スワンナプーム国際空港が使えなくなったことで 製品は出口を失った。
物流を委託していた日系フォワーダーに対応を迫っ ても「空港の閉鎖が解除されるまで待つしかない」と 突っぱねられる。
結局、工場の社員一〇人ほどを投 入してチェンマイ空港からソウルや台北の空港を経由 し、各地にハンドキャリーで運ぶという緊急措置をと った。
しかし、それで全量をさばけるはずもなかった。
フォワーダーを責めるのは酷かも知れない。
「我々 も荷主のためになんとかしたいのは山々。
しかしタイ の地方空港を使って代替空輸しようにもスペースが確 保できない。
どこも同じことを考えるため、地方空 港はごったがえして収拾がつかない状態だった。
荷物 を運ぶメドが立たないため、閉鎖翌日からは荷受け自 体をストップせざるを得なかった」と日系フォワーダ ーの現地駐在員は説明する。
一方、トラブルシューティングで商機をつかんだ物 流会社もある。
DHLはスワンナプーム空港閉鎖の期 間、航空貨物の取扱量を大幅に増やした。
シンガポー ルや香港経由の航空便を一日四〜五便増強し、タイ の地方空港に発着させた。
航空機という輸送手段を 自社で保有する国際インテグレーターならではの「力 業」といえる。
お手上げ状態のフォワーダーを利用していた荷主企 業から、DHLに引き合いが殺到した。
需要の増加 に対応するため、週末営業も断行した。
「平時から危 機管理体制は整備している。
今回の件でそれが証明 できたのではないか」と、DHLの担当者はアピール する。
DHLと同じインテグレーターのTNTは陸路輸送 を活用した。
同社は〇五年からシンガポールをハブと してアジア域内にトラック輸送網「アジアロードネッ トワーク(ARN)」を整備しており、現在ではAS EAN全体を網羅しつつある。
そのうち、バンコク・シンガポール間を結ぶ陸路を メーンの代替ルートに設定した。
スワンナプーム空港 から出荷する予定だった荷物を陸路でシンガポール空 港まで自社トラックで輸送し、そこからエアで運ぶと いう手段だ。
スワンナプーム空港に向けた荷物は逆の ルートを辿ればよい。
今回の空港閉鎖でバンコク・シンガポール間を中心 とするARNの荷物の輸送量は二倍にまで膨らんだ。
TNTエクスプレスの恵谷洋取締役営業本部長は「当 社の場合は既存のルート・インフラで対応することが 出来た。
新たにセキュリティの担保やルート選定を勘 案する必要が無かったのは大きなアドバンテージとな った」と振り返る。
特集 21 JANUARY 2009 日本通運の選んだ代替ルートもTNTに近い。
自前 の陸上輸送網を使ってマレーシアのクアラルンプール 空港に運び込むというものだ。
TNT同様、日通も 以前からASEANにおけるトラック輸送網の整備を 進めており、クアラルンプールとバンコク間のトラック 輸送は一〇年以上の実績がある。
迅速な代替輸送の案内と正確な情報提供によって、 日通は空港閉鎖を既存顧客の支持強化につなげるこ とができた。
しかし、現場担当者は、不透明な状況 下で自らの経験と勘を頼りにいくつもの重要な判断を 下さなければならなかった。
錯綜する情報を整理し仮説を立てる 「タイ・スワンナプーム空港、反政府団体のデモに より閉鎖される」 一報を受けた日本通運東京航空支店国際貨物部の 井戸賢次課長は迷っていた。
即座に代替ルートを顧客 にアナウンスすべきか、様子を窺うべきか。
一つの疑 問が決断を妨げる。
「この閉鎖はいつまで続くのか」 日通にとって代替ルートを顧客に提供することは比 較的容易だ。
前述したようにASEANにおけるト ラック輸送の経験が豊富にある。
その中から今回のケ ースに最適なルートをチョイスすればよい。
だが、あ くまで代替ルート。
本来のスワンナプーム空港直行に 比べれば、どんなに早い代替ルートを使っても三日〜 四日のリードタイム延長は避けられない。
万が一、代替ルートを顧客に案内した直後に空港の 閉鎖が解ければ、かえって荷物の到着は遅れる。
顧客 の利益を著しく損なうことになる。
だが、代替ルート を案内せずに空港閉鎖が長引けば、その間、タイ発着 の荷物をまったく動かせないことになる。
井戸課長 は煩悶した。
情報は錯綜していた。
「他のフォワーダーではスワ ンナプーム直行便を飛ばすようだが、日通はどうなん だ」といったような問い合わせが顧客から殺到する。
慌てて真偽を確かめると、まったくのデマ。
かといっ て放っておくこともできない。
虚偽の情報につられて 顧客が離れてしまう可能性もあるからだ。
とにかく 一刻も早く届けたいと荷主は焦れている。
現地スタッフなどからの情報を基に、一つの仮説を 立てた。
空港閉鎖から一〇日後の十二月五日はタイ 国王の誕生日。
タイ国民は国王の存在をとりわけ尊ぶ。
ならば、暫定的にでも五日に向けて収束に向かうの ではないか。
逆に言えば、早くても十二月二日か三日までは閉 鎖は続く可能性が高い。
これを前提とすれば取るべき 行動は明確だ。
少なくとも一週間は閉鎖が続くのな ら、代替えルートのほうが早い。
閉鎖の翌日から各営業担当を通して顧客へのルート 切り替えのアナウンスを開始した。
他社のようにホー ムページ等で代替輸送を宣伝することは控えた。
緊急 事態においては、「新規の顧客獲得よりも既存顧客の フォローが優先」(井戸課長)と判断したからだ。
そ して正確な情報提供を徹底した。
結果的に井戸課長の読みは的中した。
日通は最も 効率的な案内を顧客にしたことになる。
一連の対応 を、ある荷主企業担当者は「正確な情報を適宜届け てくれるので安心できた」と評価する。
整備された輸送インフラや自社で保有する輸送手段 は緊急時には大きな威力を発揮する。
だがそれだけ ではない。
むしろ物流企業のリスク対応力は現場の物 流担当者の力量に負うところのほうが大きいのかも知 れない。
TNTエクスプレスの 恵谷洋取締役営業 本部長 日本通運東京航空支店 国際貨物部開発センター アジア・オセアニア開発課 の井戸賢次課長 タイ バンコク チェンマイ マレーシア クアラルンプール シンガポール スワンナプーム空港
