2009年1月号
特集

物流機器を突破せよ 米P&Gのサプライチェーン防衛策

米P&Gのサプライチェーン防衛策  米P&Gのサプライチェーン・セキュリティ(=盗難被害対策) は、ジレット買収を機に大きく転換した。
高額品を扱うジレッ トのノウハウにP&Gは多くを学ぶことになった。
一連の取り 組みをFBI出身で同社グローバル・セキュリティ部門を率いる ウォルター・クレメンツ副部長が解説する。
(取材・編集 横田増生) JANUARY 2009  36 盗難被害を二分の一に  プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)は七兆 円を超える売上高を誇る世界最大の日用雑貨品メーカ ーです。
当社は二〇〇七年度、約三〇〇万ドル(二 億七九〇〇万円)に相当する製品の盗難被害に遭い ました。
前年度に比べると半分以下に減っているの ですが、それでも誇れる数字ではありません。
 例えばポーランドでは最近、次のような盗難事件が ありました。
 ポーランドの工場の出荷担当者に、ある男から電話 が入りました。
「ウチはできたばかりのトラック業者な んですが、来週おたくの工場からアントワープ港(ベ ルギー北部)まで、ジレットの剃刀歯を積んだコンテ ナを運ぶように、○×さんから指示されて電話しま した」  この男の言う「○×さん」というのは、その工場 が長年取引をしている3PL業者の担当者の名前で した。
そこで工場側では電話をかけてきたトラック業 者の電話番号を控え、集荷の日時を決めて、ファクス で書類のやり取りを済ませて、約束の日にコンテナを 渡しました。
 ところが、コンテナ船が出港するときになってもト レーラーは一向に港に現れません。
あわてた工場の担 当者が、先のトラック業者に電話を入れると、電話は 既に不通となっていました。
組織的な犯罪者たちは、 まんまと五〇万ドル(四六五〇万円)に相当するP& Gの製品を手に入れたのです。
 別の盗難の例です。
メキシコを中心に南米ではトラ ックのハイジャックが多く、当社が最も頭を痛めてい る地域です。
犯人たちは以前はトラックを路上で待 ち伏せしてハイジャックすることが多かったのですが、 盗難対策として我々が頻繁に路線や運行スケジュール を変えるようになったことから、ターゲットを、移動 するトラックから、動かない物流センターへと切り替 えたようです。
 ある夜、マシンガンを手に覆面をした八人組が物流 センターを襲いました。
犯人たちは防弾ガラス越しに、 当日当直していたガードマンの家族の写真を見せて、 家族の無事を願うのならばドアを開けろ、と命令しま した。
そしてセンターに入るやいなや、迷わず一番高 価な製品がある場所に直行し、センター内のフォーク リフトを自由に操って自分たちが用意したトラックに 積み込んで逃走しました。
状況から判断すると、物 流センター内に内通者がいるか、センター内の人間が 犯罪にかかわっていると考えることもできますが、ま だ確証は挙がっていません。
 このように盗難の手口は実に多種多様で、我々が対 策を講じると、すぐに新たな手口が現れる、いたちご っこの様相を呈しています。
犯罪者たちは常に我々が どんな対策を立てているのかを注意深くうかがってい ます。
盗難被害を最小限に食い止めるために、我々 は彼らの一歩先を行くことが求められているのです。
 ここでP&Gという企業について簡単に説明しま す。
当社は洗濯用洗剤「アリエール」や紙おむつ「パ ンパース」、男性用剃刀「フュージョン」などの有力 ブランドを持つ一般消費財メーカーです。
売上高で一 〇億ドル(九三〇億円)を超えるブランドが現在、二 三あります。
本社は米国に置いていますが、世界八 〇カ国以上で業務を展開しています。
サプライチェー ンの要 かなめ となる物流センターや倉庫を世界四〇〇カ所以 上に配置しています。
 P&Gがサプライチェーン・セキュリティに本腰を 入れ始めたのは、〇五年以降のことです。
それまで 欧州SCM会議? 特集 37  JANUARY 2009 も私が所属するグローバル・セキュリティ部門はあり ましたが、サプライチェーンにおける盗難被害に関し ては、ほとんど手付かずの状態でした。
各地から上 がってくる数字を年一回まとめて、監査委員会に報 告するだけでおしまいでした。
すべての盗難事件が 報告されているのかどうかさえ不確かでしたし、盗 難被害の現状を分析して、改善策を練るといった動き はほとんどありませんでした。
FBIやCIA出身者を投入  盗難被害については、契約によって、被害が発生 した輸送業者なり倉庫業者が弁償することになってい ました。
盗難に遭ってもP&Gが直接その損害を負担 するわけではなかったので、現状のままでもさして問 題はないという態度でした。
盗難に絡んだ殺人事件 でも起こらない限り、ほとんど調査が行われることは ありませんでした。
 それが大きく変わるのは〇五年のことです。
P& Gが同年に五〇〇億ドル以上をかけてジレットを買収 したのがきっかけでした。
P&Gはジレットを買収し たことで、一般消費財市場で、欧州に本社を置くユ ニリーバを抜いて業界一位となったのですが、経営陣 は企業規模が大きくなったことだけでは満足しません でした。
 経営陣は全社に向かって、P&Gとジレットのビジ ネスモデルを比べて、ジレットの方が優れている点が あれば、それをP&Gの経営に取り込むようにという 号令をかけました。
そしてジレットがP&Gより優れ ていた点の一つに、盗難防止を目的としたサプライチ ェーン・セキュリティがあったのです。
 ジレットは従来から、サプライチェーン・セキュリ ティの問題にP&G以上に積極的に取り組んできまし た。
その理由は明らかです。
 P&Gの製品の場合、「アリエール」や「パンパー ス」といった製品をトレーラーに満載しても、製品価 格の合計は五万〜七万五〇〇〇ドル(四六五万〜六 九八万円)程度です。
しかしジレットの男性用髭剃り 「フュージョン」や乾電池の「デュラセル」をトレーラ ーに満載すれば製品価格が一〇〇万ドル(九三〇〇 万円)を超えることもあります。
P&Gにとっては トレーラー一台の盗難被害が以前の一〇倍以上に跳ね 上がったことになります。
 経営陣は、これまでのP&Gのやり方では不十分 だと判断して、戦略を大幅に変更するよう命令を下 しました。
これを受けて〇五年の買収を契機に、以 下の四つのプロセスを経て、社内外におけるサプライ チェーン・セキュリティの優先順位を上位に引き上げ ていきました。
 第一に、盗難被害に対応する横断的な組織を作りま した。
盗難被害監督チーム(Loss Oversight Team: LOT)です。
二番目のプロセスでは、製品保護の体 制を協力業者自らがチェックできるツールを作りまし た。
三番目には輸送企業や倉庫業者が順守すべき行 動基準を作りました。
そして最後の四番目は、輸送 業者や倉庫業者の現場責任者を対象に、防犯体制を 監査したり、どうやってP&Gの製品を保護するのか という講習会を開催しました(図1)。
 一つずつ説明したいと思います。
 まずLOTは、P&G内の四つの組織に所属する 五人のメンバーによって構成されています。
私が所属 するグローバル・セキュリティからは私を含め二人が 参加しています。
ほかには、ロジスティクス部門と内 部監査部門、保険部門から一人ずつです。
五人は三 カ月に一回の定例会議で顔を合わせるほか、ほとんど 図1 P&G がとった4 つのプロセス グローバル・セキュリティ部門、ロジスティクス部門、内部監査 部門、保険部門から人員を出す。
企業内横断で盗難被害監督チームを作る 製品保護の体制を自主的に点検できるリストをウェブ上に公開 協力業者が順守すべき行動基準を策定 協力会社の防犯体制の監査や、防犯のための講習会を実施 1 2 3 4 1985 年 製薬の「リチャードソン・ヴィックス」 1991 年 化粧品の「マックスファクター」 1999 年 ペットフードの「アイムスカンパニー」 2001 年 ヘアケア製品の「クレイロール」 2003 年 ヘアコスメティックの「ウエラ」 2005 年 剃刀の「ジレット」 P&G が行った主なM&A 毎日のようにメールか電話で連絡を取り合っています。
 ここでグローバル・セキュリティ部門に所属する私 自身の経歴を手短かに紹介させてください。
私は米 国東部の大学で犯罪学を勉強したあと、地元の警察 官を振り出しに、FBI(連邦捜査局)の調査員を 六年務め、一九九〇年にP&Gに入りました。
 私と同様にグローバル・セキュリティ部門で働く人 間のほとんどが、FBIやCIA(連邦情報局)な どの出身者で、第二のキャリアとしてP&Gで働いて います。
それまでの法の実行者としての経験や人脈 が企業の安全を守る上で役に立つからです。
私立探偵を使い独自調査も  LOTの役割は大きく分けて四つあります。
一つ は世界各地で起こっている盗難被害を正確に把握する ことです。
一万ドル(九三万円)を超す被害につい ては、四八時間以内に正確に報告することを工場や 輸送業者、倉庫業者に義務付けました。
報告の対象 となるのは、車両のハイジャック、車両の盗難、倉庫 での盗難や強盗、犯罪が絡んでいると思われる大量の 在庫ロスなどです。
 情報の流れは、まず盗難被害に遭ったP&Gある いは輸送業者の担当社員が、現場の責任者に報告を 上げ、そこから各地域のセキュリティ担当者を経てL OTに情報が届きます。
これに対してLOTは社内 の関係部署に報告するほか、必要に応じて私立探偵 を派遣することもあります(図2)。
 次に各被害について、本社にいる我々が分析して、 原因を突き止めます。
その後、被害に遭った当事者た ちから事件の経緯と、被害に遭った理由についてレポ ートの提出を求めます。
最後に、その分析とレポート の結果から、予防策を考え出して、サプライチェーン に関連する協力業者と共有するのです。
 例えば、特定のトラックステーションで盗難被害が 頻発しているときは、前後一〇〇マイル(一六〇キ ロ)以内のステーションを利用しないように、前もっ て燃料を給油してから通過する、わずかの時間でも 車両から離れるときは、エンジンのキーを抜いておく といった呼びかけを行います。
単純なことのようにも 思えるかもしれませんが、いずれも実際に起こった事 故から導き出された教訓なのです。
 メキシコの同じトラックステーションで、二カ月に 三台のトレーラーが連続して盗難に遭ったことがあり ました。
犯行の手口はかなり込み入っていました。
犯 人は一〇〇台以上あるトレーラーの中から、P&Gの 高価な製品が入ったトレーラーだけを狙っていました。
 三台目が盗難に遭った日は雪が降っていました。
雪 の上には犯人たちの足跡が残っていました。
その足 跡から犯人たちがP&Gのトレーラーを見つけるまで、 各トレーラーの後方部を見て回っていることがわかり ました。
 その当時、P&Gの製品を積んだトレーラーの後部 には、貨物を積んだ後に特別のシールを張って封をし ていました。
犯人はどうしたわけかそのシールのこと を知っていて、それを目印にしていたのです。
われ われはすぐにシールをどこにでもあるようなものに変 更し、その後の被害を防ぎました。
 被害額が四万ドル(三七二万円)を超えたり、殺 人事件が絡んでいたりするような盗難被害の場合、契 約している私立探偵を現場に派遣して独自の調査を 行います。
 こうした調査には費用がかかります。
私立探偵を 一回派遣すれば平均で七〇〇〇〜八〇〇〇ドル(六 五万〜七四万円)です。
しかしP&Gはこれを必要 JANUARY 2009  38 被害に遭った 従業員現場の責任者地域のセキュリティ 担当者 グローバル LOT セキュリティ部門財務部門私立探偵 第1週 第2週 第3週 第4週 図2 P&Gの盗難被害のレポートの流れ 盗難事件 発生 終わり 終わり 終わり 通常の レポート LOTに レポート 通常の処理プロセス 現場での 調査を支援 調査の過程 をチェック 探偵を現場 に派遣 報告書調査と連絡 作成 事実の監視 と追跡 事実の監視 と追跡 4万ドル以上 レポートの 共有 事実を精査 調査 Yes Yes No No 事実関係と推 奨する今後の 行動をレポート 特集 経費だと考えています。
それまでは数万ドルの盗難被 害があっても何の調査も行われませんでした。
言葉は 悪いですが、「取られっぱなし」だったわけです。
 しかしわれわれが調査員を派遣するようになったこ とで抑止力が働くようになったと評価しています。
調 査員がやってくる前に、盗難の被害に遭った、被害 者だったはずのドライバー自身が国外に逃亡した例も いくつかあります。
必ず誰かが追跡することを示すこ とで、犯罪を思いとどまらせるブレーキが働くように なったわけです。
 被害の報告を迅速に行うことで、時には盗難され た製品を取り戻すこともできるようになりました。
報 告を受けた地域のセキュリティ担当者が、各地の警察 機関に被害を届け出て、警察が捜査に乗り出した結果、 盗難に遭った「フュージョン」が満載された倉庫を見 つけて、製品を取り戻したという具合です。
協力物流会社を監査・指導  さて、ここまでの話は、犯罪被害に遭った後で、ど う対処するかというものでした。
LOTはまた、ど うすれば事前に盗難を防止できるのかというプログラ ムも実施しています。
その一つとして、各地のセキュ リティ担当者が、輸送業者や倉庫業者の現場を訪問し て、現場を監査した上で、防止策を話し合っています。
 監査という言葉には、大企業であるP&Gが協力 企業を見下しているようなニュアンスがあるため、個 人的にはあまり好きでないのですが、これまでは概 ね快く受け入れてもらっています。
 監査に行く時は、「我々のような警察出身者による 防犯ノウハウの伝授は、本来であればお金をいただき たいぐらいなのですけれど、P&Gの製品を守って もらうために無料で行わせていただいています。
我々 が伝授するノウハウは、P&Gの製品だけでなく、貴 社が取り扱うほかの会社の荷物にも同様に使えるので、 お互い損な話ではないはずです」と切り出すと、ほと んどの場合は納得してもらえます。
 被害に遭った多くの協力企業は、犯罪防止に向け て前向きに検討してくれています。
ある北米の監査 で、トレーラーの盗難に遭った輸送業者の話を聞いた ときには、輸送の途中でトレーラーが二日間放置され ており、その間に盗まれていたことがわかりました。
その二日間というのは、ドライバーが家に立ち寄って 休暇を過ごしていたのです。
発地から着地までは本 来二日間しかかからないのに、輸送業者の配車係が 二日の休暇を挟んだために被害に遭ってしまいました。
次からは、休暇を挟まずにまっすぐ運行するスケジュ ールを組むことを約束してくれました。
 監査と並行して、協力会社が自らの防犯体制をオ ンライン上でチェックできるリストを、輸送業者や倉 庫業者などのタイプ別に作って、ネット上で使えるよ うにしています。
不十分な点があれば業者が自分で 改善できるように作られています。
 今後のわれわれの課題の一つとして、こうした防犯 活動や盗難被害に遭った時の報告の義務などを、業務 を外注する際に結ぶ契約に盛り込むことが挙げられま す。
既に欧州や南米では実施されていますが、P&G の本拠地である北米では、これからの交渉が必要です。
北米の業者の中には、あまりに過大な責任を契約書 のなかに明記されることを嫌う傾向があるからです。
 加えて現在、協力業者の上層部に対して行ってい る防犯訓練やノウハウの伝授、話し合いを、ドライバ ー一人ひとりにまで広げたいと考えています。
また、 被害のレポートの提出を今以上に徹底することも課題 の一つと考えています。
39  JANUARY 2009 (一ドル=93円、日本円換算で一万円以下は四捨五入) P&G 会社概要 創 業…… 1873年 本 社…… 米国オハイオ州シンシナティ 業 種…… 日用雑貨の販売・製造 C E O ……… A・G・ラフリー 売上高…… 835億300万ドル 最終利益… 120億7500万ドル 従業員数… 13万8000人(83カ国) 物流センターや倉庫……400 ヵ所以上 (注)数字は2008年6月期の有価証券報告書より

月刊ロジスティクス・ビジネス

購読のお申し込みはこちらから