ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2009年3号
道場
不況の今こそ提案営業【その2】

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MARCH 2009  76  部長氏が恐る恐る頷き、大先生を見る。
大先 生の目つきが変わっている。
仕事モードに入っ たようだ。
 「これを使って説明したら、相手の物流担当者 に、物流というのはこう考えるんですよ、本当 の問題はここにあるんですよってレクチャーをし ているようなもんだ。
たしかに興味は呼ぶだろ うけど、もう一歩踏み込ませるには、これでは 弱い」  部長氏が思い当たるように頷く。
 「はい、たしかに、おもしろい話を聞いたとは おっしゃっていただけるんですが、その後うや むやになってしまって、次にどうつなげたらい いのかわからなかったってうちの連中が言って ました」  「まあ、興味を持ってもらったってのはいいけ ど、その先に進展しなきゃ営業としては意味が ないな。
簡単に言うと、これでは、物流担当者 が自分の問題として実感できないってこと。
逆 に言えば、提案する側がいま目の前にいる物流 担当者と同じ土俵に上がってないってこと。
わ かる?」  部長氏が頷き、「講演レジュメとおっしゃられ たのは、講師と受講者のような関係になってし まってるってことですね?」と聞く。
 「そう、講演の場合は、聞き手はさまざまだ から普遍的な内容でやるしかないけど、提案の 場合は、提案する側が相手の土俵に上がってい  どんな高説をぶっても、一般論では荷主の心を射 抜けない。
3PL営業は仮説の提示から始まる。
その 荷主にとっての物流のあるべき姿をイメージし、実 態とのギャップから、今後の方向性を明示する。
そ こに説得力があれば、扉は開かれる。
湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第67回》 不況の今こそ提案営業【その2】 大先生の日記帳編 第18 回  提案書は講演レジュメとは違う  提案営業支援の依頼に来たある大手物流企業 の営業部長が会議テーブルを挟んで大先生と向 かい合っている。
部長氏が鞄から資料の束を取 り出す。
革新的な提案資料ということだが、な かなか大先生に渡さない。
 「どれ、見せてごらんな」  大先生が手を伸ばすと、「いやいや」とか言っ て、胸に抱え込んでしまう。
大先生が苦笑しな がら、呆れたように言う。
 「どうせ、最近出した本からあちこち引用して るんだろ? 別に気にしないでいいから」  「えっ、わかります? さすがですね。
でも、 最近の本だけじゃなくて、前の本からも使わせ てもらってます。
済みません」  部長氏がぬけぬけと言う。
大先生が頷きなが ら、また手を出すと、部長氏が観念したように 資料を差し出した。
 大先生が一枚ずつページを繰る。
部長氏は、 ページがめくられるたびに「あっ、それは」と か「いやいや」などと困惑気味に意味不明な言 葉で応じている。
大先生はそんなことにかまわ ず、一通り資料を見終わると、部長氏の顔を見 た。
部長氏が身構える。
 「まあ、よくできてる。
というか、うまく引 用している。
でも、講演レジュメならこれでい いけど、提案書では、これではだめだ」 83 77  MARCH 2009 かないと」  「はあ、わかります。
おっしゃられたいことは よくわかりますが‥‥」  「何をどうしたらいいかわからない?」  「はい、そこらあたりもご指導いただければと 思って‥‥」  提案営業は想像力が決め手  部長氏の言葉を遮るように大先生が唐突に聞 く。
 「あなたも若いときってあったよね?」  「それはありましたよ、私にだって」  「その頃、好きな女性とデートしたり、贈り物 をするとき、どうした?」  突然妙な質問をされ、部長氏が答に窮する。
お かまいなしに大先生が続ける。
 「自分の好きなところにばっかり行った? 自 分の好みのものを贈った?」  「あっ、そういう意味では、自分の好みより相 手の好みや都合を優先しました」  「そうだろ。
いまでも同じだろ? 世話になっ た人に贈り物をするとき、たとえば、そこに自 分が気に入った日本酒があったとして、それを 贈る?」  「いえ、いくら自分が気に入っても、相手が酒 好きじゃなかったら逆効果になりますから、贈 る相手の好みとかいろいろ考えます」  「提案だって同じだよ」  部長氏が大きく頷く。
 「たしかにそうですね。
贈り物なんかだと、自 然と相手の好みとか考えますが、提案とかにな ると、そういうことに思いが至らないのはなぜ なのかなー? 要は、相手のことを知らないっ てことかな‥‥」  部長氏が自問自答している。
 「そう、それが正解。
相手のことがわかって ない。
だから、一般論的な資料になってしまう。
まさに講演の場」  「そうですね。
一応、提案先の会社概要や最 近の記事などは調べては行きますけど‥‥」  部長氏が言い訳のようにぶつぶつ言う。
大先 生がだめを押す。
 「そんな程度じゃだめだよ。
3PL営業は、『御 社の物流は、現状こういう状況にあると思いま す』から始まらないと。
そのためには、提案先 の会社は、いまこんな物流をやっていて、きっ とこういうことに困っているはずだという仮説 を作ることが必要になる。
その仮説をもとに提 案するのが基本だよ」  部長氏が頷きながらメモをしている。
メモが 終わるのを待って大先生が続ける。
 「要するに『あなたの会社の物流をこういう方 向に持っていったらどうでしょうか。
そのお手 伝いをさせて下さい』って営業スタイル。
うち のこれを買ってください、仕事くださいって営 業ではもちろんない」  そう言って、大先生がたばこに手を伸ばす。
大 先生がたばこに火をつけるのを見ながら、部長 氏が思い出すように話す。
 「たしかに、その意味では、当社は、かつて は仕事くださいの一辺倒でした。
お客様のとこ ろに御百度を踏め、それが営業だなんて教育し てましたが、そんな営業いくらやったって儲か る仕事にはなりませんでした。
そこで、今回わ れわれ自身の営業スタイルを変えようと思った んですけど、まだまだ中途半端な状態です、た しかに。
本来の提案営業のスタイルにするため に特に何が欠けているんでしょうか?」  大先生がたばこを喫いながら、部長氏の顔を 見る。
部長氏が焦りの表情を浮かべる。
 「何が欠けているかって言われても‥‥、なに もかにも欠けていると答えざるを得ない」  大先生の言葉に部長氏が即答する。
 「やっぱり。
お聞きした途端、そう言われるの ではないかと直感しました」  大先生が苦笑しながらフォローする。
 「まあ、あれだよ、おたくに限らず、どこの 物流企業の営業もそうだけど、最初の段階の仮 説を立てる能力が弱いことはたしかだ。
これが 弱いと提案営業という点では致命的だ。
提案内 容が相手にフィットしないということだから」  「そうですねー。
さっきのお話を聞いて、そう 思いました」  「その仮説を作るにあたって重要なのは何だと MARCH 2009  78 思う?」  突然、大先生から質問を受け、部長氏は焦り の表情を浮かべる。
「うーん」とか言いながら、 腕を組んで考える振りをしている。
 「別に難しく考えないでいいよ」  大先生に促され、部長氏が思い切ったように 言う。
 「要するに、その会社の物流がどんな現状にあ って、どんな問題を抱えているかってことです よね。
そうなると、重要なのは、想像力でしょ うか?」  部長氏の答に大先生が楽しそうに「当たり!」 と大きな声を出す。
それを聞いて、部長氏が「え っ、まじですか?」と負けずに大きな声を出す。
 「あるべき姿」のイメージを持つ  「まじだよ。
実態はこうじゃないかと推し測る 力が重要なのさ」  大先生の言葉に部長氏は半信半疑の表情だ。
大先生にかまわれてるんじゃないかと不安そう な顔をしている。
部長氏が独り言のように話す。
 「ただ、想像するといっても、そう簡単じゃな いですよね。
『えーと』なんて言って思い浮かべ ても何も出てきませんもの。
なんかそこに、テ クニックというか想像を可能にする土台という か、想像するための何かが必要な気がします」  大先生がまた「当たり! 」と思案顔の部長氏 に声を掛ける。
っても漠然と見るわけじゃないだろ? 何らか の判断基準を持って見るはずだ。
基準があるか ら、その物流のレベルがわかる。
ここまではい い?」  部長氏が複雑な表情で、それでも頷く。
 「かくあるべき物流の姿というのは、企業の物 流が向かうべき最も望ましい物流の姿。
その姿 と現状とのギャップを埋めるための方策が、お たくたちが出す提案。
違う?」  今度は、部長氏も納得できたように大きく頷 く。
 「当然、そのギャップを埋めるためには、クリ アしなければならない制約がある。
その制約の 難易度もいろいろだ。
だから、あるべき姿に至 るまでに何段階かのステップが存在する。
さて、 この会社はいまどのステップにいるだろうかと 推し測るのが想像。
わかった?」  大先生に問われて、つい部長氏が頷いてしま う。
すぐに大先生に突っ込まれる。
 「本当に? 説明しながら、これじゃ理解して もらえないだろうなって思ってたんだけど」  「はぁー、すみません。
何となくわかったよう な気がしたもんですから」  「まあ、これは具体的なケースで訓練してみよ う。
ただ、『物流かくあるべし』という姿はお たくの会社で議論して固めておかないと。
意外 とそれをやっていない会社が多いのは不思議だ な。
荷主なんかでも目指すべき物流のイメージ  「想像するためには当然何かが必要だ。
要する に、物流を見るときの視点だよ」  「はぁー、視点ですか、なるほどー、何となく ‥‥」  「わかった?」  「いえ、わかりそうで、わかりません」  大先生がわざとらしく仰け反るのを見て、部 長氏が「済みません」と頭を下げる。
大先生が 気を取り直して、話を続ける。
 「視点というのは、一言で言うと『物流かく あるべし』というイメージさ。
物流を見るとい 湯浅和夫の Illustration©ELPH-Kanda Kadan 79  MARCH 2009 を持っていないところが結構ある。
本来それで は物流管理なんかできないんだけどな」  大先生の言葉に、今度は自信を持ったように 部長氏が同意する。
 「それについては、おっしゃる意味が実感とし てわかります」  「実感としてということは、おたくの営業部隊 はそのイメージを持っていないから物流を的確 に見られないし、荷主の物流担当者と前向きな 話ができないんだろうなって思ったってこと?」  「はい、そのとおりです。
物流の話を聞きに行 っても、それじゃどうしたらいいんだってとこ で、いつも行き詰ってしまうというのが、恥ず かしながら、うちの実情です。
それを打開する ためには、あるべき物流のイメージを持つって ことなんですね?」  「そう、それがあれば、物流の話を聞いても、 それを基準にして、いろいろ問題が見えてくる し、問題解決にあたっての制約の存在なんかも 確認できる。
つまり、その会社の物流の限界と 可能性がわかる」  再訪問の道を開く  「そうなると、最初の提案は、仮説が妥当か どうかのチェックという意味合いが強いってこ とですね?」  「提案営業というのは仮説─検証の繰り返しと 言っていい。
ただ、そんなに繰り返すことはな いけど」  部長氏が「せいぜい二、三回ですかね」と適 当に言う。
大先生が頷き、続ける。
 「ただ、検証というのは事実の確認だけでなく、 簡易な物流ABC調査や簡単な出荷データ分析 などが入ることもある。
もちろん、向こうの協 力次第だけど」  「なるほど、そのような検証をして、より相手 先の実情に合った、かつ説得力のある提案内容 に修正して持っていくってことですね」  「そう、相手が興味を持てば、再度の訪問を断 られることはない。
もう結構と言われたら、そ れでやめにすればいいけど、いまのような物流 コスト削減が大きな課題になってるときだから、 興味を持つお客さんが多いと思うけどね。
もち ろん、そういう提案をしたからと言って、すぐ にその提案全部を委託されることはないと思う」  「そりゃそうですね。
でも、その提案でうちを おもしろいと思っていただいて、何らかのつな がりができれば、その先が楽しみです。
私ども も、まずは新規のお客さんとお付き合いをした いというところにねらいがありますので、まず は、こちらに関心を持ってもらうための提案と 考えています。
でも、提案を受け入れてやって みようというお客さんが出てきたら、それこそ エキサイティングですね。
頑張ります。
よろしく お願いします」  そう言って部長氏が外を見る。
もう真っ暗だ。
「いかがですか?」と言って、部長氏が酒を飲む 仕草をする。
大先生が頷くのを見て、部長氏が 嬉しそうに立ち上がる。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課 程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経 て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを 設立し社長に就任。
著書に『現代物流システム論(共 著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物 流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる 本』(以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コンサルテ ィング http://yuasa-c.co.jp PROFILE

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