2009年5月号
判断学

巨額ボーナスへの怒り

奥村宏 経済評論家 第84回巨額ボーナスへの怒り MAY 2009  80       アメリカ国民の怒り爆発  サブプライム危機で経営破綻し国有化されたアメリカの保 険大手AIG(アメリカン・インターナショナル・グループ) の幹部に巨額のボーナスが支払われていたことが、アメリカ の議会やマスコミで大問題になっている。
 当初、ボーナスの総額は一億六五〇〇万ドルと伝えられて いたが、その後の調査で二億一八〇〇万ドル(日本円にし て約二一○億円)であることが判明し、七三人の幹部がそ れぞれ一〇〇万ドル以上、うち五人は四〇〇万ドル以上を受 け取っていたことがわかった。
これに対してアメリカ連邦準 備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長が上院予算委員会 の公聴会で激しく非難し、議会ではAIGのボーナスに対し 九割を課税するという法案が可決された。
 この問題に対するガイトナー財務長官の責任が問われ、オ バマ政権に対する批判も強くなっており、ガイトナー財務長 官の辞任は避けられないだろうという観測もある。
 AIGに対して、FRBは六〇〇億ドルを融資し、政府 がAIG株の七九・九%の購入権(ストック・オプション) を取得して事実上の国有化を行ったが、国民の税金で救済し たにもかかわらず、その経営者や幹部社員に対して巨額のボ ーナスが支払われた、というのだから議会でこれが問題にな るのは当然である。
 というよりもポピュリズムの伝統が強いアメリカでは、国 民の税金で金持ちを優遇するということに対する世論の反発 が強く、議員たちもこれを無視することはできない。
 このような反発は左翼から出ると同時に、それ以上に右翼 からも出ている。
かつて日本でもバブル崩壊後、巨額の公的 資金が銀行や証券会社に投入され、これに対する国民の反発 はあったが、それほど激しくはなかった。
 それにくらべアメリカではこれが議会で大問題になる。
そ こに日本との大きな相違がある。
      「経営者革命」論の普及  アメリカではポピュリズムの伝統が強いと言ったが、一九 世紀にはアメリカで人民党(ポピュリスト・パーティー)が 結成され、これは資本家に対する大衆の不満を代表するもの であった。
 アメリカの資本家といえばモルガンやロックフェラーなどが すぐに頭に浮かぶが、アメリカに限らず資本主義国家ではど こでも資本家が大金持ちとして支配している。
かつての日 本も三井や三菱、住友などの財閥が支配していたことは言う までもない。
 その資本家は一九世紀後半から株式会社の大株主という 形で会社を支配し、巨額の利益を得ていた。
 ところがAIGの場合、そのような資本家大株主はいない。
大株主になっているのは年金基金や投資信託などの機関投 資家であり、AIGの経営者は大株主ではない。
巨額のボー ナスを受け取った経営者や幹部社員はいずれも資本家ではない。
 そこで会社の所有者=資本家でもない経営者や幹部社員 がなぜそれほど巨額のボーナスを得るのか、ということが問 題になる。
 いわゆる経営者は会社から雇われたサラリーマンでしかな いが、にもかかわらずこれらの経営者が会社を支配し、自 分たちで勝手にボーナスの支給を決めている。
 これはいわゆる「経営者支配」にかかわる問題で、アメ リカでは一九三〇年代からこの「経営者支配」論が普及し、 世界的にそれが流行してきた。
 そこでは経営者は会社に雇われ、そして会社のために忠誠 をつくすとされていた。
やがてその経営者が大株主でない にもかかわらず会社を支配し、そして会社を自分たちのもの として私物化するようになった。
 AIGのケースはまさにその見本ともいうべきものだが、 それが今回のボーナス問題として表面化したというわけである。
 雇われ経営者が会社を私物化する経営者支配が進行している。
巨額ボーナスが 大問題となったAIG の幹部たちは、資本家ではなくサラリーマンにすぎない。
「経 営者とはなにか」ということを、この問題は浮き彫りにしている。
81  MAY 2009      日本の経営者はどこへ行く?  では、日本はどうか。
 日本では第二次大戦後、アメリカ占領軍によって財閥解体 が行われ、三井や三菱、住友などの財閥は強制的に株式を 取り上げられた。
そしていわゆる「経営者支配」が一般的 になって、大株主ではない経営者が会社を支配するようにな った。
 もちろん松下幸之助などのような資本家もいたが、その 松下幸之助もやがて大株主ではなくなり、松下電器は経営 者支配の会社になっていった。
 そして経営者が受け取る給料やボーナスは一般の従業員と くらべそれほど大きな格差はなくなり、経営者も従業員も一 体となって会社のために働くということになった。
 こうして日本では「経営者支配」が「会社本位主義」に なっていき、それが日本経済の高度成長をもたらしたのだが、 しかしそれがやがて変化しはじめた。
 日本でも経営者と一般従業員との所得格差が拡大し始め たのである。
バブル崩壊後、いわゆる新自由主義の風潮のな かで小泉内閣の構造改革が行われ、所得格差が拡大し、経 営者が資本家のようになる傾向がみられる。
 それはなによりも経営者が会社を私物化する傾向となって 現れているが、これはある面ではアメリカと共通していると 言える。
AIGの話はよその国の話ではないのである。
 日本でもストック・オプションの制度を採用する会社が増 えており、それによって経営者が大株主、すなわち資本家に なっていくという傾向がみられる。
ひところ騒がれたホリエ モンなどもそのひとりだが、アメリカほどではないにしても 日本でも経営者の「資本家化」が進んでいくことが考えられる。
 AIGの問題は、このように資本主義の本質にかかわる 大きな問題を提起している。
「経営者とは何か」ということ が問われているのだ。
        経営者が資本家になる?  資本家は大株主として会社から配当を受け取り、それが個 人の財産となるが、これに対し経営者は会社から給料やボー ナスを受け取る。
その点では経営者は一般の従業員と同じで あり、ただ、その額に大小の差があるだけである。
 ところがその経営者が会社を支配するようになると、経 営者が自分たちで勝手に自分が受け取る給料やボーナスを決 めるようになる。
 これがいわゆる「経営者報酬」の問題であるが、一般の 従業員との差があまりにも大きくなると労働組合が反対する し、世論の風当たりも強くなる。
 そこで考え出されたのがストック・オプションである。
こ れは会社の株式を買う権利を経営者に与えるというもので、 これを行使することで経営者は株主になる。
 さらに経営者が借金をして自社株を買い占め、株式を非公 開にするという方式まで考え出された。
これはMBO(マネ ジメント・バイアウト)といわれるものだが、これによって 経営者は自社の大株主、すなわち資本家になるわけで、そ れはまさに会社を「私物化」するものである。
 このようにして経営者が大金持ちになっていくことでアメ リカにおける所得格差が拡大し、一九世紀末頃のようになっ ていったが、それは「経営者が資本家になった」ということ である。
 AIGのボーナスを受け取った経営者や幹部社員たちはス トック・オプションを行使したのではなく、MBOを行った のでもない。
しかしアメリカで経営者が「資本家化」してい るという風潮のなかで、それに便乗して多額のボーナスを決 めたのではないか、と考えられる。
 そうだとすれば、これはAIGに限られた問題ではなく、 アメリカの巨大株式会社すべてにかかわる問題であり、今後 いろいろな所に波及していくことが考えられる。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『世界金融恐慌』(七 つ森書館)。

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