2009年10月号
特集
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第6部 取引慣行改革の3つのアプローチ
OCTOBER 2009 26
CPFRが機能しない理由
小売業が価格を下げて、利益を維持しようとす
れば二つのアプローチが存在する。
一つは仕入れ 値の引き下げだ。
仕入先との条件交渉で納入価格 を引き下げる。
あるいは販促費の提供を受けるわ けである。
もう一つはローコスト・オペレーション を構築することだ。
現在の日本の流通慣行下においては、前者のほ うが主流である。
競合店の価格動向を見ながら仕 入れ条件を交渉して、より多くの条件を引き出す ことで利益率改善や低価格を実現できる。
すぐに 結果が出るうえ、安易に価格競争をしかけられる。
一方、ローコスト・オペレーションの構築には 時間と投資が必要だ。
しかし現在の取引慣行では、 そのインセンティブが働かない。
コストダウンを実 現しても条件交渉による価格競争に埋没してしま い、投資効果が得られない。
現在の取引慣行は多くのムダを孕んでいる。
複 雑なリベートの精算処理は流通業とメーカー双方 の事務作業量を増やし、本来業務の生産性を低下 させている。
また小売業は競合店よりも安い価格 の実現に追われ、最適売価の設定といった値付能 力が磨かれない。
長期的な競争力が育成されない のである。
こういったことが小売業の競争能力開 発に大きなマイナスの影響を及ぼしている。
例えば、欧米の先進的小売業が取り組んでいる CPFR(メーカーと流通業が協力して、計画立 案から販売予測、商品補充までを行うことで、欠 品や過剰在庫を削減する取り組み)が、日本では 機能しない。
CPFRは売れた数を単に自動補充 するものではない。
バイヤーは発注量を決定する 際に数量割引を考慮して、近い将来の売れ行きも 見越した上で、仕入れ条件を最適化できる仕組み になっている。
この仕組みが成り立つためには、 仕入れ条件の透明性とデジタル化が必要である。
ところが、日本の取引制度はそうなっていない。
リベートや販促費、労務サービスの提供条件が不 明確で、買い手側である小売業と売り手側の営業 担当者による交渉で決まる。
それをシステム化す ると、小売業側にとっては条件交渉の機会を逃し てしまうことになる。
交渉すれば獲得できるかも しれないリベートや販促費が手に入らないなどの 不利益が懸念される。
仕入れ条件の交渉・調整には当然、人手がかかる。
売り手側ではより多くの営業担当者が必要となる。
バイヤー側も交渉に時間をとられて、マーチャンダ イジング計画立案に十分な時間が割けず、シンプ ルに価格プロモーションに走りがちとなってしまう。
欧州では、バイヤーと営業担当者が実際に会っ て行う商談は四半期に一回しか行わないというケ ースさえある。
四半期の販売計画の中で販売目 標と販促等の条件を織り込んで交渉する。
インタ ーネットを使ったオンライン商談も行われている。
担当者の生産性を高めるだけでなく、社内での情 報共有が可能になり、オペレーションの精度向上 などをもたらす。
取引条件の不透明性や複雑性が温存された状 態では、こうしたイノベーションは実施できない。
日本の取引慣行問題は、これまでも数十年にわた って議論されてきたが、いまだに解決されていな い。
景気情勢が厳しい中で各社とも人件費を含め た聖域なきコスト削減を進めているのとは裏腹に、 取引に関わるムダは手つかずである。
取引慣行改革の3つのアプローチ 欧米市場で成功したサプライチェーン効率化手法の 多くが、日本市場には定着していない。
不透明で複 雑な日本の伝統的流通慣行が改革を阻害している。
これを是正するには、現在の取引慣行をオープンにし て、それがサプライチェーンにどのような影響を与え ているのか明確にすることが第一歩となる。
楢村文信 野村総合研究所 ビジネスイノベーション事業部 上級コンサルタント 第6部 27 OCTOBER 2009 国で両者の改革が実現したのは、高い市場シェア を持ち大きな影響力のある小売業とメーカー同士 だったからだろう。
制度改革による取引コストの 削減機会もそれだけ大きかった。
しかし日本の一般消費財の市場構造は小売業 側もメーカー側も分散化している。
メーカー、卸、 小売りのプレイヤー数が多く、取引慣行を改める に当たって調整が必要な相手が多数存在する。
し かも取引条件の標準化自体が進んでおらず、個別 条件適用になっている。
条件変更が不利に働く取 引先は合意しない。
従来の商慣行の結果として得 られているリベートやフィーが、企業のコスト構 造において固定化されてしまっていると、これを 変えることは財務にも関わってくる。
取引条件の 変更はますます受け入れがたいものとなる。
?業界コンセンサス 米国で一九九三年に始まったECR(効率的な 消費者対応)の取り組みにおいても、取引慣行問 題は扱われている。
多くが販売条件に起因するも ので、フォワードバイイング(安い時期に買い溜 めすること)や、それに伴って発生する転売、消 費者向けクーポンなどが業界団体を通じたプロジ ェクトの中で明確化された。
米国でのECRは主要企業の経営陣も参加する 業界合同プロジェクトであった。
そのことが無駄を 生みだす商慣行を改善する推進力となった。
日本 でもEDI標準化などでは製配販の合同プロジェ クトが組まれている。
欧米では同様の活動が受発 注の合理化を経て、ECRやCPFRなどの取り 組みに進化した。
日本もいずれ同じ道を歩むこと になるだろう。
日本では商慣行がブラックボックス化し、歴史 的に定着しているため、それが業界全体の発展を、 どう阻害しているかも見えにくくなっている。
条 件交渉が競争の一つの方法として容認されている 中で、その弊害について問題提起する経営者は少 ない。
業界全体が問題性を認識しなければ、改革 の土壌は生まれない。
従って、まずは製配販が横 断的に参加する業界団体において、取引慣行問題 を明確にすることが、日本における改革の第一歩 となるだろう。
?法的な規制 最後は法的な制約である。
日本のビール業界で は、公正取引委員会から取引先に対する差別的対 価と不当廉売の問題が指摘されたことが一つの契 機となって、業界自主ルールとして一ケース当た りのリベートの金額にガイドラインを設けている。
報道によると昨年秋には、この自主ルールを逸脱 して過剰なリベートが支払われたとして、大手メ ーカー四社が国税庁から是正指導を受けている。
こうした法的規制に加え、会計制度の変更も取 引慣行を是正する一つのきっかけになるだろう。
現状の会計制度では、メーカーは流通向け販促費 を増やして見かけの売上高を大きくすることがで きる。
しかし国際会計基準に移行すると、こうし た方法にも限界がくる。
適用基準のはっきりしな いリベートの提供も是正を迫られる可能性がある。
こうした法的な制約が強化されれば、メーカーも 取引慣行を改めざるを得なくない。
筆者はそれが、 日本の場合には最も現実的な取引条件問題の解決策 なのではないかと考えている。
日本の伝統的な商慣 習は、それだけ強くロックインされているのだ。
現在の取引制度はもともとメーカーの政策で作 られたものだ。
市場成長期に売り上げ拡大を加速 させ市場シェアを高めるために、様々な条件を提 供した。
その結果、取引先によって条件が異なる ことになったため、メーカーは中身をオープンに できない。
小売り側からも売り手の不透明な取引条件への 対抗策として、マージンや販促費はもちろん労務 の提供など様々なサービスを求めた。
それによって、 いっそう制度が複雑化して、誰もそこに手を入れ られない状態になっている。
果たしてこの取引慣行の改革は可能なのだろう か。
欧米市場における事例を検証すると、成功し た取引改革は以下の三つのアプローチをとっている。
?リーダー企業主導の改革、?業界コンセンサスに よるもの、そして?法的規制によるものである。
?リーダー企業主導の改革 米国でウォルマートはP&G社と戦略的同盟を 結ぶに当たって、P&Gに対し取引条件の一本化 を要請した。
それまでは製品事業部ごとに取引制 度が異なっていた。
この要請は、ウォルマート創 業者のサム・ウォルトンによるもので、異なる取 引制度が業務上の非効率を生み出しているという 理由だったとされる。
P&Gの事業領域は化粧品から洗剤、加工食品 まできわめて広範囲にわたっている。
その取引制 度を統一することは容易なことではなかった。
し かも、ウォルマート以外の取引先に対しても同じ 取引制度を適用する必要がある。
大きな軋みを伴 う改革だ。
それでもP&Gは要請を受諾した。
しかし、このアプローチは日本では難しい。
米
一つは仕入れ 値の引き下げだ。
仕入先との条件交渉で納入価格 を引き下げる。
あるいは販促費の提供を受けるわ けである。
もう一つはローコスト・オペレーション を構築することだ。
現在の日本の流通慣行下においては、前者のほ うが主流である。
競合店の価格動向を見ながら仕 入れ条件を交渉して、より多くの条件を引き出す ことで利益率改善や低価格を実現できる。
すぐに 結果が出るうえ、安易に価格競争をしかけられる。
一方、ローコスト・オペレーションの構築には 時間と投資が必要だ。
しかし現在の取引慣行では、 そのインセンティブが働かない。
コストダウンを実 現しても条件交渉による価格競争に埋没してしま い、投資効果が得られない。
現在の取引慣行は多くのムダを孕んでいる。
複 雑なリベートの精算処理は流通業とメーカー双方 の事務作業量を増やし、本来業務の生産性を低下 させている。
また小売業は競合店よりも安い価格 の実現に追われ、最適売価の設定といった値付能 力が磨かれない。
長期的な競争力が育成されない のである。
こういったことが小売業の競争能力開 発に大きなマイナスの影響を及ぼしている。
例えば、欧米の先進的小売業が取り組んでいる CPFR(メーカーと流通業が協力して、計画立 案から販売予測、商品補充までを行うことで、欠 品や過剰在庫を削減する取り組み)が、日本では 機能しない。
CPFRは売れた数を単に自動補充 するものではない。
バイヤーは発注量を決定する 際に数量割引を考慮して、近い将来の売れ行きも 見越した上で、仕入れ条件を最適化できる仕組み になっている。
この仕組みが成り立つためには、 仕入れ条件の透明性とデジタル化が必要である。
ところが、日本の取引制度はそうなっていない。
リベートや販促費、労務サービスの提供条件が不 明確で、買い手側である小売業と売り手側の営業 担当者による交渉で決まる。
それをシステム化す ると、小売業側にとっては条件交渉の機会を逃し てしまうことになる。
交渉すれば獲得できるかも しれないリベートや販促費が手に入らないなどの 不利益が懸念される。
仕入れ条件の交渉・調整には当然、人手がかかる。
売り手側ではより多くの営業担当者が必要となる。
バイヤー側も交渉に時間をとられて、マーチャンダ イジング計画立案に十分な時間が割けず、シンプ ルに価格プロモーションに走りがちとなってしまう。
欧州では、バイヤーと営業担当者が実際に会っ て行う商談は四半期に一回しか行わないというケ ースさえある。
四半期の販売計画の中で販売目 標と販促等の条件を織り込んで交渉する。
インタ ーネットを使ったオンライン商談も行われている。
担当者の生産性を高めるだけでなく、社内での情 報共有が可能になり、オペレーションの精度向上 などをもたらす。
取引条件の不透明性や複雑性が温存された状 態では、こうしたイノベーションは実施できない。
日本の取引慣行問題は、これまでも数十年にわた って議論されてきたが、いまだに解決されていな い。
景気情勢が厳しい中で各社とも人件費を含め た聖域なきコスト削減を進めているのとは裏腹に、 取引に関わるムダは手つかずである。
取引慣行改革の3つのアプローチ 欧米市場で成功したサプライチェーン効率化手法の 多くが、日本市場には定着していない。
不透明で複 雑な日本の伝統的流通慣行が改革を阻害している。
これを是正するには、現在の取引慣行をオープンにし て、それがサプライチェーンにどのような影響を与え ているのか明確にすることが第一歩となる。
楢村文信 野村総合研究所 ビジネスイノベーション事業部 上級コンサルタント 第6部 27 OCTOBER 2009 国で両者の改革が実現したのは、高い市場シェア を持ち大きな影響力のある小売業とメーカー同士 だったからだろう。
制度改革による取引コストの 削減機会もそれだけ大きかった。
しかし日本の一般消費財の市場構造は小売業 側もメーカー側も分散化している。
メーカー、卸、 小売りのプレイヤー数が多く、取引慣行を改める に当たって調整が必要な相手が多数存在する。
し かも取引条件の標準化自体が進んでおらず、個別 条件適用になっている。
条件変更が不利に働く取 引先は合意しない。
従来の商慣行の結果として得 られているリベートやフィーが、企業のコスト構 造において固定化されてしまっていると、これを 変えることは財務にも関わってくる。
取引条件の 変更はますます受け入れがたいものとなる。
?業界コンセンサス 米国で一九九三年に始まったECR(効率的な 消費者対応)の取り組みにおいても、取引慣行問 題は扱われている。
多くが販売条件に起因するも ので、フォワードバイイング(安い時期に買い溜 めすること)や、それに伴って発生する転売、消 費者向けクーポンなどが業界団体を通じたプロジ ェクトの中で明確化された。
米国でのECRは主要企業の経営陣も参加する 業界合同プロジェクトであった。
そのことが無駄を 生みだす商慣行を改善する推進力となった。
日本 でもEDI標準化などでは製配販の合同プロジェ クトが組まれている。
欧米では同様の活動が受発 注の合理化を経て、ECRやCPFRなどの取り 組みに進化した。
日本もいずれ同じ道を歩むこと になるだろう。
日本では商慣行がブラックボックス化し、歴史 的に定着しているため、それが業界全体の発展を、 どう阻害しているかも見えにくくなっている。
条 件交渉が競争の一つの方法として容認されている 中で、その弊害について問題提起する経営者は少 ない。
業界全体が問題性を認識しなければ、改革 の土壌は生まれない。
従って、まずは製配販が横 断的に参加する業界団体において、取引慣行問題 を明確にすることが、日本における改革の第一歩 となるだろう。
?法的な規制 最後は法的な制約である。
日本のビール業界で は、公正取引委員会から取引先に対する差別的対 価と不当廉売の問題が指摘されたことが一つの契 機となって、業界自主ルールとして一ケース当た りのリベートの金額にガイドラインを設けている。
報道によると昨年秋には、この自主ルールを逸脱 して過剰なリベートが支払われたとして、大手メ ーカー四社が国税庁から是正指導を受けている。
こうした法的規制に加え、会計制度の変更も取 引慣行を是正する一つのきっかけになるだろう。
現状の会計制度では、メーカーは流通向け販促費 を増やして見かけの売上高を大きくすることがで きる。
しかし国際会計基準に移行すると、こうし た方法にも限界がくる。
適用基準のはっきりしな いリベートの提供も是正を迫られる可能性がある。
こうした法的な制約が強化されれば、メーカーも 取引慣行を改めざるを得なくない。
筆者はそれが、 日本の場合には最も現実的な取引条件問題の解決策 なのではないかと考えている。
日本の伝統的な商慣 習は、それだけ強くロックインされているのだ。
現在の取引制度はもともとメーカーの政策で作 られたものだ。
市場成長期に売り上げ拡大を加速 させ市場シェアを高めるために、様々な条件を提 供した。
その結果、取引先によって条件が異なる ことになったため、メーカーは中身をオープンに できない。
小売り側からも売り手の不透明な取引条件への 対抗策として、マージンや販促費はもちろん労務 の提供など様々なサービスを求めた。
それによって、 いっそう制度が複雑化して、誰もそこに手を入れ られない状態になっている。
果たしてこの取引慣行の改革は可能なのだろう か。
欧米市場における事例を検証すると、成功し た取引改革は以下の三つのアプローチをとっている。
?リーダー企業主導の改革、?業界コンセンサスに よるもの、そして?法的規制によるものである。
?リーダー企業主導の改革 米国でウォルマートはP&G社と戦略的同盟を 結ぶに当たって、P&Gに対し取引条件の一本化 を要請した。
それまでは製品事業部ごとに取引制 度が異なっていた。
この要請は、ウォルマート創 業者のサム・ウォルトンによるもので、異なる取 引制度が業務上の非効率を生み出しているという 理由だったとされる。
P&Gの事業領域は化粧品から洗剤、加工食品 まできわめて広範囲にわたっている。
その取引制 度を統一することは容易なことではなかった。
し かも、ウォルマート以外の取引先に対しても同じ 取引制度を適用する必要がある。
大きな軋みを伴 う改革だ。
それでもP&Gは要請を受諾した。
しかし、このアプローチは日本では難しい。
米
