ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2009年11号
道場
第91回 メーカー物流編 ♦ 第2回「世間一般では御社はそれなりに物流が進んでいると思われているんです」

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 NOVEMBER 2009  60 実は、常務や物流部長と大先生が顔を合わせ るのはこれが初めてだ。
コンサルの折衝の過 程では一度も会っていないのである。
 コンサルの話が出てから今日まで一カ月も 経っていないこともあり、会わなかったとい うより、会う機会がなかったというのが正直 なところだ。
この間のやりとりは常務の意を 受けた経営企画室の主任が一手に担ったので ある。
 初対面の名刺交換を終え、全員が席に着 くと、常務が改めて挨拶した。
 「このたびは突然のお願いにもかかわらず、 快くお引き受けいただきありがとうございま した。
本来なら、私がお伺いしてお願いしな ければならないところ、彼に代役をさせるよ うな形になり、申し訳ございませんでした」  それを受け、大先生が顔の前で手を振り、 答える。
67「世間一般では御社はそれなりに 物流が進んでいると思われているんです」 91 物流をゼロベースで見直すために大 先生の指導を仰ぐと聞かされ、現場の 古株たちは猛反発。
実力者の常務の肝 入りとあっては表立って反対できないも のの、実際にプロジェクトが始まった暁 には、あの手この手で追い返してやろ うと手ぐすねを引いている。
そこに大先 生ご一行が初めて乗り込んだ。
大先生 物流一筋三十余年。
体力弟子、美人弟子の二人の 女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
中堅消費財メーカー常務 経営企画担当役員で社内の誰も が認める実力者。
抜本的な物流改革が必要だと考えている。
同社物流部長 営業畑出身で一カ月前に物流部に異動。
「物 流はやらないのが一番」という大先生の考え方に共鳴。
同社経営企画室主任 常務から指示を受け大先生にコンサ ルを依頼。
プロジェクトのキーマンになりそうな気配が。
  大先生と幹部たちは初対面だった  大先生たちが新たなコンサル先である中堅 メーカーの本社に到着すると、その会社で唯 一の顔見知りである経営企画室の主任が受付 で待っていた。
大先生たちが自動ドアを入っ た途端、ロビー奥の受付の横で両手を上げて、 大きく振って合図をしている。
 それを見て、一瞬大先生の足が止まった。
弟子たちが手を振り返すと、にこにこしなが ら近づいてきた。
 「お待ちしておりました。
このまま常務室 にご案内いたします。
常務が是非お会いした いと申しております」  「それはいい。
おれも会いたい」  大先生の言葉に主任が大きく頷く。
彼の案 内で、常務室に向かった。
 常務室では、常務と物流部長が待っていた。
メーカー物流編 ♦ 第2回 61  NOVEMBER 2009  「いえいえ、ご依頼の趣旨がわかりやすか ったので、別に支障はありませんでしたよ」  それを聞いて、物流部長が興味深そうに主 任に聞く。
 「コンサルをお願いする趣旨は先生に何て ご説明したの?」  「はい、常務から本を渡されて、『先生がこ の本でお書きのロジスティクスを導入するご 指導をお願いします』とお伝えするように指 示されましたので、そのとおりにしただけで す」  主任が素直に答える。
物流部長が自分の 前に置かれている本を手に取る。
 「なるほど、たしかに、それはわかりやすい。
『この本でお書きのロジスティクス』といえば、 ロジスティクスの理解に齟齬が出ることもな いし‥‥」  物流部長の言葉を聞いて、常務が「そうだ ろ」といった顔で頷く。
そのやりとりを見て いて、体力弟子が思いついたように物流部長 に聞く。
 「その本を最初に手になさったのは部長さ んなんですか?」  物流部長が顔の前で手を振り、常務を見な がら答える。
 「いえ、私じゃないんです。
私は常務から 読めと言われました。
実は常務もある人から いただいたようですよ」  物流部長の言葉を受けて、常務が身を乗り 出した。
 「コンサルのご参考になるとは思えませんが、 そのあたりの事情について簡単にお話してお きましょう。
実は、先生が書かれたその本を 私に持って来たのは、前任の物流部長なんで す。
彼が定年で辞めるというときに、私は担 当役員ということもあるんですが、それより も実は彼とは入社が同期だったものですから、 そんなこともあって彼の慰労会をしたんです。
まあ、たった二人の同期会です」  「へー、なんかほのぼのしますね」  体力弟子が素直な感想を述べる。
常務が 頷いて続ける。
 前任物流部長の置きみやげ  「はい、昔話やこれからのことなどとりとめ のない話をいろいろしました。
そして、そろ そろお開きという頃に、一応念のためにとい う思いで、『うちの物流はこれからどうすれば いいと思うか、何か考えがあれば意見を聞か せてくれ』って聞いたんです」  どんな回答があったのか、弟子たちが興味 津々といった顔で常務を見ている。
常務が続 けようとしたとき、大先生が突然口を挟んだ。
 「その前任の部長は何ていう名前?」  物流部長が、すぐに名前を告げ、「まさか、 先生、ご存知だったとか?」と聞く。
 「特に懇意というわけではなかったけど、物 流関係の委員会とか会合でよく顔を合わせて いたな」  「へー、そうですか? 彼はそんなところに も顔を出してたんですか‥‥それは意外でし た」  常務が驚いたような顔をする。
大先生が補 足説明をする。
 「驚くことはないですよ。
世間一般では御 社はそれなりに物流が進んでいると思われて いるんです。
だから、いろいろなところに呼 ばれる」  「そうですか、進んでいると思われてるんで すか? 実際のところどうなんでしょうか?」  「さあ、わかりませんが、多分錯覚の類で しょう。
進んでいるという印象、イメージが 先行しているだけ。
やることはわかっている けど実際はできていない。
ただ、やるべきこと、 やりたいことについての立派な発言だけが外 に出ていく。
それが一人歩きする。
実態はな いのに‥‥そんな状態かな」  大先生が、推測で診断する。
大先生の言 葉を聞いて、常務と部長が顔を見合わせる。
何か思い当たることでもあるようだ。
常務が おもむろに話を戻す。
 「実はですね、私の問いに、彼はこう答え たんです。
『物流などという狭い枠で考えてい てはもうだめです。
物流部を発展的に解消す べきです。
物流部があることで物流が遅れて います』って」  大先生がにこっとして頷く。
常務が続ける。
 「そして、鞄の中からおもむろに本を出し、 『これを導入するといいと思います。
この本を 差し上げますので常務ご自身でお読みくださ NOVEMBER 2009  62 い』って、そう言われたんです。
それが、先 生がお書きになったそのロジスティクスの本 です」  弟子たちが「へー」という顔をする。
常務 に代わって物流部長が続ける。
 「この本がそれなんですが、ご覧のように、 あちこちに赤や黄色のマーカーで線が引かれ、 随所にうちの状況に合わせた書き込みがして あったり、書ききれないところにはメモが貼 ってあったりしてるんです」  そう言って、本をぱらぱらめくる。
小さ い字でびっしり書かれたメモが次々顔を出す。
美人弟子が興味深そうに、その本を受け取っ てページを繰る。
それを見ながら、物流部長 が話を続ける。
 「実は、その書き込みがおもしろいんです。
常務は、それが非常に興味深く、一気に読ん でしまったようです。
私も同じです。
実によ く当社の欠点というか弱点をえぐり出してい ます」  「その書き込み本は、常務に読んでもらう ためにわざわざ作られたものなんですね、き っと」  大先生が常務の顔を見て聞く。
常務が大き く頷く。
 「はい、そう思います。
辞めるにあたって、 私に渡そうと思って作ったものだと思います。
こういう形の引継ぎは初めてです。
それだけ にインパクトがありました。
ロジスティクス が実感として理解できました」 わけだ。
頑張ろう」  「はい。
常務のお考えで、トップダウンで 上から押し付けるのではなく、関係者の理解 と納得を得ながらロジスティクスの導入を進 めるということですから、結構面倒です。
ただ、 関係者の理解と納得の上で導入しませんと、 期待通りに動かないでしょうから、何とか頑 張ってやります。
先生のご指導を得て、常務 の名前をちらつかせながらやっていきます」  「現場は理不尽の塊です」  「ところで、この人もこのプロジェクトにか かわるんですよね?」  大先生がそう言って、経営企画室の主任を 指差す。
物流部長が頷いて、常務の顔を見る。
 常務が答える。
 「はい、彼にも全面的にかかわってもらいた いと思ってますが、よろしいでしょうか?  不都合があれば考え直しますが‥‥」  「不都合などありませんよ。
むしろ、彼の 存在がこのプロジェクトの成否を握るような、 いやーな予感がしています」  大先生がこう言って、にこっと笑う。
なぜ か物流部長が即座に「同感です」と同意する。
 自分についてのやりとりなどまったく気に する風もなく、経営企画室の主任が、時計 を見て、「あれ、もう二時半ですよ。
たしか、 一時半に集まれって物流部の人たちに声を掛 けてましたよね?」と物流部長に確認する。
 「あっ、そう。
まあ、いいんじゃない。
た  「へー、それはすごい書き込みだ。
一体何 が書いてあるんだ? 在庫が物流をだめにし てるとか誰も供給活動に責任を負っていない だとか書いてあるのか?」  大先生が美人弟子に聞く。
美人弟子が「は い」と言って続ける。
 「そういう類の指摘が実名入りで、また具 体的なやりとりの内容も含んで詳細に記され ています。
でも、できない理由ですから、コ ンサルに直接役立つとはいえませんが、導入 作戦を練るのに役立つと思います」  美人弟子の言葉に常務が「そうですか、そ れならお役に立ててください」と言う。
 「ということは、前任の部長もロジスティク スがらみでいろいろやろうと行動していたっ てことだ?」  誰にともなく大先生が言う。
物流部長が答 える。
 「はい、そうだと思います。
ロジスティクス を導入するというよりも、その前段階で、導 入の可能性を探っていたようです。
可能性が 高ければ、上申しようとでも思っていたので はないでしょうか‥‥」  「結果として上申されなかったということは、 可能性が低いと判断したわけだ。
その判断根 拠がそこに書かれているってこと?」  大先生の言葉に物流部長が素直に「はい」 と頷く。
その顔を見て、大先生が部長に声を 掛ける。
 「それを新部長としてあなたがやろうという 湯浅和夫の 63  NOVEMBER 2009  「いや、別に大きな問題があるわけではあり ませんが、そう言えば、引継ぎのときに、前 任の部長から『現場を全面的にアウトソーシ ングすることも考えておくといい』なんて言 われました。
解体とかアウトソーシングとい う言葉が出る事情については大体わかってま すので、そのうち何とかします。
心配いりま せん」  「まあ、今回のプロジェクトでは、相手に するのは物流の現場ではなくて、生産や営業 の現場だから、ちょっと手ごわいぞ」  常務が、脅かすように、また楽しむように 部長に言う。
 「はい、私は営業の経験が長いですが、工 場にいたこともあります。
どこでもそうです が、まあ現場は自分の利害しか考えません。
理不尽の塊だと思います。
そこに切り込むの は、ある意味では、おもしろいですよ」  「まあ、楽しんでくれ。
そろそろ行った方 がいいんじゃないか。
それでは、先生、よろ しくお願いします」  常務に背中を押されて、部長、主任を含め た大先生一行は、会議室に向かった。
エレベ ーターを待つ間、主任が物流部長に質問する。
 「物流部の人たちには、このプロジェクトで どんな役割をさせようと思ってるんですか?」  「それそれ、おれとしては彼らに今回のプロ ジェクトの先兵となって動いてもらいたいと 期待している」  この部長の考えは主任も気に入ったようだ。
主任が大きく頷く。
 「それがいいですよ。
それぞれ持ち味も能力 も違うので、うまく動いてくれたら強い味方 になりますよ。
でも、中には敵対意識を持っ てる人もいますけどね」  「まあ、あれが彼のスタンスだから、いまの ところはあれでいいさ。
彼には先兵隊長をや ってもらおうと思っている」  物流部長の言葉を聞き、主任が肩をすく める。
そのとき、エレベーターの扉が開いた。
コンサルの一ページ目が開かれる。
まには自分の机を離れて、じっくり考える機 会を持つってことも必要だよ。
おれは、会議 の開始が予定より大幅に遅れるっていう状況 は好きだな。
突然、自由な時間をもらえたよ うで無性に嬉しい‥‥あんたはどう?」  物流部長の問い掛けに主任は反応しない。
 常務が、思い出したように物流部長に聞く。
 「そう言えば、前の部長が、『優先度は低い けど、そのうち現場の解体も必要です』なん てことも言ってたな。
解体だなんて、現場に 何かあるのか?」  物流部長が首を振り、答える。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課 程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経 て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを 設立し社長に就任。
著書に『現代物流システム論(共 著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物 流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる 本』(以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コンサルテ ィング http://yuasa-c.co.jp PROFILE Illustration©ELPH-Kanda Kadan

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