2010年4月号
現場改善
現場改善
第87回 食品物流会社社長のささやかな望み
75 APRIL 2010
事例で学ぶ
現場改善
日本ロジファクトリー
青木正一 代表
正月を家族みんなで迎えたい。
食品物流会社社長のささやか な願いであった。
創業してからこれまで家族共々働きづめだっ た。
たまの休みも家族が交代でとるしかない。
財務経理を一手 に引き受けてきた妻に、アシスタントを付けて少しは休ませて やりたい。
そのために新規荷主を獲得する必要があった。
食品物流会社社長のささやかな望み 元暴走族の悪タレが運送業で独り立ち T社は雪国にある、年商一六億円の地場物 流会社である。
創業者でもあるS社長は一八 歳の時に同社の前身となったT商会を立ち上げ た。
立ち上げたといっても、個人でトラックを 購入し、営業免許を持たない白ナンバーの一人 親方として運送業をはじめたのであった。
元は暴走族に入り、少年院に送り込まれる ほどの悪ガキだった。
中学を卒業して仕事に困 った挙句、?ハンドル?でメシを食おうとトラ ック運転手を選んだのであった。
親族や暴走族の先輩達から資金を集め、中 古の一〇トンを購入した。
冷蔵車だった。
食品 物流は一年中仕事の途切れることがない。
し かも当時は協力運送会社に対する与信調査や コンペなどもなかった。
知り合いのツテをたど って仕事をもらい、冷蔵食品の長距離輸送で 生計を立てた。
S社長はがむしゃらに働いた。
その働きぶ りが着荷主であった食品卸のB社長の目に留 まった。
ある日、B社長から「ウチの配送を やるつもりはないか」と仕事の声がかかった。
しかし、自分は今の仕事で手一杯で、他に 社員がいるわけでもない。
新たに車両を購入す る資金もない。
普通なら「お金がない」、「時 間がない」と、できない理由を並べるところ だろう。
S社長は違った。
そこが起業家という人種 のいいところなのだろう。
B社長に対し、「ト ラック一台くらいの仕事ではとても割に合わ ない。
少なくとも二台分の仕事は欲しい」と 切り返した。
するとB社長は「アンタさえ良 ければウチの十三台分の仕事、全部やっても らってもいいよ」という。
S社長は必死に車両の購入資金をかき集め た。
その中には仕事の発注者であるB社長も 含まれていた。
結局、三台分の資金にしかな らなかったが、それでも自分のトラックを含め て四台の運送会社にステップアップしたのであ った。
その後もS社長は食品物流に特化して堅実 に仕事を続けていった。
その結果、今では県 内に三カ所、県外に二カ所の営業所を展開する までになった。
運送だけではなく、五カ所の 営業所のうち二カ所はコンビニと食品スーパー の物流センターだ。
残りの三カ所も車庫の他に 小規模な倉庫を併設している。
筆者とS社長は旧知の間柄で、これまでも 何度となく電話で経営相談を受けていた。
し かし今回は直に会って、じっくりと話がしたい 第87 回 APRIL 2010 76 という。
数週間後、筆者はS社長の待つ雪国の空港 に降り立った。
空港からタクシーで二〇分ほど 走ったところにT社はあった。
会社の敷地内に入っても休んでいる車両は 一台も見当たらず、車検か修理かは定かでは なかったが、自前の整備工場に四トン車が一台 だけ納まっていた。
この不景気でも仕事は順 調のようだ。
車庫の二階にある事務所に入ると、五〜六 人の事務スタッフが黙々と仕事をこなしていた。
すぐさまS社長が出迎えてくれた。
通された 会議室には他に二人の男性社員が座って待っ ていた。
幹部社員である。
名刺交換のあと、S社長から本題が切り出 された。
「地元のM社への営業を手伝って欲し い。
受託できればウチにとって大きな新規案件 になる。
ついてはM社への提案とその取りまと めをお願いできないか」というものであった。
先方のM社からは過去にも業務委託の打診 を受けたことがあるという。
しかし、T社側 に仕事を引き受ける準備が足りなかった。
社内 調整に手間取り、結局提案書も作れないまま 話が流れてしまった。
前回の失敗の二の舞は御 免だ。
今度こそ受注を果たしたいと、S社長 は強く願っていた。
それともう一つ、S社長が今回、我々のよ うな社外の人間の力を借りてまで、新規案件 を受託したいと考える理由があった。
創業か らこれまでT社の財務経理を一手に引き受け て仕事に追われてきた妻に、アシスタント役を 付けてやりたい。
その人件費を今度の仕事で 捻出したいというものであった。
初めての料率制料金契約に戸惑う T社に限らず、食品、特に冷蔵品を扱って いる物流会社には休日がない。
S社長もトラ ック一台の時代から、まともに休みを取った記 憶がないという。
さすがに今では元日の一日 だけは休むようにしているが、その代わり奥 方が会社に出てドライバー達の帰りを待つ。
S社長には息子が三人いる。
三人とも既に 社会人になっていて、そのうち二人は家業の T社に入社した。
まだ帝王学を教え込むよう な時期ではないが、跡継ぎもできてS社長は ひとまず安心しているようだった。
S社長は「家族揃って正月を迎えるという イベントを、そろそろウチも実現してみたい」 と恥ずかしそうに打ち明けた。
これまで苦労 を重ねてきたS社長一家の、ささやかな望み である。
これには筆者はもちろん、そこに居 合わせたT社の幹部社員たちも同調し、何と してでもM社の案件を受託しなければと気持 ちが高まった。
我々はまずM社から打診を受けた背景と具 体的な要望事項を整理した。
M社は地元のオ ーナー企業であり、S社長の昔からの知り合い だった。
営業ルートとしては最も固い線だ。
委託業務の内容も妥当で、他に提案を競う ライバルもいない。
相見積もりをとって料金を 比較したいだけの眉唾話とは違う。
そもそも M社はT社に依頼したいと思っている。
よほ ど大きなミスを起こさない限り、受注できる仕 事だと判断できた。
後の問題は三つ。
?先方の要望に対する提案 書をまとめ上げること。
?M社の要望に見合 ったコストで運営できるか検証を行うこと。
? 立ち上げ時の混乱(リスク)を最小限に抑える ことであった。
このうち?提案書に関しては、我々日本ロ ジファクトリー(NLF)が提案書のフォーム を提供し、そこにある空欄をT社の担当者に できる限り埋めてもらい、それを受けてNL Fが加筆・修正するというかたちで作成して いった。
?コストの検証に当たって、M社から二つの 要望が出ていた。
コスト面でM社は現状の支払 い物流費の三%削減を求めていた。
既存の料 金は実勢相場と比較して割高であったため、こ れについては想定の範囲内であった。
しかし、もう一つの要望、料金体系をコス トの積み上げ式ではなく、センターを通過する 商品の仕入れ金額に一定のパーセントを掛けた 料率制にしたいという要望は、T社にとって は大きな課題だった。
これまでT社は料率制で契約したことがな いのはもちろん、見積もりさえ出したことが なかった。
そこで我々NLFは、料率契約と はどういうものか、その契約でどこまでの業 務をカバーする必要があるのかを説明し、さら に他社の事例を紹介した。
基本的には、入荷後のセンター運営全般と配 送料金までが業務範囲で、センター運営費も原 77 APRIL 2010 価を料率に置き換えるだけなのだが、T社に とっては初めてのことであり、戸惑いは隠せ なかった。
まずは商品ごとの仕入額と総数、入荷ロット と荷姿、出荷単位数、商品マスター、入荷時 間、店着時間情報、ベンダー在庫の有無、月 別波動などの情報をM社から提出してもらい 原価を弾いた。
管理業務を他の業務と汎用化 することで極力コストを抑えて見積もりを作成 した。
しかし、一回目の提示はM社から「高い」と 却下されてしまった。
それに対して単純に料 率を下げれば採算割れしてしまう。
そこで新 たな付帯条件を求める代わりに料率を下げる という提案を行った。
具体的には、納品に使うカゴ台車の追加購 入分および特定エリアにおける高速道路料金 をM社の負担にすること。
そして入出荷量の 最低基準を設定することである。
この提案を M社は渋々ながらも受け入れた。
日本の食を支える縁の下の力持ち ?立ち上げ時の混乱を最小限に抑える方法 としては、二つの手を打った。
立ち上げ経験 者の投入と人海戦術である。
立ち上げ経験者としては、T社の幹部二人 のうち一人がその該 当者だった。
そこ で今回の案件でも、 その幹部をプロジェ クトリーダーに任命 し、稼働から三カ月 間は責任者として 現場に張り付かせる ことにした。
それに加えて、安 定稼働後に必要な 人員の約二倍のス タッフを投下するこ とにした。
具体的に はパート・アルバイ ト二五人という設 計に対して四七人 を投下した。
実際に 稼働させてみると、それでも人手が足りない。
他のセンターから応援を回し、一部は派遣会社 にも頼ることになってしまった。
新規立ち上げの成否の目安となる稼働一カ 月目に、筆者は再び現場を訪問した。
まだ安 定稼働と言える状態ではなかったが、当初の 混乱は鎮静化の方向にあった。
S社長も現場 を見る目は厳しかったが、どこかほっとしてい る様子だった。
T社からの帰りは奥様が空港まで車で送って くれた。
車中いろいろな話をしたが、返事は いつも言葉ではなく笑顔であり、多くを語ら ない人であった。
食品物流会社は土日はもちろんの盆暮れの 休みもなく、三六五日・二四時間、モノを動 かしている。
不況に強いという利点があるた め興味を持つ物流会社も多いが、不眠不休で 身を粉にして働く現場があって初めて成り立つ 商売だ。
食品産業がT社のような献身的な縁の下の 力持ちに支えられているという事実は、我々 のような物流関係者はもちろん、一般消費者 も忘れてはいけないことだと思う。
1.現状認識 ●弊社では、(ご提案先企業)様の抱える物流の現状と 課題を次のように認識しております。
(1) (2) (3) (4) (5) 7.実施スケジュール ●今回のご提案内容の実施スケジュールは次の通りです。
? ? ? ? 改善 順位実施項目 キックオフ ミーティング 具体的 実施方法 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10 月 11 月 12 月 1月 2月 3月 8.役割分担 ●今回ご提案内容における役割分担イメージは次の通りです ? ? ? 項目実施内容役割分担 (御社様) (ご提案先企業様) データ開示 ・調査分析に関わる協力体制 ・担当者決定による実務作業 ・所長名による指示・命令 ・明確なルールの決定と社員への 告知による理解、執行管理 ・改善に必要な情報の開示 ・取り決め項目の期日厳守 ・担当者の設定 企画提案書のテンプレート あおき・しょういち 1964年生まれ。
京都産 業大学経済学部卒業。
大手 運送業者のセールスドライ バーを経て、89 年に船井 総合研究所入社。
物流開発 チーム・トラックチームチー フを務める。
96年、独立。
日本ロジファクトリーを設 立し代表に就任。
現在に至る。
HP:http://www.nlf.co.jp/ e-mail:info@nlf.co.jp
食品物流会社社長のささやか な願いであった。
創業してからこれまで家族共々働きづめだっ た。
たまの休みも家族が交代でとるしかない。
財務経理を一手 に引き受けてきた妻に、アシスタントを付けて少しは休ませて やりたい。
そのために新規荷主を獲得する必要があった。
食品物流会社社長のささやかな望み 元暴走族の悪タレが運送業で独り立ち T社は雪国にある、年商一六億円の地場物 流会社である。
創業者でもあるS社長は一八 歳の時に同社の前身となったT商会を立ち上げ た。
立ち上げたといっても、個人でトラックを 購入し、営業免許を持たない白ナンバーの一人 親方として運送業をはじめたのであった。
元は暴走族に入り、少年院に送り込まれる ほどの悪ガキだった。
中学を卒業して仕事に困 った挙句、?ハンドル?でメシを食おうとトラ ック運転手を選んだのであった。
親族や暴走族の先輩達から資金を集め、中 古の一〇トンを購入した。
冷蔵車だった。
食品 物流は一年中仕事の途切れることがない。
し かも当時は協力運送会社に対する与信調査や コンペなどもなかった。
知り合いのツテをたど って仕事をもらい、冷蔵食品の長距離輸送で 生計を立てた。
S社長はがむしゃらに働いた。
その働きぶ りが着荷主であった食品卸のB社長の目に留 まった。
ある日、B社長から「ウチの配送を やるつもりはないか」と仕事の声がかかった。
しかし、自分は今の仕事で手一杯で、他に 社員がいるわけでもない。
新たに車両を購入す る資金もない。
普通なら「お金がない」、「時 間がない」と、できない理由を並べるところ だろう。
S社長は違った。
そこが起業家という人種 のいいところなのだろう。
B社長に対し、「ト ラック一台くらいの仕事ではとても割に合わ ない。
少なくとも二台分の仕事は欲しい」と 切り返した。
するとB社長は「アンタさえ良 ければウチの十三台分の仕事、全部やっても らってもいいよ」という。
S社長は必死に車両の購入資金をかき集め た。
その中には仕事の発注者であるB社長も 含まれていた。
結局、三台分の資金にしかな らなかったが、それでも自分のトラックを含め て四台の運送会社にステップアップしたのであ った。
その後もS社長は食品物流に特化して堅実 に仕事を続けていった。
その結果、今では県 内に三カ所、県外に二カ所の営業所を展開する までになった。
運送だけではなく、五カ所の 営業所のうち二カ所はコンビニと食品スーパー の物流センターだ。
残りの三カ所も車庫の他に 小規模な倉庫を併設している。
筆者とS社長は旧知の間柄で、これまでも 何度となく電話で経営相談を受けていた。
し かし今回は直に会って、じっくりと話がしたい 第87 回 APRIL 2010 76 という。
数週間後、筆者はS社長の待つ雪国の空港 に降り立った。
空港からタクシーで二〇分ほど 走ったところにT社はあった。
会社の敷地内に入っても休んでいる車両は 一台も見当たらず、車検か修理かは定かでは なかったが、自前の整備工場に四トン車が一台 だけ納まっていた。
この不景気でも仕事は順 調のようだ。
車庫の二階にある事務所に入ると、五〜六 人の事務スタッフが黙々と仕事をこなしていた。
すぐさまS社長が出迎えてくれた。
通された 会議室には他に二人の男性社員が座って待っ ていた。
幹部社員である。
名刺交換のあと、S社長から本題が切り出 された。
「地元のM社への営業を手伝って欲し い。
受託できればウチにとって大きな新規案件 になる。
ついてはM社への提案とその取りまと めをお願いできないか」というものであった。
先方のM社からは過去にも業務委託の打診 を受けたことがあるという。
しかし、T社側 に仕事を引き受ける準備が足りなかった。
社内 調整に手間取り、結局提案書も作れないまま 話が流れてしまった。
前回の失敗の二の舞は御 免だ。
今度こそ受注を果たしたいと、S社長 は強く願っていた。
それともう一つ、S社長が今回、我々のよ うな社外の人間の力を借りてまで、新規案件 を受託したいと考える理由があった。
創業か らこれまでT社の財務経理を一手に引き受け て仕事に追われてきた妻に、アシスタント役を 付けてやりたい。
その人件費を今度の仕事で 捻出したいというものであった。
初めての料率制料金契約に戸惑う T社に限らず、食品、特に冷蔵品を扱って いる物流会社には休日がない。
S社長もトラ ック一台の時代から、まともに休みを取った記 憶がないという。
さすがに今では元日の一日 だけは休むようにしているが、その代わり奥 方が会社に出てドライバー達の帰りを待つ。
S社長には息子が三人いる。
三人とも既に 社会人になっていて、そのうち二人は家業の T社に入社した。
まだ帝王学を教え込むよう な時期ではないが、跡継ぎもできてS社長は ひとまず安心しているようだった。
S社長は「家族揃って正月を迎えるという イベントを、そろそろウチも実現してみたい」 と恥ずかしそうに打ち明けた。
これまで苦労 を重ねてきたS社長一家の、ささやかな望み である。
これには筆者はもちろん、そこに居 合わせたT社の幹部社員たちも同調し、何と してでもM社の案件を受託しなければと気持 ちが高まった。
我々はまずM社から打診を受けた背景と具 体的な要望事項を整理した。
M社は地元のオ ーナー企業であり、S社長の昔からの知り合い だった。
営業ルートとしては最も固い線だ。
委託業務の内容も妥当で、他に提案を競う ライバルもいない。
相見積もりをとって料金を 比較したいだけの眉唾話とは違う。
そもそも M社はT社に依頼したいと思っている。
よほ ど大きなミスを起こさない限り、受注できる仕 事だと判断できた。
後の問題は三つ。
?先方の要望に対する提案 書をまとめ上げること。
?M社の要望に見合 ったコストで運営できるか検証を行うこと。
? 立ち上げ時の混乱(リスク)を最小限に抑える ことであった。
このうち?提案書に関しては、我々日本ロ ジファクトリー(NLF)が提案書のフォーム を提供し、そこにある空欄をT社の担当者に できる限り埋めてもらい、それを受けてNL Fが加筆・修正するというかたちで作成して いった。
?コストの検証に当たって、M社から二つの 要望が出ていた。
コスト面でM社は現状の支払 い物流費の三%削減を求めていた。
既存の料 金は実勢相場と比較して割高であったため、こ れについては想定の範囲内であった。
しかし、もう一つの要望、料金体系をコス トの積み上げ式ではなく、センターを通過する 商品の仕入れ金額に一定のパーセントを掛けた 料率制にしたいという要望は、T社にとって は大きな課題だった。
これまでT社は料率制で契約したことがな いのはもちろん、見積もりさえ出したことが なかった。
そこで我々NLFは、料率契約と はどういうものか、その契約でどこまでの業 務をカバーする必要があるのかを説明し、さら に他社の事例を紹介した。
基本的には、入荷後のセンター運営全般と配 送料金までが業務範囲で、センター運営費も原 77 APRIL 2010 価を料率に置き換えるだけなのだが、T社に とっては初めてのことであり、戸惑いは隠せ なかった。
まずは商品ごとの仕入額と総数、入荷ロット と荷姿、出荷単位数、商品マスター、入荷時 間、店着時間情報、ベンダー在庫の有無、月 別波動などの情報をM社から提出してもらい 原価を弾いた。
管理業務を他の業務と汎用化 することで極力コストを抑えて見積もりを作成 した。
しかし、一回目の提示はM社から「高い」と 却下されてしまった。
それに対して単純に料 率を下げれば採算割れしてしまう。
そこで新 たな付帯条件を求める代わりに料率を下げる という提案を行った。
具体的には、納品に使うカゴ台車の追加購 入分および特定エリアにおける高速道路料金 をM社の負担にすること。
そして入出荷量の 最低基準を設定することである。
この提案を M社は渋々ながらも受け入れた。
日本の食を支える縁の下の力持ち ?立ち上げ時の混乱を最小限に抑える方法 としては、二つの手を打った。
立ち上げ経験 者の投入と人海戦術である。
立ち上げ経験者としては、T社の幹部二人 のうち一人がその該 当者だった。
そこ で今回の案件でも、 その幹部をプロジェ クトリーダーに任命 し、稼働から三カ月 間は責任者として 現場に張り付かせる ことにした。
それに加えて、安 定稼働後に必要な 人員の約二倍のス タッフを投下するこ とにした。
具体的に はパート・アルバイ ト二五人という設 計に対して四七人 を投下した。
実際に 稼働させてみると、それでも人手が足りない。
他のセンターから応援を回し、一部は派遣会社 にも頼ることになってしまった。
新規立ち上げの成否の目安となる稼働一カ 月目に、筆者は再び現場を訪問した。
まだ安 定稼働と言える状態ではなかったが、当初の 混乱は鎮静化の方向にあった。
S社長も現場 を見る目は厳しかったが、どこかほっとしてい る様子だった。
T社からの帰りは奥様が空港まで車で送って くれた。
車中いろいろな話をしたが、返事は いつも言葉ではなく笑顔であり、多くを語ら ない人であった。
食品物流会社は土日はもちろんの盆暮れの 休みもなく、三六五日・二四時間、モノを動 かしている。
不況に強いという利点があるた め興味を持つ物流会社も多いが、不眠不休で 身を粉にして働く現場があって初めて成り立つ 商売だ。
食品産業がT社のような献身的な縁の下の 力持ちに支えられているという事実は、我々 のような物流関係者はもちろん、一般消費者 も忘れてはいけないことだと思う。
1.現状認識 ●弊社では、(ご提案先企業)様の抱える物流の現状と 課題を次のように認識しております。
(1) (2) (3) (4) (5) 7.実施スケジュール ●今回のご提案内容の実施スケジュールは次の通りです。
? ? ? ? 改善 順位実施項目 キックオフ ミーティング 具体的 実施方法 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10 月 11 月 12 月 1月 2月 3月 8.役割分担 ●今回ご提案内容における役割分担イメージは次の通りです ? ? ? 項目実施内容役割分担 (御社様) (ご提案先企業様) データ開示 ・調査分析に関わる協力体制 ・担当者決定による実務作業 ・所長名による指示・命令 ・明確なルールの決定と社員への 告知による理解、執行管理 ・改善に必要な情報の開示 ・取り決め項目の期日厳守 ・担当者の設定 企画提案書のテンプレート あおき・しょういち 1964年生まれ。
京都産 業大学経済学部卒業。
大手 運送業者のセールスドライ バーを経て、89 年に船井 総合研究所入社。
物流開発 チーム・トラックチームチー フを務める。
96年、独立。
日本ロジファクトリーを設 立し代表に就任。
現在に至る。
HP:http://www.nlf.co.jp/ e-mail:info@nlf.co.jp
