2010年5月号
特集

第3部 「デジタル化が宅急便を革新する」

「デジタル化が宅急便を革新する」 MAY 2010  16  業績は着実に回復に向かっている。
この2年で実施し たコスト構造改革の成果が今後はより鮮明に数字に表れ てくる。
シェアの拡大にも拍車がかかる。
さらに今年2 月に開始した「受取指定」で情報のデジタル化を本格化 させる。
それが「宅急便」という商品を次のステージへ と導くことになる。
      (聞き手・大矢昌浩) 不況はシェア拡大のチャンス ──「宅急便」の月間取扱個数が二〇〇九年八月以降 前年比でプラスに転じています。
最悪期は脱しました。
 「個数ベースではそうですが、収入ベースでは〇九 年十一月からですね。
明らかな回復に向かったのは。
当社の決算としては〇八年度が底で、〇九年度は少 し上向き、一〇年度でようやく本格的な増収増益の 流れが作れる地合になってきた」 ──ただし、単価は大幅に下がっています。
 「単価の下落は、追い込まれて下がるのと、戦略的 に下げてシェアを確保する動きとの両方がある。
当 社も単純に競争環境で下げざるをえなかった部分が あったことは否定しません。
しかし、市場が低迷し ている時というのは、シェアが大きく動く時でもあり ます。
そのために戦略的に価格を下げて、次の飛躍 の準備をしたという側面のほうが大きい」 ──今は単価を下げてもシェアを拡大する時期だと判 断したわけですか。
 「シェアについて、そこまでストレートには言いま せんでしたけどね。
だけれども今後景気が回復した 時のために、営業基盤も事業基盤も今こそ固めてお くべきだという判断はありました。
今こそ差別化の チャンスだと」 ──昨年の秋にはセールスドライバーのインセンティ ブ制度を、売り上げ重視から個数重視にシフトしま した。
これもやはりシェアを取りに行くためですか。
 「それは誤解です。
インセンティブ制度をいじった のは、制度が複雑になりすぎて、セールスドライバー から見て、自分が何をすれば報酬が増えるのか分か りにくくなってしまったことが理由です。
そのため 仕組みをシンプルにした。
その結果として、個数が 増えたらインセンティブも増えるようになるのは、い わば当然であって、だからといって採算を無視して いいわけがありません。
変えたのはインセンティブ制 度ではなく、事業のコスト構造のほうです」 ──というと?  「これまで当社は品質の維持を最重視して、フルタ イムで働く正社員による集配という基本を崩さずに きました。
実際、右肩上がりの時代には、正社員を 増やせば需要も増えたので、人材を確保することが そのまま成長の原動力になっていた。
しかし市場が 成熟期に入って伸びが鈍化し、〇八年度には前年割 れという初の事態も経験しました。
そうなると先に 人を確保して、後から需要を増やすというやり方が 難しくなってくる。
コストが固定化されて、損益分 岐点が非常に高いことがリスクになってきます」 ──固定費を変動費化する必要がありますね。
 「しかし固定費を変動費化するために外部委託や パート化を進めれば、品質まで下がってしまう。
そ れは絶対に許されません。
そこでパートの戦力を有効 に使う方法、パートを使って品質を上げる方法を考え ました。
我々の仕事は季節波動はもちろん一日の中 での波動も大きい。
セールスドライバーの仕事で言う と、朝一〇時過ぎくらいまでが配達のピークで、夕 方になると今度は集荷の山が来る。
そのために昼間 は人手が余る一方で、ピークのところで足らなくな る。
その結果、朝は配達しきれないで後ろ倒しにな り、午後は集荷のセールス力が落ちるという問題を抱 えていました」  「そこで集配は全て正社員でやるという基本方針を 改め、朝夕のピーク時限定でパートを導入することに したんです。
その結果、配達はほとんどが一〇時前 に終わるようになる。
夕方の集荷もこれまで一回し ヤマト運輸 木川眞 社長 3 Interview 17  MAY 2010 か行けなかったところに二回行けるようになる。
し かも残業が減る」 ──しかし、パートが配達するエリアの品質はやはり 落ちるのでは。
 「配達のパート、我々は『フィールドキャスト』と 呼んでいますが、彼らは委託とは違います。
ドライ バーと同じように担当エリアが固定されている。
同じ お客様に対して常に同じ人が対応し、日替わりで担 当者が変わるわけでもない。
教育や評価もきちっと やる。
お客様との関係において、ご迷惑をおかけす るようなことにはなりません」 パートを使って品質を上げる ──〇八年度にはターミナルで荷物を車両に積み込む 作業にパートを導入しましたね。
それまでセールスド ライバーが毎朝やっていた作業をパートに移管した。
 「その結果、大きなコスト削減を実現することがで きました。
それが〇八年度、〇九年度の業績の下支 えになった。
残業が減って労働環境も大きく改善さ れた。
今度はその取り組みを配送のプロセスにも拡大 するということです。
〇九年度からトライアル的に実 施して既に手応えを得ています。
今年四月から、そ れを本格展開に移します。
もちろん、あまり乱暴に 進めて混乱してはいけないので、最初はエリアを選 んで着実に進めていく。
その結果を見極めて一〇年 度の後半には大きくエリアを広げていきたい」  「そうやってコスト構造を変えることで、全体の人 件費を抑制しながら品質を維持・向上できる。
さら にこのスタイルが定着すると、景気が回復して業務量 が増え始めたときに、より大きな効果が出てくる」 ──〇七年にヤマト運輸はサービス残業問題で労働基 準監督局から是正勧告を受けています。
そこからパー トの活用も本格化しました。
 「お叱りを受けたことが労働環境の改善に本腰を入 れた一つのキッカケになったのは事実ですが、必要な ことでもありました。
反省も込めて、我々の業界で は過重労働が当たり前というところがあった。
それ をこのまま放置していれば、失業率が高止まりして いる今はよくても景気が良くなった段階では、我々 の業界で働こうという人がいなくなってしまう。
物 流業の過重労働から脱却するために、当社がその尖 兵とならなければならないという覚悟です」 ──是正勧告はリーマンショックより前でした。
 「逆説的ですが、リーマンショックも追い風になり ました。
当社は宅急便事業の開始以来ずっと成長し 続けてきました。
現在の社員たちは成功体験しか知 らない世代がほとんどで、今回のリーマンショックが いわば初めての試練でした。
そのタイミングで私は、 このままでは会社が潰れるぞと言わんばかりに、社 内の危機感を煽りました。
そうしないと社内の意識 を変えることは難しいと考えたからです」  「正社員でないと品質を維持できない、正社員を増 やさないと売り上げは伸びないという、半ば脅迫観 念に近い意識や、売り上げが伸びていくことを前提 としたものの考え方が社内に染みついていた。
その 意識を変えるには、やはりショック療法が必要でし た。
個数で前年割れするといった状況がなかったら、 誰も私の言うことを素直には受けとめてくれなかっ たでしょう」 ──コスト構造が変われば、さらに単価を下げる余地 も生まれてきますね。
 「輸送距離を短くすることで、結果的に単価を下 げるという戦略は念頭に置いています。
具体的には 生販分離というアプローチを進めています。
これ 4.0 3.0 2.0 1.0 0 -1.0 -2.0 -3.0 -4.0 (億円) (%) デリバリー事業の四半期別収入・費用トレンド  2009 年3 月期:ヤマトグローバルエキスプレス分割影響を除く  2010 年3 月期:航空運賃会計処理変更の影響を除く 100 80 60 40 20 0 -20 -40 -60 -80 -100 3.4 65 47 1.8 -67 -96 -73 0.1 3.1 -2.2 -3.8 -1.4 -64 -18 宅急便取扱個数伸率 (前年同期比:右軸) 収入増減額 (前年同期比:左軸) 08 年 4〜6月 08年 7〜9月 08年 10〜12月 09年 1〜3月 09年 4〜6月 09年 7〜9月 09年 10〜12月 まで我々は全国六九の主管支店を経営単位とした商 売しかしてきませんでした。
九州の主管支店であれ ば、九州のお客様が九州に在庫を置き、九州から出 荷することを前提に商売をしてきた」  「しかし、お客様によっては消費地に近いところに 在庫を持ったほうがいい場合もある。
通販などが典 型ですけれど、消費地に近い場所に在庫を置いてそ こから出荷すればリードタイムは短くなるし、運賃も 安くなる。
そういう提案を、これまで我々はしてこ なかった。
提案が受け入れられると、その主管支店 の売り上げが減ってしまうわけですから」  「そこで管理会計の仕組みを改めました。
お客様に はどこの主管支店であっても窓口の営業が、常に最 適なソリューションを提案する。
その結果、お客様の 在庫の置き場所がその営業のエリアから外に移ってし まっても、売り上げは元の支店にカウントする。
そし てその支店が在庫の移転先の支店に作業を委託し作 業費を下払いするというかたちにしました。
物流の 場合、現場作業が生産、営業が販売なので、これを 生販分離と社内では呼んでいます」  「その結果として、今後は大都市圏の入り口にロジ スティクス機能を備えたゲートウェイ的な大規模倉庫 が必要になってくる。
その第一号が横浜の『神奈川物 流ターミナル』です。
『オートピックシステム』(自動 ピッキングシステム)を導入し、『トゥデイ・ショッピ ング・サービス(TSS)』と呼ぶ当日配送を行って います。
大阪のターミナルも同様の衣替えをします」  「通販物流では、このTSSが当社の決め手にな る。
深夜零時までに注文されたものを午前中にお届 けできる。
日中なら最短四時間で配達できるところ まで来ています。
これはTSSのロジスティクス機能 と深夜の幹線輸送ネットワーク、そして全国四〇〇〇 カ所の拠点網の三つが揃って始めて可能になるサービ スですから、他社には真似ができない」 ──羽田空港の隣接地にも、総額一〇〇〇億円以上 を投じた施設を建設する計画です。
どう使いますか。
 「TSSを含め総合的なターミナル機能も持たせま すが、一番大きいのはやはり国際ゲートウェイとして の役割です。
羽田空港のD滑走路が二〇一一年に出 来上がると、羽田が一気に国際化する。
成田と羽田を ペアで使ってハブ空港化することになるはずです。
そ れに対応して当社は羽田の新拠点を上手く活用する」 ──シンガポールと上海で開始した宅急便事業とは、 どう絡んで来ますか。
 「宅急便の海外への移植は既に台湾で成功していま す。
同じようにシンガポールや上海にネットワークを 構築することで、それらを繋げて宅急便をアジア圏の ドア・ツー・ドア・サービスに進化させていきます。
それによって日本とアジアを結ぶ通販などの新しい商 売が可能になってくる」 ──木川社長は「宅配から個配へ」というスローガ ンを掲げていますが、その意味は?  「今は宅配便市場の流れが大きく変わる端境期にあ ると考えています。
既存の宅配便のサービスでは満足 いただけない層が飛躍的に増加している。
我々とし ては、どんなに遅くても夜一〇時には配達を完了し ないといけない。
しかし若い人たちは一〇時には家 に帰って来ない。
翌日も朝六時、七時には家を出て いってしまう。
そうなると平日は自宅に荷物をお届 けできない。
そこで今後は宅急便を自由な時に自由 な場所で受け取りたいというニーズに応えられる仕組 みに変えていきます。
そのキャッチフレーズが『宅配 から個配へ』、場所に届けるのではなく人に届けると いう概念です。
そして、その具体的なサービスが今年 MAY 2010  18 「TSS」機能を備えた神奈川物流 ターミナル。
オートピッキングシ ステムが導入されている 二月に開始した『受取指定』です。
受取時間の指定 はもちろん、受取場所を自宅だけでなく取扱店や宅 配ロッカー、あるいはお勤め先の会社への転送など自 由に指定できる」 三年で一〇〇%のデジタル化を目指す ──そこまでのサービスが本当に必要でしょうか。
 「よくサービスレベルを上げれば、それだけコスト もかかって大変だろうと言われるのだけれど、それ は両立できるんです。
受取指定を受けることで我々 は再配達の手間が省ける。
コスト負担が大きく減り ます。
情報のデジタル化によって、データ処理コスト も劇的に下がる」 ——情報のデジタル化というのは?  「受取指定は、我々がeメールでお届け予定をお客 様に通知するところから始まります。
またお客様の本 人確認をするための情報も必要です。
そのため事前に 『クロネコメンバーズ』に会員登録していただき、お客 様の情報を我々のデータベースに登録してもらう。
発 送するお客様にも事前にデータをいただく。
つまり全 ての情報がデジタル化されてデータベースに蓄積され る。
その結果、手書きの伝票がいらなくなる。
それ によって品質とコスト構造が飛躍的に改善される」 ──『クロネコメンバーズ』は伝票の自動発行機ぐら いに考えていましたが。
 「最終的な狙いはオールデジタル化にあります。
そ のために二年半前からクロネコメンバーズをスタート させて、既に会員数が五〇〇万人に届こうかという ところまで来た。
そのうえで今度は『受取指定』と いう本格的な狼煙を上げたわけです。
これから一年 以内に会員を一〇〇〇万人にするのが目標です。
そ して今後三年程度で一〇〇%のデジタル化を実現し たい」 ──三年というのは、ずいぶん近い将来ですが。
 「不可能とは思いません。
逆に五年、一〇年という スピード感では間尺に合わない。
オールデジタル化は 関係者全員にとってプラスになります。
発荷主は出 荷作業の手間が大幅に軽減できる。
荷物を受け取る 個人会員向けのコンテンツ、利便性も今後どんどん 高めていきます。
カードにICチップを埋め込んで電 子マネー機能を持たせ、それに対応するドライバーの 端末も今年度から新たに導入する」  「それによって単に宅急便の料金や代引きをクロネ コメンバーズのカードで支払うというレベルを超えた、 色んな使い道が出てくる。
例えば今、ネットスーパー がもの凄い勢いで普及し始めているけれど、ネット スーパーの問題点というのは、ネットを使えない世代 を置いてきぼりにしているところです」  「それに対して我々は今『ネコピット』というクロ ネコメンバーズの端末を営業所や取扱店だけでなく、 公民館などの公共の場所に置いてもらう活動を進め ています。
タッチパネル方式だから誰でも簡単に操作 できる。
それを使って食料品や雑貨品を注文し我々 が指定された時間に届けることで、地方の高齢者で もネットスーパーを利用できるようになる。
クロネコ メンバーズと宅急便を社会インフラとして利用するこ とで、いくらでも新しいサービスを生み出せる」  「つまり日本の宅配市場をさらに成長させるため に、一つは日本国内だけじゃなく、グローバルに出て いく。
国際物流も今や入口から出口まですべて小口 で動く時代ですから、それを取り込んでいく。
そし て国内では地域や個人に密着して生活密着型のサー ビスを開発することで新しい需要を創造する。
その 二つが当社の基本戦略です」 19  MAY 2010 木川眞(きがわ まこと)  1949年、広島県生まれ。
73年、一橋大学商学部卒業。
同年4月、富士銀行入行。
2004年4月、みずほコーポ レート銀行常務取締役。
05年4月、ヤマト運輸入社。
同 年6月、同社常務取締役。
07年3月、同社社長に就任。
グループ持ち株会社化に手腕を発揮。
舵取りの難しい局面 の中、組織改革を推進する。
PROFILE

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