ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2010年10号
メディア批評
年下を過去の人と断じる自称ジャーナリスト自分こそが老害だとは気づかない田原総一朗

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

佐高 信 経済評論家 OCTOBER 2010  70  ブラックジョークとしか思えないコメントが 九月一日付の『朝日新聞』に載っていた。
民 主党の代表選について「ジャーナリスト」と いう肩書きで田原総一朗がこんなことを言っ ているのである。
 〈八月三〇日の菅・鳩山会談の後、「トロイ カ・プラス1で了承した」と言える民主党の 神経に失望した。
菅さん、鳩山さん、小沢さ ん、輿石さんの四人とも、もう過去の人。
今、 民主党に求められているのは、世代交代だ。
党内には有能な中堅幹部がたくさんいるのに、 だらしない。
このようなことでは国民から民 主党はそっぽを向かれると思う〉  年齢がそのまま老化を意味するものではな いとはいえ、ここで挙げられている四人共、 田原よりは年下である。
それをまとめて「過 去の人」と言う田原は、自分は「現在の人」 だと勘違いしているということだろう。
すで に「そっぽを向かれ」ているのに、それに気 づかない田原の神経には、失望どころか絶望 せざるをえない。
 小泉純一郎や竹中平蔵の新自由主義なら ぬ珍自由主義の旗振り役を演じていただけで なく、森喜朗にまで取り入っていた田原こそ、 過去の人以外の何ものでもない。
 田原は臆面もなくジャーナリストを名乗って いるが、権力を批判しない田原など、そう名 乗る資格はないのであり、太鼓持ちストとで も登録した方がいいだろう。
 間もなく喜寿の田原の厚顔無恥な発言に接 して、私は老害のシンボルだった日本商工会 議所の元会頭(新日鉄名誉会長でもあった) 永野重雄を思い出した。
 七七歳の時、元毎日新聞記者の内藤国夫の インタビューを受けて、永野はこう言ってい るのである。
 「二五歳のときだったか、『中外商業』って いう新聞があったのだが、それに『政財界人 に定年制がないのはおかしい。
人の財産を預 かり、運営するのだから、能力の低下した老 人は引退せよ。
五五歳で定年を』と自分で書 いたことがあるんだ。
 二五歳のときには、五五歳なんていうのは、 まるで神代の話だったからなあ。
 ボクは渋沢( 栄一) さんにまかされて割 合早くから支配人をしていた。
それでその 新聞が出た日に鉄屋の経営者の会合があって、 六〇代の経営者たちからイヤミを言われてねえ。
しかし、いまや、それを突破すること久しだな」  「七七歳でしょう」と念を押されて、  「そうよ。
だから人間なんて勝手なものじゃ なあ」  と永野は笑ったらしい。
 田原と同じく、つけるクスリがないという 感じである。
この永野は八〇歳を過ぎてからも、 こんな「若返り論」をぶっていたというのだから、 呆れてしまう。
 「それにしても、政治の問題を含めて日本は もっと若返らなきゃ、いかん。
明治維新を考 えてごらん。
あれだけの仕事をなしとげた数 多の人材の中で、最年長といわれた岩倉具視 が三八歳だったんだよ」  自覚のなさは恐ろしい限りだが、田原も、 自分が「過去の人」だとは露ほども思ってい ないだろう。
しかし、それが「過去の人」の 証拠なのである。
 そんな永野に、私は七四歳で貧窮の生涯を 終えた高崎の俳人、村上鬼城の ●老鷹のむさぼり食える生餌かな ●冬蜂の死にどころなく歩きけり  という句を呈したことがあるが、もちろん 効き目はなかった。
 仙崖和尚に老醜を痛罵した六歌仙がある。
 聞きたがる 死にともながる 淋しがる  心はまがる 欲深になる  くどくなる 気短になる ぐちになる  出しゃばりたがる 世話やきたがる  またしても 同じ話に 孫ほめる  達者自慢に 人はいやがる 年下を過去の人と断じる自称ジャーナリスト 自分こそが老害だとは気づかない田原総一朗

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