2010年11月号
ケース

DHLサプライチェーン 医薬品物流

NOVEMBER 2010  44 薬事法の省令改正で新市場  DHLサプライチェーンはDHLグループ の日本における3PL事業部門だ。
その前身 である英国系大手3PLエクセルの日本法人 エクセル・ジャパンが、二〇〇四年六月に富 士通の物流子会社を買収して日本における事 業基盤を確保した。
その翌年にDHLの親会 社にあたるドイツポスト・ワールドネットがエ クセルを買収したことで、エクセル・ジャパ ンもDHLグループの傘下に入り、〇七年一 月にDHLサプライチェーンへ社名を変更し た。
 旧エクセルは世界最大手の3PLで、欧州 とりわけイギリス国内では圧倒的シェアを誇 っていた。
DHLグループはそのノウハウを ベースにして、米国やアジアなど全世界に3 PL事業を展開してきた。
 日本における3PL事業は、当初は富士通 を中心とするハイテク産業分野が売り上げの 大半を占めていた。
しかし、買収に伴う移行 プロセスが一段落した〇六年頃から異分野の 顧客開拓に本格的に乗り出した。
その主なタ ーゲットがヘルスケア産業だった。
 DHLにとってヘルスケア産業は、?小売 り・ファッション、?コンシューマー、?テ クノロジーに次ぐ主要分野であり、グローバ ルな3PL事業売り上げの十三%(ドイツポ ストDHLの〇八年度実績)を占めている。
 ただし日本では医薬品物流の勢力図がほ ぼ固まっていて、後発としてのスタートだっ た。
海外での実績をもってしても、既存プ レーヤーの牙城を崩すのは容易ではなかった。
医薬品物流の規制緩和がその突破口を開いた。
「治験薬」という新しいジャンルから医薬品物 流に参入するチャンスが見つかったのだ。
 治験とは、薬事法に基づいてメーカーが新 しい医薬品や医療機器の開発・承認を受ける 際に実施する臨床試験のことをいう。
メーカ ーは医療機関に依頼して治験薬を被験者に投 与し、有効性や安全性を実証するためのデー タ収集を行う。
 日本では従来、医薬品の臨床試験の実施基 準を定める「GCP省令」により、第三者が 治験薬の交付(搬送)業務を行うことが禁じ られていた。
治験の際にはメーカーから任命 された「治験モニター」が実施機関での治験 の進行状況やデータ内容を把握し、治験が計 画通り正しく実施されるようメーカーをサポ ートする。
医療機関へ治験薬を交付する物流 業務もモニターが行っていた。
 治験は承認・市販後の臨床試験を含めて第 ?相〜第?相までの四段階で実施される。
第 ?相・第?相の治験は規模が比較的小さいが、 第?相以降になると治験薬を多数の患者に投 与して詳細な情報を集める必要がある。
被験 者の数は一気に数百人または数千人の規模に 増え、交付先の医療機関も全国に広がる。
こ のように規模の大きい治験の交付業務をモ ニターが担当するのは負担が重く効率も悪い。
 治験薬の物流アウトソーシング事業を2007年に日 本で初めて開始した。
08年の省令改正による需要拡 大を追い風に、現在は15社の荷主を獲得している。
4 温度帯管理の可能な専用インフラを整備し、共同化 によるコスト抑制を提案するなど、他社に先駆けた サービス開発でいっそうの事業拡大を狙う。
医薬品物流 DHLサプライチェーン 治験薬の物流アウトソーシングで先行 医療機器・医薬品へ事業領域の拡大図る 45  NOVEMBER 2010 このため海外では交付業務を第三者へ委託す るのが一般的だ。
 日本でも〇八年二月にようやく省令が改正 され、同年四月から第三者による医療機関へ の治験薬の交付が認められた。
モニターの交 付業務を物流会社などに委託することが可能 になり、物流業者にとって医薬品の分野で新 たなビジネスチャンスが生まれた。
 DHLグループはイギリスを中心に海外で、 九七年から治験薬の物流サービスを行ってい る。
グループとグローバルな取引のある外資 系大手医薬品メーカーが日本で新薬の治験を 行うにあたり、DHLサプライチェーンに対 して物流業務委託についての打診があった。
 これを機に同社は治験薬の物流に参入した。
まだ省令が改正される前の〇七年七月に、品 川区八潮にある東京物流センター内に日本で 初の3PL業者による治験薬専用ハブを開設 し、治験薬物流のパイオニアとしてのスター トを切った。
 省令改正までは治験薬の保管・在庫管理業 務だけを同社が受託し、医療機関への交付業 務は従来通りモニターが担当した。
それでも 半年余りで三社の顧客を獲得することができ た。
 省令の改正とともに治験物流のアウトソー シングが本格的に進むと見て、〇八年六月に 江東区青海に八潮のおよそ二〇倍の規模の二 つ目のハブを開設した。
協力会社のネットワ ークを活用して交付業務もスタートした。
独自の仕組みで四温度帯管理  治験薬は医薬品と同様に厳密な温度管理を 必要とする。
ハブでは治験薬の特性に応じた 温度帯管理を行い、停電に備えて発電機も装 備している。
当初は一〜三〇度(室温)と、 二〜八度(冷蔵)の二つの温度帯を設けてい たが、その後新たに一五〜二五度とマイナス 二〇度以下の温度帯を新設した。
 国内で?室温(常温)?は一〜三〇度の温 度帯を指すが、海外の基準ではより許容範囲 の狭い一五〜二五度の間での管理を求められ る。
またワクチンなどは冷凍庫での保管が要 る。
こうしたニーズに合わせてメニューを増 やした。
 治験薬を扱う際には、医薬品のように倉庫 内にメーカーの卸売り一般販売業許可エリア を設ける必要はなく、管理薬剤師の配置など も義務付けられてはいない。
ただし治験薬の 製造および品質管理基準(GMP)に則って 施設を管理し、品質保持のため顧客ごとに交 わす標準作業手順書(SOP)に従って作業 を進めなければならない。
 業務を受託する3PLは顧客の品質管理部 門から監査を受ける。
オペレーターがGMP について教育やトレーニングを受けているこ とがその要件の一つになる。
同社では医薬品 メーカーでの品質管理や物流業務経験者を中 心とする専任のオペレーション体制をとると ともに、薬剤師の有資格者を採用して品質管 理を強化している。
 ハブでのオペレーションだけでなく、ドライ バーによる交付業務も監査の対象だ。
治験薬 は治験を実施する医療機関の担当医師へ直接 交付する決まりになっている。
指定された時 間に必ず届けなければならない。
医療施設と いう場所柄や医師の業務の都合を考慮し、施 設に入る前に念のため電話で許可を得るなど の配慮も必要だ。
 同社ではこうした特殊な業務の内容や手順 について教育マニュアルを作成し、協力会社 に提供している。
さらに協力会社がマニュア ヘルスケアビジネス : 治験薬ロジスティックスハブ 日本で初めての治験薬ロジスティックスサービス ■複数顧客の共同利用施設 ■温度管理、セキュリティ、プライバシーの 確保 ■温度管理輸送 ■ GCP に沿ったオペレーション、SOP ■新施設で事業拡大 青海ロジスティックスセンター 医薬品専用の温度管理輸送パッ ケージ治験薬冷蔵倉庫内部 NOVEMBER 2010  46 ル通りドライバーに教育を実施した記録をと り監査に備えている。
 輸送中の温度を適温に保つことも品質管理 上の重要な要素だ。
同社は交付業務を実施す るにあたり、治験薬の小口配送に対応してさ まざまな温度帯で管理できる梱包箱を導入し ている。
 イギリスなどで 運用実績のあっ たものを、夏の 暑さが厳しい日本 の気候に合わせて 改良した。
治験 薬を入れた組み立 て式のパッケージ に氷やドライアイ スを詰めて温度を 調節し、冷蔵や マイナス二〇度 以下などの設定 温度帯を保った まま輸送する。
 一五〜二五度 が適温の場合は 外気温が下がる 冬場に蓄熱剤を 入れるなど、気 候変化などに応 じて温度帯ごと にきめ細かく管理  この方法で治験を行うために、事前に被験 者を治験薬を投与する群とブラセボを投与す る群に分ける作業を行う。
それが「割付作業」 だ。
治験実施計画書をもとに密室でメーカー などの影響下にない第三者機関のスタッフに よって行われる。
 同社のハブでは、割付作業中に情報が漏れ ないよう外部と遮断された機密性の高い占有 スペースを用意し顧客に提供している。
従来、 メーカーは割付作業を行うたびにこうした作 業スペースを自社で確保しなければならなか った。
また割付作業が終了した後で、保管場 所へ輸送するための梱包・出荷作業も必要だ った。
割付作業スペースをハブの内部に設け ることで、顧客はこうした手間を省け、品質 管理やコスト面のメリットを享受できるよう になった。
 治験薬のビジネスは順調に伸び、これまで に顧客数は一五社まで増えた。
今年の夏には 青海のハブを拡張し、治験薬の施設の総面積 を一二〇〇坪に広げた。
組織も強化した。
昨 年四月、ヘルスケア事業部を新設し、従来、 消費財全般を扱うコンシューマーリテールヘ ルスケア事業部に属していた医薬品担当部門 を専任の組織として独立させ、人員も増やし た。
 ヘルスケアビジネスグループの玉置利成執 行役員は「治験薬の物流を外部委託するメリ ットがかなり周知されてきた。
最近では中堅 メーカーからの引き合いも多い。
今後もアウト できるよう工夫している。
管理パッケージに は温度センサーをつけてドライバーが輸送中の 温度変化を監視し、取得したデータを輸送後 に解析して顧客にフィードバックする。
 温度管理パッケージの活用によって、保冷 車や冷凍車など温度帯別の専用車両を使わず、 常温の一般車両にほかの貨物と混載して運ぶ ことができる。
治験薬は出荷指示が出た翌日 の午前中に届けるのが標準的なサービス。
こ のリードタイムにあわせてトラックのチャータ ー便や混載便、航空便など既存のネットワー クを使い、最適なモードで輸送している。
ハブに割付スペースを設置  青海のハブには治験薬に特有の?割付作業 用スペース?も設けている。
 新薬の有効性を明らかにするために、有効 な成分を含む開発中の治験薬と、有効成分を 含まない「ブラセボ(偽薬)」とを別々の被験 者に投与し、両者のデータを比較するという 検査方法がある。
 その際に、投与された薬が治験薬か否かを 患者や医師が事前に知っていると、先入観に よって薬の効果に対する判断が左右される恐 れもある。
そこで信頼性の高いデータをとる ため、投与された薬が治験薬なのかブラセボ なのかを被験者にも医師にも、さらには治験 依頼者であるメーカーにも知らせずに治験を 実施する「二重盲検」などの試験方法がよく 採用される。
DHL治験薬倉庫集荷店配達店 配達 回収 医療機関 チャーター輸送 チャータ−トラック運賃(距離制) + 付帯作業料(事前電話連絡、開梱作業) 混載幹線輸送 集荷、混載輸送費(地域別、重量別) 混載輸送とチャーター輸送を組み合わせてDHLが一元管理 47  NOVEMBER 2010 DHLサプライチェーンはグループのグローバ ルネットワークを差別化手段の一つに位置付 けている。
 近年では新薬開発のスピードを速めるため、 欧米のメガファーマを中心に世界各地で同時 に治験を行う「国際共同治験(グローバルス タディ)」が広がりつつある。
DHLグループ はこれに対応して今年の春、症例の増えてい るアジア地区などに治験薬の拠点を新設した。
これにより拠点数は一気に八カ所から一六カ 所へ増え、サービスエリアは六四カ国に拡大 した。
DHLサプライチェーンは、DHLが グローバル治験の物流業務を一括で受託する 際に、日本でその一端を担うという事業展開 に今後も力を入れていく。
 さらに日系メーカーによる海外での治験も これから本格化することが予想される。
前田 清宏ビジネスディベロップメントマネージャー は「我々が新たに力を注ぐべき分野になる」 と話す。
日本発の治験では海外の施設を経由 せずに医療機関へ治験薬を直接搬送する需要 もある。
「そうした需要に応えるために、国 際間でもきちんと温度を管理して品質を保ち ながら低コストで輸送できるソリューションの 開発がこれからの課題になる」と見ている。
 ヘルスケア事業部門の日本での売り上げ構 成比はまだ二〜三%で、グローバルでの比率 と比べて開きがある。
玉置執行役員は「利益 率の高い分野でもあり今後、大幅な売り上げ の拡大を図っていきたい」とする。
二〇一三 年度に〇九年度の四倍規模の売り上げ目標を 掲げている。
 そのためにヘルスケア事業部では、治験薬 で培った品質管理のノウハウを活かして新た に医療用医薬品および医療機器の分野へ参入 を図り、治験薬と合わせた三本柱で事業を展 開する方針だ。
 医療機器についてはすでに昨年から東京物 流センターで業務を受託している。
医療用医 薬品も顧客が同センター内に卸売り一般販売 業の許可を取得済みで、一〇月から出荷を開 始する。
さらに十一月までに包装・表示・保 管製造業の許可申請を行う予定で、輸入品な どの業務の新規受託をめざしている。
 治験薬を足がかりに「細々とではあるが分 野を広げている。
医薬品・医療機器の分野で は先発組に真っ向から挑んでも敵わない。
土 俵を変えるしかない。
海外の(グループの) 知恵も借りながら我々にできることから始め て、早く糸口をつかみたい」と前田マネージ ャーは静かに闘志を燃やしている。
(フリージャーナリスト・内田三知代) ソーシングの傾向はさらに強まるだろう」と 期待する。
 同社は新たな需要の掘り起こしを狙い、青 海のハブの拡張に伴って共有スペースを設けた。
従来は顧客ごとに専用の部屋を提供していた が、顧客のニーズに応じて同じ部屋の中で顧 客別に棚を使い分ける形を取れるようにした。
顧客は治験の規模に応じてその都度、必要な 分だけスペースを確保することができる。
 共有スペースでは、他のメーカーの治験薬 と混同が起こらないように、ルールと手順を 決めて作業を行う。
また薬剤を格納するコン テナにメーカー名や薬剤名などを一切表示せ ず、外観からは治験の中身が分からないよう にしている。
ピッキング作業は薬剤のシリア ルナンバーと紐付けたロケーション番号で行う。
同社では割付作業スペースについても共有化 のニーズがあれば応じていく考えだ。
医薬品・医療機器にも参入  治験薬物流への参入を図る3PLは同社 だけではない。
早くも競争が激化するなかで、 ヘルスケアビジネスグループの 玉置利成執行役員 前田清宏ビジネスディベロッ プメントマネージャー

月刊ロジスティクス・ビジネス

購読のお申し込みはこちらから