2011年4月号
ケース

セイコーエプソン SCM

APRIL 2011  68 現場担当者が集結し声を上げる  『日経市場占有率』によると二〇〇九年度 のエプソンのインクジェットプリンターの国内 シェアは四一・六%。
キヤノンの四四・九% に次ぐ二位で、この二社で市場をほぼ独占し ている。
〇五年度、〇六年度、〇八年度に はエプソンが首位に立っており、キヤノンと の熾烈なトップ争いが続いている。
 世界市場でもエプソンは約一九・一%のシ ェアを握り、米HP、キヤノンに次ぐ第三位 に位置している。
そのサプライチェーンは当 然クローバルに広がっている。
製造拠点は日 本・アジア・中国・北米・ヨーロッパに点在 し、それぞれの拠点で特定の機種や消耗品を 生産している。
これを市場に供給するために 世界中に九つの統轄販売会社を抱え、その傘 下に複数の販売会社を配置している。
 エプソンのプリンター事業は家庭向けカラ ープリンターの普及によって一九九〇年代か ら二〇〇〇年代前半にかけて急成長を遂げた。
以前は法人向け製品が主力だった。
売れ筋製 品の特性が変わったことで、SCMのオペレ ーションに求められる要素も一変した。
 家庭向けプリンターはライフサイクルが短 い。
毎年のように新製品が出され、近年は複 合機へのシフトで製品構成の複雑化も進んで いる。
国内の市場規模が頭打ちになっている 一方で、海外では地域によって成長速度に著 しい差があるなどグローバル化に伴う煩雑さ も増大している。
 しかも、主に量販店などで販売される家庭 向け製品の需給は、法人向け製品とは大きく 異なる。
エプソンが自ら販促キャンペーンを仕 掛けることもあれば、競合の価格戦略で一気 に需給の状態が変わることも珍しくない。
機 敏な判断と対応が必要だ。
 ところが従来のオペレーションは、全面的 に人手に頼ったものだった。
各拠点の担当者 が表計算ソフトを使ってそれぞれ月次の需給 計画を立てる。
グローバルで在庫水準を適正 化するための統合管理や、週次管理の必要性 を関係者の多くが感じていたが、業務量の拡 大に追われて抜本的な対策を講じることがで きずにいた。
 「当時はいろいろなオペレーションに歪みが 生じていた。
需給の担当者にとっては、販売 から欲しいと言われたものが本当に必要なの かもわからずに、七転八倒しながら日々の仕 事をしていた。
本社からは在庫を中期的に削 減する目標が出ていたが、とうてい達成でき る状況にはなかった」と当時、生産管理部門  家庭向けプリンター事業の需給調整に課題を抱えて いた。
人手に依存したオペレーションに危機感を抱い た現場の担当者が立ち上がり、業務改革に着手。
新 たなSCMシステムを構築し、世界中に分散していた 計画機能を一元化した。
その結果、消耗品の在庫を 70億円以上削減した。
さらに現在はプリンター本体 の在庫削減を進めている。
SCM セイコーエプソン プリンター事業に世界規模でSCMを導入 需給計画を一元化し在庫を2割以上削減 情報画像事業本部の井口信夫 情報画像生産管理部長 69  APRIL 2011 の課長で、現在は情報画像事業本部情報画 像生産管理部部長を務めている井口信夫氏は 述懐する。
 そうした状況のなかで、ついに現場が声を 上げた。
〇五年末、危機感を共有する関係者 が塩尻(長野県)の某ホテルに集まった。
井 口氏を中心とするミドルクラスの社員有志お よそ三〇人が、SCM導入のための合宿を実 施したのである。
この会合が、エプソンのサ プライチェーン改革の発端となった。
 その後、有志による活動でまとめられた提 案を経営層に上申し、〇六年五月から正式に SCMプロジェクトを発足させた。
このタイ ミングで会社が動いた背景には、〇六年三月 期の業績の悪化や、採算管理を強化したい経 営上の課題などが複雑に絡み合っていた。
SCMセンターに需給機能を統合  SCMプロジェクトのリーダーには井口氏 が起用され、プロジェクトオーナーには情報 関連機器事業の責任者が就いた。
インクや用 紙などの消耗品とプリンター本体のプロジェク トをそれぞれに立ち上げた。
 各プロジェクトに生産・販売・需給調整・ 情報システムのメンバーが所属し、システム 化によって業務改革を求められることになる 海外現法からも各社最低一人が名を連ねた。
プロジェクトへの参加者は、専任メンバーの 約三〇人に加えて、他の業務との兼務者を含 めると優に一〇〇人を超えた。
 〇六年五月にまずは消耗品のプロジェクト に着手した。
構想を精査する段階からパート ナーとしてNECも参画した。
情報システム の企画立案や、プロジェクト全体の進捗管理 などでNECのサポートを受けながら約半年 かけて企画構想をまとめた。
 従来は各製造工場や販売拠点の担当者が処 理していた需給計画の策定作業を、国内に新 設した「SCMセンター」に集約。
計画のメ ッシュを月次から週次に短縮し、全社共通の 「PSI(生産・セールス・在庫)」計画を策 定して、グループ全体の活動を統合する。
 そのために計画系のシステムを刷新して、 世界中の販売会社から集めた数値に基づいて 需給計画を一元管理できる体制に移行する。
同時にサプライチェーンを?見える化?して、 すべての関係者が同じ方針の下で活動できる 体制を整える、というものだ。
 この企画構想の大枠がほぼ固まった〇六年 秋に、今度はプリンター本体のプロジェクト を発足させた。
以降は二つのプロジェクトを 並列で進めようという目論見だった。
しかし、 〇七年になるとこの推進体制の見直しを余儀 なくされる。
本体のプロジェクトをいったん 停止して、消耗品に経営資源を集中するとい う決断を下したのである。
 「企画構想までは数人のメンバーが中心に なればできた。
だが本当に大変なのはそこか らだった。
新しいやり方を実務に落とし込み、 要件を定義し、業務フローを書き、マニュア ルをつくる。
そのうえで内容を各地の製造現 法や販売現法と調整していく必要があった」 と井口部長は説明する。
 消耗品のオペレーションは製品本体以上に 厄介だ。
プリンター本体の販売が終了した後 も商品を供給し続ける必要があるため品目数 はほぼ右肩上がりで増えていく。
その数は〇 八年の段階で約六〇〇〇品目に上っていた。
 管理の方法もプリンター本体とは異なる。
各地の販社の物流拠点ではなく、世界五カ所 (日本・中国・シンガポール・米国・英国) に設置したロジスティクス・センター(LC) で管理する。
 工場で生産するインクは色別に真空パック しただけの状態で、これを六色セットなどに 箱詰めする作業は各地のLCで行う。
工場で 世界連結在庫を2 年で20%余り削減した 100% 90% 80% 70% 60% 50% ※07 年度のインクジェットプリンターの在庫金額(本体+消耗品)を 100%とした推移 07 年度08 年度09 年度 APRIL 2011  70 最終製品にすると、SKUの違いから在庫が 膨らんでしまうためだ。
本体と比べてサプラ イチェーンが複雑になっているぶん需給調整 の手間も多い。
その改革を先行させた。
 具体的なSCMシステムの開発では、複数 のソフトを比較したうえで、計画エンジンと して米i2テクノロジーズ社のSCP(サプラ イチェーン計画)ソフトを採用した。
 ただし、多くのカスタマイズが必要だった。
エプソンの需給管理は各拠点で何日分の在庫 をもつといった考え方がベースになっている。
同社はこれを「DOS(Days of Supply)管 理」と呼んでおり、販社が何日分の在庫を持 ち、これを何日分減らして適正化するといっ た具合に管理している。
SCPソフトの元々 の機能ではこれができなかった。
 また「安全在庫」の考え方についても新た に作り込む必要があった。
エプソンの考え方 では、在庫水準に「ボトム」、「オプティマル」、 「マックス」というレンジを三段階つくり、「ボ トム」と「マックス」の間におさめようとし て需給調整をしている。
こうした管理もSC Pソフトの元々の機能だけでは実現できなか った。
 またソフトが弾き出す数値をそのまま実際 の業務に使うわけではない。
全体の状況を見 渡しながら、「SCMセンター」の需給担当者 が最終判断を下す。
この最後に人が判断する 機能も後付けで作り込む必要があった。
 計画ソフトに不可欠なデータの取得につい 活動の重点は、再びプリンター本体のプロジ ェクトへと移っていった。
そして、こちらも 〇九年九月にシステムを稼働させた。
販売部門のモチベーションに配慮  もっとも、SCMシステムの導入プロジェ クトで最も大きな課題となるのは、システム 構築そのものよりも、むしろ新たなオペレー ションの考え方や運用手順を現場に浸透させ ることにある。
 プロジェクトチームは当初、SCMセンタ ーに需給計画の権限を集約し、販売サイドは 売ることだけ考えればいいという欧米流の体 制づくりを進めようとした。
だがこれでは販 売サイドのモチベーションが下がってしまい、 上手くいかないことが徐々にわかってきた。
 そこで最初に計画全体の骨子として四半期 ごとの数値を関係者と調整しながら作り、こ れを月単位に落とし込む。
その作業過程で数 値のブレなどを注意深く見守りながら、さら に週次計画へと落とし込むという手順をとる ことにした。
 「やはり関係者が一緒になって管理する必 要があった。
供給計画は全体最適を考えなが ら日本でつくるようにするが、これをエプソ ンのPSIとして一緒に使ってもらうように 途中で協力を依頼するトーンを変えた。
そう したことで、かなり受け入れられるようにな った」と井口部長。
 販社の理解を得るために足繁く現地に通い、 ては、〇三年から全社的に導入を進めていた 独SAPのERPに助けられた。
会計だけで なく在庫管理や販売管理のモジュールまで採 用済みだったことから、全社で標準化された データを取得することが可能だった。
 プロジェクトの活動を通じて積み上げたノ ウハウを仕組みづくりに反映させ、標準化と カスタマイズのバランスに腐心しながらシステ ム開発を進めていった。
 そうした活動の結果として、〇八年五月に 消耗品のSCMシステムが部分稼働し、その 半年後に全面稼働にこぎつけることができた。
 消耗品のSCM導入にメドが立った段階で、 世界各地の販社や製造現法の計画機能を一元化した ■世界中の販売・生産・在庫実績および計画の見える化 ■製造・販売・在庫計画一元化 ■計画週枠・週次化への業務プロセス改革 実現施策 導入前 顧客 チャネル 傘下 サプライヤ 販社 地域 販社 製造 事業部 現法 顧客 チャネル 最適グローバル販売・生産・ サプライヤ 在庫計画 タイムリーに変化が見えない結果、在庫は常に安全側=過剰化 導入後計画・実績の「異常値」がタイムリーに把握可能になり、対応 への柔軟性・応答性が向上 71  APRIL 2011  すでに大きな成果を手にしている。
消耗品 と本体を合わせたプリンター関連のグローバル 在庫は〇七年度より二割以上減った。
しかも 需給調整の精度に起因する欠品などは発生し てない。
 見込み違いもあった。
プロジェクト中には、 販売現法などに対し、現場でプランニングに 携わっていた人員を減らせるとアピールしてき た。
だがPO(パーチェス・オーダー)の発 行が週次になったことで逆に工数が増え、人 員削減には直結しなかった。
それでも全体と しては想定していた以上の成果が出ていると いう。
 こうした成果は、有価証券報告書に記載さ れた数値からは読みとれない。
エプソンの連 結ベースの棚卸資産回転率は近年むしろ悪化 している。
在庫(有価証券報告書の棚卸資産 合計)の絶対額は減っているが、それ以上に 売り上げが落ち込んでいるためだ。
 同社の業績は〇五年度をピークに下落傾向 にある。
〇六年三月期に一兆五四九五億円 (前期比四・七%増)に達した連結売上高が、 それから四期連続で減少。
一〇年三月期には 九八五四億円(同十二・二%減)と一兆円を 割り込んだ。
今期も微減を予想している。
 総売上高と同様に、エプソンの情報関連機 器事業も四期連続で減収となっている。
この うち約八割を占めるプリンター関連事業につ いても、売上高は減りつづけている。
 販売が回復傾向にある最近は意図的に在庫 を積み増していることも、SCMの導入によ る効果を見えにくくしている。
落ち込みが著 しい電子デバイスなどの他事業で在庫が積み 上がってしまっている面もある。
改革の対象を全分野に拡大  それでも一連の改革は、エプソンのオペレ ーションを確実に底上げした。
SCMの導入 を牽引してきた井口部長は、「計画機能をす べて日本に持ってきたことで、能力ぎりぎり のなかで生産した製品を適切に配分できるよ うになった。
今後は情報関連機器セグメント 全体を、同じ標準、同じ品質のオペレーショ ンで運用できるようにしていきたい」という。
 一連のSCMプロジェクトを通じて、エプ ソンの需給業務は様変わりした。
 「SCMセンター」は今のところ正式な組織 ではなく、機能ベースの横断的なグループの ままだ。
しかし、プロジェクトの専任メンバ ーが独立するかたちで、新たに需給調整の専 門部署が発足。
その後の機構改革でこのセク ションは井口部長の率いる情報画像生産管理 部となって、SCMの高度化で中心的な役割 を果たしている。
 今後は同様の活動の横展開が求められてい る。
当面は法人向けプリンターがその対象に なるが、近い将来はプロジェクターやスキャ ナーなど情報関連機器ビジネス全般に対象を 拡大していく方針だ。
(フリージャーナリスト・岡山宏之) 実務の担当者だけでなく、経営層とも頻繁に コミュニケーションをとった。
そうした地道な 活動によって、新しい週次計画の仕組みを世 界中に浸透させることができた。
長期トレンド 顧客実販 短期トレンド サプライチェーン改革(消耗品)の概要 ワンヘッドで一元化された計画立案 センター機能 調達制約 実績情報 生産能力 実績情報 製造計画 仕入計画 実績情報 仕入計画 供給NW 在庫目標 需要情報作成 次ステップ 営業統括機能 製造現法 物流拠点 販売現法 モニタリング アラーム (変更要求) アラーム (変更要求) アラーム (変更要求) アラーム (変更要求) サプライチェーン業績および 全体最適を目指した オペレーションのモニタリング機能 適正在庫配置計画 製造 指図PO PO 受付 オーダー 顧客 販売 情報 製造 在庫(半製品) 在庫(半製品) 在庫(製品) 在庫(製品) PULL 型補充 注文登録 週次サイクルによる 変化への対応力強化 モニタリングモニタリング 制約設定 モニタリング グローバル需給計画立案

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