ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2011年4号
判断学
第107回 異常な新日鉄─住金の合併報道

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 APRIL 2011  92         「天声人語」まで賛美  二月三日、国内鉄鋼最大手の新日本製鉄と三位の住友金 属工業は二〇一二年一〇月をめどに合併する検討を始めたと 発表した。
 そこで翌日の新聞各紙は一面トップでこれを大きく報道し た。
これは「海外展開を加速させて、新興国などでの旺盛な 鉄鋼需要に対応し、鉄鋼業界の競争激化を乗り切るのが狙い。
両社によると二〇一〇年の粗鋼生産量の規模では、あわせて 世界二位クラスに浮上するという。
実現すれば、国内の鉄鋼 業界では二〇〇二年に川崎製鉄とNKKが結合してJFEホ ールディングスが誕生して以来の大型統合となる」と朝日新 聞は報道している。
 さらに同日の朝日新聞は鉄鋼需要の大手である自動車業界 がこの合併を歓迎していると書いている。
両社の合併によっ て自動車業界は圧力を受けるはずなのに、逆にこれを歓迎し ているというのである。
 そして二月五日付けの朝日新聞の「天声人語」はこの合併 を取り上げて次のように書いている。
 「産業のワールドカップを戦える日本企業は業界ごとに一社 か二社、不出場の分野も増えよう。
それゆえ世界で勝ち進め る『鉄の結束』は大切だが、日本での雇用や納税に資すれば こその応援だ。
企業に国籍があるなら、どの階の住人だろう が、その限りで意味がある」と。
 こうしてわざわざ「天声人語」欄まで動員して、新日鉄─ ─住友金属の合併を応援しているが、これは朝日新聞だけに 限らず、他の新聞、そしてさらに週刊誌までがこの合併を取 り上げて、国益にかなうと書き立てている。
 おそらく新日鉄や住金から手回しがあったのだろうが、大 型合併にこれほどマスコミが力を貸している姿は異常という 以外にはない。
それほどこの合併は素晴らしいことなのか、 と疑いたくなるのはひがみか‥‥。
      新日鉄合併に対する反対運動  一九六八年四月一七日の毎日新聞と日刊工業新聞が「八 幡製鉄と富士製鉄が合併の話し合いを進めている」と報道し て、大事件になった。
 それに先立って王子製紙、十條製紙、本州製紙の旧王子三 社が合併するため公正取引委員会に対して事前相談を申し出 ていたが、これに対しては世論の反発が予想されていた。
 富士製鉄の永野重雄社長は、そこでこれを出し抜いて八幡 製鉄との合併交渉をしていることを新聞記者に書かせ、もし 世論の反対が強ければ合併を取り止めにしようと考えていた のだといわれる。
 八幡製鉄と富士製鉄は旧日本製鉄が戦後、分割されて生ま れた会社で、鉄鋼業界の一位と二位であり、両社が合併すれ ば寡占体制が強化され、独占禁止法に触れるおそれがある。
 それだけに旧王子三社と並んで旧日鉄二社の合併には世論 の反対が強かった。
 そして近代経済学者九〇人が八幡製鉄と富士製鉄の合併は 日本の寡占体制を強化するもので、独占禁止法に反するとし て反対声明を発表した。
これにはのちに通産省の研究所長に なった小宮隆太郎東大教授なども署名していたのだが、この 近代経済学者の反対声明は当時大きな関心を呼んだものであ る。
 結局、王子、十条、本州の旧王子三社は合併を断念し、そ して公正取引委員会は八幡、富士両製鉄の合併には条件付き で認可するということになった。
 それから四〇年たって、今度は新日本製鉄がライバルの住 友金属工業を合併する、というのであるが、これに対してマ スコミはこぞって賛成し、それを歓迎するような記事を書き 立てている。
そして当時、八幡─富士製鉄の合併に反対した 近代経済学者たちは、沈黙したままである。
四〇年の間にこ のように事態は変化したのである。
 新日鉄と住友金属工業の合併計画が発表された。
マスコミはこの合併 をこぞって礼賛し、民主党政権も後押しをする構えだ。
しかし“大企業 病” や“規模の不経済” という負の側面に着目する必要がある。
第107回 異常な新日鉄─住金の合併報道 93  APRIL 2011       ?大企業病?にとりつかれる  小泉内閣に限らず日本の自民党政権はアメリカから新自由 主義の思想を輸入して、国有企業の民営化(私有化)、そし て規制緩和によって大企業の力を強化するとともに、市場原 理主義に立って大企業間の自由競争を推進するという政策を とってきた。
 ところが、事もあろうに民主党政権になって、今度は逆に 大企業間の競争を排除して、寡占体制を強化するという方向 へ変わってきた。
これが先の海江田経済産業相の発言に現れ ているのだが、マスコミもこれに同調、いや先導して新日鉄 ──住友金属の合併賛成論を展開しているのである。
 独占禁止法は競争推進を旗印にしているが、それとは別に 大企業体制そのものに問題が生じているのである。
それはい わゆる?大企業病?であり、大企業が大きくなりすぎたこと によって、「規模の経済」が、逆に「規模の不経済」になっ ているという問題がある。
 日本では一九七〇年代の石油危機を乗り切ったあと、この ような事態が進んでいるのだが、それは筆者の言う?法人資 本主義?そして?会社本位主義?の崩壊という形で現れてい る。
 大企業が大きくなりすぎたために、その内部から構造が崩 れだしている。
それがさまざまなスキャンダルを生み、そし て会社内部での分裂状態をもたらしているのである。
 今回の新日鉄と住友金属工業の合併はそのような?大企業 病?をもたらすものであり、そのことこそが問題にされなけ ればならない。
 私はある新聞のコラム欄でこのことを主張したのであるが、 なにしろそれは少数意見で、マスコミの大勢は全くそのよう なことに無自覚である。
しかし、いずれ?大企業病?が問題 になっていくに違いない。
今回の新日鉄─住友金属の合併は それを予告しているのではないか‥‥。
         公取委に圧力  このような大型合併には公正取引委員会の審査が必要であ るが、海江田万里経済産業相は、新日鉄と住友金属工業の 合併について「国の大きな方向性に沿った形で判断してもら いたい」と、公取委に対してこれを承認するよう圧力をかけ ている。
 「鉄鋼産業はグローバル競争が激しい分野。
国際競争力の維 持には企業の統合もひとつの方法だ」と海江田経済産業相は 言うのだが、競争が激しいと言っても、鉄鋼業界は大手によ る寡占体制が確立していることは誰もが認めざるをえない。
 かつて鉄鋼業界一位の八幡製鉄と二位の富士製鉄の合併が 独占禁止法に反するとして、近代経済学者たちは猛反対をし た。
今度はその一位の新日本製鉄と三位の住友金属工業が合 併するというのだから、それは独占禁止法に抵触することは 誰もが認めざるをえない。
 それだけに公正取引委員会がこの合併に対してどのような 判断を下すのかが注目されるが、海江田経済産業相のような 動きをみると、公正取引委員会もこれを認めることになるの ではないか、と思われる。
 そして新聞や週刊誌が両社の合併に賛成するような記事を 書き立てることによって世論を誘導しているので、ますます 合併推進へと進んでいくであろう。
 しかし、大企業の合併を推進することは独占禁止法に反す るものであるだけでなく、戦後日本の大企業体制そのものの あり方にもかかわることである。
 戦後日本経済の高度成長は大企業間の?過当競争?によ ってもたらされたといわれてきたが、それがいまや競争排除 によって寡占体制を強化しようとしているのである。
 そのことの持つ意味を考えないで合併賛成論をぶつマスコ ミや大臣はいったい何を考えているのだろうか、と疑いたく なる。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『経済学は死んだのか』 (平凡社新書)。

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