2011年4月号
現場改善

第99回 親会社の業績不振に振り回される

95  APRIL 2011 商物分離に悪戦苦闘  A社は年商八〇億円。
北関東に工場を置き、 全国七都市に営業所を展開する印刷会社だ。
高 級ホテルやレジャー施設などを主な顧客として 印刷物の製造を請け負っている。
 同社の物流改善については以前に本連載(二 〇〇六年一月号)で紹介したことがある。
テー マは商物分離で、「フィールドサービス」と呼ぶ 納品専用スタッフを組織して、営業マンを物流 業務から解放するという取り組みだった。
 それまでの体制では営業マンが納品に時間を 取られてしまい、長時間の残業が慢性化してい た。
また営業マンは運転のプロではないことか ら、車両事故や交通違反の件数が多いことも悩 みの種だった。
 プロジェクトのサポート役を依頼された我々日 本ロジファクトリー(NLF)は、A社の営業 マンのルートバンに同乗して納品業務の検証を 行った。
その結果、商物分離は可能という結論 を下した。
 ただし、その対象は取引額・納品量の多いA ランクの顧客と少ないCランクの顧客に限定し た。
Bランク顧客に対しては、営業マンが納品 を兼ねてセールス活動を行うという従来のスタ イルが有効であると判断し、客離れを回避する ために商物分離を見送ったのだ。
 Aランク、Cランクへの納品にもアレンジが 必要だった。
トラックを使用することはできな かった。
トラックで納品するほど物量が多くな いことに加え、高級ホテルなどに納品する場合、 トラックは景観の点から敬遠されてしまう。
 またドライバーはスーツ・ネクタイを着用し、 「フィールドサービス」という肩書きでA社の名 刺を持って納品する必要があった。
ドライバー にクライアント名のプリントされたジャンパーな どを着用させるケースは珍しくないが、スーツ を着させるとなると、対応できる物流会社を探 すのは一苦労であった。
 それでも、新しい事に積極的にチャレンジす る姿勢を持つ物流会社のT社が「A社の指導を 受けながら対応していきたい」と名乗りを上げ てくれた。
これを受けて、改革の第一弾として S営業所でプロジェクトがスタートした。
 当時のS営業所は売上規模こそ大きいもの の、売り上げや利益率は低迷し、営業マンの定 着率も悪かった。
他の営業所と違って、S営業 所は営業マンが納品業務だけでなく、印刷原稿 事例で学ぶ 現場改善 日本ロジファクトリー 青木正一 代表  改革は成功した。
商物分離を導入し、苦労の末に安定稼働 に乗せたことで営業力は大幅に向上し、業績は順調に拡大して いった。
ところが、そこに思わぬ横やりが入った。
株主の交代 だ。
新たな親会社となった物流会社が無謀なコストダウンを強 要。
現場は大混乱に陥った。
親会社の業績不振に振り回される 第99 回 APRIL 2011  96 の工場とのやり取りや、校正業務まで行う必要 があった。
 物流面でもS営業所は工場からの製品入荷時 間が遅く、営業マンの営業所出発が早くても午 前一〇時、遅ければ十二時になってしまうとい う課題を抱えていた。
 このうち営業マンの定着率の悪さは、商物 分離プロジェクトにおいても大きな足枷となっ た。
T社がS営業所向けのフィールドサービス に投入した五人のスタッフは短期間で仕事を覚 え、着実に熟練度も上がっていった。
 しかし、彼等のサポート相手となる肝心の営 業マンが定着しない。
そのため得意先は本来な ら営業マンが対応する注文や製品に対する質問 を、フィールドサービスに対して投げかけるよ うになっていた。
 営業マンとしての教育を受けていないフィー ルドサービスは当然、スムースには対応できない。
一度営業所に持ち帰ってから、改めて注文の確 認や質問の回答を電話で連絡するしかなかった。
 それでも商物分離によって営業マンの残業時 間が減少したことから、定着率は少しずつ改善 していった。
すると今度はT社のフィールドサ ービスがA社の新人営業マンに顧客や商品につ いて指導するという逆転現象まで発生したので あった。
 工場からの製品入荷時間の遅れに関しては、 プロジェクト開始以降、一段と悪化する傾向が 見られた。
A社では商物分離プロジェクトと並 行して、工場でも出荷ミスの低減を目的とした 業務改善を行っていた。
その結果、工場の出荷 作業が混乱し、入荷が早まるどころか、余計に 遅れるようになっていたのである。
 そこで我々は路線会社の配達を待つのではな く、工場出荷を路線会社の?営業所止め?にし て、フィールドサービスが荷物を引き取りに行 くことにした。
その結果、朝礼後の朝八時四〇 分には営業マン、フィールドサービス共、営業 所を出発できる体制が整った。
 印刷原稿の工場とのやり取りや校正業務につ いても、A社のサポートスタッフから約一カ月 間の指導を受けることで、二カ月目からはフィ ールドサービス側で対応できるようになった。
営業力強化に成功  一カ月以内の安定稼働という当初の目標はク リアできなかったものの、こうして二カ月半程 度でA社の商物分離は軌道に乗ったかに見えた。
ところが、一安心したのも束の間、今度はT 社のフィールドスタッフがパラパラと離脱し始め た。
営業スタッフの仕事までフィールドスタッフ が抱えてしまったことが原因だった。
 フィールドスタッフの人員安定化には結局、約 六カ月を要した。
その間、T社の社長は頻繁に A社に呼び出され、A社の営業部長から文句を 言われてばかりの毎日であった。
 それでもフィールドサービスのオペレーション が安定度を増していくほどに、呼び出しの回数 は少なくなっていき、業務開始から一年を過ぎ た頃には、商物分離の効果がS営業所の業績に ハッキリと現れるようになっていた。
 営業マンが物流作業や雑務から解放されて営 業活動に集中できるようになったことで、S営 業所は売り上げの伸び率、利益率とも全国七営 業所のなかでも常にトップクラスに入るように なった。
 先のリーマンショックでも売り上げを落とすこ となく、?そんなことは他所の世界の話?と逆 風下にも猛攻をかけて業績を伸ばした。
S営業 所の歴代の所長は人事異動のたびに昇進し、全 社の模範営業所となったのであった。
 ところが、現場スタッフにはほとんど知られ ることもなく、この間にA社の経営には大きな 変化が起こっていた。
株主の変更である。
 プロジェクトに着手した当初、A社は独立系 ファンドの傘下にあった。
そのファンドは業績が 伸び悩んでいたA社を買収し、商物分離をはじ めとする改革を実施して企業価値を高めたうえ で、他社に売却しようという考えだった。
 A社の売却では様々な企業との交渉があった と聞いているが、最終的には大手物流会社のM 社に譲渡することになった。
ファンドから物流 会社に親会社が変わったわけである。
 買収後の約一年間は、M社から大きな口出し はなく、経営陣が送り込まれることもなかった。
それがA社の順調な業績によるものなのか、そ れとも他に理由があったのかは分からない。
し かし、A社に経営の自主性が与えられているこ とを筆者は肯定的にとらえていた。
親会社の業績低迷で暗雲  我々NLFはS営業所の商物分離成功を見 て、A社のコンサルティングを終了した。
97  APRIL 2011  それからしばらく経った後、S営業所の改善 時に一緒に汗をかいた専務から年賀状が届いた。
肩書きを見ると?専務?も?取締役?も外れて いる。
降格である。
先のプロジェクトを成功に 導いた立役者であり、今後のA社を背負ってい く人物だと信じていただけに意外であった。
 後になってわかったことだが、A社の新た な親会社となったM社の判断によるものだった。
?元専務?はM社の打ち出した方針に反対した ことでボードメンバーから外されたのであった。
この降格人事をM社の判断ミスと考えるものが A社の現場には少なくなかったようである。
 親会社のM社はA社の買収から間もなくリーマ ンショックに襲われた。
業績は急落し、他の大手 物流会社が回復基調に戻ってからも、M社には 一向に回復の兆しが見られなかった。
むしろ有 利子負債が増え、経営不振が深刻化していった。
 グループを挙げたリストラが必要になり、そ の矢面にA社が立たされた。
数カ月をかけてA 社の改革策が検討されて、新たな方針が打ち出 された。
その内容は人件費と社外支払い費用の 削減であった。
 全国七カ所の営業所を五カ所に集約。
事務派 遣をパート・アルバイトの直接雇用に切り替えて コストダウンを図るというプランであった。
「フ ィールドサービス」も三カ月をかけて内製化す ることになった。
 M社の方針と現場との板挟みとなったA社の 中間管理職は、タイムリミットまでに直接雇用 のパート・アルバイトを集めることができなか った。
そのため苦し紛れに既存の事務派遣会社 やT社のスタッフを無断で引き抜くという?掟 破り?にも手を染める始末だった。
 フィールドサービス内製化の開始日、現場は大 混乱に陥った。
営業所の電話は鳴りっ放し。
「商 品が届かない」、「商品の中身が違う」、「営業の 人が来ない」などのクレームが殺到した。
それ から三カ月を経た現在も混乱の収拾にメドは立 っていない。
 T社を協力会社とするフィールドサービス体 制はスタートから五年を経て、運用も洗練され ていた。
それを一週間程度の引き継ぎで内製化 するという計画には無理があった。
しかし、A 社の中間管理職たちはM社から指示されたコス ト削減目標のプレッシャーから、半ば無理を承 知で荒療治に出たのであった。
 その結果、S営業所の高成長・高収益体制は 崩壊した。
それまで積み上げてきた改革が無と なってしまった。
筆者にとっても今や手離れし ている案件とはいえ、残念でならない。
あおき・しょういち  1964年生まれ。
京都産 業大学経済学部卒業。
大手 運送業者のセールスドライ バーを経て、89 年に船井 総合研究所入社。
物流開発 チーム・トラックチームチー フを務める。
96年、独立。
日本ロジファクトリーを設 立し代表に就任。
現在に至る。
HP:http://www.nlf.co.jp/ e-mail:info@nlf.co.jp

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