2011年6月号
ケース
ケース
プロクター&ギャンブル 欧米SCM会議?
JUNE 2011 42
需要予測が当たらない
私はスイスのジュネーブにある米プロクタ
ー&ギャンブル(P&G)の欧州本部に在籍
し、西ヨーロッパにおけるIT戦略を担当し
ています。
私の最も大きな使命は、ITを 使って需要予測を実際の販売実績に近づける ことです。
サプライチェーンにおける可視性 (visibility)を高め、顧客満足度と自社の経 営の双方にプラスになるような経営手法を考 えることを役割としています。
P&Gは二〇〇年近い歴史を持っています。
洗剤メーカーとしてはじまり、現在は洗剤の 「アリエール」、紙おむつの「パンパース」、乾 電池の「デュラセル」など、二〇以上のブラ ンドを傘下に収め、年間八〇〇億ドル近い売 り上げを誇る国際企業へと成長しました。
しかし、サプライチェーンについては、ブ ランドごとに行うという考え方が、長い間、 当社には根強く残っていました。
それを変え ていくことに、一九九〇年代半ばから取り組 んできました。
私が当社で働き始めたのも、ちょうど九〇 年代半ばのことです。
その頃の当社の需要予 測は営業部門によって、すべて手作業で行わ れていました。
担当者が手書きで作成した次 週の販売計画=需要計画を、週の終わりに各 工場や物流センターにファクスするというや り方でした。
しかし、工場側では営業部門の計画通りに 売り上げが上がるとは思っていないため、計 画より少なめに生産しようとします。
一方、 営業部門も、そのことは織り込み済みですか ら、はじめから嵩上げした数字を工場側に送 ることになります。
お互いが疑心暗鬼となり、社内は悪循環 に陥っていました。
そのために、小売りの店 頭では欠品による販売機会ロスが頻発したり、 反対に過剰在庫が生まれたりといったことが 繰り返し起こっていました。
これではいけないという危機感から、九 〇年代後半にドイツのSAP社と協力して、 「SAPファースト」という需要予測システム を開発し、導入しました。
それまで手作業で 行っていた需要予測をソフトウエアに置き換 えたことで、需要予測の精度は瞬時にして大 幅に向上しました。
「Y2K問題(二〇〇〇年になるとコンピュ ータが誤作動する可能性があるという問題)」 もなんなくクリアすることができました。
ソ フト導入から八年近くの間、需要予測につい ては、ほとんど問題なくやっていくことがで きました。
その後、二〇〇五年にP&Gは剃刀メー カー大手「ジレット」を買収しました。
ジレ ットは需要予測に同じSAPのソフトながら、 「S&OP(sales & operations planning)」と 呼ばれる需要と供給を同期化させるソフトを 使っていました。
ジレットの買収を機に、全 社でこのソフトに切り替えました。
2005年頃から需要予測と実需が乖離をはじめた。
大手小売りがプロモーションや特売の回数を増やした ことで、実需の変動が大きくなったことが原因だっ た。
そこで新たに“需要感知”と呼ばれる方法を採 用することにした。
その結果、サービスレベルの向上 と安全在庫の半減が実現した。
欧州で同社の国際ビ ジネスサービス部門でITディレクターを務めるアリス テア・ヒル氏が、その取り組みを解説する。
欧米SCM会議? プロクター&ギャンブル 需要予測から“需要感知”へ方法を転換 安全在庫を半減しサービスレベルも向上 43 JUNE 2011 ところが、この頃から需要予測と小売り店 頭での販売実績が乖離するようになっていき ました。
一年や一年半といった長期間で見れ ば、需要予測はそれほど外れているわけでは ありませんでした。
しかし、六週間という短 期間で見たときの予測と実需の乖離はひどく なるばかりでした。
それはジレットを買収したことやS&OP というソフトに切り替えたことが原因ではあ りませんでした。
原因はこの頃から大手小売 りの販売戦略が大きく変わっていったことに ありました。
大手小売りがセールや特売をテ コにして、?気まぐれな顧客?を集客する傾 向を強めていったのです。
二〇一〇年の現段階では、ブランドごとに ばらつきはあるものの、P&Gの総売り上げ の三分の一から三分の二が、こうしたセール や特売によるものです。
また総売り上げの約 半分は、各小売り向けの専用ラベルを張った り、包装形態を変えたりして売る製品が占め ています。
図1は、〇五年から〇七年まで、販売が 前の週と比べてどれほど違っていたかという 「需要変動性(デマンド・ボラティリティ)」を 示した数字です。
当社のブランドの中でも極 端な例ですが、前の週の販売実績から、次週 の販売を予測することが難しくなっているこ とが分かります。
すべてのブランドを平均し てみても、デマンド・ボラティリティの数字 は前年度より年平均四ポイントほど上昇して いることが判明しました。
新型ソフトを導入 現在、西ヨーロッパにおける発注から納 品までのリードタイムは、平均で三日〜五日、 最短では二日という短さですので、納品情報 を生産に連動した需要予測に使うこともでき ません。
我々は短期の需要予測精度を高める ために、どうすればいいのかという課題に直 面することになりました。
我々が最初に取り組んだのは、小売りの担 当者に週に一度、特売やセールに関する情報 をコンピューター画面上の特定のフォーマット に従って入力してもらうことでした。
セール の開始日と終了日、セールの特徴、販売の見 込みなどを入力してもらい、それを基にして 需要予測を立て、工場の生産計画につなげよ うという考えでした。
小売りが行うセールや 特売の可視性を高めようとしたのです。
しかし、その方法では需要予測の精度を決 定的に上げることはできませんでした。
六週 間で見た場合の需要予測の精度は五〇%程度 にとどまっていました。
別の解決策を早急に 見出す必要がありました。
〇七年に入って、P&Gはアメリカの東海 岸に本社を置くテラ・テクノロジー(Terra Technology) から「需要感知(Demand 100% 90% 80% 70% 60% 2005 年 10 月 2006 年 2 月 2006 年 6 月 2006 年 10 月 2007 年 2 月 2007年 6 月 2007 年 10 月 図1 急上昇するデマンド・ボラティリティ 平均値 実数値 図2 需要感知(Demand Sensing) P&G の情報のみ 出荷情報 予約注文 需要予測 需要感知 需要予測 予測の精度 50% 70% 6 万 5 万 4 万 3 万 2 万 1 万 0 2008 年 12月 2009 年 1月 2009 年 2月 需要予測 出荷・実数 需要感知 需要感知 (内部情報のみ) 日々の物量 JUNE 2011 44 Sensing)」という新しいソフトを導入しまし た。
今まで使ってきた「需要予測」の数字と、 出荷情報、予約注文の数値を入れると、独自 のアルゴリズムというか、人工知能のような ものを使って、「需要感知」の数字をはじき 出すというソフトです。
その「需要感知」が従来の「需要予測」と 比較して、どれだけ出荷実績に近いのかは図 2を見ればわかります。
「需要予測」の線は 「出荷実績」を上回ったり下回ったりしてい ますが、「需要感知」は「出荷実績」とかな り近い線を描いています。
「需要感知」を使いはじめてから二カ月た つと、予測精度は五〇%から七〇%まで上が りました。
その結果、我々は実需の変動に対 応するために抱えていた在庫、つまり安全在 庫(safety inventory)を三分の一も減らす ことができました。
この結果を見て、営業サイドも工場側も 「需要感知」の威力に反論できなくなりまし た。
「需要感知」の数字をもとに全社が動く ようになりました。
しかし、我々はこの段階で満足することな く、さらにもう一歩、「需要感知」の予測精 度を高めようとしました。
それには、小売り 側の数字が必要でした。
それまでの三つの変 数、「需要予測」、「出荷情報」、「予約注文」 に、小売り側のデータを加えることで、精度 がさらに高まると考えたのです。
取引のある小売りに協力してもらう形で、 協力するメリットが見えてくるようになり、こ うした抵抗も徐々になくなりつつあります。
図3に示した「需要感知」のグラフを見る と、興味深いことが分かってきます。
一週間 先と、三週間先の「需要感知」では、予測 の元になる各変数の構成比が大きく異なって います。
一週間先の予測値の変数の構成比は、 小売りからの「注文」が半分近くを占めてい ます。
しかし、これが三週間先になると「需 要予測」が半分近くを占め、「倉庫の引き取 り」がその次に大きな要素となっています。
小売りの情報を入力することで、「需要感 知」の精度はそれまでの七〇%から八〇%に 上がりました。
これによって、さらに六分の 一の安全在庫を減らすことができました。
当 初の「需要予測」に頼っていた時と比べると、 安全在庫をおよそ半分に減らすことができた のです。
注文達成率とサービスレベルも向上 小売り側が我々の「需要感知」に協力する のは、彼等にもメリットがあるからです。
小 売り側のメリットを示す指標が二つあります。
一つは「注文達成率(Order Completeness)」 であり、もう一つは「オンタイム配送率 (On-time Arrival)」です。
当社の注文達成率は、〇八年の九七・ 五%から、一〇年には九九・五%にまで上 がりました。
同じ時期にオンタイム配送率は、 六〇%台から九〇%台に向上しました。
POS(販売時点)データや、店舗の在庫量、 物流センターの在庫量、販売予測データなど を提供してもらい、それを加えて「需要感知」 を行うことにしました。
数年前までですと、小売り側からこうした データを入手するのは容易なことではありま せんでした。
小売りにとっては戦略の中核と なるデータであり、たとえ取引先であっても その数字を外部に明かすことには大きな抵抗 がありました。
こうしたデータが欲しいと我々 が依頼すると、料金を要求してくる小売りも あったくらいです。
しかし、最近では小売り側にも、製造業と 出荷情報小売りからのデータ 予約注文 需要予測 需要感知 図3 需要感知 小売りのPOS データを取り込む 需要予測 需要感知 (内部情報のみ) 需要感知 (POS などを使う) 予測の精度 50% 70% 80% 1 週間前2 週間前3 週間前 注文 需要予測 出荷 倉庫の引き取り 倉庫の在庫 荷主の売り上げ 荷主の予測 45 JUNE 2011 前です。
そこからトラックがP&Gの物流セ ンターまで集荷に来て、小売りの物流センタ ーに配送します。
配送の状況や、遅配、誤配については、 ウェブ上に輸送のステータス情報を載せて、 P&Gと小売り、輸送業者がそれぞれ確認で きる仕組みを作っています。
前述の通り、P&Gは買収に次ぐ買収によ って事業規模を拡大してきたことから、サプ ライチェーンもブランドごとに分かれており、 小売り側からは使いにくいという声もありま した。
「『パンパース』も『ジレット』も同じ P&Gから買っているのだから、一緒に物流 センターに納品してくれ」という声が多かっ たのです。
西ヨーロッパでは現在、そうした要望に応 えるため、各ブランドを取りまとめて、仕 分け・梱包・配送するための自社物流セン ター網の整備に力を入れています。
既にイギ リス・ドイツ・フランスでは、それぞれ二カ 所ずつ、そうしたセンターを稼働させており、 これからも拡大していく予定です。
三段階でSCMの理想形へ 中長期的な構想としては、三段階でSCM を進化させていく考えです。
第一段階では、可視性を高めることで、小 売りとの信頼関係を深めることに主眼を置い ています。
KPI(重要業績評価指標)を作 るにしても、P&Gの社内だけで通用するも のでなく、小売り側が使っているKPIを使 ってP&Gの業務を評価していきたいと思っ ています。
誤配や遅配、製品の破損等によって製品の 供給が滞るときには、前もって知らせること で店舗側でも対応できるようにすることなど もそこには含まれています。
この段階までは既に現時点で達成できてい るという自己評価を下しています。
今後は早 い時期に第二段階、第三段階に進むことを社 内の課題として掲げています。
第二段階では、小売りの在庫や特売、セー ルなどのイベントの管理に取り組みます。
P& Gが、小売りごとに業務を分析し、商品を供 給し、動きの悪い商品があれば、動きの速い 商品と取り換えるなどの対応を行います。
輸送についても、小売りの物流センターを 詳細に把握することで、これまでとは違っ た輸送ルートを組んで行きます。
一回に納品 する物量を減らし、三日に一度だった納品 を、毎日納品に変えるといった調整を行いま す。
こうした調整によって納品のトラックの 積載効率を上げて、P&G側の運賃負担も軽 減していきます。
最後の第三段階では、小売りとの協力関係 をさらに深めることで、リアルタイムの「需要 感知」を行い、常に売れ筋商品を供給できる 態勢を作ることがテーマです。
しかしこの段 階に進むには、もう少し時間がかかると考え ています。
(ジャーナリスト 横田増生) このうちオンタイム配送率は、小売りの物 流センターに指定時間内に納品した割合を表 したもので、この数字が高くなることで、小 売り側ではセンターで行う仕分けや出荷作業 に時間的な余裕が生まれます(図4)。
また、SCMの観点から言うと、P&Gは 業務を委託している輸送業者との連携も重視 しています。
P&Gの配車係は、契約を結んでいる輸送 業者と、一カ月、一週間、翌日という時間 枠で、おおよその輸送量を取り決めています。
最終的に貨物量が決定するのは輸送の四時間 図4 メーカーの予測精度の向上による小売り側のメリット 100% 99% 98% 97% 96% 2008 年 2 月 2008 年 6 月 2008 年 10 月 2009 年 2 月 2009 年 6 月 2009 年 10 月 2010 年 2 月 60% 70% 80% 90% 100% 注文達成率 オンタイム配送率 オンタイム配送率 注文達成率の実数値 注文達成率の平均値
私の最も大きな使命は、ITを 使って需要予測を実際の販売実績に近づける ことです。
サプライチェーンにおける可視性 (visibility)を高め、顧客満足度と自社の経 営の双方にプラスになるような経営手法を考 えることを役割としています。
P&Gは二〇〇年近い歴史を持っています。
洗剤メーカーとしてはじまり、現在は洗剤の 「アリエール」、紙おむつの「パンパース」、乾 電池の「デュラセル」など、二〇以上のブラ ンドを傘下に収め、年間八〇〇億ドル近い売 り上げを誇る国際企業へと成長しました。
しかし、サプライチェーンについては、ブ ランドごとに行うという考え方が、長い間、 当社には根強く残っていました。
それを変え ていくことに、一九九〇年代半ばから取り組 んできました。
私が当社で働き始めたのも、ちょうど九〇 年代半ばのことです。
その頃の当社の需要予 測は営業部門によって、すべて手作業で行わ れていました。
担当者が手書きで作成した次 週の販売計画=需要計画を、週の終わりに各 工場や物流センターにファクスするというや り方でした。
しかし、工場側では営業部門の計画通りに 売り上げが上がるとは思っていないため、計 画より少なめに生産しようとします。
一方、 営業部門も、そのことは織り込み済みですか ら、はじめから嵩上げした数字を工場側に送 ることになります。
お互いが疑心暗鬼となり、社内は悪循環 に陥っていました。
そのために、小売りの店 頭では欠品による販売機会ロスが頻発したり、 反対に過剰在庫が生まれたりといったことが 繰り返し起こっていました。
これではいけないという危機感から、九 〇年代後半にドイツのSAP社と協力して、 「SAPファースト」という需要予測システム を開発し、導入しました。
それまで手作業で 行っていた需要予測をソフトウエアに置き換 えたことで、需要予測の精度は瞬時にして大 幅に向上しました。
「Y2K問題(二〇〇〇年になるとコンピュ ータが誤作動する可能性があるという問題)」 もなんなくクリアすることができました。
ソ フト導入から八年近くの間、需要予測につい ては、ほとんど問題なくやっていくことがで きました。
その後、二〇〇五年にP&Gは剃刀メー カー大手「ジレット」を買収しました。
ジレ ットは需要予測に同じSAPのソフトながら、 「S&OP(sales & operations planning)」と 呼ばれる需要と供給を同期化させるソフトを 使っていました。
ジレットの買収を機に、全 社でこのソフトに切り替えました。
2005年頃から需要予測と実需が乖離をはじめた。
大手小売りがプロモーションや特売の回数を増やした ことで、実需の変動が大きくなったことが原因だっ た。
そこで新たに“需要感知”と呼ばれる方法を採 用することにした。
その結果、サービスレベルの向上 と安全在庫の半減が実現した。
欧州で同社の国際ビ ジネスサービス部門でITディレクターを務めるアリス テア・ヒル氏が、その取り組みを解説する。
欧米SCM会議? プロクター&ギャンブル 需要予測から“需要感知”へ方法を転換 安全在庫を半減しサービスレベルも向上 43 JUNE 2011 ところが、この頃から需要予測と小売り店 頭での販売実績が乖離するようになっていき ました。
一年や一年半といった長期間で見れ ば、需要予測はそれほど外れているわけでは ありませんでした。
しかし、六週間という短 期間で見たときの予測と実需の乖離はひどく なるばかりでした。
それはジレットを買収したことやS&OP というソフトに切り替えたことが原因ではあ りませんでした。
原因はこの頃から大手小売 りの販売戦略が大きく変わっていったことに ありました。
大手小売りがセールや特売をテ コにして、?気まぐれな顧客?を集客する傾 向を強めていったのです。
二〇一〇年の現段階では、ブランドごとに ばらつきはあるものの、P&Gの総売り上げ の三分の一から三分の二が、こうしたセール や特売によるものです。
また総売り上げの約 半分は、各小売り向けの専用ラベルを張った り、包装形態を変えたりして売る製品が占め ています。
図1は、〇五年から〇七年まで、販売が 前の週と比べてどれほど違っていたかという 「需要変動性(デマンド・ボラティリティ)」を 示した数字です。
当社のブランドの中でも極 端な例ですが、前の週の販売実績から、次週 の販売を予測することが難しくなっているこ とが分かります。
すべてのブランドを平均し てみても、デマンド・ボラティリティの数字 は前年度より年平均四ポイントほど上昇して いることが判明しました。
新型ソフトを導入 現在、西ヨーロッパにおける発注から納 品までのリードタイムは、平均で三日〜五日、 最短では二日という短さですので、納品情報 を生産に連動した需要予測に使うこともでき ません。
我々は短期の需要予測精度を高める ために、どうすればいいのかという課題に直 面することになりました。
我々が最初に取り組んだのは、小売りの担 当者に週に一度、特売やセールに関する情報 をコンピューター画面上の特定のフォーマット に従って入力してもらうことでした。
セール の開始日と終了日、セールの特徴、販売の見 込みなどを入力してもらい、それを基にして 需要予測を立て、工場の生産計画につなげよ うという考えでした。
小売りが行うセールや 特売の可視性を高めようとしたのです。
しかし、その方法では需要予測の精度を決 定的に上げることはできませんでした。
六週 間で見た場合の需要予測の精度は五〇%程度 にとどまっていました。
別の解決策を早急に 見出す必要がありました。
〇七年に入って、P&Gはアメリカの東海 岸に本社を置くテラ・テクノロジー(Terra Technology) から「需要感知(Demand 100% 90% 80% 70% 60% 2005 年 10 月 2006 年 2 月 2006 年 6 月 2006 年 10 月 2007 年 2 月 2007年 6 月 2007 年 10 月 図1 急上昇するデマンド・ボラティリティ 平均値 実数値 図2 需要感知(Demand Sensing) P&G の情報のみ 出荷情報 予約注文 需要予測 需要感知 需要予測 予測の精度 50% 70% 6 万 5 万 4 万 3 万 2 万 1 万 0 2008 年 12月 2009 年 1月 2009 年 2月 需要予測 出荷・実数 需要感知 需要感知 (内部情報のみ) 日々の物量 JUNE 2011 44 Sensing)」という新しいソフトを導入しまし た。
今まで使ってきた「需要予測」の数字と、 出荷情報、予約注文の数値を入れると、独自 のアルゴリズムというか、人工知能のような ものを使って、「需要感知」の数字をはじき 出すというソフトです。
その「需要感知」が従来の「需要予測」と 比較して、どれだけ出荷実績に近いのかは図 2を見ればわかります。
「需要予測」の線は 「出荷実績」を上回ったり下回ったりしてい ますが、「需要感知」は「出荷実績」とかな り近い線を描いています。
「需要感知」を使いはじめてから二カ月た つと、予測精度は五〇%から七〇%まで上が りました。
その結果、我々は実需の変動に対 応するために抱えていた在庫、つまり安全在 庫(safety inventory)を三分の一も減らす ことができました。
この結果を見て、営業サイドも工場側も 「需要感知」の威力に反論できなくなりまし た。
「需要感知」の数字をもとに全社が動く ようになりました。
しかし、我々はこの段階で満足することな く、さらにもう一歩、「需要感知」の予測精 度を高めようとしました。
それには、小売り 側の数字が必要でした。
それまでの三つの変 数、「需要予測」、「出荷情報」、「予約注文」 に、小売り側のデータを加えることで、精度 がさらに高まると考えたのです。
取引のある小売りに協力してもらう形で、 協力するメリットが見えてくるようになり、こ うした抵抗も徐々になくなりつつあります。
図3に示した「需要感知」のグラフを見る と、興味深いことが分かってきます。
一週間 先と、三週間先の「需要感知」では、予測 の元になる各変数の構成比が大きく異なって います。
一週間先の予測値の変数の構成比は、 小売りからの「注文」が半分近くを占めてい ます。
しかし、これが三週間先になると「需 要予測」が半分近くを占め、「倉庫の引き取 り」がその次に大きな要素となっています。
小売りの情報を入力することで、「需要感 知」の精度はそれまでの七〇%から八〇%に 上がりました。
これによって、さらに六分の 一の安全在庫を減らすことができました。
当 初の「需要予測」に頼っていた時と比べると、 安全在庫をおよそ半分に減らすことができた のです。
注文達成率とサービスレベルも向上 小売り側が我々の「需要感知」に協力する のは、彼等にもメリットがあるからです。
小 売り側のメリットを示す指標が二つあります。
一つは「注文達成率(Order Completeness)」 であり、もう一つは「オンタイム配送率 (On-time Arrival)」です。
当社の注文達成率は、〇八年の九七・ 五%から、一〇年には九九・五%にまで上 がりました。
同じ時期にオンタイム配送率は、 六〇%台から九〇%台に向上しました。
POS(販売時点)データや、店舗の在庫量、 物流センターの在庫量、販売予測データなど を提供してもらい、それを加えて「需要感知」 を行うことにしました。
数年前までですと、小売り側からこうした データを入手するのは容易なことではありま せんでした。
小売りにとっては戦略の中核と なるデータであり、たとえ取引先であっても その数字を外部に明かすことには大きな抵抗 がありました。
こうしたデータが欲しいと我々 が依頼すると、料金を要求してくる小売りも あったくらいです。
しかし、最近では小売り側にも、製造業と 出荷情報小売りからのデータ 予約注文 需要予測 需要感知 図3 需要感知 小売りのPOS データを取り込む 需要予測 需要感知 (内部情報のみ) 需要感知 (POS などを使う) 予測の精度 50% 70% 80% 1 週間前2 週間前3 週間前 注文 需要予測 出荷 倉庫の引き取り 倉庫の在庫 荷主の売り上げ 荷主の予測 45 JUNE 2011 前です。
そこからトラックがP&Gの物流セ ンターまで集荷に来て、小売りの物流センタ ーに配送します。
配送の状況や、遅配、誤配については、 ウェブ上に輸送のステータス情報を載せて、 P&Gと小売り、輸送業者がそれぞれ確認で きる仕組みを作っています。
前述の通り、P&Gは買収に次ぐ買収によ って事業規模を拡大してきたことから、サプ ライチェーンもブランドごとに分かれており、 小売り側からは使いにくいという声もありま した。
「『パンパース』も『ジレット』も同じ P&Gから買っているのだから、一緒に物流 センターに納品してくれ」という声が多かっ たのです。
西ヨーロッパでは現在、そうした要望に応 えるため、各ブランドを取りまとめて、仕 分け・梱包・配送するための自社物流セン ター網の整備に力を入れています。
既にイギ リス・ドイツ・フランスでは、それぞれ二カ 所ずつ、そうしたセンターを稼働させており、 これからも拡大していく予定です。
三段階でSCMの理想形へ 中長期的な構想としては、三段階でSCM を進化させていく考えです。
第一段階では、可視性を高めることで、小 売りとの信頼関係を深めることに主眼を置い ています。
KPI(重要業績評価指標)を作 るにしても、P&Gの社内だけで通用するも のでなく、小売り側が使っているKPIを使 ってP&Gの業務を評価していきたいと思っ ています。
誤配や遅配、製品の破損等によって製品の 供給が滞るときには、前もって知らせること で店舗側でも対応できるようにすることなど もそこには含まれています。
この段階までは既に現時点で達成できてい るという自己評価を下しています。
今後は早 い時期に第二段階、第三段階に進むことを社 内の課題として掲げています。
第二段階では、小売りの在庫や特売、セー ルなどのイベントの管理に取り組みます。
P& Gが、小売りごとに業務を分析し、商品を供 給し、動きの悪い商品があれば、動きの速い 商品と取り換えるなどの対応を行います。
輸送についても、小売りの物流センターを 詳細に把握することで、これまでとは違っ た輸送ルートを組んで行きます。
一回に納品 する物量を減らし、三日に一度だった納品 を、毎日納品に変えるといった調整を行いま す。
こうした調整によって納品のトラックの 積載効率を上げて、P&G側の運賃負担も軽 減していきます。
最後の第三段階では、小売りとの協力関係 をさらに深めることで、リアルタイムの「需要 感知」を行い、常に売れ筋商品を供給できる 態勢を作ることがテーマです。
しかしこの段 階に進むには、もう少し時間がかかると考え ています。
(ジャーナリスト 横田増生) このうちオンタイム配送率は、小売りの物 流センターに指定時間内に納品した割合を表 したもので、この数字が高くなることで、小 売り側ではセンターで行う仕分けや出荷作業 に時間的な余裕が生まれます(図4)。
また、SCMの観点から言うと、P&Gは 業務を委託している輸送業者との連携も重視 しています。
P&Gの配車係は、契約を結んでいる輸送 業者と、一カ月、一週間、翌日という時間 枠で、おおよその輸送量を取り決めています。
最終的に貨物量が決定するのは輸送の四時間 図4 メーカーの予測精度の向上による小売り側のメリット 100% 99% 98% 97% 96% 2008 年 2 月 2008 年 6 月 2008 年 10 月 2009 年 2 月 2009 年 6 月 2009 年 10 月 2010 年 2 月 60% 70% 80% 90% 100% 注文達成率 オンタイム配送率 オンタイム配送率 注文達成率の実数値 注文達成率の平均値
