2012年6月号
ケース

はなまる アウトソーシング

JUNE 2012  44 ブームが去って露呈した急拡大のツケ  セルフ式讃岐うどん店の「はなまるうど ん」を全国でチェーン展開しているはなまる は、二〇〇〇年五月に香川県高松市で初出 店した。
香川県出身で衣料品卸会社などを 営んでいた創業者の前田英仁氏が、うどんを ?和のファストフード?と位置づけ、約二年間 にわたってビジネスプランを練り上げたうえで 具体化したものだった。
 初出店から約二年間はエリアを香川県内に 限定していたが、〇二年四月に岡山県倉敷市 に六店舗目を出店。
初の県外進出を成功させ ると、出店ペースを一気に加速した。
同年九 月には東京に進出。
その一号店となった「渋 谷公園通り店」には長蛇の列ができ、全国的 な讃岐うどんブームの火つけ役となった。
結 局この年は、北は埼玉県から南は長崎県まで 二〇店舗余りを出店した。
 〇二年の終盤からはフランチャイズ方式に よる出店も本格化し、翌〇三年には全国で一 挙に一三一店を展開。
飛ぶ鳥を落とす勢いで セルフ式うどん店チェーンの最大手へと躍進 した。
九〇年代から徐々に注目されるように なっていた讃岐うどんを、はなまるは全国的 なブームへと押し上げた。
 店舗網の拡大に伴い、自家製の生麺を生産 する自社工場を各地に矢継ぎ早に立ち上げた。
〇二年十二月の高松工場(香川県高松市)を 皮切りに、〇三年四月には千葉工場(千葉県 佐倉市)、〇四年七月には静岡工場(静岡県 御殿場市)を稼働させている。
 しかし、このブームは沈静化するのも早か った。
既存店の売上高はすでに〇三年中に前 年割れに転じていた。
同年秋には、予定して いた東証マザーズへの上場が延期になるとい う逆風にも見舞われた。
それでも拡大路線を 修正せず、店舗数を増やし続けた。
 その結果として、オペレーションの歪みを 招いてしまった。
現在、はなまるの商品事業 本部で物流管理を担当している丸岡芳雄製造 物流部副部長は、当時の状況を次のように振 り返る。
 「一言でいえば、店が荒れてしまっていた。
急拡大の結果、人材の成長が追いつかず、温 かい商品や冷たい商品をぬるいまま出すとい  初出店以来、自家製麺を除く食材の仕入れと物 流を卸に依存してきた。
2010年にメーカーからの 直接仕入れに切り替えた。
協力物流会社には、当 初は既存の取引卸をそのまま起用した。
しかし、 予想以上にコストがかさんだことから、コンペを 開催。
物流専業者を新たなパートナーに選んだ。
アウトソーシング はなまる 卸依存を脱してメーカーと直接取引 物流パートナーも卸から専業者に変更 「はなまるうどん」の店舗数およびチェーン売上高の推移 350 300 250 200 150 100 50 0 25,000 20,000 15,000 10,000 5,000 0 店舗数売上高(百万円) 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 / 12 5 27 158 197 185 187 209 253 269 293 309 店舗数 チェーン売上高 45  JUNE 2012 うような危機的な状況が生まれていた。
売り 上げが減るなかで採算ラインを気にするよう になった店長たちは、販管費の削減など数字 にばかり目を向けるようになっていった。
悪 循環だった」  業績が伸び悩む理由をチェーン本部は当初、 うどん中心のシンプルなメニューがユーザーに 飽きられたせいと判断した。
そこでテコ入れ のために毎月のように新メニューを出しつづ けた。
しかし、期待したような効果は得られ ず、オペレーションの負担が増えるばかりで、 現場の混乱に拍車をかけた。
 結局、はなまるは〇四年六月、創業者の前 田氏が保有していた発行済み株式の三三%余 りを外食チェーン大手の吉野家ディー・アン ド・シー(現吉野家ホールディングス)に譲渡 し、吉野家の持ち分法適用会社となった。
吉 野家から三人の役員も受け入れて事実上、同 社の傘下に入った。
実際、この二年後には吉 野屋の連結子会社になり、完全にグループの 一員となっている。
 吉野屋と資本提携した時点で既存店の多く は赤字に転落していた。
新体制がまず着手し たのは基本に立ち返ることだった。
〇五年に は「Back to the basic」というスローガンを 掲げて全社でQSC(品質・サービス・清潔) に注力した。
翌〇六年も継続し、新メニュー の投入を完全にストップするという不退転の 覚悟でQSCの徹底を図った。
 リストラに追われる日々が続いた。
不採算 店の撤退が相次ぎ、〇四年末にいったん二〇 〇店を目前にしていた店舗数は下降線を描い ていた。
反転攻勢に出られるようになったの は〇七年に入った頃から。
店舗数が純増に転 じ、ようやく成長軌道に戻ることができた。
取引卸をそのまま協力物流会社に  はなまるは創業以来、自家製麺以外の食材 などの仕入れを卸に依存してきた。
取引先は、 外食チェーンへの食材供給などを得意とする 中堅卸だ。
店舗に商材を供給するための物流 も卸に一任していた。
卸による商物一体のサ ービスを利用すれば、全国どこにでも出店で きる。
実際、同社の店舗は、北海道から沖縄 まで各地に点在している。
 店舗の立地が分散すればオペレーションが 非効率になることは理解していた。
QSC活 動に注力していた〇五年に、「商物分離」を 検討したこともあった。
自ら管理する物流イ ンフラを使い、卸を経由せずにメーカーから 直接調達する。
卸の帳合いを残したままメー カーから直送する一般的な商物分離とは異な るが、同社ではそう呼んでいる。
 しかし、このときは時期尚早として実施 を見送った。
改革による効果を試算した結果、 店舗数が二五〇から三〇〇なければ物流を自 社化してもメリットは得られないという結論 に達したからだ。
それが〇八年秋に店舗数が 二五〇まで増えたことで、ようやく機が熟し た。
天候不順などを背景とする食材価格の高 騰や、燃料費の値上がりによる物流コストの 上昇に見舞われていた時期でもあった。
 〇九年一月、社内で「マーチャンダイジン グプロジェクト」(MDP)を発足させた。
将 来の五〇〇店体制をにらみ、主に四つの課題 を検討した。
?仕入れメーカーとの直接取引 と物流の直接管理を実現する(商物分離)。
? 食材を加工する自社工場や、?生産を担う自 社農場を検討する。
さらに?自ら製造した食 材を社外に販売する外販のマーケティングテス はなまる商品事業本部製造 物流部の丸岡芳雄副部長 はなまるにとっての商物分離と既存体制の問題点 商物分離とは 目的 《従来の商物一体体制の問題点》 メリット デメリット 弊害 自社によるコントロール領域の拡大を行い、 品質とコストをトレードオフしないコストダウン への切り込み口を解明する。
在庫棚が発生しない。
        在庫コントロールなどの事務業務を取引先 に委託可能。
取引先の選択肢が制限される。
     製造ロット、納品ロットに介入できない。
物流段階の削減や混載物流が困難。
定率での契約のため規模の拡大に伴う利 益を得られない。
メーカーとの直接取引、DCおよび物流を 直接管理・コントロールする取引形態。
JUNE 2012  46 トを開始する──という内容だ。
 専任担当者としてMDPを牽引した商品事 業本部の冨田数英商品部副部長は、「メーカ ーさんとの直接取引を実現することで、品質 の向上やコスト削減を図りたいという狙いが 大きかった。
しかし、(物流を卸に依存する) 商物一体のままでは、そういった施策をスム ーズに進めていくことはできない。
このため、 まずは商物分離の実施が最優先の課題になっ た」と説明する。
 MDPでさまざまなシミュレーションを繰り 返して計画を練った。
プロジェクトの正式ス タートから三カ月経った〇九年四月に、経営 陣に対するプレゼンテーションを実施。
ここで 基本的な方針が承認されると、さらに二カ月 間かけて具体策を固めた。
 まずはメーカーとの直接取引の実施を優先 し、物流については、それまでの取引してき た卸を、そのまま協力物流会社として使い続 けるというプランを立てた。
社内にノウハウ の蓄積が無いなかで、いきなり物流を自社管 理に変えることで、店舗にモノが届かないと いった最悪の事態に陥るのを避けたいという ソーシングしていた。
そこで発生するコスト がそのまま追加の請求として、はなまるに回 された格好だった。
 前述の通り、物流コストは従来と同レベル と試算されていた。
予想外の値上げ要請に直 面してはなまるは面食らった。
原因を究明し、 コスト削減を進めようと躍起になった。
 だが、物流ノウハウが乏しいなかでの原因 究明は簡単ではなかった。
はなまるの物流担 当者二人に冨田副部長を加えた三人が、約三 カ月かけて全国八カ所のDCの現状をそれぞ れに細かく分析していった。
自分たちなりに 問題点を抽出しては、取引卸に対して毎週の ようにコスト低減の相談を持ちかけた。
 その甲斐あって半年ほど経つと物流コスト は徐々に減ってきた。
しかし、商物分離する 以前と同水準という当初の試算からは相変わ らず大きく乖離していた。
はなまる側が再三 にわたってコスト削減を求めたことから、卸 からは「これ以上、コスト、コストと言うの なら、明日から物流を止めさせてもらう」と の声まで上がった。
新体制の限界が徐々に明 らかになっていた。
 卸にしても、通常の取引のように商流で利 益を得られるのであれば、物流で多少足が出 ても目をつむれる。
しかし、純粋な物流事業 となればそうはいかない。
「従来は、良くも悪 くも?ドンブリ勘定?でやりくりしていたの だと思う。
それが商物分離したことによって 悪い面ばかり出るようになってしまった」と 意識が働いていた。
 さっそく取引卸に、契約が新年度となる同 年七月から?物流パートナー?として業務を 引き受けてもらえないかと相談を持ちかけた。
当初、取引卸は渋り、結論はトップ交渉にま で持ち越された。
それでも最終的には、純粋 に協力物流会社としてサービスを提供するこ とで同意を得られた。
 はなまるの物流業務を手掛けるために、取 引卸は定款を変更して物流業の免許を取得。
さらに、店舗に商材を供給すために以前は全 国十一カ所に構えていたDC(在庫拠点)を、 八カ所に整理した。
そのうえで物流コストに ついては、当面は従来と同様の水準でいける だろうという試算を出してきた。
 この試算を受け、はなまる側では、それま で卸に一任していたDCにおける在庫管理業 務などを社内に取り込む体制を整えた。
「商 品部」のなかに在庫コントロールを担う部署 を新設し、担当者を二人配置。
物流管理を担 当する「製造物流部」の人員も従来の一人か ら二人に増員した。
こうして一〇年七月から 新体制による管理がスタートした。
物流コストの急上昇に悲鳴  しかし、卸を協力物流会社として活用する という判断には、想定外の落とし穴があった。
スタートから二カ月目に入ると、追加費用の 請求書がはなまるに届きはじめた。
その取引 卸は物流の現場実務をほぼ協力会社にアウト はなまる商品事業本部商品 部の冨田数英副部長 47  JUNE 2012 たコストの水準を「一〇」とすると、東西そ れぞれに一番有利な金額を提出してきた物流 会社のコスト水準は「七」程度だった。
 最も低コストの提案をしてきた入札企業の 中には、吉野家の仕事を東西それぞれで手掛 けている中堅物流会社二社も含まれていた。
そして、この「七」というコスト水準は、商 物分離をした際に試算していたのと同レベル の金額だった。
結局、はなまるは、この二社 を物流パートナーに選んだ。
 これに伴い、DCを全国八カ所から東西二 カ所+沖縄に集約することになった。
低価格 で入札してきた物流会社は、主要都市間に幹 線便を走らせている。
このため東西二拠点に 在庫があれば、北海道から九州まで翌日配送 できる。
一方、商物一体で全国にDCを構え ている卸は、基本的に幹線輸送を必要として いない。
このため東西二拠点で沖縄以外の全 国をカバーすることができなかった。
グループとしての共同化も視野に  こうして一一年七月、はなまるの新たな物 流体制がスタートした。
それから現在に至る 約一〇カ月間、落ち着いた状態で物流を管理 できている。
今年四月時点での店舗数は三一 七(直営店一八六、フランチャイズ店一三一)。
エリアは四二都道府県に及んでいる。
それで も新しい物流体制のなかで滞りなくカバーで きている。
 今回の物流改革によって、同社は〇五年に 検討した課題をようやくクリアできた。
商物 分離の次の段階に進むため、「商流と物流そ れぞれにコスト構造を明らかにして、コスト を抑制するための切り込み口がどこかにある かを見えるようにしていく」(冨田副部長)こ とも実現した。
すでに在庫管理の効率は、D Cの数を減らしたことで従来とは比較になら ないほど高まっているという。
 吉野屋と共通の物流パートナーに業務をア ウトソーシングしたことで、吉野家グループ として検討している物流共同化の足掛かりも できた。
今後は牛丼の「吉野屋」だけでなく、 同じグループ内に属する外食産業であるステ ーキの「どん」や「京樽」との共同仕入れや 共同物流などの具体的な可能性を模索してい くことになる。
 とは言え、はなまるの物流部門としては、 自社の物流管理の高度化が先決だ。
今年の下 期には、商材の仕入れ先であるメーカー各社 との間でEDIを稼働し、調達業務の本格的 な効率化に着手する。
何よりも自社のサプラ イチェーンを見直すことでオペレーションの競 争力を確保していこうとしている。
 「われわれはまだまだ物流の?素人部隊?。
これから物流現場の管理も含めて泥臭く勉強 し、経験していく必要がある。
そのうえで物 流を通じてどのような価値を生み出していけ るのかをしっかり考えていきたい」と丸岡副 部長は意気込んでいる。
(フリージャーナリスト・岡山宏之) 丸岡副部長は述懐する。
 あらためて物流コンペを実施することにな った。
卸との契約が切れるのは一一年六月 末。
翌七月から新しい体制に移行するために は、遅くとも同年三月末までに新体制の骨子 を固めなければならなかった。
 物流の現状把握に奔走するなかで、はなま るは全国に八カ所のDCを抱える体制の手間 を思い知らされていた。
そこでコンペでは守る べきリードタイムなどだけ提示し、全国を東 西二分割で管理することを前提に据えた。
こ の方針に沿って、東日本と西日本でそれぞれ に複数の物流会社から提案を募った。
 吉野家の協力物流会社や、著名な大手3 PL企業に声を掛けた。
既存の取引卸からも 再度、見積もりを提出してもらった。
結果は 歴然としていた。
その卸が精一杯、値下げし 商物分離にともない段階的に拠点配置を見直してきた はなまる 卸 卸が管理する物流拠点が全国11カ所 (北海道、仙台、東京、名古屋、長野、静岡、大阪、 岡山、高松、福岡、沖縄) はなまる 卸 商物分離し物流拠点を全国8カ所に整理 (北海道、仙台、東京、名古屋、大阪、岡山、福岡、沖縄) はなまる 物流をはなまるの直接管理に移行し、全国の物流拠点 を東西2 拠点( 埼玉、大阪)+沖縄に集約 《全国11DC》 《全国8DC》 《全国2DC+ 沖縄》 2010 年6月まで(商物一体、物流も卸が管理) 10 年7月〜 11 年6月(商物分離、物流のみ卸が管理) 11 年7月以後(商物分離、物流もはなまるが管理)

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