2012年10月号
メディア批評

NHKまで尻馬に乗るAKB48のバカ騒ぎニュースバリューの判断を放棄したメディア

佐高 信 経済評論家 OCTOBER 2012  76  いつの世も、私がジャリと呼ぶ「子どもの 文化」はある。
しかし、現代はメディアがそ れに媚びている。
AKB 48 の前田敦子の?卒 業?をNHKまでが取り上げたのには仰天した。
私は香山リカと『チルドレンな日本』(七つ森 書館)という対談本を出したが、いま日本で 最もチルドレンなのはメディアかもしれない。
オメデタイ雑誌の『AERA』は九月一〇日 号で、AKB 48 の仕掛人である秋元康と鈴木 おさむの、愚にもつかない自慢対談を載せて いる。
 映画でヒットが出なくなったら、子どもと 動物を出せと言われるが、ジャリに頼る秋元 の方法は決して新しいものではない。
恥ずか しくて、プロならやらないことを、臆面もな く秋元がやっているだけだ。
 さすがに、『週刊新潮』が九月六日号で、「誰 も批判しない」前田の「卒業バカ騒ぎ」を指 弾した。
「テレビも新聞も雑誌も御用メディア に成り下がった!」はその通りだろう。
 「新聞・テレビ・雑誌の各メディアは、完全 にAKB側にコントロールされていた」から である。
 「スポーツ紙は言うに及ばず、AKBを創刊 一三五周年のイメージキャラクターに起用し、 ドーム公演も特別後援している読売新聞をは じめ、朝日・毎日・産経から日経まで、全国 紙は軒並み?あっちゃん?の動向を報じてきた」  「テレビも然り」で、中でもNHKは、八 月二七日夜の「ニュースウォッチ9」で、お よそ五分間、「エース最後の日」の狂躁をオン エアしたという。
もちろん、雑誌もジャック された。
広告の問題もある。
 『週刊新潮』の指摘するように、常日頃、 メディアが口癖のように掲げる「批判精神」 や「編集権の独立」はどこへ行ったのかと言 わざるをえない。
 九月二日付の『東京新聞』「こちら特報部」 が例外的に骨を見せる。
 CDを購入すると投票券が付き、ファンが 投票で人気ランキングを決める「選抜総選挙」 は国会議員の選挙より盛り上がっている感じ があるが、しょせんは前田が一位になっても ならなくても、どうでもいいことである。
 NHKOBの川崎泰資は、  「視聴率ほしさにニュースとワイドショーの 区別があいまいな民放はともかく、NHKが ニュースとして報じるのは疑問」  と言い、こう続ける。
 「五輪報道一色の合間に消費税増税法案が 成立してしまった。
いくら人気でもしょせん は生死に関わらない『お遊び』。
ニュースの価 値判断を誤れば報道の質の低下、軽薄化は避 けられない」  ここで、秋元の履歴をたどってみよう。
一九五八年に東京に生まれた秋元は高校時代 にすでにラジオ局に台本を持ち込み、放送作 家になった。
中央大学は中退している。
 一九八三年からは作詞も手がけ、美空ひば りの「川の流れのように」を大ヒットさせた のは知られているところ。
おニャン子クラブ の「セーラー服を脱がさないで」も作詞した。
 前掲の『AERA』では鈴木と共に、  「多分僕らは油田みたいなもんで、わき出 てくる原油をこれは石油に、これは薬に、こ れはプラスチックにと分けてるみたいに、自 分の中からわいてくるアイデアをこれは舞台に、 これはバラエティー番組に、これは映画にと 振り分けている感じ」  などと言っているが、石油ほどに人間の生 活に役立つものをわきだたせているわけでは ない。
 たとえば、ヒットする遊園地とヒットしな い遊園地がある。
それは子どもを持つ親や子 どもにとっては有益な情報だが、子どもを卒 業すれば、どうでもよくなる。
 秋元のヒットもそれと同じなのに、幼稚化 したバカなメディアが争って取り上げる。
世 も末だという感じさえする。
NHKまで尻馬に乗るAKB 48 のバカ騒ぎ ニュースバリューの判断を放棄したメディア

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