2012年10月号
現場改善
現場改善
第117回 中堅運送会社H社の営業改革
OCTOBER 2012 82
発言力の強い配車係が社内の壁に
H社はグループ年商が約三〇億円の中堅運送
会社である。
関東に本社を置き、東・名・阪 に拠点を展開している。
一時期は仙台と福岡に も進出していたが、所長を担える人材を欠いて いたところにリーマンショックが追い打ちをか け、事業エリアの縮小を迫られた。
それまでは創業者のK社長のカリスマ性と強 烈なトップダウン経営で順調に売上規模を伸ば していた。
しかし、K社長がH社とは別に経営 する他事業に手を取られるようになり、また経 営者としての年齢的な盛りを過ぎたこともあっ て、運送事業における営業力が低下していた。
筆者とK社長とはかれこれ二〇年近い付き合 いである。
時々思い出したように連絡をくれる。
今回のコンサルティングは幹部向けの管理職研 修に始まり、コストダウン実務を経て、次に営 業改革に移ろうというところである。
そのH社の営業であるが、会社の創生期には K社長の広い人脈を通しての紹介が売り上げの 大半を占めていた。
その後、事業基盤が安定し 始めた頃から徐々にトップセールスを脱し、人 海戦術でいわゆる?飛び込み?営業を積み重ね ることによって売り上げを作ってきた。
K社長には一つのこだわりがあった。
「下請 け仕事は受けない」ということである。
物流子 会社と大手路線会社、足回りを持たない倉庫 会社は直荷主扱いだったが、それ以外の同業他 社に頭を下げて仕事をもらうことはK社長のプ ライドが許さなかった。
それだけに営業には人手をかける必要があっ た。
その数、実に一八人。
?数で戦う?戦略と はいえ、年商三〇億円の売り上げに対して多す ぎる人数であった。
先のコストダウン実務でこ れを一〇人まで減らした。
営業マン四人、営業 を兼ねた新分野立上げ責任者三人、グループ会 社の営業担当者三人という構成である。
スリム化の次は営業方法の見直しである。
課 題は山積していた。
その中でも重要かつH社に 特徴的な課題を以下に列記する。
●飛び込み営業一本槍のため、若手の気力が持 たず、次々と退職していく。
●活動量に比べてロスが多い。
●個人予算の設定額と未達時の原因追求が厳 しいため、目先の売り上げに追われて「戦 略」や「マーケティング」にまで考えが及ば 事例で学ぶ 現場改善 日本ロジファクトリー 青木正一 代表 若手が定着せず、次々に辞めていく。
厳しいノルマに追わ れ、戦略もないまま飛び込み営業を繰り返すことに皆が疲弊 していた。
創業社長のバイタリティとベテラン幹部たちの個 人技に頼った経営は曲がり角を迎えていた。
これまでの成功 体験を捨て、組織を作り直す必要があった。
中堅運送会社H社の営業改革 第117 回 あおき・しょういち 1964年生まれ。
京都産業 大学経済学部卒業。
大手運送 業者のセールスドライバーを経 て、89年に船井総合研究所入 社。
物流開発チーム・トラッ クチームチーフを務める。
96 年、独立。
日本ロジファクトリー を設立し代表に就任。
現在に 至る。
主な著書に『経営のテ コ入れは物流改善から』(明日 香出版社)、『物流のしくみ』(同 文館出版)などがある。
HP:http://www.nlf.co.jp/ e-mail:info@nlf.co.jp PROFILE 83 OCTOBER 2012 ない。
●御用聞き営業ばかりで提案できない ●パソコンのスキルが不足している(提案書を 書いたことのある営業自体が皆無)。
●オーナーによるワンマン経営のため、皆トッ プの顔しか見ていない。
営業マンが営業本部 長クラスの指示にも耳を貸さない。
●組織営業や二人以上の営業マンで荷主を訪問 する同行営業などは一切ない。
つまり、情報を共有できず、成功体験が受 け継がれることもない、コミュニケーションゼ ロの集団であった。
営業マンは常に一匹狼の状 態に置かれていた。
しかも、社内には営業マンの活動を阻む大き な壁があった。
発言力が強すぎる配車係の存在 である。
若手営業マンが何とか仕事を取ってき ても「値段が安い」「詳細が詰まっていない」 とはね付けられてしまう。
営業力強化の最大の 課題といっても良かった。
H社のように配車係が営業活動の足枷になっ ているケースは決して珍しくない。
そこにメス を入れることができれば、営業活動の推進力は 全く違ったものになってくる。
そこで筆者は常 日頃から?Noと言わない配車?の実現をクラ イアントに唱えてきた。
そのことをK社長に伝えたところ、大きく頷 いた。
そして配車担当者の三人に対し、「先ず は受けて、どう組み立てるかを汗水ながして考 えろ! ?No?は絶対許さん!」とトップダ ウンで強く命じたのであった。
しかし、それも束の間、一週間ほどで元の状 態に戻ってしまった。
K社長の命令でさえ守ら れない。
それもそのはず、H社では配車担当 者にも大きな売上予算(ノルマ)が設定されて いた。
予算未達となればトップから厳しく詰問 される。
それを恐れるばかりに、営業からの案 件を断り、配車係が自分で探した仕事を優先す るといったことが日常茶飯事となっていた。
そんな状態でもH社が事実上、運送一本で生 き抜いてこられたのは、社長の顔の広さとその 下で厳しいノルマを耐え抜いてきたベテラン幹 部たちの力があったからだ。
実際、民間の荷主 口座数は五〇〇を優に超え、行政関係の入札で は圧倒的な勝率を誇っていた。
「フェイスブック」でPR まずは意識改革が必要だった。
効果的な営業 方法を示すだけでは言うことを聞きそうになか った。
成功事例をはっきりと見せる必要があっ た。
そこで受注確度の高い案件を選んで、紹介 営業に着手した。
紹介先のクライアントに頼み込み、見積書を 出す段階までは商談を進めてもらえるように事 前に手を回しておいた。
なかば出来レースであ ったが、それでも大手物流子会社の二つの拠点 から、スポット輸送と定期便をそれぞれ受託す ることに成功した。
ここからが改革の本番であった。
ベテランの 営業マンに対しては、既成概念を一つひとつ粉 砕し、過去には成功したやり方でも今では通用 しなくなっていることを、事例を交えて伝えて いった。
一方、若手には新しいことをドンドン試して みようとハッパをかけた。
そして、少しでも効 果が出れば、会議の席で賞賛した。
そこから インターネットのソーシャルメディア「フェイス ブック」を使った関連会社のPR作戦が生まれ、 傭車先の配車マンとのパイプができて新規案件 がまとまるといった成果が生まれた。
営業マンの意識改革に続いて我々は以下のよ うなテーマを順に落とし込んでいった。
?新規営業の停止と既存荷主の深耕 ?グループ会社の営業マンとの同行営業の実施 ??車両を持った運送取扱事業?の推進 ?サービス開発&DM営業の実施 ?ドライバー名刺の改善と挨拶の徹底 ?売上管理から利益管理への移行 「?新規営業の停止と既存荷主の深耕」は、 約五〇〇にも上る荷主口座を持ちながら、そ れを全く活かせていなかったことが理由である。
荷主の数は多いものの、売り上げの大半はスポ ット輸送であり、常用の仕事を受けている荷主 は口座数の一割にも満たなかった。
そこで、いったん新規の荷主開拓をストップ し、既存荷主の営業に集中することにした。
荷 主ごとに訪問頻度を設定し、訪問時に手渡す提 案書を作成した。
提案書のテンプレートとして サービス別に五種類を用意した。
保管業務、中 ロット・中距離輸送、小口路線業務の一元管 理、回収(引き取り)、リサイクルである。
OCTOBER 2012 84 既存荷主への訪問を重ねることでわかってき たことがあった。
H社は既存荷主が開催する協 力会にほとんど参加していなかった。
参加の要 請すら受けていないケースが多かった。
協力会 を通じて各社の優劣を判断している荷主は決し て少なくないというのに、もったいない話であ る。
そこで各荷主の「輸送品質会議」や「協 力会」の開催の有無を確認し、?皆勤運動?と 銘打って全参加を義務づけた。
「?グループ会社の営業マンとの同行営業の 実施」とは、H社のグループ企業でバスやタク シー事業を運営する交通会社との相乗効果を狙 ったものである。
交通会社の営業マンとH社の 営業マンが一緒に顧客を訪問する。
回を重ねる毎に、とくに若手の営業マンた ちの言動に変化が見られるようになっていった。
それまで名前は聞いたことはあっても顔を見る のは初めてという状態だった若手同士が次第に 親しく話をするようになった。
これをチャンス と見て、意図的にグループを作り、グループで 顧客を共有する体制を推し進めた。
その結果、売り上げとしては小額ながら定例 会議で毎回のように新規受注の報告が成される ようになった。
若手から火が点く、理想的な流 れであった。
社内“一人水屋”制度を導入 「??車両を持った運送取扱事業?の推進」 は、最も大きな成果の上がった取り組みである。
最古参の営業マンT氏がその主役であった。
T 氏は創業時代からK社長と共にH社を支えてき た実力者だ。
しかし、人の上に立つのは苦手で、管理職と して幾度となく失態を犯してきたことから現在 は、部下を持たない一人営業部長であった。
そ れでも売上金額、予算達成率とも常にトップレ ベルにあった。
そのやり方は運送取扱専門、い わゆる?一人水屋?であった。
営業センスがなかったり、頭でっかちで言い 訳が先に立つような人材を底上げするよりも、 もともと売り上げを作れる人材にさらに良い環 境を与えたほうが業績の改善には効果的である。
そこでT氏の売り上げをさらに増やすにはどう すれば良いかを皆で協議した。
口数の少ないT氏から出てきた意見をヒント に、我々は「ロス率」を低くする、つまりマッ チングしなかった案件を極力なくすことで、そ れが可能になるはずだという仮説を立てた。
「ロス率」という言葉を聞いて、T氏ははじ めキョトンとしていた。
しかし、間もなくそれ が輸送依頼を受けたが車両を手当てできなかっ た注文の割合だと気付いて、ロス率は約三割だ と答えた。
とくに東北や九州方面からの上りの 便がないという。
取扱事業でノルマをしのいでいる営業マンは T氏だけではなかった。
そのロス率が少しでも 下がれば、会社全体にとっても大きなプラスに なる。
そこで地区別の取扱い品目と車両サイズ を改めて整理して、傭車先リストの充実を図っ たが、これは大幅なロス率の改善には繋がらな かった。
次善策として打ち出したのが自社の空き車両 の利用である。
H社は一〇〇台近くの車両を 自社で所有し、このところ休車が目立っている。
それを取扱事業専属として貼り付けたらどうか というアイデアだった。
T氏を始めいつも傭車 を前提に動いている営業マンたちには自社車両 を使う習慣がなかった。
強過ぎる配車係の影響 もあったようだ。
会議に同席していた専務や常 務たちは「それだ!」と膝を叩いた。
もっとも、T氏のようなトップクラスの営業 マンでないと車両を付けても持て余して、反対 に休車を増やしてしまうことになる。
結局、T 氏に五台、もう一人の営業マンに三台を割り当 てることにした。
二人の営業マンはそれぞれ管 轄する車両についてはドライバーの採用にまで 権限と責任を持つ。
事実上の社内一人親方、格 好良く言えば個人社内カンパニー制であった。
対象となった二人は当初は多少戸惑ったよう だったが、元々力のある営業マンだけに、新体 制から一月も経った頃には、車両を休ませるこ となく回転させて、売り上げを確保できるよう になっていった。
「?サービス開発&DM営業の実施」は、飛 び込み営業が苦手で自信を失っていた中堅の営 業マンに担当させることにした。
作ってみた いサービスがあるという本人の意思表示を尊重 した。
どのようなサービスを考えているのかを 聞き出し、適切な商品名を考案し、ターゲット、 料金体系、運営体制などを詰めた。
ようやく営業DMのゲラが刷り上がった時点 であった。
突然、本人が退職してしまった。
な かなか報われない飛び込み営業を繰り返すこと 85 OCTOBER 2012 で心身共に疲れ果ててしまったようだ。
これま でのコンサルティング経験から、今回のDMは 彼の強力な武器になると確信していただけに残 念であった。
ちなみに彼の後任のDM営業の担 当者はいまだに見つかっていない。
主人を失っ たDMだけが後に残されている。
ドライバー名刺の活用法 「?ドライバー名刺の改善と挨拶の徹底」は、 ドライバーの定着率と顧客満足度の向上を狙っ たものである。
以前にH社が海上コンテナの輸 送事業を立ち上げた時のコンサルティングで、ド ライバー一人ひとりに名刺を持たせた。
プロと しての自覚と誇りを持たせようという狙いだっ たが、これが営業ツールとしても有効であるこ とが、リピート客の評判などから確認できてい た。
そこでPR効果をさらに強化するために、名 刺のデザインを変更して三行のメモ欄を設けた。
同じ荷主の仕事を何度も手掛けているとドライ バーも誰が輸送管理のキーマンなのか分かって くる。
その人物が不在の時、あるいは新規の取 引先や納品先に出入りした時に、一言メモを沿 えて名刺を渡す。
「○○運送の○○です。
本日は横浜港から雑 貨品を運んできました。
今後とも宜しくお願い 申し上げます」といった具合である。
その時に、 挨拶をしっかり行う。
これを徹底した。
「?売上管理から利益管理への移行」は、こ れまで売上ベースだった運送事業の予算管理を 利益ベースに変更し、儲かっている仕事と儲か っていない仕事を明確に選別しようという狙い である。
既述の通り、H社は一〇〇台近くの車両を持 ちながらも車両回転率の管理ができていなかっ た。
営業マンはうるさい配車係を避けて、傭車 を使った取扱事業で売り上げを作ろうとする傾 向があった。
その結果、管理コストをペイでき ないほどの薄利の仕事や逆ざやが発生すること もあった。
そこで管理会計の尺度を変えた。
現状では車 両別の原価計算がままならないため粗利ベース ではあるが、利益で予算を管理することにした。
同時にK社長は利益予算の五〇%以上を自社 便で稼ぐように指示を出した。
こうしてK社長の下、いずれも一癖ある営業 マンやスタッフたちが目線を合わせ、じっくり 話し合い、何とか活路を見い出していった。
先日、久し振りにK社長とじっくり話す機会 があった。
社員の意識が少しずつ変わってきてい ることに手応えを感じているようであった。
し かし、H社の課題は営業だけに留まらない。
ド ライバーの確保を始め早急に取り掛からなけれ ばならない問題がまだまだ山積している。
関東に本社を置き、東・名・阪 に拠点を展開している。
一時期は仙台と福岡に も進出していたが、所長を担える人材を欠いて いたところにリーマンショックが追い打ちをか け、事業エリアの縮小を迫られた。
それまでは創業者のK社長のカリスマ性と強 烈なトップダウン経営で順調に売上規模を伸ば していた。
しかし、K社長がH社とは別に経営 する他事業に手を取られるようになり、また経 営者としての年齢的な盛りを過ぎたこともあっ て、運送事業における営業力が低下していた。
筆者とK社長とはかれこれ二〇年近い付き合 いである。
時々思い出したように連絡をくれる。
今回のコンサルティングは幹部向けの管理職研 修に始まり、コストダウン実務を経て、次に営 業改革に移ろうというところである。
そのH社の営業であるが、会社の創生期には K社長の広い人脈を通しての紹介が売り上げの 大半を占めていた。
その後、事業基盤が安定し 始めた頃から徐々にトップセールスを脱し、人 海戦術でいわゆる?飛び込み?営業を積み重ね ることによって売り上げを作ってきた。
K社長には一つのこだわりがあった。
「下請 け仕事は受けない」ということである。
物流子 会社と大手路線会社、足回りを持たない倉庫 会社は直荷主扱いだったが、それ以外の同業他 社に頭を下げて仕事をもらうことはK社長のプ ライドが許さなかった。
それだけに営業には人手をかける必要があっ た。
その数、実に一八人。
?数で戦う?戦略と はいえ、年商三〇億円の売り上げに対して多す ぎる人数であった。
先のコストダウン実務でこ れを一〇人まで減らした。
営業マン四人、営業 を兼ねた新分野立上げ責任者三人、グループ会 社の営業担当者三人という構成である。
スリム化の次は営業方法の見直しである。
課 題は山積していた。
その中でも重要かつH社に 特徴的な課題を以下に列記する。
●飛び込み営業一本槍のため、若手の気力が持 たず、次々と退職していく。
●活動量に比べてロスが多い。
●個人予算の設定額と未達時の原因追求が厳 しいため、目先の売り上げに追われて「戦 略」や「マーケティング」にまで考えが及ば 事例で学ぶ 現場改善 日本ロジファクトリー 青木正一 代表 若手が定着せず、次々に辞めていく。
厳しいノルマに追わ れ、戦略もないまま飛び込み営業を繰り返すことに皆が疲弊 していた。
創業社長のバイタリティとベテラン幹部たちの個 人技に頼った経営は曲がり角を迎えていた。
これまでの成功 体験を捨て、組織を作り直す必要があった。
中堅運送会社H社の営業改革 第117 回 あおき・しょういち 1964年生まれ。
京都産業 大学経済学部卒業。
大手運送 業者のセールスドライバーを経 て、89年に船井総合研究所入 社。
物流開発チーム・トラッ クチームチーフを務める。
96 年、独立。
日本ロジファクトリー を設立し代表に就任。
現在に 至る。
主な著書に『経営のテ コ入れは物流改善から』(明日 香出版社)、『物流のしくみ』(同 文館出版)などがある。
HP:http://www.nlf.co.jp/ e-mail:info@nlf.co.jp PROFILE 83 OCTOBER 2012 ない。
●御用聞き営業ばかりで提案できない ●パソコンのスキルが不足している(提案書を 書いたことのある営業自体が皆無)。
●オーナーによるワンマン経営のため、皆トッ プの顔しか見ていない。
営業マンが営業本部 長クラスの指示にも耳を貸さない。
●組織営業や二人以上の営業マンで荷主を訪問 する同行営業などは一切ない。
つまり、情報を共有できず、成功体験が受 け継がれることもない、コミュニケーションゼ ロの集団であった。
営業マンは常に一匹狼の状 態に置かれていた。
しかも、社内には営業マンの活動を阻む大き な壁があった。
発言力が強すぎる配車係の存在 である。
若手営業マンが何とか仕事を取ってき ても「値段が安い」「詳細が詰まっていない」 とはね付けられてしまう。
営業力強化の最大の 課題といっても良かった。
H社のように配車係が営業活動の足枷になっ ているケースは決して珍しくない。
そこにメス を入れることができれば、営業活動の推進力は 全く違ったものになってくる。
そこで筆者は常 日頃から?Noと言わない配車?の実現をクラ イアントに唱えてきた。
そのことをK社長に伝えたところ、大きく頷 いた。
そして配車担当者の三人に対し、「先ず は受けて、どう組み立てるかを汗水ながして考 えろ! ?No?は絶対許さん!」とトップダ ウンで強く命じたのであった。
しかし、それも束の間、一週間ほどで元の状 態に戻ってしまった。
K社長の命令でさえ守ら れない。
それもそのはず、H社では配車担当 者にも大きな売上予算(ノルマ)が設定されて いた。
予算未達となればトップから厳しく詰問 される。
それを恐れるばかりに、営業からの案 件を断り、配車係が自分で探した仕事を優先す るといったことが日常茶飯事となっていた。
そんな状態でもH社が事実上、運送一本で生 き抜いてこられたのは、社長の顔の広さとその 下で厳しいノルマを耐え抜いてきたベテラン幹 部たちの力があったからだ。
実際、民間の荷主 口座数は五〇〇を優に超え、行政関係の入札で は圧倒的な勝率を誇っていた。
「フェイスブック」でPR まずは意識改革が必要だった。
効果的な営業 方法を示すだけでは言うことを聞きそうになか った。
成功事例をはっきりと見せる必要があっ た。
そこで受注確度の高い案件を選んで、紹介 営業に着手した。
紹介先のクライアントに頼み込み、見積書を 出す段階までは商談を進めてもらえるように事 前に手を回しておいた。
なかば出来レースであ ったが、それでも大手物流子会社の二つの拠点 から、スポット輸送と定期便をそれぞれ受託す ることに成功した。
ここからが改革の本番であった。
ベテランの 営業マンに対しては、既成概念を一つひとつ粉 砕し、過去には成功したやり方でも今では通用 しなくなっていることを、事例を交えて伝えて いった。
一方、若手には新しいことをドンドン試して みようとハッパをかけた。
そして、少しでも効 果が出れば、会議の席で賞賛した。
そこから インターネットのソーシャルメディア「フェイス ブック」を使った関連会社のPR作戦が生まれ、 傭車先の配車マンとのパイプができて新規案件 がまとまるといった成果が生まれた。
営業マンの意識改革に続いて我々は以下のよ うなテーマを順に落とし込んでいった。
?新規営業の停止と既存荷主の深耕 ?グループ会社の営業マンとの同行営業の実施 ??車両を持った運送取扱事業?の推進 ?サービス開発&DM営業の実施 ?ドライバー名刺の改善と挨拶の徹底 ?売上管理から利益管理への移行 「?新規営業の停止と既存荷主の深耕」は、 約五〇〇にも上る荷主口座を持ちながら、そ れを全く活かせていなかったことが理由である。
荷主の数は多いものの、売り上げの大半はスポ ット輸送であり、常用の仕事を受けている荷主 は口座数の一割にも満たなかった。
そこで、いったん新規の荷主開拓をストップ し、既存荷主の営業に集中することにした。
荷 主ごとに訪問頻度を設定し、訪問時に手渡す提 案書を作成した。
提案書のテンプレートとして サービス別に五種類を用意した。
保管業務、中 ロット・中距離輸送、小口路線業務の一元管 理、回収(引き取り)、リサイクルである。
OCTOBER 2012 84 既存荷主への訪問を重ねることでわかってき たことがあった。
H社は既存荷主が開催する協 力会にほとんど参加していなかった。
参加の要 請すら受けていないケースが多かった。
協力会 を通じて各社の優劣を判断している荷主は決し て少なくないというのに、もったいない話であ る。
そこで各荷主の「輸送品質会議」や「協 力会」の開催の有無を確認し、?皆勤運動?と 銘打って全参加を義務づけた。
「?グループ会社の営業マンとの同行営業の 実施」とは、H社のグループ企業でバスやタク シー事業を運営する交通会社との相乗効果を狙 ったものである。
交通会社の営業マンとH社の 営業マンが一緒に顧客を訪問する。
回を重ねる毎に、とくに若手の営業マンた ちの言動に変化が見られるようになっていった。
それまで名前は聞いたことはあっても顔を見る のは初めてという状態だった若手同士が次第に 親しく話をするようになった。
これをチャンス と見て、意図的にグループを作り、グループで 顧客を共有する体制を推し進めた。
その結果、売り上げとしては小額ながら定例 会議で毎回のように新規受注の報告が成される ようになった。
若手から火が点く、理想的な流 れであった。
社内“一人水屋”制度を導入 「??車両を持った運送取扱事業?の推進」 は、最も大きな成果の上がった取り組みである。
最古参の営業マンT氏がその主役であった。
T 氏は創業時代からK社長と共にH社を支えてき た実力者だ。
しかし、人の上に立つのは苦手で、管理職と して幾度となく失態を犯してきたことから現在 は、部下を持たない一人営業部長であった。
そ れでも売上金額、予算達成率とも常にトップレ ベルにあった。
そのやり方は運送取扱専門、い わゆる?一人水屋?であった。
営業センスがなかったり、頭でっかちで言い 訳が先に立つような人材を底上げするよりも、 もともと売り上げを作れる人材にさらに良い環 境を与えたほうが業績の改善には効果的である。
そこでT氏の売り上げをさらに増やすにはどう すれば良いかを皆で協議した。
口数の少ないT氏から出てきた意見をヒント に、我々は「ロス率」を低くする、つまりマッ チングしなかった案件を極力なくすことで、そ れが可能になるはずだという仮説を立てた。
「ロス率」という言葉を聞いて、T氏ははじ めキョトンとしていた。
しかし、間もなくそれ が輸送依頼を受けたが車両を手当てできなかっ た注文の割合だと気付いて、ロス率は約三割だ と答えた。
とくに東北や九州方面からの上りの 便がないという。
取扱事業でノルマをしのいでいる営業マンは T氏だけではなかった。
そのロス率が少しでも 下がれば、会社全体にとっても大きなプラスに なる。
そこで地区別の取扱い品目と車両サイズ を改めて整理して、傭車先リストの充実を図っ たが、これは大幅なロス率の改善には繋がらな かった。
次善策として打ち出したのが自社の空き車両 の利用である。
H社は一〇〇台近くの車両を 自社で所有し、このところ休車が目立っている。
それを取扱事業専属として貼り付けたらどうか というアイデアだった。
T氏を始めいつも傭車 を前提に動いている営業マンたちには自社車両 を使う習慣がなかった。
強過ぎる配車係の影響 もあったようだ。
会議に同席していた専務や常 務たちは「それだ!」と膝を叩いた。
もっとも、T氏のようなトップクラスの営業 マンでないと車両を付けても持て余して、反対 に休車を増やしてしまうことになる。
結局、T 氏に五台、もう一人の営業マンに三台を割り当 てることにした。
二人の営業マンはそれぞれ管 轄する車両についてはドライバーの採用にまで 権限と責任を持つ。
事実上の社内一人親方、格 好良く言えば個人社内カンパニー制であった。
対象となった二人は当初は多少戸惑ったよう だったが、元々力のある営業マンだけに、新体 制から一月も経った頃には、車両を休ませるこ となく回転させて、売り上げを確保できるよう になっていった。
「?サービス開発&DM営業の実施」は、飛 び込み営業が苦手で自信を失っていた中堅の営 業マンに担当させることにした。
作ってみた いサービスがあるという本人の意思表示を尊重 した。
どのようなサービスを考えているのかを 聞き出し、適切な商品名を考案し、ターゲット、 料金体系、運営体制などを詰めた。
ようやく営業DMのゲラが刷り上がった時点 であった。
突然、本人が退職してしまった。
な かなか報われない飛び込み営業を繰り返すこと 85 OCTOBER 2012 で心身共に疲れ果ててしまったようだ。
これま でのコンサルティング経験から、今回のDMは 彼の強力な武器になると確信していただけに残 念であった。
ちなみに彼の後任のDM営業の担 当者はいまだに見つかっていない。
主人を失っ たDMだけが後に残されている。
ドライバー名刺の活用法 「?ドライバー名刺の改善と挨拶の徹底」は、 ドライバーの定着率と顧客満足度の向上を狙っ たものである。
以前にH社が海上コンテナの輸 送事業を立ち上げた時のコンサルティングで、ド ライバー一人ひとりに名刺を持たせた。
プロと しての自覚と誇りを持たせようという狙いだっ たが、これが営業ツールとしても有効であるこ とが、リピート客の評判などから確認できてい た。
そこでPR効果をさらに強化するために、名 刺のデザインを変更して三行のメモ欄を設けた。
同じ荷主の仕事を何度も手掛けているとドライ バーも誰が輸送管理のキーマンなのか分かって くる。
その人物が不在の時、あるいは新規の取 引先や納品先に出入りした時に、一言メモを沿 えて名刺を渡す。
「○○運送の○○です。
本日は横浜港から雑 貨品を運んできました。
今後とも宜しくお願い 申し上げます」といった具合である。
その時に、 挨拶をしっかり行う。
これを徹底した。
「?売上管理から利益管理への移行」は、こ れまで売上ベースだった運送事業の予算管理を 利益ベースに変更し、儲かっている仕事と儲か っていない仕事を明確に選別しようという狙い である。
既述の通り、H社は一〇〇台近くの車両を持 ちながらも車両回転率の管理ができていなかっ た。
営業マンはうるさい配車係を避けて、傭車 を使った取扱事業で売り上げを作ろうとする傾 向があった。
その結果、管理コストをペイでき ないほどの薄利の仕事や逆ざやが発生すること もあった。
そこで管理会計の尺度を変えた。
現状では車 両別の原価計算がままならないため粗利ベース ではあるが、利益で予算を管理することにした。
同時にK社長は利益予算の五〇%以上を自社 便で稼ぐように指示を出した。
こうしてK社長の下、いずれも一癖ある営業 マンやスタッフたちが目線を合わせ、じっくり 話し合い、何とか活路を見い出していった。
先日、久し振りにK社長とじっくり話す機会 があった。
社員の意識が少しずつ変わってきてい ることに手応えを感じているようであった。
し かし、H社の課題は営業だけに留まらない。
ド ライバーの確保を始め早急に取り掛からなけれ ばならない問題がまだまだ山積している。
