2012年1月号
特集

第1部 日本が世界市場で勝てない理由

JANUARY 2012  14  サムスン電子の強さの秘密は、経営層の意思決定能力 とSCMにある。
この二つは「S&OP」と呼ばれるコン セプトで結ばれている。
日本ではまだ、あまり知られて いない言葉だが、グローバル市場で戦う企業にとっては 今や常識となっている。
         (大矢昌浩) デルモデルを越え「サムスン式」へ  サムスン電子は一九九〇年代まで日本企業を後追 いする安売りメーカーに過ぎなかった。
売上規模もパ ナソニックやソニーの三分の一程度だった。
しかし、 今ではまったく立場が逆転している。
二〇一〇年十 二月期のサムスンの連結売上高は一五四兆六〇〇〇 億ウォン(約十一兆円)で、パナソニック、ソニーを 二〜三割上回っている。
しかも同期の純利益は一六 兆一〇〇〇億ウォン。
その収益力はもはや日本のメ ーカーの比ではない。
 サムスンは家電製品のほかに、半導体や携帯電話 など、日本が海外展開に失敗した事業をビッグビジネ スに育て上げた。
いずれの商品分野でも後発として 市場に参入し、製品は先行メーカーを真似た二流品 ながら、そのコスト競争力と手厚い顧客サービスで、 グローバル市場を手中に収めた。
 技術力や製品開発力に関しては今でも日本のメー カーに分があるだろう。
しかし、SCMにおいては 当初のアプローチから違った。
日本企業がコスト削減 をSCMの目的にしたのとは対照的に、サムスンは九 〇年代から顧客サービスによる差別化に主眼を置いて きた。
最新のSCM理論とノウハウを求めて経営トッ プが自ら世界を周り、大量の幹部を各地の研究機関 に送り込んだ。
 ベンチマークの対象は、当初はデルだった。
パソコ ン市場を席巻したデルモデルのアーキテクチャーを徹 底的に分析して、その要素技術を貪欲に吸収した。
そして二〇〇〇年代前半には、SCMの多くのKP Iにおいてサムスンはデルを追い抜いた。
 SCMに関してサムスンは秘密主義をとっている。
今回、本誌は正式に取材を申し込んだが許可を得る ことはできかった。
しかし、各種の資料と関係者へ の取材からその内部をかいま見ることはできる。
 〇四年前後にサムスンは同社のSCMが新たな時代 に入ったことを社内にアナウンスしている。
デルを目 標として、自社とのギャップを埋めるというアプロー チを卒業し、独自のコンセプトと技術に基づくサプラ イチェーンの構築に本格的に歩を進めた。
それを「サ ムスン式」と本誌では呼ぶことにする。
 そしてサムスン式を解くキーワードが「S&OP (Sales and Operation Planning)」だ。
文字通り、販 売計画と製造や物流などのオペレーション計画の統合 を指す。
八〇年代末に米国で提唱されたコンセプトだ が、今になって改めて注目を集めている。
 サムスンのライバル、LG電子は二〇一〇年にS& OPの新しいデータベースを構築した。
世界各地の販 売計画やオペレーション計画のデータを、ニーズに合 わせて自由に切り出すことができる。
 金額ベースで作成された販売計画を、数量ベースで 確認してオペレーション計画の基礎情報に利用する。
あるいは数量で示されている生産計画や物流計画の 処理能力を売上金額に置き換えて業績への影響を検 証するといった分析に利用する。
 以前は販売計画、生産計画、物流計画が各部門で 別々に動いていた。
販売計画の変更が生産や物流の オペレーションにどう影響するのか。
それが生産効率 や納期順守率、物流コストにどう跳ね返るのか。
事 前にシミュレーションすることは事実上できなかった。
すべての計画を一つに統合して、それを各部門が必 要とするフォーマットでいつでも取り出せるようにす ることで、販売、生産、物流の最適化を図った。
 このデータベース構築に先立つ〇九年に、LG電 子はS&OPプロセスの導入に本格的に乗り出してい 日本が世界市場で勝てない理由 特集 る。
従来、同社では小売業者や卸業者などの流通業 者に販売した時点での売り上げ(セル・イン)をベー スに需要予測や販売計画を立てていた。
これを、小 売業から最終消費者への販売(セル・アウト)ベー スに改めた。
 そのために同社の世界各地の現地法人では、それ ぞれの主要販売先二〇社〜三〇社を対象に、定期的 なS&OP会議を開いている。
どの製品をどれだけ 売るか、小売りの販売責任者と現法の営業担当が相 談して販売計画をまとめる。
 この時に前回の販売計画と実績を分析する。
実績 が未達だった場合はそれをどう埋め合わせるのかを 検討する。
市場ニーズの変化や競合製品、競合店の 戦略などを分析して、展示方法や価格の変更、商品 の入れ替えなどの対応策を練る。
 一連の取り組みによって、それまでグローバルレベ ルで約四〇%だった需要予測の計画精度は六〇%ま で改善した。
「インフラの整った先進国の計画精度は 既に七五%に達している。
しかし、新興国はまだま だ。
当面はグローバルで七〇%を目標に置いている」 と同社のSCMチームで需要予測と販売計画の立案・ 管理責任者を務めるジョンギョン・チョイシニアマネ ージャーは説明する。
 同社では現在、全販売量の約七割に当たるPOS データを小売業から入手している。
これによって在 庫の自動補充を実施するほか、計画の進捗を可視化 して市場の変化に素早く対応し、柔軟な対策を打つ ことに利用している。
つまり需要を前提にするので はなく、需要を能動的に刺激することで計画の達成 度向上を図っている。
 計画の達成度が上がれば、バッファーとしての在 庫が不要になり、物流オペレーションのムダもなくな る。
コスト構造が抜本的に改善される。
納期順守率 が上がって顧客満足度は向上し、欠品による売上機 会損失を解消できる。
 さらには販売計画とオペレーション計画が一つに統 合されることで、業績見通しの精度が上がる。
サプラ イチェーンの設計変更が売り上げとコストに、どのよ うな影響を与えるのかシミュレーションが可能になる。
確度の高い設備投資計画が立てられるようになる。
SCMが経営マターに浮上  S&OPによってSCMの位置付けは、オペレーシ ョンレベルから経営レベルに押し上げられる。
そして 「恐らく現在、最も上手くS&OPを運用しているの がサムスンだ。
サムスンはグローバルで、しかも事業 部門や製品を横断してフルタイムのS&OPを実行で きている」とJDAソフトウェアのパリ・アナマライ アジア太平洋インダストリー担当VPはいう。
 米国のある小売店でサムスンの競合製品の販売価 格が下がった。
その情報はリアルタイムで韓国のヘッ ドクォーターに伝えられ、翌日にはその店のサムスン 製品の店頭価格が変わる。
値下げによって販売数量 は増加が予測される。
それに伴い在庫やオペレーショ ンを確保する必要がある。
そのコストによって最終利 益は左右される。
そこまで考慮して素早く価格を最 適化する。
そんなダイナミックなSCMが現実に運営 されている。
 そのためにサムスンはプロセス改革を重ね、必要な ITを整備し、そして組織を練り上げてきた。
現在、 同社は各事業部門長の「GBM(グローバル・ビジ ネス・マネジメント)」の下にSCM部隊の「GOC (グローバル・オペレーション・センター)」を置く体 制を採っている。
15  JANUARY 2012 LG電子のジョンギョン・ チョイシニアマネージャー レノボのジョン・ パーシュクVP フレームワークスの 高井英造特別技術 顧問 JDAソフトウェアのパリ・ アナマライアジア太平洋イ ンダストリー担当VP  「一〇年前まで、サムスン製のテレビや冷蔵庫 は量販店に行ってもなかなか見当たりませんで した。
目立たないところに置かれて、ゴミのよ うに扱われていました。
品質が悪かったからで す。
私の友人は値段に釣られてサムスンの冷蔵庫 を購入しましたが、案の定、まともに冷えなか ったそうです。
そこで、その友人は修理の連絡 を入れたところ、修理するのではなく、すぐに 新しい冷蔵庫を持ってきた。
そうやって彼等は家 電事業を立ち上げていったんです。
つまり半導 体と同様に家電製品においてもサムスンはテクノ ロジーから始めたわけではなかった。
今でもサム スンは顧客サービスを武器にしています。
実際、 サムソンでは生産に関わっている人間よりもコー ルセンターのほうが人数が多い」  GBMは製品開発から製造、販売、ロジスティクス まで、その事業に関わる全ての権限を一手に握って いる。
GBMのトップはいずれもグローバルビジネス の経験豊富なトップエリートたちで、外部からヘッド ハンティングした中途入社組も多い。
そんなプロフェ ッショナルにSCMの意思決定機能を集約している。
 人材のスペックが日本のメーカーの事業部長とはか なり違う。
日本の事業部長は多くが現場上がりの元 技術者だ。
優秀なエンジニアが、そのままマネジメン トのトップに座っている。
現場には滅法強い反面、ビ ジネスやマネジメントといったことにはそれほど明る くない。
 一方、GOCはGBMの直属部隊としてオペレー ションの同期化を管理する。
計画と実績にギャップが 生じれば、その原因を特定してソリューションをGB Mに報告する。
このGOC長はシニアマネージャーも しくは役員クラスで、オペレーション部門の経験者が 主に登用されるという。
部門間の調整が重要な役割 になるからだ。
 中国系PCメーカーのレノボ(連想集団)でグロー バルサプライチェーンを担当するジョン・パーシュクV Pは「SCMの対象領域は大きく拡大している。
当 社のSCM部門の仕事も、五年前と現在では内容が 様変わりしている」という。
 SCM部門の役割は以前はロジスティクスの効率化 とサービスレベルの向上だった。
日常業務において顔 をつきあわせる相手は、同じKPI、同じ用語を使 っているオペレーション担当のスタッフたちだった。
しかし、現在は他部門や社外との調整作業に業務の 中心が移っている。
 ロジスティクスの改善は顧客満足の点でもコストに おいても既に一段落したと判断し、次のステップとし ──日本の電気メーカーとサムスンの立場は、こ の一〇年間で完全に逆転してしまいました。
技 術力に関しては今でも日本のメーカーは負けてい ない。
しかし、SCMの領域では大きな差があ るように見えます。
 「恐らくそうなのでしょう。
サムスンは全ての 製品について、それぞれに独自のサプライチェー ン技術を開発しました。
チェジソン(崔志成)副 会長自身がSCMの専門知識を持ち、多くの時 間をSCMに割いています」  「サムソンがSCMを重視するのは、そうしな ければ彼等は生き残れなかったからです。
かつ てのサムスンは日立や東芝といった先行企業にラ イセンス料を支払って、似たような半導体を安く 売る?セカンドソース?に過ぎませんでした。
品 質力も開発力も劣っているために、顧客サービス で差別化するしかなかったんです。
そして競争 力のある顧客サービスを実現するには敏捷なサプ ライチェーンが必要でした。
注文が来たらどこよ りも早く届ける。
どうすれば、それができるの かを彼等は考え抜いてきた」  「その後、ちょうど日本の半導体メーカーが米 国政府からのダンピング提訴に苦しんでいるタイ ミングで、サムスンは技術力でも日本のメーカー に追いつきました。
そして現在は彼等は技術力 だけでなく、キャッシュまで手にしている。
イン テルの創業者のアンディ・グローブは、?我々の 恐れる唯一のライバルがサムスンだ。
なぜなら彼 等にはキャッシュを持っている?といいます。
実 際、サムスンは四半期に五〇億ドルものペースで キャッシュを生み出しています」 ——家電製品も同じですか? JANUARY 2012  16 (Seungjin Whang) 1974年、ソウル大学校 卒。
88年、ロチェスター 大学博士号取得。
87年よ りスタンフォード大学ビジ ネススクール教授。
専攻は オペレーションズ・リサー チと情報技術。
「スタンフ ォード・グローバルSCM フォーラム」の共同理事長 を務め、斯界の世界的権 威の一人として知られて いる。
「サムスンは顧客サービスから始めた」 スンジン・ワン スタンフォード大学ビジネススクール 教授 ——それでは普通は利益が出ないのは。
 「しかし、彼等は利益を出しています。
問題は どこで利益を得るのかということなのです。
サ ムスンの話ではありませんが、例えば先日、私 は台湾の世界的半導体メーカーのTSMCを訪 問しました。
彼等は自分では設計はせずに、フ ァブレスメーカーに製品を提供することに徹して いる。
そして彼等は半導体メーカーでありながら 半導体の製造技術ではなくSCMに大変な投資 をしています」  「TSMCは以前にオーダーステータスを管理 するパッケージソフトを導入しました。
注文や納 期の変更に機敏に対応するために、サプライチェ ーン全体をリアルタイムで把握する狙いでした。
しかし、そのソフトは上手く機能しなかった。
そ こで現在は二〇〇人もの技術者を投じて独自の システムを開発しています。
その多くは博士号を 持つ技術者ですから大変な資金を投じているわ けです」  「TSMCのモリス・チャン会長は?もし顧客 が注文を変更したいのであれば、我々はできる 限りそれを受け入れて、顧客満足を得たい。
な ぜなら我々はサービスカンパニーだから?と言い ます。
彼等はハイテク企業である前にサービスカ ンパニーなんです」  「また顧客サービスを向上することが必ずしも コスト的にマイナスになるとも限りません。
例え ば私はよく、受注には三つの区切りがあると説 明しています。
一つは?液体期間?。
注文変更が 可能な期間です。
もう一つは?凍結期間?。
注文 変更が利かなくなる期間です。
そして三つ目は その中間のグレーゾーンです。
生産部門は納期を 守るには一カ月前には注文を確定する必要があ ると主張する。
一方で営業は、いや一時間で何 とかしろという。
どこの会社もそんな二つの意 特集 てS&OPの導入に取り組んでいる。
事業計画部門 や営業部門、製造部門、財務部門、さらにはサプラ イヤーや取引先とのコラボレーションによって、サプ ライチェーン全体を強化することが、SCM部門に与 えられた新しい使命だ。
 「我々は新興国市場をこれからの主戦場として位置 付けている。
そこではS&OPがカギを握ると考え られている。
そのために、ちょうど先日も当社の最 高経営会議でSCM部門の取り組みの進捗について のレビューがあったところだ」とパーシュクVPは説 明する。
需給調整会議では対応できない  S&OPというキーワードは海外においてはSCM の次のテーマとして広く認識されている。
ところが日 本では、今のところほとんど知られていない。
S& OPに注目するSCM担当者はいても、そのスコー プが自分の担当領域を大幅に超えているため、実務 への適用が進まない。
 フレームワークスの高井英造特別技術顧問は「従来 の需給調整会議では、グローバルサプライチェーンの 管理などできない。
戦略的な視点から全体を最適化 するには、もっと上のレベルでSCMに取り組まない とどうにもならないということを、まずは経営者に 認識させるべきだ」と指摘する。
 これまで日本では各部門の担当者を集めた定期的 な合同会議によって、部門間の調整が行われてきた。
しかし、サプライチェーンがグローバルに拡大して複 雑化し、かつ環境が目まぐるしく変化するようにな った今、従来のような需給調整会議における擦り合 わせや属人的なスキルは機能しなくなっている。
S& OPがその打開策となり得る。
17  JANUARY 2012 見が対立しています」  「この問題について今から五、六年前のこと ですが、サムスンはサプライチェーンの柔軟性を 強化することによって、それまで一週間だった ?凍結時期?を三日間まで縮めました。
今ではも っと短縮されているはずです。
それだけ顧客は 売れ行きに合わせて注文を増やしたり、また取 り消したりするチャンスが広がったわけです」  「同時にサムスン側では需要予測の対象期間が 短くなったことで予測精度が上がった。
つまり コストをかけずに顧客サービスを向上させたので す。
以前に私はトヨタ方式を解説した本で?品質 は無料だ?という言葉を見つけたことがありま す。
それをサムソンは顧客サービスにおいて実践 していることになります」 ——現状では日本のメーカーの経営トップのほと んどがSCMに大きな関心を向けていません。
口 では重要だと言いながら、そこに人材や資金を 振り向けてはいない。
SCMとは在庫削減やオ ペレーションの効率化の問題だという認識です。
 「SCMは顧客のニーズにどう対応するのかと いうところからスタートしなければいけません。
SCMが顧客サービスの問題であるというコンセ ンサスを、社内に醸成する必要があります」 ——日本のメーカーもサービス重視に変身すべき ですか。
 「一概には言えません。
しかし、例えばサム スンが成功した理由の一つに、SKU( Stock Keeping Unit:在庫管理の最小単位)を絞り込 んだことが挙げられます。
サプライチェーンを管 理できるレベルにSKUを絞り込んだ。
それに対 して日本のメーカーのSKUはあまりに多いよう に見えます。
SCMの視点、顧客サービスの視点 から改めて製品ポートフォリオを検討する必要は あるのではないでしょうか」

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