2012年1月号
特集

第3部 在庫問題解決の新潮流─S&OP 梶田ひかる 高崎商科大学商学部 特任教授

統計的需要予測が限界に  科学的な在庫管理手法が開発されてからすでに半 世紀近くが経つ。
販売データを統計解析すると標準 偏差などの一定の分布になることが発見されて、そ れに基づき、安全在庫、一回あたり補充量などの算 出式が開発された。
「統計的在庫管理」と呼ばれ、現 在も多くの企業で使用されている。
 しかし、その効力はそろそろ限界に近付いている。
多品種化や商品ライフサイクルの短期化により、統計 的な解析が適用できる対象期間は短くなっている。
加 えて小売市場では、今回の世界的な不況に伴い、特 売などの突発的な集中販売、いわゆる“仕掛け販売” が目立つようになっている。
 家電、特に情報家電の在庫管理はとりわけ深刻な 状況に直面している。
情報家電は典型的な短ライフ サイクル商品である。
かつ、生産がグローバル化して いるために、生産リードタイムは比較的長い。
 情報家電はキーパーツと呼ばれる入手可能性の限定 された部品を用いている。
キーパーツは主に先進国の 特定工場で生産され、それが開発国で最終製品に組 み立てられる。
それによるサプライチェーンの脆弱性 は、東日本大震災やタイ洪水でマスコミにも大きく取 り上げられたところである。
 基本的に情報家電の生産量はキーパーツの調達量 で決まってしまう。
キーパーツの調達量以上に注文が 入れば必ず欠品が発生する。
その反対にキーパーツの 調達量以下しか注文がなかった場合は在庫の陳腐化 が発生することになる。
 そして情報家電の主な販路となっている量販店は 特売等の仕掛け販売を多用するチャネルである。
売 れ行きの変動が大きい上に、極めて短いサイクルで商 品を入れ替える。
そのために、統計的在庫管理手法 の適用が非常に困難になっている。
 実は他の業種も状況はそう大きくは変わらない。
加工食品では、小売りが設定した「三分の一ルール (製造日から賞味期限までの期間の三分の一を過ぎて いる商品は納品を認めない)」により、メーカーや卸 などのベンダーが小売りに販売できる期間が著しく短 くなっている。
 また家庭用化学品は、特売のターゲットにされてい て、極端な出荷量の変動を余儀なくされている。
さ らには受注生産の機械製品であっても、受注から納 品までの期間が短くなっているために、中間在庫と いうバッファーを持たざるを得なくなっている。
いず れの業種においても欠品と過剰在庫に悩まされてい るのである。
 そのような近年の市場動向に対応する新たな在庫 管理手法として近年注目され始めているのが「S& OP(Sales and Operation Planning)」である。
本 誌二〇一一年二月号に掲載した筆者の寄稿ではカル ビーの取り組み事例を紹介したが、既に日本でも、 S&OPを導入する企業が現れている。
S&OPが可能にするもの  S&OPそのものは決して新しい概念ではない。
営 業が作成する販売予測の精度を上げ、それに基づい て生産・供給を行うことで、売上・利益の最大化を図 ろうというもので、一九八〇年代後半にアメリカで 提唱された。
 ただし、今注目されているS&OPの概要は、当 時とは若干異なっている。
当時は、月次での販売計 画・生産計画を基本としていた。
販売計画を直前ま でローリングしても月次では市場の変化に追いつかな JANUARY 2012  24 梶田ひかる 高崎商科大学商学部 特任教授 在庫問題解決の新潮流─S&OP  S&OPは在庫問題を抜本的に解決するソリューションとな り得る。
そのカギを握るのは営業部門だ。
顧客情報の入手 による予測精度の向上、計画通りに売り切るマーケティング 能力の獲得、そしてオペレーション部門との連携に向けて、 営業部門改革を押し進める必要がある。
特 集 い。
そのため、販売計画は参考数値とし、出荷動向 から個々の商品の需要予測を行い、生産につなげる という方法がとられた。
 販売計画は、現在でも月次サイクルのところが多 い。
しかし、生産計画は週次に移行し、進んでいる ところでは日次での計画立案に変わってきた。
これ に合わせて販売計画も週次に移行し、かつアイテム別 に、生産の直前まで細かく見直すことにより精度を 向上させて、生産のインプットとして活用しようとい うのが、近年の動きである。
 売る量と作る量が同じなら、在庫を大きく減らせ るばかりか、欠品も解消できる。
顧客満足度も向上 する。
これがうまく機能すれば、ロジスティクスとい う観点では、在庫問題が解決する。
 ただし、S&OPに対する経営トップの主な関心 は、在庫適正化よりもむしろ業績管理の向上に向い ているようである。
 年度末が近くなると上場各社は業績予想を出す。
近年、その数値と実績との乖離が目立つようになっ てきている。
予想が上にぶれても下にぶれても、経 営層は管理能力を問われることになる。
販売計画の 精度が上がれば、売り上げや利益予想の実績とのブ レは減る。
対株主という観点で、その意味は大きい。
 つまりS&OPは、在庫問題解決と業績管理向上 を同時に実現できるソリューションなのである。
そし てその柱となるのは、営業の立てるアイテム別販売計 画の立案サイクルを短期化し、精度を向上させるこ とである。
 現状のアイテム別販売計画はオペレーション計画の 参考にはならない。
典型的な日本の見込み生産メー カーを例にとり、その理由を整理してみよう。
 販売計画は全社の売上目標に基づいて立案される。
そこから生産計画の参考値とするためにアイテム別の 販売計画が作られるが、営業部門はそれを順守する 必要はない(図1)。
営業部門は売上目標の達成度で 評価される。
極端にいえば、何を何個売ってもかま わないからである。
 会社によってはアイテム別販売計画を「ストレッチ 計画」、つまり営業部門の努力目標値としているとこ ろも多い。
端から目標を達成できないことを想定し ているわけであり、売上目標を超えれば、さらに営 業部門の評価は上がる。
つまりアイテム別計画は営業 にとって当てる必要のない計画であり、それが当た らないのも当然といえる。
 しかし、ロジスティクス部門にとっては深刻な問題 である。
販売計画どおりに作っても、売れ残る可能 性が高く、逆に計画数量以上に売れてしまうと今度 は品切れの恐れが出てくる。
 したがってロジスティクス部門は販売計画における アイテム別販売計画値を参考値として扱わざるを得 ない。
だが、過去の出荷データから統計的に需要予 測を行ったところで、欠品と過剰在庫をなくすこと はできないのは周知のとおりである。
 つまり現状のアイテム別販売計画は、欠品という 形で顧客満足度を低下させ、過剰在庫という形で必 要運転資金を増やし、その処分販売に販促費を費や す原因となっているのである。
営業の「読み」とその精度  アイテム別販売計画どおりに売り切ることができ れば問題は解決する。
そこで改めて、営業の立案す る販売計画の精度について考えてみよう。
 半ば常識のように「営業のアイテム別販売計画は 当たらない」といわれているが、実は市場に直に接 25  JANUARY 2012 新製品一斉出荷量 特売情報など需要予測 図1 日本の典型的なメーカーにおける    販売計画〜生産計画策定の流れ 販売計画とは別に SCM 部門に伝達 定番品の出荷 実績ベース 販売計画策定需要計画策定生産計画策定 月次で策定 予算−実績管理に使用 週次で策定週次で策定 している営業の“読み”は、それなりに当たる。
そ のため現実に、新商品や特売の販売量は、生産も営 業の読みに頼っている。
 「出荷実績に基づいた需要予測」はあくまで定番の 販売に対してしか有効でない。
それに対して営業は、 小売りとの商談によって確保した棚スペースから新商 品の一斉配荷分を弾くため、かなり信頼できる数値 となっている。
 特売についても、精度の高い見込み数量を出せる 営業担当者は存在する。
精度の低い営業担当者であ っても、小売別の過去の販売動向を分析したり、予 実差を細かくチェックしたりすることにより、それを 高めることはできる。
 一方の定番は既に多くのロジスティクス部門が行っ ているように、過去の出荷動向から需要を読むこと ができる。
この需要予測は、個々の販売先別よりも 地域単位、さらには全国単位と、対象範囲を広げる ことにより、その精度が高まる。
従って、全社→地 域→営業所という流れで、全体の予測を個別の販売 計画間にまで落とし込んで調整する。
それを生産の 直前まで行なうことにより、アイテム別販売予測精 度を高めることが可能である。
 このように新製品、特売、定番の読みが、それぞ れ当たるのであれば、それを合算したアイテム別販売 計画も当たるということになる。
計画立案のプロセ スを細かく調整することにより、精度の高いアイテム 別販売計画を立てることは可能なのである。
 ただし、営業に求められるのは、当然ながら精度 の高いアイテム別販売計画を立てることだけではな い。
計画通りに売り切り、かつ売り上げ・利益目標 を達成しなければならない。
ある商品の販売量が当 初計画を下回ったからといって、売り上げ・利益額 も当初計画より下げてよいというわけにはいかない。
 そこで各種のマーケティング施策を検討することに なる。
ある商品の販売実績が、月初に立てた販売計 画よりも少ないとする。
しかし、市場がその商品を 望まなくなったという要因の他にも、販売が振るわ なかった理由はいくつも考えられる。
打つべき手は その要因によって変わってくる。
 競合他社が安い類似商品を発売したのかも知れな い。
そうであるなら競合に対抗して価格を下げる。
競合がキャンペーンを実施したのであれば、それに対 抗できる販促を行なう。
それによって販売量が増え れば、当初計画した利益を確保できる可能性はある。
避けるべきと言われている特売にしても、生産の設 備稼働率向上により、全社で見れば利益増に繋がる ことだってある。
 その商品の在庫が品薄になったために意図的に他 の商品に販売をシフトさせた影響が過剰に出てしまっ たということだってありうる。
その場合には販売数 量が下がったからといって、生産量をただちに減ら すのは間違いである。
 ある商品について、意図的に販売数量を伸ばす方 法もある。
売り場のレイアウトを見直して、買い物客 の手に取りやすくする。
あるいは食材のそばに晩御 飯のメニューを展示して、抱き合わせで売り上げを伸 ばすといった、提案型のクロスマーチャンダイジング を実施することで、自社と小売店の双方の売り上げ 増を実現できることもある。
 営業は、市場と社内の「境界連結者」であり、顧 客満足と自社業績の双方に貢献できる。
いやむしろ、 そのような営業が求められていると言って過言では ない。
そしてそのためには、マーケティングの「4P (Product、Price、Place、Promotion)」のうち、営 JANUARY 2012  26 図2 生産とマーケティングの融合 全社利益の拡大 ・生産ラインの空き状況 ・生産リードタイム ・調達能力 ・製造コスト、等 ・販売価格 ・取引条件 ・製品ミックス ・販売促進 サプライチェーン 能力 営業における マーケティング 特 集 業レベルで対応が可能な販売価格、取引条件、製品 ミックス、販売促進方法を上手に組み合わせる必要 がある。
 つまり、生産キャパシティ等の現状のサプライチェ ーン能力を制約条件とし、企業全体として最も利益 が高くなるように、きめ細かなマーケティングを行う (図2)。
これが、需要の不透明さが増すと同時に企 業間競争が激化し、かつ資本市場から利益追求を求 められている現在の企業環境に対応するための有力 なソリューションなのである。
S&OP導入に向けた課題  S&OPにおいて工場は、販売計画どおりに生産 する。
営業が聞くと喜びそうな話ではあるが、安易 な導入は危険である。
米CSCMP(サプライチェ ーンマネジメント専門家協会)の調査にると、企業が S&OPの阻害要因のトップにあげているのは情報 の一元化・可視化の不足である(図3)。
導入に成功 している企業はいずれもERPを導入している。
 組織間の連携も強化しなければならない。
なかで も筆者が最も重視しているのは、前述の生産とマー ケティングの連携である。
販売計画の計画サイクルを 短くして、その通りに作って売り切るのであるから、 販売・生産・供給計画の立案方法やタイミングの見 直しも必要となる。
 精度の高い販売計画を立案するには、営業能力向 上に向けた仕組み作りも必要であろう。
実際、カル ビーは、S&OPの導入と並行して営業業務の標準 化を行っている。
またネスレは、「GLOBE」とい うシステムで世界中のベストプラクティスを共有・展 開しており、その中には営業に関するものが数多く 含まれている。
 “当たる計画”作りのためには、販売計画にもPD CAサイクル(plan-do-check-act cycle)を適用する ことが望まれる。
日本の製造現場の強みの源泉とも 言われるPDCAを、販売計画にも適用するのであ る。
 今までのアイテム別販売計画は、いわば立てっぱな しであった。
精度を向上するためには、予定と実績 との差の原因を追究し、その対策を考え、次の計画 時にそれを活かすことが必要になる。
 アイテム別販売計画のPDCAは、生産計画との 連携という観点からも重要な意味を持つ。
予定と実 績が異なったならその要因に応じて、生産数量を変 更する、販売価格を変更する、特売を打つ、キャン ペーンを行うなどの対応を取らなければならないか らである(図4)。
 ちなみに米ガートナー社が毎年発表している「サプ ライチェーンTOP 25 社」で、常に上位にランキング されているサムスン電子は、S&OPに優れているこ とで知られ、同社では日頃からトップ自らが細かく予 実をチェックして対策を練っている。
その地道な繰り 返しが、同社急進のベースになっていることは言うま でもない。
27  JANUARY 2012 梶田ひかる(かじた・ひかる)  1981年、南カリフォルニア大学OR 理学修士取得。
同年、日本アイ・ビ ー・エム入社、91年、日通総合研究所 入社。
2001年、デロイトトーマツコン サルティング入社(現アビームコンサル ティング)。
11年4月、高崎商科大学商 学部 特任教授。
現在に至る。
電気通 信大学大学院情報システム学科学術博 士。
中央職業能力開発協会「ロジステ ィクス管理2級・3級」のテキスト共 同監修のほかSCM関連の著書多数。
図3 S&OPを阻害するもの 出所:CSCMP Explores 2010 春号をベースに筆者が翻訳・加筆 需要情報が一元化されていない サプライチェーン可視化のレベルに問題あり 組織的/機能的調整の不足 販売予測と販売・生産・供給計画プロセスのギャップ サプライチェーン関連システムの統合が不十分 役員の関心の低さ 実態のフィードバックループの不備 営業・生産・物流間でのコミュニケーションギャップ 社内プロセス連携レベル 経験/ノウハウの不足 取引先との連携不足 サプライチェーンネットワークのグローバル化・複雑化 年次計画プロセスに問題あり 59 55 51 48 48 47 46 45 44 36 34 33 31 (%)0 20 40 60 図4 販売計画のPDCA 販売計画立案 対応策の実施 営業活動 予実の検証 PLAN DO ACT CHECK ●販売計画修正・生産量変更 ●マーケティング方法の変更  ─価格変更  ─販売促進の実施  ─商品MIXの変更、等

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