2012年1月号
ケース

米P&G 欧米SCM会議? 5つのSCM戦略で不確実性に対応新興国で顧客10億人の獲得目指す

JANUARY 2012  48 五年間で十億人を新たな顧客に  現在、米プロクター・アンド・ギャンブル (P&G)は世界中の約四〇億人の人々に毎 日、製品を届けています。
これを五年後には 五〇億人まで拡大することを目指しています。
そのために社内では、「世界中のより多くの 地域のより多くの消費者に、今以上の精度を 持ってわれわれの製品を届けよう」というス ローガンを掲げています。
 当社は現在一八〇カ国に十三万人を超す従 業員を抱えています。
そして私が統括する工 場やサプライチェーン業務を含む「プロダク ト・サプライ部門」は、八〇カ国に一四〇カ 所以上の工場を持ち、七万五〇〇〇人の従業 員が働いています。
 P&Gは五〇を超えるブランドを持ち、そ のうちの二四のブランドは年間一〇億ドル以 上を売り上げています。
洗剤の「アリエール」 やヘアケア製品の「パンテーン」、髭剃りの 「ジレット」、電池の「デュラセル」などです。
その中でも最大のブランドは紙おむつの「パ ンパース」です。
ブランド単体で年間七〇億 ドルの売り上げがあります。
そうしたブラン ドを足し合わせたP&G全体の売上高は八〇 〇億ドルを超えています。
 図1は当社の売上高を、部門別、地域別、 市場の成熟度別に表しています。
ホームグラ ウンドである北米以外の売り上げが六〇%近 くを占めています。
当社が今後の成長を見込 むのはこれらの海外市場です。
先進国から新 興国へ軸足を移していくことで、今後五年間 にこれまでより一〇億人多い消費者に製品を 届けようとしているのです。
 そのために二〇一〇年にはパキスタンやベ トナムに工場を立ち上げ、またブラジルに工 場用地を購入しました。
こうした投資から、 当社がこれから向かおうとしている市場を具 体的に理解してもらえると思います。
 発展途上国の消費者に製品を届けるのは、 アメリカのマイアミやテキサスなどの成熟し た市場で製品を届けるのとはわけが違います。
低コストの製品開発と同時に、サプライチェ  米P&Gは軍事用語からヒントを得て、不安定で 先行きの読めない現在の経営環境を「VUCA(ブ ーカ)世界」として捉え、そこで競争優位を維持 していくために5つSCMの基本戦略を立てている。
同社の取り組みを、プロダクト・サプライ部門の責 任者を務めるキース・ハリソン氏が語る。
欧米SCM会議? 米P&G 5つのSCM戦略で不確実性に対応 新興国で顧客10億人の獲得目指す 先進国 65% 北米 41% 西欧 20% アジア 16% 事業 24% ビューティ 図1 米P&Gの売上高 グルーミング 事業 9% ヘルスケア事業 14% スナック&ペットケア事業      14% ホームケア事業 30% ファブリック& ベビーケア& ファミリーケア事業 19% ・東欧、中東、 中アフリカ 14% 南米 9% 新興国 35% 市場 成熟度別の 売上高比 部門別の 売上高比 地域別の 売上高比 組織概要 社名 プロクター・アンド・ギャンブル 創業 1837 年 本社 アメリカ オハイオ州シンシナティ CEO ボブ・マクドナルド 売上高 825 億5900 万ドル(6 兆4396 億200 万円) 純利益 117 億9700 万ドル(9201 億6600 万円) 従業員数 約13 万人 (注1)いずれも2010年6 月期の数字 (注2)1ドル= 78円で換算 49  JANUARY 2012 ーン業務をこれまで以上に効率化していく必 要があります。
 その取り組みを説明する前に当社の成り立ち について若干説明させていただきます。
当社 の創業は一八三〇年代まで遡ることができま す。
P&Gという社名は二人の創業者の名前 に由来しています。
一人は、ロウソクを作っ ていたウィリアム・プロクター氏であり、も う一人は石鹸を作っていたジェームズ・ギャ ンブル氏です。
 この二人は、オハイオ州シンシナティでそ れぞれノリス家の姉妹と結婚して義理の兄弟 となります。
二人にとって義理の父親となる アレクサンダー・ノリス氏が、二人で一緒に 事業をはじめてはどうか、と提案したのが P&Gのはじまりでした。
 私自身は一九七〇年代にアメリカ南部の大 学を卒業した後、すぐにP&Gに入社して、 アメリカ国内外の工場や物流センターなどで 働いた後、八〇年代後半から現在のプロダク ト・サプライ部門に配属されて、二〇〇一年 から同部門を率いるようになりました。
「VUCA世界」のSCM  我々プロダクト・サプライ部門は、サプラ イチェーン業務の費用を含めて、年間で約四 〇〇億ドルを支出しています。
その出費額か ら見ると当社は「世界一大きな荷主企業」と いうことができるでしょう。
 また当社のサプライチェーンはその規模の大 きさだけでなく、業務の効率化という点でく 評価されています。
米調査会社のAMRリサ ーチが行った二〇一〇年の「サプライチェー ン・トップ二五社」というランキングで、当 社は二位にランクされています。
このランキ ングが始まった第一回の調査から六年連続で 当社はランクインしています(図2)。
 当社は現在の経済環境を「VUCA(ブー カ)世界」と呼んでいます。
「ブーカ」とは 元々、軍事用語で、「Volatile(変 わりやすい)」、「U ncertain ( 不確実)」、「C o mplex(複雑)」、 「Ambiguou s(曖昧)」の四文 字の頭文字をとった 言葉です。
 いったん戦争がは じまると、戦場では 事態が急速に、しかも予想不可能な展開をす ることを表した言葉です。
現在の経済状況に も同じことが当てはまると考えています。
 景気の先行きが見通せなくなった大きな理 由の一つとしてリーマンショック後の世界経済 の不安定さが挙げられます。
その後、投機的 な動きも入り、原油や天然ガスなどの燃料を はじめ、原材料の値段は乱高下を繰り返して います。
 また当社のような国際企業は、サプライチ ェーンが多くの国に広がったことで、各国で 起こる地震や洪水、火山の爆発といった自然 災害から甚大な被害を受けるようになりまし た。
加えて現在、アメリカを含む多くの国が 様々な規制を強化する傾向にあり、経済上の 孤立主義も台頭しつつあります。
 こうした「ブーカ」な環境は、当社が今後、 どのようにサプライチェーンを考え、設計し ていくかということに、大きな影響を与えて います。
八〇年代や九〇年代のような、長期 にわたる安定的な設計図を描くことはもはや 難しくなりました。
 それでも当社は、二〇一五年までには、 「ブーカ」世界への対応を完了させるつもり です。
そのために五つの戦略の柱を作りまし た。
「?組織の再編」、「?迅速性」、「?スケ ール・メリットの追求」、「?コンプライアン ス重視」、「?革新性」の五つです(図3)。
 このうち?組織の再編の中心となるのは、 これまで各国や各ブランド任せだった、製造・ 図2 AMR が選ぶSCトップ25 社 アップル P&G シスコ・システム ウォルマート デル ペプシコ サムスン IBM リサーチ・イン・モーション アマゾン・ドット・コム マクドナルド マイクロソフト コカコーラ ジョンソン&ジョンソン ヒューレット・パッカード ナイキ コルゲート・パルモリーブ インテル ノキア テスコ ユニリーバ ロッキード・マーティン インディテックス ベスト・バイ シュルンベルジェ 8.21 5.91 5.43 5.18 5.06 4.91 4.90 4.52 4.49 4.13 3.97 3.92 3.89 3.83 3.71 3.61 3.58 3.23 2.88 2.78 2.76 2.75 2.72 2.64 2.63 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 順位 企業名 総合得点 (2010 年) ガートナー社傘下のAMRリサーチが 毎年発表するランキング 総合点はサプライチェーンの実務者の 投票やAMRの意見などに加え、在庫 回転数などの5 項目を加算したもの (注1) (注2) JANUARY 2012  50 販売計画や原材料の購買などを、集中的に管 理することです。
現在は、世界の三六〇カ所 で、それぞれ製造・販売計画をたてています。
これを五〜六カ所に集約することで、全社の 歩調を合わせて、全体最適を目指します。
 そのためには、数多くの優良企業の方法を ベンチマークして、そこから学び取るという方 法をとっています。
ベンチマークの対象とな るのは、同業他社だけにとどまりません。
異 業種であっても、優れたサプライチェーンや組 織力を持つ企業の手法を分析・研究し、その 長所を当社の業務に取り込んでいこうとして います。
 また、これは以前から続けていることです が、社内教育を引き続き充実させて、従業員 の生産性を上げるための教育を行っていくこ とを重視しています。
 「?迅速性」という点では、社内における 「グローバル・スタンダード」の導入を柱に据 えています。
経営環境が不安定な状態では、 この迅速性こそが、企業の収益の増減を分け る決め手となることが少なくありません。
 当社の工場では、世界共通のスコアカード が使われています。
「KPI(重要業績評価 指標)」はもちろん、仕事の進捗や手順も同 じやり方をとっています。
同じシャンプーの 生産であれば、アメリカのアイオワ州にある 工場でも、タイの工場でも、インドの工場で も、まったく同じ工程で行われるのです。
 こうした「グローバル・スタンダード」を た映像は、その後、社内で新しい生産ライン を作る時の参考資料として利用されています。
(プレゼンテーション中に約三分の工事現場の 時系列の映像が流された)  こうした作業工程などを当社の「グローバ ル・スタンダード」として統一していくこと は、作業の効率化だけでなく、何が大切であ り、何が不要であるのかという当社の企業文 化を養っていくことにもつながっていくと考 えています。
 「ブーカ世界」に対応する三つ目の戦略と して、「?スケール・メリットの追求」があり ます。
我々プロダクト・サプライ部門は一〇 年に、工場などの設備投資として三〇億ドル を投資しました。
環境への負荷が少ない工場 「グリーン・フィールド・サイト」を世界一九 カ所に建設しました。
一九カ所のうち一八カ 所が新興国でした。
導入することが、エンジニ アリングにかかるコストを 低減し、問題解決能力を 高め、新製品の迅速な生 産を可能にします。
高崎工場での成功例  これから紹介する事例は 〇八年に日本の高崎工場 で、新しい生産ラインを作 ったときの話です。
 工場のエンジニアリング 部隊は、従来一四日間かかっていたラインの 製造を一〇日以内に完了させるという目標を 立てました。
シミュレーションソフトを使った り、これまでの作業工程を入念に検討したり して、生産ラインのうち事前に組み立てるこ とができる部分は前もって組み立てておいて から現場に搬入するという方法をとりました。
建設物の検査も事前に済ませることにしまし た。
部材は、中国製の安い部材を輸入して使 うことに決めました。
 準備万端整えて新しいラインの組み立てに 着手した結果、一〇日以下という目標に対し て、その半分の五日間で完成させることがで きました。
しかも、現場での事故やけがは一 つもなく、そのほかの業務への支障も一切あ りませんでした。
 下準備が十分であったことが成功の最大の 要因でした。
この工事現場の模様を録画し 図3 P&G の戦略の五つの柱 1 組織の再編 中心戦略の厳格さと構造 他業界のベスト・プラクティスから学ぶ 専門性のある分野を一括管理 社内教育への投資 2 迅速性 グローバル・スタンダードの導入 モジュール・デザインの導入 世界的な技術のプラットフォーム サプライヤーとの長期にわたる取引計画 世界的な商品とパッケージの戦略 3 スケール・メリットの追求 部材の調達において 接続と開発において エンジニアリングにおいて 複数製品を製造する工場の建設 4 コンプライアンス(法令順守)重視 国内外の各種法律 輸入・輸出時の通関に関する法律 製品の品質 社会的責任 5 革新性 モデリングにおいて ロジスティクス業務において 部材の調達において シミュレーションにおいて 51  JANUARY 2012 向がありますが、これは当社も同じです。
欧州で鉄道輸送網を確保  最後の戦略が「?革新性(Innovat ion)」です。
 当社が革新的な企業であり続けるために重 視しているのがR&D(研究開発)に対する 投資で、年間で約二〇億ドルをかけています。
これは当社の主な同業他社全社のR&D投資 額を合計した額を上回っています。
R&Dを 軽視すれば、当社はどこにでもある商品(コ モディティ)を製造・販売するメーカーに落 ちぶれてしまうと考えています。
 同時に、当社はエンジニアリングを、これ までほぼ一〇〇%社内で行ってきました。
し かし今後は、半分をサプライヤーや外部のコ ンサルティング企業、研究機関に委託してい きます。
外部の力を取り入れることで、いっ そう革新的な製品を作り出していきたいと考 えています。
その一例として、紙おむつの研 究開発において、原子力爆弾を開発したこと で有名なロスアラモス国立研究所にその一部 を委託しています。
 ロジスティクス業務もまた、「革新性」の大 切な要素です。
当社は、ヨーロッパにおいて 鉄道輸送網を確保して、自社専用の貨物列車 を運行させています。
ベルギー北部を起点と して、イギリスやロシア、スペインなどに列 車を運行しているのです。
 低廉で環境負荷の少ない貨物列車を自社で 所有することによって、輸送時間が読めない ことや輸送品質が劣るといった鉄道輸送の欠 点をカバーし、トラック輸送と同様に使いこ なすことができるようになりました。
 ここ数年、当社では、工場でのオペレーシ ョンと並行して、ロジスティクス業務の強化 にも大きな力を注いできました。
いずれの国 においても、小売り業者の納品時間の指定が 厳しくなる傾向にあるためです。
 納品は一定の時間枠内でしか受け入れない。
その時間に間に合わなければ、翌日まで納入 できないという商慣習が、一般的になりつつ あります。
従って製品輸送において、指定の 時間を守れないということは、販売の機会ロ スに直結する重大な問題だと意識して取り組 んでいます。
 今後の課題としては、人材の問題があり ます。
製品開発やサプライチェーンの設計と いった重要分野のエンジニアリングにおいて、 当社が最先端のポジションに立ち続けるには、 優秀なエンジニアをどこから連れてきて、ど れだけ長い期間当社の中にとどまらせること ができるのか、そのためには、どのようなイ ンセンティブ(動機付け)や人事制度が必要 なのか、といった問題が大変に重要になって きます。
 とりわけ中国やインドなどの新興国におけ るエンジニアの確保が、今後の当社にとって 大きな課題といっていいでしょう。
        (ジャーナリスト 横田増生)  従来は、一つの工場で一つの製品だけを作 っていたのですが、新しく立ち上げた工場で は、複数の製品を同じ工場で製造するように 切り替えました。
それによって対象製品の物 流を統合して輸送費を軽減することができる からです。
 それまで当社では、製品ごとにロジスティ クス担当者が配送業務を管理していましたが、 これも統合しました。
製品別の垣根を取り 払って効率化へとつなげようという狙いです。
同時に、全社で八万社あるサプライヤーの数 も多過ぎると判断し、絞り込みを行っている ところです。
 当社は事業規模が大きいため、小さな業務 改革が大きな効果を生み出します。
たとえば、 当社では製品パッケージに四〇〇〇種類もの 色を使っています。
国ごと、また製品ごとに、 パッケージの色を選んでいるため、それだけ の種類の色が必要となるのです。
白一つとっ ても、二〇〇種類近いバリエーションのある ことが分かっています。
 これを一括管理して集約することで、色の 種類を五〇〜七五%削減することを目指して います。
目標が達成できれば、年間約五〇〇 〇万ドルの経費削減が期待できます。
 「?コンプライアンス重視」も柱の一つです。
コンプライアンスは近年、アメリカ内外で大 きな注目を集めています。
それによってつま づく企業も少なくありません。
とりわけ食品 関連企業はコンプライアンスに力を入れる傾

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