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MARCH 2012 56
宅急便の取扱量は好調に推移
成熟化した感のある宅配市場に変化が起きてい
る。 まず、Eコマースの拡大によって取扱個数の
伸びを安定的に見込めるようになったことがある。
逆にお歳暮、お中元など季節モノの配送は減少し
ているが、これは物量の季節波動の平準化にもつ
ながっている。 市場全体の数量は増加基調にある
ため、業界にはポジティブな傾向と言えるだろう。
二つ目の変化は、自らを苦境に追い込むような
過度な値下げ合戦が沈静化したことである。 市場
が緩やかに拡大する局面では各社ともにそのメリ
ットを受けられ、大幅な値下げで増収を図るイン
センティブがなくなったということだろう。
最後に、民間事業者はメール便の取り扱いに慎
重なスタンスを取り始めている。 「信書(特定の
受取人に対し、差出人の意思を表示し、又は、事
実を通知する文書)」は総務大臣の許可を受けた
信書便事業者(日本郵便のみ)に限り、送達を
認められている。 この信書の定義が依然として曖
昧なため、事業者にとってはコンプライアンス上
のリスクになってきたためだ。 ヤマトホールディ
ングス(以下、ヤマト)では、顧客に対し信書の
取り扱いができない旨の周知を徹底し、あえて数
量を減らしたもようで、同社のメール便の減少は
二〇一二年四〜六月期までは続く見込みである。
ヤマトの一二年三月期通期の営業利益計画は前
期比四・二%増の六七〇億円、純利益計画は三
六・八%減の二一〇億円となっている。 純利益の
減少は東日本大震災に関わる義捐金の拠出、繰延
税金資産の取り崩しによる法人税等調整額の増加
など非ファンダメンタルズな要因で説明ができる。
一月三〇日に発表した一一年四〜十二月期決
算は、売上高が前年同期比二・〇%増の九七一七
億円、営業利益が〇・二%増の六四二億円、純
利益が三二・三%減の二四二億円だった。
「宅急便」の取扱個数は前年同期比四・九%増
と好調に推移している。 特にインターネット通販な
どEコマースの顧客の取扱増加が続いており、来
期に向けての継続性もありそうだ。
運賃単価は下落したが、Eコマースの拡大は数
量増加をもたらす一方、セールスミックスが悪化
するため、平均単価を引き下げる要因にもなりう
る。 宅急便の単価の下落幅は、このセールスミッ
クスの変化に伴う緩やかな下落の範囲に留まって
おり、不毛な価格競争の懸念はなさそうだ。
これに対してメール便の取扱数量は六%程度減
少しており、単価の下落もやや目立つ印象を受け
る。 ヤマトがメール便でコンプライアンスを重視す
る方針を打ち出したのは一一年の夏場からであり、
直後の一〇〜十二月期にはその影響が大きく出た
とみられる。 また、同期は宅急便の繁忙期に当た
るため、メール便の営業活動にやや勢いがなくな
ったということもあるだろう。
ヤマトホールディングス
労務コストの抑制で成長路線復活へ
宅配市場の環境好転も追い風に
人件費抑制策の失敗、宅配市場での価格競
争の激化のために、利益水準はこれまで足踏
み状態が続いていた。 しかし、Eコマースの
拡大により、宅配市場は安定的な成長が見込
めるようになっている。 労務コストのコントロ
ールに成功すれば、再び成長軌道に乗ること
ができそうだ。
土谷康仁
メリルリンチ日本証券 調査部
シニアアナリスト
第74回
57 MARCH 2012
設備投資は二倍近い水準に
こうした状況を受け、ヤマトは一二年一〜三月
期の業績計画達成を目指し、宅急便では個数増加
に向けた施策の継続と単価の改善、メール便では
個数鈍化に歯止めをかけるよう経営努力をするよ
うだ。 バンクオブアメリカ・メリルリンチ(B
of
AML)では、閑散期の一〜三月には?デリバリ
ー事業に関わる総合的な労務コストのコントロー
ル、?メール便の減収に対する新たな付加価値商
品の開発、?自社株買いなど株主還元の拡充、な
ど一三年三月期に向けた取り組みの進捗に注目し
たいと考えてい
る。
ヤマトが過去
五年間で実施し
た中期経営計
画の施策の中で、
達成が最も困難、
または達成に時
間を要したのは
人件費を中心と
する労働生産性
の改善だっただ
ろう。
これは基本
的にパートタイ
マーの即戦力化
による人件費の
抑制を目的とし
たものだったが、
実際にはフルタイム従業員の労働時間短縮に十分
な効果を発揮しなかったばかりでなく、取扱個数
の減少や残業時間の増加など体制移行に伴うコス
トが発生した。 このため、過去の営業利益水準は
五〇〇〜六〇〇億円台で推移することになった。
想定通りの改善効果が上がらなかった要因は、
?同業他社のダンピングによる競争環境の悪化、
?労働基準法違反で是正勧告を受けたため、急
激、かつ従業員が戸惑うようなトップダウンの施
策を実施したこと、などであったと推定される。
今後、そうした労務コストのコントロールとメー
ル便の減収に伴うコスト抑制が順調に進めば、ヤ
マトのグロースストーリーが復活することになる
だろう。 現時点(一月三〇日現在)では、B
of
AMLは同社の一三年三月期業績を売上高が前
期比二%増の一兆二八九二億円、営業利益が四・
七%増の七〇九億円、純利益が三二・四%増の
四一九億円に達すると予想している。
一〇年四月に社長に就任した木川眞氏は労務担
当も長く経験している。 前社長の瀬戸薫氏(現会
長)が築き上げた労務施策を業績改善につなげる
ことができると期待され、結果、貨物一個当たり
の人件費比率の低下によって安定的な利益成長を
続けると期待している。
設備投資も積極化している。 B
of
AMLの推
定では、一二年三月期の設備投資は七二〇億円。
今後三年間の設備投資総額は、IT投資に関わ
る支出や羽田エリアに竣工予定の大型物流センタ
ー関連の投資が増加するため、過去三年間の一六
〇〇億円(年平均五三〇億円)を七〇%以上も
上回る二八〇〇億円(年平均九三〇億円)に達
すると予想する。
また、一二年三月期〜一四年三月期の中期三カ
年経営計画では、「ゲートウェイベース全国展開」
戦略を打ち出した。 これは、単純に言えば東日本
と関西の輸送網を更に高度化してトラックの積載
効率を向上し、同時に顧客ニーズにマッチした時
間帯での配達体制を構築するという計画だ。
現状、宅急便は「発地側センター」→「発地
側ベース」→「着地側ベース」→「着地側センタ
ー」というフローで配達されている。 今後は関東、
中部、関西の三主要拠点にハブ機能を持たせてこ
のフローを組み換え、計画的、かつ緻密な配送ル
ートを完成させるという。
これについては損益改善効果が未知数のため、
B
of
AMLでは業績予想に織り込んでいないが、
この仕組みが機能すればトラックチャーター費用
の抑制などが期待できるだろう。 今後の設備投資
額は増加するものの、ネット社会に適合した効率
的なサプライチェーンを実現するための投資であ
り、顧客の利便性向上に加え、計画的な需給予
想に基づく費用抑制が期待できると考える。
なお、投資水準は高くなるものの、当社の株主
資本比率は六〇%、D/Eレシオは〇・二倍と財
務体質は健全なため、自社株買いなど株主還元の
期待も高まるだろう。
《出来高》
過去10年間の株価推移
つちや やすひと
一九九七年三月神戸大学大学院卒、
九八年四月和光証券入社。 三菱証券
などを経て、二〇〇五年一〇月にメ
リルリンチ日本証券に入社。 運輸セ
クター担当アナリストとして活躍し
ている。
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