2013年5月号
SOLE

「原発事故報告書」に学ぶSOLE日本支部トークセッション

SOLE 日本支部フォーラムの報告 The International Society of Logistics MAY 2013  76  東日本大震災から二年余りが経過 した。
地震直後に発生した東京電力 福島第一原子力発電所の事故は「炉 心溶融(メルトダウン)」と「水素爆 発」を伴う「過酷事故(シビアアクシ デント)」であり、大量の放射性物質 の飛散と汚染水の海洋流出を引き起 こした。
 この事故を調査し、原因の究明や 対応の検証を行うために国会、政府、 民間、東電にそれぞれ事故調査委員 会が設置され、二〇一二年二月から 七月の間に各報告書が提出された。
 SOLE(ロジスティクス学会)日 本支部はこの過酷な事故からロジステ ィクス関係者として何かを学ぶべきで あると考え、今年三月の月例会の場 で討論会「原子力発電事故調査報告 から学ぶ」を開催した。
その結果を 報告する。
ロジスティクスの観点  今回の討論会の目的は事故の責任 を追及することではなく、我々がロ ジスティクスを研究するものとして、 「原子力発電事故調査報告」から何を 学ぶべきかを明らかにすることにある。
 ロジスティクスは古来「補給と整 備」と言われているように、必要な物 資・資材をいかに供給するか、供給 された物資・資材をいかに保全整備 するかを課題とする。
ロジスティクス の目的は対象とする製品・システムの アベイラビリティ(可用性)とレディ ネス(準備性)の維持、向上である。
 ここでいう「製品・システム」とは、 日用品雑貨から食料、衣類、医薬品 などに始まり、自動車、テレビなど 家電品、通信システム、鉄道、航空 機、艦船、ミサイル、宇宙システム などである。
今回テーマとする原子力 発電システムももちろんその対象に含 まれる。
 このようにロジスティクスは、消費 財に代表される比較的ライフサイクル の短い単一機能製品から、原子力発 電や宇宙システムのような複雑な構 造を有し、ライフサイクルが長期にわ たるシステム製品までを対象にするが、 前者は製品が消費者の手元に届けれ ば良しとされ、後者は使用者の手元 に届いた後、長い使用期間を通して アベイラビリティ維持のためのロジス ティクス支援活動を必要とするという 違いがある。
 この後者におけるロジスティクスを、 我々は以下の五つの観点から整理でき ると考えている(図1)。
?アベイラビリティの保証  使用者が対象とする製品、システ ムを使用しようとする時に、その対 象が機能性能を発揮し得る状態であ ることを保証するのがロジスティクス 活動である。
要求から入手までのリー ドタイムを最短にするために、対象品 を備蓄したり、サプライチェーン(原 材料調達から製造、供給までの経路) を構築する。
さらにそれらの対象が ライフサイクルを通して機能性能を発 揮するための支援活動(保全、補修 品供給、教育訓練など)を行う。
?ライフサイクルマネジメント  ロジスティクスは製品、システムの 企画段階から開発、製造、供給、運 用、リタイアまでのすべての期間、す なわちライフサイクルを活動の対象と する。
たとえば、運転を容易にする ためにどのような設計をするか、廃 棄処分を容易にするためにどのよう な素材を使用すべきか、保全を容易 にするためにどのようなマニュアルを 製作し、補修品をどのように管理す るか等々、ライフサイクル全般に気を 配る。
?統合ロジスティクス支援  ロジスティクス支援のための要素 (信頼性管理、保全、補修品、教育 訓練、情報管理等々)は多数あるが、 それらはお互いにトレードオフ関係に ある。
例えばサブシステムが故障し た時、現場で修理するのが経済的か、 その場で交換し故障したサブシステム を後送して修理するのが良いか、そ の場合、オペレータが交換するのか、 専門の技能者が作業するのが得か等々、 複雑な関係を持っている。
それらの 「原発事故報告書」に学ぶ SOLE日本支部トークセッション ロジスティクス の観点 図1 ロジスティクスの観点 顧客は製品品質のみならず、サービス業務(供給)の品質をも求めている。
両者の品質を合わせて総合品質と呼ぶ 総合品質 製品の開発 製品 設計・製造 ロジスティクス 計画 ロジスティクス 支援業務 要求 運用 1.アベイラビリティの保証 2.ライフサイクルマネジメント 3.統合ロジスティクス支援(ILS) 4.事前準備 5.費用対効果 77  MAY 2013 Y氏、I氏)がそれぞれ問題提起を 行い、参加者全員で討議を行うとい う形式で行った。
問題提起の概要は 次の通り。
「安全神話」はなぜ生まれたか  M氏は「NHK放映のビデオ紹介」 として、合計五本(注)のテレビ番組 の内容を要約し、「福島原発事故の原 因と責任の所在」と題する資料を作 成し、以下のように問題を提起した。
(注:二〇一一年九月放映「ETV特 集 シリーズ原発事故への道程(前 篇:置き去りにされた慎重論/後編 :そして?安全神話?は生まれた)」、 一一年一一月、一二月放映「NHK スペシャル シリーズ原発危機(安全 神話:当事者が語る事故の真相/メ ルトダウン:福島第一原発あの時何 が)」、一二年二月放映「NHKBS 世界のドキュメンタリー(?原子力は 地球の未来?は本当か)」)  原子核分裂による巨大エネルギー を平和利用するという掛け声の下、各 国で原子力発電の推進が図られたが、 わが国では安全性の重要性が指摘さ れながらも実際には経済性が優先さ れた。
また「事故は起きない」と言 わなければ原発の推進はかなわなかっ たことから、「安全神話」を生むに至 った。
過去に発生したスリーマイル島 事故、チェルノブイリ事故の教訓が生 要素を統合的にとらえないと解は見 つからない。
?事前準備  ロジスティクスの精神は事前準備で あって、事後処理ではない。
設備が 故障した場合には当然その後に修理を 行うが、本来は故障する前に対策を 打っておくべきであり、それ以前に 故障しない設備を設計できればなお 良い。
対象とする製品、システムの 全ライフサイクルにおいて発生し得る あらゆる事象を事前に想定し、もし 発生した場合にはどのように対処す べきか、そのためにどのような準備 をしておくべきかまで考察しておきた い。
そのためには製品やシステムを入 手し、運用し、リタイアするまでの姿 を想像し、思い描くことが重要であ る。
想像力が物を言うのである。
?費用対効果  目的を果たすための代替案は数多 くあり、それぞれ入手の容易性、使 用時の効果性、入手、運用、支援の コストはまちまちであるが、やはり 最大の決定基準となるのは費用対効 果性である。
問題はその算定方法と、 見積もる費用の範囲である。
想定し 得るすべての費用について算定すべ きである。
四人の問題提起  討論会は参加者四人(M氏、O氏、 図2 事故調査報告書の対比 政府事故調国会事故調民間事故調東電事故調 事故調委員長 及び調査規模主な主張直接的原因提言等事故前 対策 発災時の 対応 委員長:畑村洋太郎 氏 東大名誉教授 政治家及び東電幹部ら772人から 聴取  大規模複合災害が起こるという 視点が、国、自治体、電力会社 に欠如していた  津波によって全交流電源と直流 電源を喪失し、原子炉を安全的に 冷却する機能が失われたことが今 回の大事故の直接的原因 不適切な機器操作は大きな問題。
首相の現場介入は現場を混乱させ た。
SPEEDIは活用の可能性が あった 7項目と25の提言 1. 安全対策・防災対策の基本的 視点 2. 原発の安全対策 3. 原子力災害に対応する態勢 4. 被害防止・軽減策 5. 国際的調和 6. 関係機関の在り方 7. 継続的な原因解明・被害の全 容調査の実施  7つの提言 1. 規制当局に対する国会の監視 2. 政府の危機管理体制の見直し 3. 被災住民に対する政府の対応 4. 電気事業者の監視 5. 新しい規制組織の要件 6. 原子力法規制の見直し 7. 独立調査委員会の活用 ●独立性専門性のある安全規 制機関 ●米国の連邦緊急事態管理庁 (FEMA)に匹敵するような過 酷な災害・事故に対する本格 的実行部隊 ●首相に適切な助言を行う独立 した科学技術評価機関の創設  ──等の必要性を指摘  運用・設備両面での自社対策  国等への提言 ●オフサイトセンターの在り方 ●資機材の調達に関する協力体制 の構築 ●緊急時線量限度、スクリーニン グレベルの見直し方法 ●国の組織による外的事象の基準 策定  規制当局と東電の先送り、不作為 等によって地震発生時の発電所は地 震にも津波にも耐えられる保証がない 脆弱な状態であった。
原発事故は明ら かに人災  安全上重要な機器の地震による損 傷がないとは確定的には言えない 発電所内での対応が不適切であったの は東電の組織的な問題。
官邸の直接 介入が指揮命令系統を混乱させた。
SPEEDIは初動避難に活用することは 困難であった 津波によって全交流電源と直流電源を喪失し、原子炉を安全的に冷却 する機能が失われたことが今回の大事故の直接的原因  官邸の危機管理は場当たり的 で泥縄的 冷却機能を活用できなかったの は大きなエラー。
官邸の現場介 入は一定の効果があった。
SPEEDIは活用の可能性があっ た 想定外の津波が事故原因 事故前の対策については国ととも に整斉と行ってきた 粗悪な環境での適切な機器操作 は困難であった。
官邸の現場介 入は現場を混乱させた 委員長:黒川清 氏 元日本学術会議会長 延べ1167人から聴取 委員長:北澤宏一 氏 科学技術振興機構顧問 政治家から約300人にヒヤリング。
東電社員からは聴取できず 委員長:山崎雅男 氏 東電副社長(当時) 東電社員約600人から聴取 被災設備の詳細な現地調査を含めた最終確認が今後の課題であるとの認識は共通 地震対策、津波対策及びSA対策ともに不十分であった かされることなく、この度の事故を 生んでしまった。
四つの事故報告書を比較  O氏は「事故報告四編」と題して、 四つの事故調査報告書の要約を、そ れぞれ対比する形で発表し(図2)、 ロジスティクスの視点から以下の事項 についての問題を提起した。
●バックチェックとバックフィットに ついて、原発設置許可後に設定さ れた安全に関する基準等に対する チェックや適用が不十分であった ●設備が設置後四〇年を経過してい る ●当初スペインの原発をモデルとして 導入するはずが、スペインの開発が 遅れた結果、そのノウハウの取り入 れが遅れた ●手順書に整備不良があった ●シビアアクシデントに対する教育訓 練が十分でなかった ●シビアアクシデント対策が国際水準 を無視したものであった ●可能性が否定できない危険な自然 現象はリスクマネジメントの対象と し、経営で扱うべきである。
●非常用発電機設置などシビアアク シデントに対する対策の実効性には 疑問 「カーネギー財団報告書」の結論  Y氏は四つの報告書以外の資料と して「カーネギー財団報告書」の内容 を紹介した。
特に強調されたのは以 下の事項である。
 海外の良い事例として、台湾の原 発が津波に対して適切な対応をして いること、またフランスがある事故を 教訓として他の原発に対する洪水防 護策を講じていることを挙げ、わが 国のリスクに対する姿勢について警鐘 を鳴らしている。
 東日本のほかの発電所(東海)で は非常用電源を確保する措置(ポン プ室の水密性の確保)を事前に講じ ていたためにディーゼル発電機用の冷 却ポンプを救い、もう一つの発電所 (女川)では過去の津波の事実を考慮 してプラントの敷地を建設前に再配置 していた。
 カーネギー報告書は「プラントオー ナーである東京電力、日本の規制組 織である原子力安全・保安院が国際 的良好な事例や基準に従っていれば、 彼らはプラントが巨大津波に襲撃さ れる可能性を予測できたと考えられ る。
また、最新技術動向の安全性ア プローチに従ってプラントの設計が前 もって増強されていたならば、プラン トは津波に耐えられたであろう。
従 って、福島の事故は防ぐことができ たはずである」と結論付けている。
事故から見えること  I氏は「事故から見えること」と 題して、原発事故報告書以外の所見 を述べ、事故の教訓と対応策、設備 (ハード)/運用(ソフト)面での対 応策、シビアアクシデント対策などに ついて問題提起した。
特に強調され たのは以下の事項である。
●事故の教訓として、シビアアクシデ ントの防止策、対応策、原子力災 害への対応策、安全確保基盤の強 化、安全文化の徹底を呼び掛ける。
●ロジスティクスの観点から、電源と 独立した冷却源を確保するための 発電所設計を行うこと。
また支援 システムとして、支援のための資源 を複数個所に備蓄し、発電所への 供給手段を整備することが重要で ある。
●新安全基準(シビアアクシデント対 策)骨子案に対するロジスティク スからのパプリックコメントとして、 予備品、保管場所、アクセスルー トの確保を提言すること。
●世界の規制機関がTMI(スリーマ イル島)事故以降、原子力安全の ための活動を次々に展開していた にもかかわらず、わが国では規制 の高度化が遅れていた。
ディスカッションのポイント  基調講演の後、参加者と次のよう な質疑応答が行われた。
(1) マニュアルについて ●手順書、マニュアルの必要性が強 調されるが、日本人の特性として、 言われなくても必要と認識した事 項については実施するので、必ず しも手順書を作らなくてもいいの ではないか。
●欧米では手順書を作成する人と実 施する人を厳密に分離している。
●マニュアルを見ながら作業するので はなく、マニュアルは正しい手順を 定義したものであり、実際の行動 を正すためのものである。
(2) CDF(炉心損傷頻度)の基準に ついて ●国際基準値としては、 10-4 /炉年(一 万年に一回)としているがその根 拠は何か? ●一九七五年にMITのラスムッセン 教授が「WASH −1400」と して原子力発電所の確率論的安全 評価を行い、膨大なレポートを出し ている。
これは炉心溶融の発生確 率を算出し、炉心溶融により周辺 への放射性物質の放出とその被害を 計算、評価したものである(図3)。
(3) 訓練の重要性 ●起こりそうもないことへの対処と して訓練をするのはなかなか困難 ではないか。
●訓練でできないことは実地ででき MAY 2013  78 るはずはなく、軍、警察、消防な どは訓練の連続である。
(4) 他山の石 ●福島原発事故の直後、米国は高感 度放射線測定器を搭載した航空機 を飛ばして放射線を測定し、避難 指示を出したが、この高感度放射 線測定器開発のきっかけは九・一 一の反省という。
●スリーマイル島事故の教訓はどのよ うに活かされたのか。
●スリーマイル島では中央制御室の原 子炉水位計の表示が異なり、運転 員がどれが正しいか判断できなか ったことが炉心溶融に至った大き な要因であった。
その教訓から福 島第一発電所の中央制御室の設計 改善が行われた。
(5) 福島の教訓 ●福島原発事故の分析、調査から得 られる「教訓」を、今度は全世界 の原発に対して発信することは極 めて有意義なことである。
(6) 世界の標準、海外の基準 ●航空機の世界では国際基準に準拠 するのは常識であるのに、原発の 世界ではどうか。
●原発にも国際原子力機関(IAE A)による国際基準があるが、最 低限のレベルの基準であり、航空 機の世界の国際基準とは次元が異 なる。
●各国の原子力安全規制組織がより 厳しい基準を設定しているが、国 内の原子力規制組織が十分機能し ていなかったと考えられる。
まとめ  今回の討論から、各企業の経営者 およびロジスティクス担当者に対して、 参考までに以下の事柄を提言したい。
提言1:杞憂にも備える必要がある  中国古代の杞の人が、天が崩れ落 ちはしないかと心配したという故事か ら、心配する必要のないことをあれ これ心配することを「杞憂」と言う。
しかし、今回の大地震に伴う大津波 による(想定外の)シビアアクシデン トを考えれば、少なくとも過去に発 生した事象については、例え「杞憂」 であろうとも想定外とせずに、対応 を考慮しておくべきだろう。
ビスマル クの言葉とされる「愚者は経験に学 び、賢者は歴史に学ぶ」という箴言 の通り、自分自身の経験よりも先人 の経験(歴史)を尊重すべきである。
提言2:ライフサイクルの再チェック を  企業を取り巻く環境は時々刻々と変 化し、良い事例、悪い事例も日々発 生している。
企業として参考にすべ き事柄、反省すべききっかけは常に 存在している。
それらは自社の提供 する製品、サービス、プロセスに対す る警鐘である。
悲惨で不幸な出来事 を他山の石として自社のプロセス改革 に役立てたい。
提言3:机上論を実践で確認すべし  マニュアルや規定類は作成するだ けでなく、実際に運用してみないと、 いざという時に役に立つか分からない。
避難経路、連絡プロセス、対処手順 など、実地訓練ないしシミュレーショ ンすることによって初めてその妥当性、 実行可能性、潜在的問題点が確かめ られる。
提言4:支援要素のアップデートを  設備機器の維持管理(メンテナン ス)もさることながら関係資料のア ップデートを確認すべきである。
関連 するマニュアル、図面などの改廃は日 常頻繁に発生している。
マニュアルや 図面が実態を反映しているか、実際 の使用場面で有効に機能するか、電 子マニュアルや図面の場合には電源や 照明は確保できているのか、定期的 にチェックする必要がある。
提言5:常に海外とのベンチマークを  原子力の安全神話は、国内だけで なく海外からの安全上の意見や助言 をも無視する独善的な原子力推進の 組織体制の土壌を醸成した。
いわゆ る?原子力村?である。
 これまでの内向き志向を打破して、 海外との開かれた技術交流やベンチマ ーク評価を積極的に推進し、国際基 準の安全性の確立と維持に向けた原 子力業界の体質改善に努めるべきで ある。
79  MAY 2013 図3 ラスムッセン教授のWASH-1400 死者数が年間xを上回る確率 死者数 x ※ただし、交通事故を除く 軽水炉100 基 飛行機事故による 地上での死亡 塩素放出 ダム決壊 爆発 人為的事象合計 火災 飛行機墜落 WASH-1400による人為的事象による死亡確率 10 100 1,000 10,000 100,000 1,000,000 10 1 10-1 10-2 10-3 10-4 10-5 10-6 10-7

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