2013年6月号
SOLE

エンジニアリング企業の需給管理

SOLE 日本支部フォーラムの報告 The International Society of Logistics JUNE 2013  78  受注産業は需要をコントロールする ことが難しい。
ただし、供給はコント ロールできる。
限られた人材を案件の 見積りや提案、プロジェクトの実施に どう振り分けるか、人的リソースの配 分がその鍵を握る。
エンジニアリング 企業を例に、受注産業における需給 管理の要点を概観する。
(文教大学 石井信明 教授) 不採算プロジェクトが続く理由  エンジニアリング企業とは、顧客 要求に基づき案件ごとに設計・調 達・建設( E P C : Engineering, Procurement, Construction)プロジ ェクトを請け負う企業のことである。
石油・ガス・化学・電力などのプラ ント建設がその代表的な活躍の場であ り、そのほかにも、土木・建築、情 報通信システム構築、造船などの分 野で活動している。
 エンジニアリング企業が手掛ける 対象は、機械装置、化学装置、情報 システムが高度に集約された大型シ ステムであり、その設計・調達・建 設・保守、プロジェクトマネジメント は、簡単にはまねのできない高度な 技術と経験の蓄積を必要とする。
 エンジニアリング企業は人々の安 心・安全、そして、国家の社会イン フラ整備を支える装置をシステムとし て提供する能力を持つ。
新興国のイ ンフラ整備に加え、地球温暖化対策、 代替エネルギー活用など、今後ますま すその活躍の場は広がっていくものと 考えられる。
 我が国のエンジニアリング企業は、 グローバル競争の激化により輸出が伸 び悩む中でも国際競争力を保ってい る。
国家間の経済協力、外交関係強 化の観点からも、当該企業の健全な 成長は重要といえる。
 しかしながらこれまで我が国のエン ジニアリング企業は大きな需要変動を 幾度も経験し、その影響をまともに 受けてきた。
一九六〇年代までの高 度経済成長を経て、七〇年代から八 〇年代にかけてはグローバル化への試 行錯誤に苦しみ、九〇年代には需要 の縮小による熾烈な価格競争に直面 した。
 その結果、例えば日本を代表する エンジニアリング企業のA社は、九〇 年代に売上高が半減し、企業の存続 を危うくするほどの大きな損失を出 している。
これはプロジェクト案件の 減少が第一の理由であるが、需要の 変化に対応した供給の調整、すなわ ち需給管理 【1】 が未整備であったこと が、想定外に損失が大規模となった 一因だったといえる。
 基本的に受注産業であるエンジニ アリング企業は、需要の変動に対して、 効果的な手を打つことが難しい。
ま た曖昧な顧客要求に加え、競争入札 による受注企業の決定が一般的であ ることから、市場環境に変化がなく とも、見積りの精度次第で不採算案 件を積み上げてしまう可能性がある。
 エンジニアリング企業の多くは、 需要の不確実性への対応として受注 量の確保を優先する傾向にある。
し かし、供給能力を超えた過度なプロ ジェトの受注は新規受注に必要な見 積業務を圧迫することになる。
その 結果、長期間にわたり不採算の続く 可能性がある。
 すなわちエンジニアリング企業は、 需給管理の体制が整っていないこと で、自ら業績変動を増幅してしまう 可能性がある。
以下本稿では、エン ジニアリング企業の需給にかかわるプ ロジェクト案件の見積り、受注、契 約、プロジェクト遂行について、需 給管理の観点から検討を行う。
見積り・受注・遂行のプロセス  プロジェクトは通常、図1に示す ように、発注者である顧客がプロジ ェクト案件の提案依頼書(RFP: Request For Proposal)を準備し、複 数のエンジニアリング企業に応札を依 頼するところから始まる。
 エンジニアリング企業にとってこ の段階は正式のプロジェクトではな く、見積案件である。
RFPの内容 を確認した上で、採用技術、プロジ ェクト実績、競合状況、発注者の予 算、受注残などのさまざまな観点か ら、応札するかどうかの判断を行う。
その際、限られた情報から応札前に 事前見積りを行い、利益の予測を立 て、応札への意思決定に使用する。
 応札することを決定すると、エン ジニアリング企業は見積り用の設計と プロジェクト計画を含むプロポーザル 作成、コスト見積りを行い、入札価 格を決定する。
 応札段階で行う見積り用の設計お よびプロジェクト計画の立案は、コス ト見積りの精度に関わる重要なもので あり、入札価格、すなわち受注、お よび受注プロジェクトの成否に影響を 与える。
応札段階にリソースと時間 を掛けた設計を行い、プロジェクト計 画とコスト見積りの精度を向上するこ エンジニアリング企業の需給管理 79  JUNE 2013 トラクターが設備の設計、調達、建 設に要した実際の費用に適切なフィー を加えた金額を発注者が支払う契約で ある。
コントラクターにとっては、大 きな利益は期待できないが赤字リスク を抑えることができる契約方式とい える。
発注者にとってもコスト構造が 明確になり、高い買い物をする危険 を減らすことができる。
 発注者とコントラクターのWin −Winが成立する契約方式は、一 見すると実費償還契約のように思え るが、この契約方式はプロジェクト遂 行への発注者のかかわりが大きく、発 注側に設計内容の精査に加え、プロ ジェクトマネジメントを正しく理解し 評価できるだけの経験と技術力が必 要となる。
 これに対しEPC契約は、元請け として実績と信用のあるエンジニア リング企業を選ぶことで、発注側の 人材と技術力に制約がある場合でも、 プロジェクトを遂行できるというメリ ットがある。
発注者は、競争入札に より契約金額を抑えることも期待で きる。
 コントラクターにとり、EPC契 約はリスクの多くを自社で吸収するこ とになり採算性への影響が大きい半 面、リスク管理のノウハウを蓄積する ことで競合他社との差別化を図るこ とができるという利点がある。
実際 供給管理の要といえる。
定額契約と実費償還契約  プロジェクトの契約方式には、表 1に示すように、定額契約と実費償 還契約がある 【4】 。
定額契約には、完 全定額契約、定額インセンティブ・ フィー契約などがあり、実費償還契 約には、「コストプラス・パーセンテ ージ・オブ・コスト契約」、「コスト プラス固定フィー契約」、「コストプラ ス・インセンティブ・フィー契約」な どがある。
 このうち日本のエンジニアリング 企業が得意とする契約方式は定額 契約であり、「E P C 契約」とも 呼ばれる。
EPC契約は、装置の E( 設計:Engineering)、P( 調 達:Procurement)、C( 建設: Construction)の詳細と契約金額を 確定した上で発注者からプロジェクト を請け負うもので、「フルターンキー 契約」(発注者は鍵を回すだけで設備 が稼動する)とも言う。
 EPC契約の場合、プロジェクト で生じるリスクは、基本的にコントラ クターが負うことになる。
発注者は、 コストの変動リスクを低減できるだけ でなく、設計と施工を分離しない一 括契約により、納期の短縮も期待で きる 【5】 。
 これに対し実費償還契約は、コン とが、案件の採算性を高めることに つながる 【2】 。
 入札の結果、発注者からコントラ クターとして選定され受注が決定する と正式なプロジェクトとなり、契約で 定める期日までに発注者が求める成 果物を納めることになる。
 コントラクターは通常、多くの見積 案件と、受注済みの正式なプロジェ クト(受注プロジェクト)を並行して 遂行している。
そのため、見積案件 と受注プロジェクトへのリソース配分 が、エンジニアリング企業の業績に長 期的な影響を与えることになる 【3】 。
 見積案件に多くのリソースを配分す れば、受注プロジェクトの遂行に支障 が出る。
また、多くのプロジェクトを 受注し、受注プロジェクトにリソース 配分が偏ると見積りが手薄になり、将 来の受注に影響が出る。
見積案件と 受注プロジェクトへのリソース配分こ そが、エンジニアリング企業にとって 図1 見積り・受注・プロジェクト遂行の一般的なプロセス 表1 代表的な契約方式と特徴 契約方式 発注者受注者(コントラクター) 定額契約 実費償還契約 完全定額契約 定額インセンティブ・フィー契約 コストプラス・パーセンテージ・オブ・ コスト契約 コストプラス・インセンティブ・フィー 契約 コストプラス固定フィー契約 コントラクターのリスクが大きい 発注者のプロジェクトへの関与が小さい コントラクターのリスクが小さい 発注者のプロジェクトへの関与が大きい 代表例特徴 提案依頼書 (RFP)の作成 入札評価 コントラクターの選定 RFP 辞退応札 事前見積コスト コスト見積MH 予算 見積コスト プロジェクト遂行 事前見積コスト 事前評価 ●過去のプロジェクト データ ●競合状況 ●受注残状況 ●目標利益率 入札価格決定プロポーザル作成 コスト見積 受注 応札・ 辞退の 決定 応札 成果物 コントラクター選定連絡 辞退の連絡 に大規模設備をEPC契約で受注で きる能力を持つ企業は限られている。
EPC契約はプラントエンジニアリン グ市場で一般化しつつあるが、日本 のエンジニアリング企業はこのEPC 契約がお家芸ともいえ、国際競争力 の源泉にもなっている。
人的資源の供給管理  EPC契約においてコントラクター は通常、契約時点の見積りに基づい て入札価格を決める。
すなわち、契 約時点の見積精度が、コントラクタ ーにおけるEPC契約の採算性に大 きく影響する。
 この見積精度は、見積情報の質と 量により決まるといえる。
Towl er&Sinnott 【6】 は、プラン トエンジニアリング分野における見積 手法を分類し、それぞれの分類ごと に見積りに必要なデータ、見積精度 の関係を設計の進捗度の観点から整 理し、採用する見積手法により、見 積精度をマイナス三〇%〜プラス五 〇%の範囲から、プラスマイナス五 %の範囲まで高めることができるこ とを示した。
 見積手法はさまざまであるが、見 積りに精度を求めるほど詳細な情報 を要し、それらを収集・整理するた めの人的資源、すなわちMH(Man- Hour)が必要となる。
また、精度の高 い見積りを得るには経験豊富な人材 を起用する必要があり、投入できる MHには制約がある。
さらには受注 したプロジェクトの遂行にもそれらの 人材が必要である。
 このようにEPC契約では、受注 企業が提案と設計を含む見積業務と 受注プロジェクトの遂行を同時に行う ため、限りある経験豊富な人材を見 積りとプロジェクト遂行で分け合うこ とになる。
 すなわち、大規模プロジェクトを受 注すると、その後の見積作業に要す るMHが不足し精度の低い見積りに 基づく入札価格での受注となり、次 期以降の利益を減少させる恐れがあ る。
一方、見積りへの多大なMHの 投入は受注プロジェクトを遂行するM Hの不足を招き、スケジュールの遅延、 コストの増加など、予想外の損失を 出す可能性が高まる。
 日ごろから受注量確保を課題とす るエンジニアリング企業は、一般に 短期的な受注量最大化を求める傾向 にある。
しかし上記に考察したよう に、見積MHによる見積誤差の影響 は、見積り・受注・売上・利益と連 鎖する。
エンジニアリング企業の継続 的な利益確保には、プロジェクト期 間を考慮した受注量の管理、すなわ ち長期的視点からの供給管理が需給 管理に必要と考えられる。
需要と供給の均衡点を探る  どのような業界においても、ある 時点の環境下において利益を最大化 する需給の均衡点があると考えられ る。
ここで需給の均衡点とは、需要 スピードと供給スピードが利益最大化 でバランスする点である。
 供給側の視点から、供給スピード を下げるとは、顧客の要求に時間を かけて対応することであり、コストの 最小化につながる。
供給スピードを上 げるとは、顧客の要求に素早く対応 することであり、売上最大化につな がる。
 利益を最大化する需給の均衡点は コスト最小化と売り上げ最大化の間に あると考えられる 【7】 。
この均衡点は、 経営環境の変化によりダイナミックに 移動しており、需給管理では変化に 応じて均衡点を把握し、需要と供給 を適切に管理することになる。
 基本的に受注産業であるエンジニ アリング企業の場合、需要を自ら計 画的にコントロールすることに大きな 制約がある。
新規プロジェクトの提案、 新技術の開発など、需要を喚起する 施策はあるが、大規模プロジェクトで JUNE 2013  80 図2 各ケースの期待利益の推移 表2 シミュレーションシナリオ Case A1、A2、A3 共通 Case A1(安定受注) Case A2(受注量優先) Case A3(需給調整) 各期の期待利益率を10%に固定。
A1 : 受注目標を1250 億円に固定。
A2:第3 期にA1 受注目標の1.5倍を受注。
A3:第3 期、4 期にA1 受注目標の1.5倍、 0.5倍をそれぞれ受注。
80 60 40 20 0 -20 -40 (億円) 安定受注 Case A1 受注量優先 Case A2 需給調整 Case A3 12 期合計期待利益(億円) A1:497 A2:322 A3:475 期 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 は発注者の判断に時間が掛かるなど、 短期間での効果は限定的といえる。
 これに対し供給については、自社 の努力によりある程度のコントロール が可能である。
エンジニアリング企業 において要となるのは、先に示した見 積案件と受注プロジェクトへのリソー ス配分、すなわちMHの配分が供給 スピードに影響することである。
 見積MHへの配分を多くすること は、供給スピードを緩めることであり、 少なくすることは、供給スピードを上 げることといえる。
さらに、受注プ ロジェクトへのリソース配分は受注量 に依存することを考えると、受注目 標と受注にあたっての見積案件への MHの配分が、エンジニアリング企業 の供給管理において特に留意すべき 点といえる。
多期間シミュレーションの分析例  先に示した見積MHと見積精度の 関係に基づき受注、売上、利益の多 期間シミュレーションを試みた。
シミ ュレーションモデル、設定した条件の 詳細は、参考文献 【3】 に示す。
 図2は、表2のように設定した 「Case A1」、「Case A2」、 「Case A3」の受注シナリオに よる、多期間にわたる利益の推移を 示している。
なお、プロジェクト案 件数、競合企業数などの受注環境は、 シミュレーション期間において一定と している。
 ここでは、毎期同額の受注量を確 保する受注戦略A1の十二期合計期 待利益が四九七億円と最も高く、第 3期にA1の一・五倍額を受注する A2の合計期待利益が三二二億円と 最も低い。
また、A2に対し、第4 期に受注量を調整するA3のケースで は、合計期待利益が四七五億円とな り、A2における受注過多の緩和効 果が認められる。
 A2における利益の減少は、ある 期での過度な受注がその後の期で利用 できる見積MHの減少を招き、見積 精度が低下するため、受注プロジェク トの期待利益が低下することで生じ る。
A2の場合、第3期の受注増に よるその後の期待利益減少が回復す るのに七期間を必要としており、今 回のシミュレーションで設定した安定 した受注環境においても、受注戦略 の失敗により長期間の利益減少を自 ら起こす可能性のあることが分かる。
 A3では、第8〜 10 期において固 定目標受注量確保のA1より高い期 待利益となるが、これは、第4期で の受注量調整により需給の均衡点に A2よりも早く戻ることで見積MH に余裕ができA1よりも利益の高いプ ロジェクトの受注が期待できるためで あり、多期間にわたる見積精度情報 と受注量を考慮した受注戦略が有効 であることが分かる。
 エンジニアリング企業の経営は当然 ながら受注量の確保が収益の基礎に なる。
しかし、EPC契約の特性を 考えると、たとえ採算性の良い案件 であっても、過度な受注はその後の見 積MHを圧迫し、多期間での評価で はむしろ採算性の悪化を招く可能性 がある。
本稿では、受注量と見積り への多期間にわたるリソース配分の観 点から、エンジニアリング企業の需給 管理について考察を行い、シミュレー ションによる評価を試みた。
 需給管理とは、「需要と供給の最適 化マネジメントの考え方、戦略、およ び、管理技術の体系」 【7】 であり、その 対象領域は一企業の枠を超える。
そ して需給管理が目指す「最適化マネ ジメントの考え方」とは、さまざまな 変化が生じる現代社会における動的、 確率的な需給バランスの実現である。
 本稿ではエンジニアリング企業を例 として考察を行ったが、ほかにも多 くの分野において、社会における有 効な意思決定を支援する新たな管理 技術体系として、需給管理の発展が 期待される。
参考文献 【1】 石井信明、「The International Society of Logistics 国際ロジスティクス学会「SO LE」日本支部報告 需給マネジメントの現 状と今後を解説 環境変化を超える持続的 成長に向けて」、 ロジスティクス・ビジネス、 Vol. 9, No. 11, pp. 86-88(2010). 【2】 Ishii, N., Takano, Y., and M. Muraki, A bidding price decision process in consideration of cost estimation accuracy and deficit order probability for Engineer- To-Order manufacturing, Department of Industrial Engineering and Management, Technical Report, Tokyo Institute of Technology (2011) . 【3】 Ishii, N. and Muraki, M.,A strategy for accepting orders in ETO manufacturing with competitive bidding, Proceedings of 1st international conference on simulation and modeling methodologies, t e c h n o l o g i e s a n d a p p l i c a t i o n s (SIMULTECH 2011), pp. 380-385, The Netherlands, (2011) . 【4】 Project Management Institute、プロジ ェクトマネジメント知識体系ガイド、Project Management Institute (2008). 【5】 Ranjan, M., EPC: A better approach, Chemical engineering world, 44, 7, 46- 49 (2009). 【6】 Towler, G. and Sinnott, R., Chemical engineering design principles, practice and economics of plant and process design, Elsevier, MA (2008). 【7】 松井正之、藤川裕晃、石井信明、「需給 マネジメント ポストERP/SCMに向 けて」、朝倉書店(2009). 81  JUNE 2013 ※ S O L E(The International Society of Logistics: 国際ロジスティクス学会) は一 九六〇年代に設立されたロジスティクス団体。
米国に本部を置き、会員は五一カ国・三〇〇 〇〜三五〇〇人に及ぶ。
日本支部では毎月 「フォーラム」を開催し、講演、研究発表、現 場見学などを通じてロジスティクス・マネジメ ントに関する活発な意見交換、議論を行って いる。

月刊ロジスティクス・ビジネス

購読のお申し込みはこちらから