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湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
DECEMBER 2013 82
「輸送経済新聞にこんな声が紹介されていま
す。 『我々メーカーはちゃんと計画生産してい
るのに、三カ月分も半年分も買いだめされて
は足りなくなるはずだ。 そういう主婦は今ま
での二割くらい節約して使うから、政府の指
示通りフル生産していたら、在庫がだぶつい
て当たり前だ』という怒りの声です」
編集長が大きくうなずき、質問する。
「なるほど、確かにそうですね。 でも、倉庫
が足りないといっても、そう簡単に増やせる
わけではないから、営業倉庫業界も対応でき
なかったんでしょうね」
体力弟子がうなずいて、続ける。
「営業倉庫としても、無理に無理を重ねて、
倉庫に在庫を押し込んだようですけど、そん
なことでは足りなくて、農家や不動産屋の貸
倉庫を借りたようです。 ただ、法律に定める
基準に改造する時間もないので、そのまま在
庫を押し込んだようです。 休業中のボーリング
場を借りて倉庫代わりにしたという話もあり
ます。 危ない橋を渡ってます」
67《第140過剰在庫が倉庫から溢れ出す
「先ほどの倉庫との関連で言いますと、荷主
の動きとしては、倉庫探しに躍起になってい
るという記事が目を引きます」
第一次石油危機後の物流について大先生事
務所で議論が続いている。 話は荷主の動向に
移っていった。 美人弟子の言葉に編集長が確
認するように言う。
「それって、作り過ぎた反動ですか?」
美人弟子がうなずいて、当時の記事を紹介
する。
「ある大手の製紙会社の運輸課長さんが『世
間からは売り惜しみなどとたたかれたが、今
では在庫がダブつき、倉庫探しに懸命だ。 こ
れでは物流の合理化もなにもない』と嘆いて
います。 モノ不足騒動がおさまった後、金融
引き締め政策が取られ、また値上がりや買い
だめの結果消費が鈍化したことの反動のよう
です」
体力弟子が続ける。
燃料の高騰を引き金とするトラック
運賃の大幅な値上がりは、荷主企業
の物流政策に大きな影響を及ぼした。
運送会社との摩擦が深刻化する一方
で、計画輸送やロットの集約、物流
サービスの見直し等、さまざまな合理
化策が実施に移された。 さらには長
距離貨物の輸送モードとして鉄道に再
び注目が集まった。
トラック運賃急騰で何が起きたか
■大先生 物流一筋三十有余年。 体力弟子、美人
弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流
のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生
の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整
能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。 お調子者かつ大
雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。 几帳面な秀
才タイプ。
第 回
21
83 DECEMBER 2013
「なるほど、やっぱり異常事態ですね。 当然、
輸送でも異常なことが起こったんじゃないで
すか?」
編集長が興味深そうに弟子たちに聞く。 美
人弟子が答える。
「荷主の動きとしては、ポイントは三つだと
思います。 一つが、石油不足に端を発した運
賃値上げ、二つ目が鉄道輸送指向、それから
輸送合理化への取り組みです。 もちろん、そ
れぞれ関連しています。 燃料不足で売り手市
場になり運賃が上がった。 それではというの
で鉄道輸送にシフトしようとした。 ただ、い
ろんな事情で鉄道へのシフトは簡単には行か
ない。 そのため、結果的に輸送を合理化する
しかない、といった関係になると思います」
編集長が「なるほどー」と大きくうなずく。
美人弟子が続ける。
「石油危機の翌年の一月に輸送経済新聞が大
手荷主三〇社に調査を掛けています。 その結
果を見ると、当時の荷主の状況が分かります」
「かなり混乱していたんでしょうね?」
女性記者が、ちょっと顔をしかめて聞く。 美
人弟子が小さく首を振り、「そうでもなかった
ようです」と言って、続ける。
「燃料不足は周知の事実ですから、運賃が上
がるのは仕方ないという認識だったようです。
荷主によって違いますが、大体二〇%から四
〇%の範囲で上がったようです。 ある電機メ
ーカーが具体的な数字を挙げて、こんなこと
をおっしゃってます。 ちょっと混乱状況かもし
れません」
そう言って、女性記者を見る。 女性記者が
興味深そうな顔をする。 資料を取り上げて、美
人弟子が続ける。
「この荷主さんは、長距離輸送に困っていた
ようです。 えーと、こういう指摘です。 運賃
のアップがひどい。 石油危機前に十一トン車
で北海道から東京までの運賃が一八万円だっ
たのが、三〇万円になった。 これからは鉄道
輸送への依存度を強めねばならない」
「へー、六〇%以上も上がったんですね。 そ
んな状態ではトラックは使えませんね」
女性記者が納得顔で感想を言う。 美人弟子
が「それがですね‥‥」と言って続ける。
「国鉄が今後もストなどで我々の要請に応え
てくれないのなら、結局、トラック輸送に頼
らざるを得ない‥‥」
編集長が「結局そうなるんですね」と言っ
て、顔をしかめる。
物流倫理の確立とは
美人弟子がうなずき、続ける。
「別の電機メーカーの担当者の意見ですが、
これが代表的な見解かもしれません。 『輸送面
に関しては、できるだけ鉄道輸送に移してい
くことも検討したが、実際にはストや悪天候
のために鉄道がスムーズに動かないので、や
はりトラック主体で行かざるを得ないだろう』
という意見で、荷主の多くは、そう思ってい
たように思います」
みんなが「さもありなん」という顔でうなず
く。 体力弟子が「具体的という意味では、こ
んな声もあります」と言って、紹介する。
「トラック業者についての苦言ですが、こう
言ってます。 『トラック業者はある程度のロッ
トでないと、荷物を取りにさえ来てくれない。
ロットの小さいものは日通さんへ、などと言
って、日通を隠れ蓑にしている』というもの
です」
編集長が「へー」と言って、苦笑する。 体
力弟子が続ける。
「それから、苦言という点では、便乗値上げ
のようなものへの反発も少なくないです」
「そうそう、そういう状況からかもしれませ
んが、輸送経済新聞に『物流倫理』なる言葉
が躍ってます」
美人弟子の言葉に編集長が身を乗り出す。
「へー、倫理ですか。 道徳、モラル、そこま
で来ましたか? 横暴なトラック業者の行為
が目に余ったんですかね?」
編集長の感想に美人弟子が「それだけでは
ないようです」と言う。 大先生が引き取る。
「まあ、一部には、そういう業者もいたろう
けど、この記事には別の意図がある」
「別の意図ですか‥‥それは何です?」
「まず、そもそも論からいくと、こうだ。 『一
部の悪質業者が石油不足を理由に定額運賃の
二倍も収受したというケースが続発したことか
ら、改めて輸送倫理が問題になっている』と
始まるんだけど、きっと言いたいのはその後
DECEMBER 2013 84
だと思う」
大先生の思わせぶりな言い方に、ちょっと
怪訝そうな表情をしていた編集長が「そうか」
と言って、大きくうなずく。
「悪質業者を糾弾しておいて、返す刀で、荷
主も適正な運賃を払うべきだと言ったという
ことですか?」
「ほー、さすが編集長、鋭い!」
大先生がそう言って、編集長を持ち上げる。
女性記者が「なるほどー、やりますね」と妙
な言葉を挟む。 大先生が解説する。
「そういうことだ。 ちょっとここを読んでみ
て」
大先生に言われ、美人弟子が指示された記
事を読む。
「だが一方、トラック業者は久しく従属的な
立場に甘んじて、特に大口荷主の運賃ダンピ
ング攻勢におびやかされた過去の企業姿勢こ
そ再検討すべきである」
輸送の合理化に試行錯誤
「つまり、こういうことだ。 便乗値上げはあ
かんけど、運賃アップについて荷主はがたが
た言うな。 これまでのダンピングされた運賃こ
そが問題で、倫理にもとる事態だ。 トラック
業者もしっかりしろ。 この石油危機を機会に
適正運賃を確立しようじゃないかという主張
が本意じゃないかな。 どう?」
大先生の説明に編集長が「ひじょーに分か
りやすいお話しで‥‥」と言って、「ところで、
「先ほど、鉄道輸送の話が出ましたが、鉄
道輸送を主体にしている荷主さんが、春と秋
の順法ストを前提にして、フェリーなどを使
って事前に在庫を送り込んでおくという対策
を講じていたようです。 ちょっと面白いとい
うか本末転倒なような気もしますが‥‥」
体力弟子の説明に編集長が「うーん、何と
言うか、まあ、鉄道を使う一つのやり方には
違いないですね」と独り言のように言う。 大
先生がうなずく。
「確かに、鉄道輸送は、何かあったら在庫
でカバーすればいいくらいの気持ちが必要だ。
止まったら困るじゃなくて、止まっても大丈
夫という仕組みに鉄道輸送を組み込むべきだ。
ただ、当時は、石油危機だからといって、そ
う簡単に鉄道にシフトできないという状況だ
ったんだろうな。 だから、トラック輸送を前
提に合理化策が考えられた」
大先生の言葉を受け、美人弟子が続ける。
「興味深い取り組みとしては、今でもやるべ
きだと思われるものがあります。 それは、物
流サービスにメスを入れたものです」
「はい、そう来ると思ってました。 どんな
メスを入れたんですか?」
編集長の問い掛けに、美人弟子が説明する。
「これは、ある化学メーカーですけど、『昨
年十一月から、オーダーは三日前、少量単位
の荷物は送れない、という通達を物流管理部
から販売担当に連絡して、計画輸送が実現で
きるように協力してもらっています』と課長
その倫理の確立は結局できなかったわけです
よね、残念ながら」と確認する。
「いい悪いは別として、結局、ビジネスは
力関係だからな。 それは、その後の荷主とト
ラック業者との関係を見れば分かる」
「でも、これは今の話ですが、見ていると、
荷主を選別する立場に立っているトラック業
者も現実にいますけど、荷主従属型の業者と
比べて何が違うんですかね?」
「それは社長が違うんだよ。 荷主はあんた
んとこだけじゃないよって社長が思えばいい
のさ。 安い運賃を強要してくる荷主は切って、
別の荷主を探せばいい」
「確かにそうですけど、なかなかそれがで
きないように思うんですが‥‥」
「できないんじゃなくて、やらないんだよ。
恐怖を克服する勇気があるかどうかが社長に
求められる資質だと思うけど‥‥」
「なるほど‥‥それはいいとして、輸送合
理化の動きはどうなったんですか?」
編集長が話題を変える。 二人のやり取りを
興味深そうに聞いていた女性記者が、話題を
変えてしまった編集長を不満そうに見る。 そ
の様子を見て、弟子たちも編集長の問い掛け
に答えない。 大先生が苦笑して、「コーヒー
でも飲むか」と休憩にする。
「輸送合理化の取り組みには結構面白いも
のがありますよ」
休憩中の体力弟子の言葉に女性記者が「ど
んな取り組みですか」と興味を示す。
85 DECEMBER 2013
編集長の言葉に大先生がうなずく。 大先生
がそれ以上何も言わないのを確認するかのよ
うに、ちょっと間を空けて体力弟子が続ける。
フレートライナーへの関心が高かった
「先ほど鉄道輸送に頼りたいけど、なかなか
頼れないというお話が出ましたが、それでも、
荷主の担当者の話によく登場するのが、フレ
ートライナーという言葉です。 これは、コンテ
ナによる鉄道輸送ですが、結構興味を持たれ
ていたようです」
「フレートライナーが登場して間もない時期
じゃなかったかな? 石油危機の頃は‥‥」
大先生の言葉を受け、美人弟子が答える。
「フレートライナーという名称で二〇フィー
トコンテナのサービスが始まったのが一九六九
年です。 一九七一年に十二フィート、いわゆ
る五トンコンテナが登場しています。 石油危機
のちょっと前ですから、ちょうど関心の高い
時だったと思われます」
「十二フィートにしろ、最近話題の三一フィ
ートにしろ、鉄道コンテナは結構使い勝手が
いいはずなんです。 先生のおっしゃるように、
何かあっても大丈夫という体制を作って、も
っと鉄道を使うことを考えてもいいんじゃな
いでしょうか」
「おや、編集長は鉄道輸送サポーターになっ
た?」
大先生の言葉に編集長が「はー、まあ、ド
ライバー不足などを考えると、鉄道への期待
はやはりありますよ」としみじみ言う。 大先
生が「同感だ」と応じる。
外はもう真っ暗だ。 みんなの顔にも疲労の
色が浮かんでいる。
「荷主の対応は、この後の時代にもつながっ
ていくので、また今度ということにして、石
油危機がらみの話はこの辺で打ち止めにしよ
う」
大先生の言葉に、編集長が「それでは席を
変えますか」と元気に立ち上がった。
さんがおっしゃっています」
「同じような話が繊維メーカーにもあります。
出荷単位を小口からロットにするように、ユ
ーザーにお願いして、計画輸送できるように
努めているということです」
体力弟子の説明に編集長が「やはり計画輸
送というのがポイントですね」と感想を述べる。
大先生がうなずく。
「メーカーなんだから、特に問屋や代理店向
けの物流は、納期も長く取って、ロットで送
り込むのが当たり前さ」
「それは今でも言えますね」
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究
所入社。 同社常務を経て、2004 年4
月に独立。 湯浅コンサルティングを設立
し社長に就任。 著書に『現代物流システ
ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の
手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド
ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』
(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コン
サルティング http://yuasa-c.co.jp
PROFILE
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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