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2022年8月号
特集

前代未聞「型式指定」取り消し処分の背景

自慢のエンジンで不正認証  2022年3月29日、国土交通省は日野自動車に対して「型式指定の取消し」処分を言い渡した。
型式指定の取消しというのは道路運送車両法に基づく自動車メーカーへの処分としては最も重いものであり、この処分が下されたのは日本の自動車史において初めてのことだった。
 型式指定とは、該当する車両が保安基準を満たしていることを書類によって証明できるということだ。
通常の量産車が最初にナンバーをつける際にいちいち車検を受けたり、排ガス検査を受けたりしなくてもいいのは型式指定によって、その車両が保安基準を満たしていることを認められているためである。
 型式指定がなければ一台ごとに排ガス検査を受けて、然るべき書類をそろえた状態で車検を通さなければならない。
事実上、型式指定は量産車としての必須条件といえる。
日野の8車種が型式指定の取消し処分を受けたということは、該当車種を量産できなくなったことを意味している。
 あらためて今回の処分に関するファクトを整理してみよう。
日野が「エンジン認証に関する当社の不正行為について」を発表したのが22年3月4日、この段階では中型トラック「レンジャー」、大型トラック「プロフィア」、大型観光バス「セレガ」にそれぞれ搭載されている複数のエンジン(A05C、A09C、E13C)において後述する不正が認められたということだった。
さらに3月25日に、小型バス「リエッセII」および「トヨタ・コースター」に搭載されている小型ディーゼルエンジン「N04C」についても燃費測定試験における不正行為があったことが追加発表された。
 国交省による型式指定の取消し処分の対象となったのは、型式指定の申請に関わる燃費測定において不正のあった「A05C」「A09C」「E13C」および「N04C」エンジンを搭載する8車種であった。
それらは、22年6月末日現在も型式指定を取り消されたままであり、生産再開のめどは立っていない。
 なぜ、日野は史上初となる重い罰を受けることになったのか。
それを理解するには日野が犯した不正行為の内容と、厳しい処分を規定した道路運送車両法の背景について整理する必要がある。
 今回の日野による不正行為は大きく二つに分けられる。
まず中型エンジン「A05C(HC-SCR)」については、認証試験に必要な「排出ガス性能の劣化耐久試験」において排出ガス処理装置である第2マフラーを耐久試験の途中で交換したというものである。
このディーゼルエンジンはアドブルー(尿素水)を使わずにポスト・ポスト新長期規制をクリアしたことで知られており、日野の技術力をアピールするものであった。
しかし、実際には排出ガス処理能力において十分な耐久性を確保できず、試験途中で処理装置を交換していたという事実は衝撃的だ。
 大型エンジン「A09C」と「E13C」、小型エンジン「N04C」についての不正は、燃料流量計の不正操作などにより実際の燃費性能よりも優れているように見せかけたという内容だった。
 こうした不正の原因については今のところ公表されていないため、日野の技術者がどのような動機から不正に手を染めたのかは想像の域を出ない。
さまざまなプレッシャーにさらされてのことだろうが、それでもこのタイミングで燃費性能に関する不正を働いたことが筆者には不思議で仕方がない。
 今回の不正によって型式指定を受けたモデルが量産を始めた時期は17年5月となっている(小型バスを除く)。
通常の開発スケジュールであれば、燃費性能などの測定は発売開始の1~2年前に実施されたものと考えられる。
 その時期に自動車業界では何が起きていたか、覚えている読者もいることだろう。
そう、三菱自動車工業による燃費不正事件である。
日産・三菱で販売している軽自動車における燃費測定における不正が社会問題となっていた。
 日産側の指摘によって三菱自動車が軽自動車の開発時に燃費測定で不正を行っていたことが明らかとなり公表されたのが16年4月。
その後、国内の自動車メーカー全社に同様の不正案件を確認するよう国交省から指示があり、その中で同5月にはスズキが同様の燃費測定において不正行為をしていたことが報告された。
さらに三菱自動車では1991年から組織的に不正な燃費測定が行われていたことが明らかとなり、社会的な信頼を著しく損なうこととなった(図表1)。
 振り返れば、これらの燃費不正が社会問題となっていたのは、日野が不正を働いた中型・大型エンジンの搭載車が販売される1年前のことであった。
この時点で日野から不正の事実が発表されるなり、もしくは量産前の車種であるからして社内的に話を収めたとしても、あらためて正しい方法で測定していれば、ここまで大事にはならなかったはずだ。
 ところが同社は2016年5月の段階で「不正はしていません」と国交省に報告しておきながら、実際には不正行為をしていたというのだから、さすがに悪質であり、コンプライアンス意識が低いと言わざるを得ない。
現場が独自の判断で隠していたとしても、ガバナンス不全との批判は免れない。
VWディーゼル不正との共通点  さらに、もう少し時計の針を戻して、15年9月に起きたことも思い出してみよう。
このとき世界中でセンセーショナルに報じられたのが、フォルクスワーゲン(VW)によるディーゼル乗用車における不正行為だった。
北米において、VWグループのディーゼルモデルに「ディフィートデバイス」と呼ばれる違法ソフトが組み込まれていたことが判明した。
その機能は、検査モードを検知するとクリーンな排出ガスを出すように制御するというもので、リアルワールドの走行時には、規定値を大幅に超える有害物質を出していたことが発覚した。
試験のときだけ真面目な振りをして、実際には悪だったといったところだろうか。
 実は日本でも11年にいすゞのディーゼルトラックにおいて同様のソフトが搭載されていることが東京都の調査により明らかになっていたのだが、その時点では日本の道路運送車両法はディフィートデバイスを明確に禁じてはいなかった。
ところが、15年にVWグループ、16年には三菱自動車と相次ぎ不正が発覚して、政府も腰を上げざるを得なくなった。
ユーザーは、モード測定による燃費はもちろん排出ガスについても、自分で確認することは現実的に不可能であり、メーカーの発表を信じるほかない。
そこに不正の抜け道を残しておくわけにはいかなかった。
 そこで道路運送車両法が改正されて、燃費や排出ガスの検査測定において不正な手段を講じるなどして型式指定を受けたことが判明したときには、型式指定を取り消すことができることになった。
罰則についても、従来の30万円以下の罰金から、法人については2億円以下の罰金、個人については1年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金と、一気に厳しくなった(図表2)。
 法改正の狙いと効果について政府は「自動車メーカーによる不正行為の発生の防止及び自動車の性能に対する国民の信頼の確保」をうたい、自動車メーカーにおける型式指定に係る不正を防止することがKPIに設定された。
 こうした改正案が国会に提出され、閣議決定されたのが17年3月、改正・道路運送車両法が施行されたのは同6月だった。
それに対して、日野が新しく取得した型式指定によって、今回不正が明らかになった車種(プロフィア、レンジャー、セレガ)の生産を始めたのは同5月である。
 自動車メーカーであれば大いに注目していたであろう法改正を日野がまったく知らなかったとは考えられない。
日野は道路運送車両法が改正されて、罰則が強化されたことを分かった上で、不正行為によって取得した型式指定に基づいて量産を開始した──国交省にそう捉えられたとしても仕方がないだろう。
8車種の型式指定を取り消すのはかなり厳しい対応といえるが、それほどの処分を国交省がメーカーの発表から3週間程度で下したというのも、むべなるかなといえる。
 なお、今回不正が発覚したエンジンを積むプロフィア、レンジャー、セレガが発売された17年といえば、自動車業界においては完成検査不正という新たなコンプライアンス問題が露呈した年であることも忘れられない。
 同9月に日産が無資格者による完成検査を実施していたことが明らかになると、同様の不正がSUBARUでも行われていたことが判明。
19年4月にはスズキにおいても不適切な完成検査が行われていたことが発表された。
 「完成検査」の排出ガス燃費測定でも、マツダ、スズキ、ヤマハ発動機などで不正があったことが相次いで発表された。
完成検査とは完成車が型式の保安基準に適合した製品となっているかを確認するものだ。
つまり型式指定の申請だけでなく、その後の担保部分でも不正があったというわけだ。
 2010年代後半に起きたこれらの不正は日本における型式指定制度を揺るがし、関係者の間では、もはやメーカー性善説に立っていてはダメだという空気が漂っていた。
今回、国交省が日野に厳しい態度で臨んでいるのを見ると、政府は既に自動車メーカーを「性悪説」で対応すべき組織と捉えているように筆者は感じている。
生産再開の見通しは立たず  さて、日野は今後どうなるのだろうか。
目先の話でいえば、不正が起きないよう是正した体制・仕組みになったことを国交省に報告して確認を受けなければならない。
しかし、22年6月時点で、日野の設置した特別調査委員会からの報告書も上がっていないことを考えると、国交省による確認はまだまだ先になるだろう。
三菱自動車の燃費不正があった際にも不正の発表から国交省が立入検査の結果をまとめるまで5カ月以上かかっている。
 今回の処分は不正のあった測定を正しい方法でやり直して修正すればすぐに生産が再開できるというほど甘いものではない。
全ての問題がクリアされたことを国交省に認めてもらえない限り、新規の型式指定を申請することは事実上不可能だ。
 日野が該当モデルの生産をいつ再開できるのか、現時点ではまったく予想がつかない。
同社は今回の不正行為に関係する特別損失として約400億円を計上しているが、それで済むのかも不透明だ。
今後ユーザー側から燃費不正によって発生した損失について、何らかのアクション(訴訟など)が起きるかもしれず、損失がさらに膨らむ可能性を否定できない。
 こうなると日野を軸とした業界再編の可能性も考えなければならないだろう。
これまた周知の通り、三菱自動車の燃費不正が明らかになった後、同社の再生を錦の御旗に掲げて、日産が三菱自動車を傘下に収めている。
さらに振り返ると、2000年代前半に判明した三菱自動車のリコール隠しでは、乗用車部門からバス・トラック部門を分離して、三菱ふそうトラック・バスがメルセデス・ベンツグループの傘下に入ったことも記憶に残る。
 従来から日野はトヨタグループに属しているため、資本的な再編は考えにくいが、よりトヨタの影響力を強くするなどの体制変更は十分に予想できる。
さらにいえば、日野はトヨタを軸にして、いすゞとの共同プロジェクトに関わっているが、その辺りのパワーバランスが変わってくる可能性もあるだろう。
ディーゼルエンジンが消える  もうひとつ歴史に学ぶべきなのは、ディフィートデバイスの使用によって「ディーゼルゲート」とまで呼ばれ、ブランドイメージが失墜したVWグループの変節とさえいえる方針転換だ。
それまでVWグループは乗用車用ディーゼルエンジンをクリーンディーゼルとして喧伝してきた。
しかし、ディーゼルゲート以降は将来技術のトレンドを180度回転させて、一気に電気自動車にシフトした。
そうした方向転換は政府の方針にも影響を与え、ドイツでは補助金などを追い風に電気自動車の普及が加速した。
 ディーゼルエンジンの開発からEVに転じたVWの戦略は、現時点では上手くいっている。
実際、VWのEVは欧州で着実に売れている。
そうした歴史を振り返ると、これから日野がゼロエミッション化を推し進めると宣言することになっても驚くには当たらない。
 もちろん、航続距離に課題がある電気自動車は、バス・トラックのユーザーにはそう簡単には受け入れられないだろう。
しかし、クリーンなエネルギーとして水素を使うという手がある。
実際、トヨタは水素エンジンや水素燃料電池車といった水素ソリューションを生かした次世代モビリティの実用化に向けチャレンジを続けている。
 トヨタが、豊田章男社長自らハンドルを握るレーシングカーで水素エンジンを実戦開発していることはよく知られているし、カートリッジ型水素タンクの開発を発表するなど水素インフラをアシストするテクノロジーにも積極的に取り組んでいる。
 さらには、トヨタの燃料電池バス「SORA」は18年に型式認証を取得して量産体制を築いている。
東京オリンピック・パラリンピックでも活躍したこの燃料電池バスの開発に、日野が大いに関わっているのは公然のこととなっている。
コストやインフラ整備の課題はあるが、水素を使ったバス・トラックは既に公道を走れるレベルの実用的なテクノロジーといえるのだ。
 筆者は、SORAがお披露目された同乗試乗会に参加して、トヨタで商用車をまとめるCVカンパニーのプレジデントを務めていた当時の小木曽聡氏と、路線バスをイメージして都内の道を走行する燃料電池バスの中で会話したことを覚えている。
 3代目プリウスなどのハイブリッドカー開発で知られる小木曽氏に、路線バスにおける燃料電池パワートレインについて質問すると、ゼロエミッションだけでなく、電気自動車に対する運用面でのアドバンテージや乗り心地など、非常に筋のいいメカニズムである、と語っていたことが印象に残る。
 その小木曽氏が現在は日野のトップを務めている。
自動車メーカーの戦略が社長の一存で決まるほど単純でないことは百も承知しているが、トヨタで電動化を推し進めてきた小木曽氏がリーダーであれば、日野が方針を転換して電動化シフトを加速することになっても不思議ではない。
 もちろんユーザーは、いきなり電気や水素にシフトすると言われても困惑してしまうだろう。
しかし、日本政府が「2050年カーボンニュートラル」を掲げている以上、それまでには軽油を使ったディーゼルエンジンは消えていると考えるのが妥当である。
物流におけるカーボンニュートラル実現へのソリューションには、人工燃料やCO2排出権取引によるカーボンオフセットといったアプローチもあり得るが、やはり本命は電気・水素だろう。
 周知の通り、日本政府はカーボンニュートラルを旗印に水素社会の実現を目指している。
今回の日野の不正によってメーカーがスタンスを変え、脱ディーゼルを加速させることになれば、VWグループの不正が欧州においてクルマの電動化を加速させたのと同様に、日本で水素インフラが整備されていくきっかけになるかもしれない。
 なお、ユーザーとして気になるのは型式指定を取り消された車種の今後についてだろう。
道路運送車両法では型式指定を取り消しても、ユーザーの利便性を考慮して、販売済みの個体については継続して使用が可能になると定められている。
継続車検を通すことも問題ないということである。
 ただし、日野からリコールの案内があれば、適切に対応するのはユーザー側の務めとなる。
リコール対応によって稼働日が減ってしまうのは営業的にはマイナスに違いない。
それでもしっかりとリコール処理をして、保安基準を満たした状態で公道を走らせることは、法的に使用者に求められていることに留意されたい。

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