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2022年8月号
特集

最大手の不正で商用車EV化が加速する

「まさか、あの日野が不正とは」  トラック・バス最大手の日野自動車は3月4日、搭載するディーゼルエンジンについて、国の認証試験で不正行為があったことを発表した。
排出ガスと燃費性能に関するデータ改ざんが行われ、排出ガスの浄化性能や燃費が国の基準を満たさない可能性がある、というものだった。
 国土交通省はこの事態を重く受け止め、不正が確認できた中大型ディーゼルエンジン4機種の型式指定を取り消す処分を発表。
これらのエンジンを搭載するトラックやバスの生産が全面ストップする事態に陥った。
 自動車業界では近年、国内外のメーカーで不正が相次いでいる。
2015年のフォルクスワーゲングループ(VW、独)による乗用車用ディーゼルエンジンの排ガス不正問題、いわゆる「ディーゼルゲート事件」を皮切りに、国内では16年以降、三菱自動車やスズキ、日産なども同様に不正を行っていたことが発覚した。
 これら乗用車メーカーのブランドイメージ毀損や、長期の生産停止による自社・周辺産業に与えた影響といった不正の代償は、商用車という異なる分野ではあるものの、約4割の国内シェアを持つ日野にとっても他人事ではなかったはずだ。
それでも不正に走ってしまったのはなぜか。
その背景を探っていくと、年々厳しくなる環境規制に対して、万策尽きた商用車メーカーの姿が見えてくる。
 型式指定とは、言い換えれば国による実質的な「販売許可」に相当する。
通常、自動車がナンバープレートを装着して公道を走るためには、国が定める保安基準に適合しているか否かを、陸運局に1台ずつ持ち込んで検査を受ける必要がある。
しかし、1日に何百台と生産・出荷を行う自動車メーカーにとっては、その事務手続きや輸送などのコストは莫大なものになる。
そのため、事前に監督官庁である国土交通大臣に、自動車メーカー保安基準の適合審査と品質管理審査を受けることで、これらの検査を出荷時に自社工場で代行できる取り決めになっている。
 こうした「フリーパス制度」が自動車の型式指定といわれるものだ。
今回、日野自動車は、実際の性能と申請時の性能が大きく異なったため、不正行為の対象となったエンジン搭載車で「フリーパス」が使えなくなり、今後1台ずつ陸運局で手続きをしなければならなくなった。
生産を行っても検査によって出荷が滞るため、事実上の「生産停止処分」と言われるゆえんとなっている。
 注意したいのは、今回の型式取消処分は日野にとって「想像以上に重たい処分」だということだ。
そもそも今回の処分対象となったエンジンは、同社トラックの3~4割を占める中型車用エンジンで、同社の主力製品に当たる。
これらの生産が今後認められないばかりか、取り消しに至った経緯から見て、代替車種用の新たな型式取得も、通常は最低数カ月かかるところ、さらに長期化するだろうとの見方が強い。
そのため、生産再開時期が全く見通せなくなり、日野は23年3月期の連結業績見通しについては予想を見送っている。
 22年3月期は、売上高1兆4597億円と増収、営業利益は前期比2・8倍の338億円だった。
ただし、エンジンの認証不正に関連する特別損失として400億円を計上し、連結最終損失は847億円と前期(▲74億円)からさらに拡大した(図1)。
リーマンショックの影響を受けた09年3月期を超え、同社として過去最大の赤字となった。
 今期も国内での出荷停止が今年9月まで長期化すると、300億円規模の営業減益要因になるとの指摘もある。
ただし、代替エンジンの型式取得は9月以降にずれ込む可能性もあり、「最終的な損失はさらに拡大するだろう」(全国紙記者)との見方もある。
下請け8500社・51万人に影響  こうした状況は、日野向けに部品を供給するサプライヤーにも非常に厳しい状況をもたらす。
帝国データバンクが自社の企業データベースを基に、日野と同グループ会社向けに部品・サービスなどを直接供給する1次サプライヤー(下請)企業を調査したところ、22年4月時点で国内に858社あることが判明した。
関連する従業員は約6万7千人に上ることが分かった(図2)。
 さらに、1次下請に部品などを供給する2次下請けとしては7684社が判明し、関連従業員は44万3千人に達した。
日野自動車グループと直接・間接的に取引関係を有するサプライチェーンは、全国8542社・従業員約51万人を抱える巨大な「ピラミッド」を形成していることが分かった。
 特に、マザープラントとなる日野工場(東京・日野市)のほか、エンジン部品などを製造する新田工場(群馬・太田市)、中大型トラックの生産拠点である古河工場(茨城・古河市)など、生産拠点が集積している関東にはサプライヤー合計4131社・26万人が集まっている。
また、同社がトヨタ向けにディーゼルエンジンなどを供給していることも背景に、愛知県など「中部」(1806社・10・5万人)、大阪府など「近畿」(1076社・6・2万人)など、トヨタ系列の完成車工場があるエリアでもサプライヤーが多かった。
 特に影響が深刻なのは、日野との取引関係が事業の中心になっている企業だ。
日野向けの金型製造を主力事業としているある企業は「取引量の8割ほどを占めるため、影響はかなり深刻だ」と話す。
この企業では、当初4月ごろからの生産再開を見込んでいたが、現在も日野の全面的な生産再開に向けた道筋は見えていない。
 板金プレス加工を手掛ける別の企業では、日野向けの受注が全面ストップしたことで、売上高は前年同期から10%以上の大幅減少を強いられた。
コロナ禍による生産の混乱を乗り切った後なだけに、まさに「泣きっ面に蜂」の状況という。
 経済産業省は日野のエンジンの排出ガスと燃費不正問題を受け、取引先の中小企業と小規模事業者に対し信用保証協会の融資保証枠を特例で2倍とする「セーフティネット保証制度」の適用を決めた。
生産停止などで経営が悪化した場合、融資を受けやすくして資金繰りを支える。
日本政策金融公庫の支店や商工中金など約1千カ所に相談窓口も設けた。
こうした官民一体による事業者支援の動きもあり、6月17日時点で、日野の生産停止による下請企業の倒産は発生していない。
 もともと、自動車産業では広大なサプライチェーンを維持すべく、関連会社の法的整理をなるべく避けようという不文律、暗黙の了解があり、日野の減産がサプライヤーの淘汰をすぐに引き起こすとは考えにくい。
 ただし、生産停止が長引けば長引くほど、経営体力が乏しい下請企業にとっては不利な状況が続き、耐え切れずに市場から退出していく可能性もある。
実際に、三菱自動車の燃費不正問題の際には、同社向けに座席用フレームの溶接加工をしていた地元部品メーカーが破産。
生産停止が長引く中で、先行きの不透明感が、事業の継続を断念させる最後の追い打ちとなった。
 ユーザーへの影響も大きい。
通常であれば、日野車を使用する運送業者などでは、リコール対応を受けてエンジンを積み替えるか、他メーカーの商用車を調達するかが一般的な流れとなる。
しかし、日本自動車協会連合会によれば、日野・いすゞ・三菱ふそう・UDトラックスの大手4社における5月の中大型貨物車販売台数は、前年同月比36・2%減の3681台と急減、7カ月連続で前年同月を下回っている(図3)。
 特に、エンジンの型式指定を取り消す処分を受けた日野の減少は最も大きく66・5%に達している。
いすゞと三菱ふそうも同様に減産が続いており、唯一UDトラックスだけが前年同月比で増産となった。
小型貨物車も、全体で同10・0%減の2万4713台にとどまるなど、総じてトラック分野で減産傾向が続いている。
足元ではトラックの「タマ不足」が深刻化しつつあり、代替車種を買えないばかりか、増車すらもできない状況に陥っている。
 背景にあるのが部品不足だ。
世界的に供給が不足している半導体部材のほか、中国・上海のロックダウン(都市封鎖)などによる部品供給不足で、日野以外のトラックメーカーでも工場の稼働率が低下している。
「需要はあるが、部品が入ってこない」といった話は各方面で聞かれ、国内トラック生産が本格的に回復するのは早くても「来年以降」との見方もある。
トラックユーザーにとってはやきもきする時期がしばらく続きそうだ。
厳しさ増す一方だった環境規制  今回、日野が行った不正問題の本質はどこにあったのか。
もちろん、長期間にわたり不正を容認し続けてきたガバナンス不全が原因であることは言うまでもない。
しかし、年々厳しくなる「環境規制」が根底にあったこともまた疑う余地はないであろう。
 今回問題が発覚したのは、主に中型エンジン「A05C」と処理装置「HC-SCR」だった。
このうち「HC-SCR」は、日野が中小型ディーゼルエンジン車用に独自開発した排ガス処理装置で、機械振興協会から13年度経済産業大臣賞を授与された、当時としては画期的なメカニカルシステムだ。
 ディーゼルエンジンはガソリン車と比較して燃費性能とトルクに優れ、その割に二酸化炭素の排出量が少ないメリットがある。
一方、大気汚染や光化学スモッグの原因となる煤煙(PM)や窒素酸化物(NOx)を多量に排出するため、09年に施工された排出ガス規制では、これらの排出量の大幅削減が各メーカーに求められた。
 欧州メーカーやトヨタなどは、排ガスを尿素水(アドブルー)でクリーンにするNOx還元触媒「尿素SCR」システムを採用した。
他方、日野は尿素水の代わりにディーゼル燃料を使用する「HC-SCR」を開発し、この規制を乗り切った。
 尿素SCRシステムは、尿素水の搭載タンクが別途必要で車両本体価格がアップする。
また、ユーザーが定期的に尿素水の補給を行う必要があるため、使用できるエリアやインフラに限りがある。
それに対してHC-SCRは、尿素SCRシステムと同等の性能を有しながら、尿素水は不要であり利便性が高い点が最大のポイント。
尿素水タンクなどの装置も不要となるため積載スペースの自由度が増すなど、トータルコストで優れていた。
 しかし、その後も環境規制は厳しくなり、現行の16年規制ではさらに厳しい排出ガス削減が求められた(図4)。
中型エンジン「A05C」+「HC-SCR」の不正は、時系列としてはちょうど現行規制への対応途上で発生したことになる。
あくまでも著者の推測ではあるものの、日野は自社肝煎りの尿素フリーシステムに固執したあまり、規制への対応方法を根本から見失った可能性がある。
 この構図は、フォルクスワーゲン(VW)の「ディーゼルゲート事件」によく似ている。
VWも、環境に配慮したクリーンディーゼル技術で多くの環境関連表彰を受け、環境技術で世界をリードしていると目されていた。
しかし、VWも年々厳しくなる欧州での排ガス規制に耐え切れず、不正による規制逃れをしていたことが発覚した。
 VWと日野の両社は18年以降、電動化や自動運転システム、調達・販売など多方面で協業を探ってきたが(VW側はVWトラック&バス)、厳しい規制に自社技術で対応ができなくなり、追い詰められた開発現場の悲鳴にも似た「SOS」が垣間見えた点で共通するのは皮肉な話にも聞こえる。
トラックに「脱エンジン」迫る  他方で、「排ガス規制もそうだが、これを機にディーゼルエンジンそのものが必要とされなくなる」とは、ある自動車担当記者の話だ。
 世界的な傾向として既に、脱炭素の潮流を背景にディーゼルエンジンを搭載したトラックについて、各国政府は販売・走行禁止へと舵を切りつつある。
こうした動きがさらに本格化すれば、長期的にはディーゼルエンジン本体の需要そのものが大きく減退していく。
厳しい環境性能が求められる先進諸国向けの排ガス浄化スペックそのものが意味をなさなくなる。
 実際、米カリフォルニア州では45年までにガソリン・ディーゼルエンジンのトラックを販売禁止とするほか、欧州各国でも英国などでは30年から同様の規制を行う。
日本政府も昨年6月、総重量が8トン以下のトラックの販売を40年までに全て電動車にすると決定した。
あと十数年で純内燃機関車は国内で販売ができなくなる。
商用車の「ゼロ・エミッション」に向けた取り組みは国内でも本格化しており、国土交通省の「地域交通のグリーン化事業」をはじめ、官民挙げて商用車の電動化が急ピッチで行われている。
 トラックのユーザーである運輸業界では、こうした動きに先駆けて環境保全への取り組みを進めてきた。
帝国データバンクが昨年実施した調査では、気候変動への対応など地球環境に対しサスティナビリティ(持続可能性)のある開発目標を掲げたSDGsへの取り組みについて企業1万社に尋ねたところ、SDGsに「意味を理解して取り組んでいる」と回答した企業の割合は全体で14・3%だった。
「取り組みたいと思っている」25・4%を含め、全体のおよそ4割の企業ではSDGsに対して前向きな姿勢を見せている。
 一方、トラック輸送業界では取り組んでいる割合は10・5%と全体に比べ低いものの、「今後取り組みたい」とした割合は26・2%に上る。
温室効果ガスを走行距離分排出するトラック輸送業界にとって、環境保全の取り組み意欲が一段と高い様子が見えてくる(図5)。
 実際、商用車のBEV化も限定的ながら進んでいる。
特に「ラストワンマイル」運送の分野では、小型商用BEVが浸透・定着の動きを見せており、日本郵便は19年に三菱の軽バンをベースとした「ミニキャブ・ミーブ バン」を導入。
佐川急便は、広西汽車集団(中国)から軽EVバンを7200台採用、ヤマト運輸も宅配に特化した小型商用BEVトラックを導入して、30年までに商用BEVを2万台導入する計画を明らかにしている。
SBSホールディングスグループも1万台規模の商用EVバンを保有する計画だ。
 EVの弱点となっている航続距離や充電時間の問題は、宅配など市街地での使用が中心となるラストワンマイル配送であれば表面化しにくい。
1リットル当たり140円を突破した軽油価格を考えても、ユーザー=輸送業者にとってはBEVが保守運用のコストメリットに優れるとの見方が支配的だ。
 国内商用車メーカーでも、17年に三菱ふそうトラック・バスがBEVトラック「eキャンター」を発売しているほか、いすゞやトヨタによるグループも22年に小型BEVトラックを発売するなど選択肢も以前に比べ広がっている。
政府による補助金や、量産によるコスト低減効果も加わって、ガソリン車とBEVの価格差も縮まってきた。
そのため、この分野ではBEVトラックが販売の中心に取って代わる可能性が高い。
 中大型トラックのゼロ・エミッションも進む。
トヨタは、次世代中大型トラックのパワーユニットとして燃料電池(FCV)の可能性を模索しており、米国では既にトヨタ「ミライ」の燃料電池システムをベースにした18輪トレーラーの実証実験をスタートさせている。
 欧州トラック大手のダイムラー(独)も、30年に販売するトラックの60%をFCVあるいはBEVに、ボルボ・トラックス(スウェーデン)は30年に欧州で販売するトラックの半分をBEVにするとしている。
VW傘下のスカニア(同)も、30年までに販売するトラックのうち半分をBEVにする計画だ。
中国商用BEV大手のBYDは、既に米欧でBEVトレーラーやトラックをフルラインナップで販売している。
 商用車の電動化をどう推し進めていくか、FCVで今後対応するのか、それともBEVで対応するのか、今のところ国やメーカーによって戦略は分かれている。
ただし、少なくとも先進諸国において商用車の「脱エンジン」の流れが今後も続いていくことは間違いない。
 こうした商用車の脱炭素化は、既存の自動車産業を中心に大きな影響を及ぼしかねない。
実際、日野の下請企業のうち3割超ではBEVの普及が自社業績に「マイナス」と回答しており、自社のビジネスに負の影響が及ぶ可能性を危惧している状況が浮き彫りとなった(図6)。
巨大なサプライチェーンを持つ商用車の脱炭素化に向けた最適解が何なのか、答えを出すためにはもうしばらくの時間が必要だろう。
 環境規制に対する内燃エンジンの技術的限界に端を発した今回の日本版ディーゼルゲート事件は、商用車の脱炭素を加速させる“くさび”となって、市場に深く打ち込まれた。
VWのディーゼルゲート事件がその後の急速な電動化を促し、現在のBEVシフトへの潮流に結びついていることは周知の事実だ。
この流れが商用車分野にも及び、国内物流現場のゼロ・エミッション化が、大手・中小を問わず、周囲から促される形で想像以上のスピードで進んでいく可能性がある。

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