2022年1月号
特集
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ビーイングホールディングス 製配販の拠点を集約して“運ばない物流”
軽トラ1台で事業をスタート
ビーイングホールディングスは、金沢市に本社を置く3PLだ。
クスリのアオキ、三菱食品、パルタックなどを主要荷主として、北陸を基盤に東北から関西まで50拠点を展開、約1千台の車両を運用している。
2020年12月期の連結売上高は前年同期比13・3%増の183億円、営業利益は同39・6%増の7億5500万円。
事業会社11社でグループを構成、食品と日用品の取り扱いに特化して、全ての物流機能をグループ内で一貫して手掛ける体制を強みとしている。
高校を卒業して間もない喜多甚一社長が1986年に軽トラック1台で創業した。
河内物流という社名で鶏肉の卸売配送を請け負った。
続いて、金沢の中央卸売市場に深夜に届いた生鮮品を早朝までに店舗に個建て配送するサービスを開始、車両を増やし北陸3県にネットワークを広げた。
当初は食肉・魚介類販売業と特定貨物の免許で営業していたが、陸運支局の指摘を受けて一般免許を取得した。
しかし、「本当は運送会社にはなりたくなかった」と喜多社長。
祖父が立ち上げた地場運送会社の経営が行き詰まり、父親の代で精算。
家族と共に辛酸を味わってきたからだ。
河内物流の経営は順調だった。
午前と午後、そして深夜の個建て配送で、車両を1日24時間使って3回転させることで、固定費を通常の運送会社の3分の1に抑えた。
2トン車1台で1日約8万円の売り上げになる。
そこから流動費の人件費と燃料費を引いても十分な利益が残った。
しかし、好調な業績がずっと続く保証はない。
いずれやり方を真似るライバルも現れるだろう。
とはいえ、他に商売のあてがあるわけでもなく、行く末を案じながら経営にあたっていた。
その頃から社名に「ロジスティクス」と冠した運送会社を見るようになった。
運送と物流、そしてロジスティクスは何が違うのか。
調べてみたところ、物流とは輸送のことではなく「輸送・保管・包装・荷役・流通加工・情報処理」の六つの機能を内在するシステムだと書かれていた。
それを読んで膝を叩いた。
現状では、輸送は運送会社、保管は倉庫会社、包装や荷役は業務請負会社の仕事だ。
情報処理はシステム会社がやっている。
物流を一括して請け負う会社など見たことがない。
運送ではなく、物流を商売にすることで将来が開けるかもしれない。
そう考えて89年に社名を北食物流に変更して再スタートを切った。
まずは運送業から最も縁遠い情報システムの構築から着手した。
プログラマーを1人採用して自社システムを開発、喜多社長自身もプログラミングを学び、ソフトウエア開発に事業領域を拡大した。
97年には北食物流とは別に、食品物流センターを運営するドライを設立した。
キャッチフレーズは「打倒!北食物流」。
現在のビーイングHDの副社長と専務を両社のトップにそれぞれ起用して兄弟会社同士を競い合わせた。
ライバルとの切磋琢磨によって双方が成長していった。
しかし、両社の規模が大きくなっていくのに伴い、同じ資本系列の同業者が競争する弊害や非効率も目立つようになった。
その間に買収した企業の統合も必要だった。
そこで2000年に北食物流をアクティーに名称変更してグループを再編。
さらに12年、グループ経営の強化を目的にビーイングホールディングスに社名変更、同社からアクティーを事業会社として分割した。
緻密な原価管理が物流を正常化する 20年12月に東証2部に上場を果たした。
金沢の本社横に05年に「本社・SCMセンター」を立ち上げたことが、その後の成長につながるターニングポイントになった。
そこから「運ばない物流」をコンセプトに掲げた仕組み作りを開始した。
喜多社長は「われわれ物流会社は“運んでなんぼ”という意識でいるが、お客さまは運ぶことに価値を感じていない。
お客さまにとって運ぶことはコストであり、できることなら運びたくないと考えている。
それならわれわれは“運ばない”という価値を提供すべきだと思い立った」という。
既存のサプライチェーンは、メーカーから中間流通を経由して小売りへと多段階でモノが流れている。
しかし、大型センターの3階にメーカー、2階に中間流通、1階に小売りが入居すれば拠点間輸送の必要はなくなる。
従来から温めてきたアイデアを本社・SCMセンターで実行に移した。
北陸のドラッグストアチェーンの経営層に対して、物流センターのメリットと具体的なスキームを提案した。
小売りが自社センターを持つことで店舗への一括納品が可能になる。
店舗の荷受け負担が大幅に軽減されて、店頭の品切れやバックヤードのスペースを削減できる。
センターの運営費は取引規模に応じて日用品卸やメーカーなどのベンダーに負担してもらう。
従来の店舗別配送からセンター納品に変わって浮いた配送費の一部を充ててもらう。
センターにはベンダーの預託在庫を置く。
在庫の所有権はセンターから出荷するまでベンダー側にあるため、小売りの在庫負担が増すことはない。
この提案を受けてクスリのアオキをはじめ、ドラッグフジイ(現ウエルシア)、キリン堂、ゲンキー、コメヤ薬局など、現地のドラッグチェーンが次々にセンターの新設に動いた。
各種資料の作成からベンダー向け説明会の運営までビーインググループが代行して取り組みを後押しした。
現在、北陸にあるドラッグストアの物流センターは大半がビーインググループが手掛けたものだという。
緻密な原価管理がそれを可能にした。
ベンダーは小売りのセンターに納品する商品の価格(下代)に一定の料率を乗じた費用を、センターフィーとして負担する。
センターフィーの料率は、チェーンストアと各ベンダーの交渉によって決まる。
その基礎データをビーインググループが提供した。
各ベンダーの商品の重量・容積・ボリューム・平均単価などから、ベンダーが店別配送する時の1個当たりのコストと、センター納品した場合を比較、小売りとベンダーの双方がメリットを享受できる、納得性のある料率のレンジを示した。
チェーンストアの一部には、一方的に定めたセンターフィーをベンダーに要求、現場運営を委託している3PLに支払う費用との差額を利益にしているケースがある。
しかし、喜多社長は「センターフィーで利益を得ていると小売りはダメになる。
店が赤字でも物流で儲けが出ているからと、センターをどんどん作っていくことになる。
過去を振り返っても、センターフィーに第一利潤を頼るようになった小売りは結局は潰れている。
当社は正確な原価計算に基づいた提案を通して物流の正常化に一役買っていきたい」という。
庫内作業の工程ごとに原価を算出する物流ABC(活動基準原価計算)を実施している。
従来は管理者が定期的にストップウォッチで作業時間を計測していたが、20年に本格稼働した自社開発の生産性管理システムでシステム化した。
現場作業にタブレット端末を導入、作業者別の生産性までリアルタイムで見える化した。
「仕組み自体は4年前くらいには完成していたが、運用が定着して、どのデータをどう使えばいいのか分かってきたことで、20年第2四半期(4-6月)から収益性が格段に上がってきた」と喜多社長。
21年6月には「運ばない物流」を商標登録した。
北陸で磨いたスキームを今後全国に広げていく考えだ。
クスリのアオキ、三菱食品、パルタックなどを主要荷主として、北陸を基盤に東北から関西まで50拠点を展開、約1千台の車両を運用している。
2020年12月期の連結売上高は前年同期比13・3%増の183億円、営業利益は同39・6%増の7億5500万円。
事業会社11社でグループを構成、食品と日用品の取り扱いに特化して、全ての物流機能をグループ内で一貫して手掛ける体制を強みとしている。
高校を卒業して間もない喜多甚一社長が1986年に軽トラック1台で創業した。
河内物流という社名で鶏肉の卸売配送を請け負った。
続いて、金沢の中央卸売市場に深夜に届いた生鮮品を早朝までに店舗に個建て配送するサービスを開始、車両を増やし北陸3県にネットワークを広げた。
当初は食肉・魚介類販売業と特定貨物の免許で営業していたが、陸運支局の指摘を受けて一般免許を取得した。
しかし、「本当は運送会社にはなりたくなかった」と喜多社長。
祖父が立ち上げた地場運送会社の経営が行き詰まり、父親の代で精算。
家族と共に辛酸を味わってきたからだ。
河内物流の経営は順調だった。
午前と午後、そして深夜の個建て配送で、車両を1日24時間使って3回転させることで、固定費を通常の運送会社の3分の1に抑えた。
2トン車1台で1日約8万円の売り上げになる。
そこから流動費の人件費と燃料費を引いても十分な利益が残った。
しかし、好調な業績がずっと続く保証はない。
いずれやり方を真似るライバルも現れるだろう。
とはいえ、他に商売のあてがあるわけでもなく、行く末を案じながら経営にあたっていた。
その頃から社名に「ロジスティクス」と冠した運送会社を見るようになった。
運送と物流、そしてロジスティクスは何が違うのか。
調べてみたところ、物流とは輸送のことではなく「輸送・保管・包装・荷役・流通加工・情報処理」の六つの機能を内在するシステムだと書かれていた。
それを読んで膝を叩いた。
現状では、輸送は運送会社、保管は倉庫会社、包装や荷役は業務請負会社の仕事だ。
情報処理はシステム会社がやっている。
物流を一括して請け負う会社など見たことがない。
運送ではなく、物流を商売にすることで将来が開けるかもしれない。
そう考えて89年に社名を北食物流に変更して再スタートを切った。
まずは運送業から最も縁遠い情報システムの構築から着手した。
プログラマーを1人採用して自社システムを開発、喜多社長自身もプログラミングを学び、ソフトウエア開発に事業領域を拡大した。
97年には北食物流とは別に、食品物流センターを運営するドライを設立した。
キャッチフレーズは「打倒!北食物流」。
現在のビーイングHDの副社長と専務を両社のトップにそれぞれ起用して兄弟会社同士を競い合わせた。
ライバルとの切磋琢磨によって双方が成長していった。
しかし、両社の規模が大きくなっていくのに伴い、同じ資本系列の同業者が競争する弊害や非効率も目立つようになった。
その間に買収した企業の統合も必要だった。
そこで2000年に北食物流をアクティーに名称変更してグループを再編。
さらに12年、グループ経営の強化を目的にビーイングホールディングスに社名変更、同社からアクティーを事業会社として分割した。
緻密な原価管理が物流を正常化する 20年12月に東証2部に上場を果たした。
金沢の本社横に05年に「本社・SCMセンター」を立ち上げたことが、その後の成長につながるターニングポイントになった。
そこから「運ばない物流」をコンセプトに掲げた仕組み作りを開始した。
喜多社長は「われわれ物流会社は“運んでなんぼ”という意識でいるが、お客さまは運ぶことに価値を感じていない。
お客さまにとって運ぶことはコストであり、できることなら運びたくないと考えている。
それならわれわれは“運ばない”という価値を提供すべきだと思い立った」という。
既存のサプライチェーンは、メーカーから中間流通を経由して小売りへと多段階でモノが流れている。
しかし、大型センターの3階にメーカー、2階に中間流通、1階に小売りが入居すれば拠点間輸送の必要はなくなる。
従来から温めてきたアイデアを本社・SCMセンターで実行に移した。
北陸のドラッグストアチェーンの経営層に対して、物流センターのメリットと具体的なスキームを提案した。
小売りが自社センターを持つことで店舗への一括納品が可能になる。
店舗の荷受け負担が大幅に軽減されて、店頭の品切れやバックヤードのスペースを削減できる。
センターの運営費は取引規模に応じて日用品卸やメーカーなどのベンダーに負担してもらう。
従来の店舗別配送からセンター納品に変わって浮いた配送費の一部を充ててもらう。
センターにはベンダーの預託在庫を置く。
在庫の所有権はセンターから出荷するまでベンダー側にあるため、小売りの在庫負担が増すことはない。
この提案を受けてクスリのアオキをはじめ、ドラッグフジイ(現ウエルシア)、キリン堂、ゲンキー、コメヤ薬局など、現地のドラッグチェーンが次々にセンターの新設に動いた。
各種資料の作成からベンダー向け説明会の運営までビーインググループが代行して取り組みを後押しした。
現在、北陸にあるドラッグストアの物流センターは大半がビーインググループが手掛けたものだという。
緻密な原価管理がそれを可能にした。
ベンダーは小売りのセンターに納品する商品の価格(下代)に一定の料率を乗じた費用を、センターフィーとして負担する。
センターフィーの料率は、チェーンストアと各ベンダーの交渉によって決まる。
その基礎データをビーインググループが提供した。
各ベンダーの商品の重量・容積・ボリューム・平均単価などから、ベンダーが店別配送する時の1個当たりのコストと、センター納品した場合を比較、小売りとベンダーの双方がメリットを享受できる、納得性のある料率のレンジを示した。
チェーンストアの一部には、一方的に定めたセンターフィーをベンダーに要求、現場運営を委託している3PLに支払う費用との差額を利益にしているケースがある。
しかし、喜多社長は「センターフィーで利益を得ていると小売りはダメになる。
店が赤字でも物流で儲けが出ているからと、センターをどんどん作っていくことになる。
過去を振り返っても、センターフィーに第一利潤を頼るようになった小売りは結局は潰れている。
当社は正確な原価計算に基づいた提案を通して物流の正常化に一役買っていきたい」という。
庫内作業の工程ごとに原価を算出する物流ABC(活動基準原価計算)を実施している。
従来は管理者が定期的にストップウォッチで作業時間を計測していたが、20年に本格稼働した自社開発の生産性管理システムでシステム化した。
現場作業にタブレット端末を導入、作業者別の生産性までリアルタイムで見える化した。
「仕組み自体は4年前くらいには完成していたが、運用が定着して、どのデータをどう使えばいいのか分かってきたことで、20年第2四半期(4-6月)から収益性が格段に上がってきた」と喜多社長。
21年6月には「運ばない物流」を商標登録した。
北陸で磨いたスキームを今後全国に広げていく考えだ。
