2021年7月号
特集
特集
海外のビジネススクールが教える物流
欧米は日本企業から学んだ
欧米のビジネススクールでは物流を「オペレーションズマネジメント(OM)」もしくは「プロダクション・アンド・オペレーションズ・マネジメント(POM)」という科目の一環として教えています。
OMはこの20年間で最も成長した研究分野の一つです。
現在、米国の学会「POMS(Production and Operations Management Society)」には約1万人、欧州の「EurOMA(European Operations Management Association)」には約5千人の会員が所属しています。
その研究者たちは異口同音に「日本から多くを学んだ」と言います。
個人的にもウォルマートとデルのCIOを歴任したランディ・モット氏やZARAの経営陣などから直接そう聞いたことがあります。
実際、ハーバードやスタンフォード、ウォートンなどの米国のトップスクールのOMのケーススタディには、トヨタをはじめセブン─イレブン・ジャパン、丸井、靴下屋のダン(タビオ)など日本企業がたくさん出てきます。
しかし、皮肉なことに日本にはOMの学習機会があまりありません。
日本の経営層は知らされていないのです。
ビジネススクールでも、教育機関としての厚みがないことに加え、OMは文理融合領域であるために日本では扱われないことが多いようです。
私は1990年代半ばに本格的にSCMを研究したいと考えて渡米し、スタンフォード大ビジネススクールのグローバルSCMフォーラムのメンバーとして、産学が一体となったSCM研究の勃興期を経験しました。
実は、米国がビジネススクールでSCM研究に乗り出したきっかけの一つがトヨタ自動車でした。
米国市場に進出したトヨタが驚異的なパフォーマンスを発揮していることに米国の研究者たちは衝撃を受け、徹底的に調査・研究しました。
その調査プロジェクトの結果は「Made in America」というレポートにまとめられて大統領報告書になりました。
それと同時にMBAビジネススクールの科目体系が変わっていきました。
これが米国のビジネススクールのダイナミズムです。
一方、あれから30年が経った今も一般的な日本企業のオペレーションはあまり変わっていません。
むしろ「部分最適のKPI管理」が強化されて、OMの視点では劣化していると感じることさえあります。
例えば、今期の物流原価が前期よりも増加すると「物流部門は何をやっているんだ」と責められるようです。
しかし、私の経験上、物流部門だけで物流原価をコントロールすることなど実際はほとんどできません。
よくあるケースとしては、新製品の上市時にマーケティング部門が大規模なプロモーションをかけたけれども、空振りに終わった。
その結果として在庫が過剰になり営業倉庫の費用が跳ね上がったりします。
これを物流部門の責任にするのはまったくおかしな話です。
それでも管理系のボードメンバーでは「適切なKPIを設定していれば物流部門の問題として解決できたはずだ」という立場の方が多いのが日本の現実でしょう。
しかし、その考えが誤っていることは、ハーバード大の管理会計学会の重鎮、ロバート・キャプランが指摘しています。
彼は著書『レレバンス・ロスト(適合性の喪失)』でこのことを指摘し、学会で「われわれは間違っていた」と90年代の半ばに自己批判を行っています。
その反省に立ってキャプランは「バランス・スコア・カード(BSC)」を開発しました。
それが今では欧米ビジネススクールの管理会計の主要テーマとなっています。
欧米のビジネススクールには世界中から学生が集まるので、日本以外の世界中のエリートにとってはBSCが常識になっています。
もちろん日本でもBSCは有名ですが、「財務的視点からビジネスプロセスを設計してはいけない」というメッセージの本質は正確には伝えられていない気がします。
このため日本では今でもマーケティング、物流、販売などの機能別に、各々独立したKPIを設定し、運用している会社が多数派となっています。
これは、機能別組織の部分最適を積み重ねれば、それがそのまま全体最適になるという、大量生産大量消費時代の古い考え方に立脚しています。
製品の多品種化やライフサイクルの短縮化に伴う需要の不確実性の拡大に適応できていないのです。
この機能別組織の部分最適が誤りだったということを、皮肉にも世界はトヨタから学んだのです。
グローバルSCMの実務 OMは経営システムのマネジメント手法です。
そこで物流が教えられているのは、物流の問題が物流部門単独では解決できない問題だからです。
サプライチェーンのコストは設計段階で約8割が決定します。
現場の工夫や日々の改善で左右される部分は、わずかでしかありません。
そのため物流の問題を解決するにはシステム全体を視野に入れることが必要になります。
OMのスコープは広くならざるを得ないのです。
これも一つ例をご紹介しましょう。
われわれ野村総研は欧米のグローバル企業が日本でオペレーションを行う際のコンサルティングにも携わってきました。
中長期のサプライチェーンの設計・計画は多くの場合、本社から数人の幹部社員が来日して検討します。
工場や物流センターの配置、カバーエリア、面積規模、地代、生産ライン数、商品数、生産性、輸送費用、商品と生産ラインとの組み合わせなどの相互に関連するパラメータについて、SCMのシミュレーションモデルを基礎にして、1泊2日、もしくは2泊3日で朝から晩まで議論します。
例えば、「ガソリンの値段が上がったらこの設計は変わるのか」といった細部のパラメータの不確実性への感度分析なども考慮してSCM設計の意思決定を行います。
これらの数字が少し異なるだけで結果は大きく異なってきます。
サプライチェーンの設計問題は、他社の類似事例のモノマネで意思決定できるものではないのです。
彼らは日本だけではなく、一つのチームで数カ国のサプライチェーンの設計問題を担当しています。
右のような会議を1カ月に1回の頻度で実施して、半年から1年かけて、その国のサプライチェーンの長期設計を行っています。
数カ国同時にです。
構造的なシミュレーションを基礎に意思決定を行う、いわゆる経営工学、経営のエンジニアリングを徹底的に実施しているわけです。
一方、物流やOMに欧米企業並みのスタッフを抱えている日本企業は例外的です。
しかし、グローバル経営で壁にぶつからないようにするためには、日本企業も経営工学やOMの知識を体系的に学習する必要があると思います。
もうひとつの例をご紹介しましょう。
最近、ようやく日本でも話題になってきている「S&OP」(セールス・アンド・オペレーションズ・プランニング)です。
いわゆるローリング型の戦略実行計画のことで、中長期の戦略意思決定を機敏に行い続けるための方法論です。
ここ十数年にわたり、欧米だけでなく、オーストラリア、東南アジアや中国を含め世界各地で、S&OPの大規模なカンファレンスが活発に開催されています。
しかし、日本ではあまり開催されたことがありません。
従来、サプライチェーンは北米、南米、アジア、欧州といった地域ごとにほぼ完結していました。
しかし現在はそこにインドが加わり、ネットワークがグローバルに錯綜してきています。
そのためグローバル企業は各地の需要変動や設備の供給能力、為替の動向などを常にモニターして中長期のサプライチェーンの設計・シミュレーションを繰り返しています。
例えば、インドネシアの国内市場が大きくなってきたので、これまでは輸出していたけれど現地に工場を作ろう、という話になったとしましょう。
効率的に生産するには工場の最小規模があるため、現地の国内需要に供給規模を合わせるわけにはいきません。
それでも工場進出するとなれば、今度はインドネシアから輸出しなくてはなりません。
その場合、どこに輸出すればよいのか。
こうしたサプライチェーンのネットワーク設計を地域を越えてシミュレーションしながら、向こう18カ月から24カ月先までの月次計画を常にローリングして、想定される環境変化のさまざまなシナリオに対して、あらかじめボードメンバーで対応方法のコンセンサスを形成しておく、といったことが行われています。
具体的には、マーケティング戦略とオペレーション戦略との統合、新商品の投入タイミングと商品数の調整、商品の共通モジュール化やプラットフォーム設計、供給ネットワークの設計、さらには設備投資計画やM&Aの意思決定を含む計画を、毎月ローリングしていくのが基本です。
「日本企業だって年に1回の計画は立てているし、四半期で見直しているのでほぼ同じではないか」と言う経営層の方もいます。
確かにエリアごとに年間計画を策定して向こう3カ月の営業政策を議論しています。
しかし、向こう3カ月で結果が出ない論点については議題にしません。
逆に目の前の営業活動や「2週間先にこの製品が欠品する」といった短期の場当たり的な在庫調整にかなりの労力をかけて奔走しています。
一方で工場整備や海外進出などの意思決定は「EIYA!」、いわゆる「天の声」でハイリスクをいとわず、KKD(勘と経験と度胸)で決めています。
果たして21世紀の今になってもそのままでよいのでしょうか。
例えば、競合が新商品を12カ月後に発売することが分かったとします。
マーケティング部門としては12カ月後に市場に投入する計画だった新商品を2カ月前倒しで投入したい。
それを行うには、日本の工場で生産して利益は出ないが飛行機で送る、あるいはメキシコの工場に追加の設備投資をしてカバーする、もしくは新しい工場を作るといった選択肢があります。
これらの選択肢を整理して、それぞれのリスクと収益を計算するのがチーフ・ロジスティクス・オフィサー(CLO)やチーフ・サプライチェーン・オフィサー(CSCO)など、いわゆる「役員クラス」のサプライチェーンマネジャーの役割です。
しかし、日本企業はそのような担当役員を置いていないことが多いようです。
そもそも会社の機能組織横断の活動が常に俯瞰的な立場でシミュレーションできていないと、サプライチェーンマネジャーを円滑に務めることは容易ではありません。
グローバル企業において、サプライチェーンマネジャーは経営者への登竜門となってきています。
ウォルマートやアップルなどのCEOがサプライチェーン担当役員だったことは皆さまもご存じと思います。
サプライチェーンマネジャーからCFOを経てCEOに昇進するというのが、キャリアアップの王道となっているのです。
SCMやロジスティクス、OMが経営マターであることは、そのことからもよく分かると思います。
昨今、日本でもデータサイエンスが盛んですが、「何を分析したらよいのか分からない。
それでもまず、データを蓄積すべきだ」という指摘がIT産業側からよくなされているようです。
私は感心しません。
一般的な日本企業と海外のグローバル企業を比べると、経営管理方式のギャップはあまりにも大きく、その違いを理解するどころか、認知すらできなくなってきているのが実状ではないでしょうか。
しかし、極めて興味深いことに、このS&OPも、いわゆるTPS(トヨタ・プロダクション・システム)の応用なのです。
SCMの四つの階層 ここでSCMのシステム構造の話に少し触れておきます。
サプライチェーンは四つのレイヤーに整理されます。
最上位レイヤー(レベル1)はキャッシュフローの階層です。
サプライチェーン全体の経済性です。
レベル2は各種の財務インデックス数値です。
生産量や販売量の予測、欠品や転送費用、段取り替えや製造原価などの階層です。
そしてレベル3がオペレーション設計の階層です。
具体的には、生産計画のローリング頻度、計画のスパン、計画メッシュ(商品、時間)、計画固定期間などです。
問題はその下のレベル4、サプライチェーンのアーキテクチャ階層です。
取引契約の形態、各組織の権限と責任、社内ルールや業績評価システム、情報システム、情報共有の仕組みなどです。
そこがしっかり設計されていないと、優れたオペレーションを設計しても現実のものとはなりません。
サプライチェーンを右の四つのレイヤーに整理した上でレイヤー間の関数関係を明らかにし、これら全体を再設計して変革を管理していくことが、サプライチェーンの革新には必要となります。
各種のステークホルダーと議論して全体を変革する、いわゆるチェンジマネジメントまでが、OMという科目の一つのミッションです。
繰り返しになりますが、その原型になったのが実は日本企業でした。
米国は日本企業のオペレーション領域における競争優位性を理解することを目的として、1984年に米国科学/工学アカデミーの働きかけで、日本学術振興会に第149委員会を設置して、産学のハイレベルの日米対話を実現させました。
しかし、同委員会は2000年に解消しています。
その最後のあいさつでハロルド・ブラウン博士(元米国防長官)は、「日本が追求した自働化技術は米国企業がIT技術をうまく活用したことにより、問題解決に重要ではなくなった。
米国企業は『かんばんシステム』などの日本の慣行を採用し、それにIT技術を付加した。
この意味において、米国は学び、日本は自己変革に失敗した」と述べています。
では、欧米は日本から何を学んだのか。
具体的には次の通りです。
ウォルマートとP&Gをはじめとするサプライヤーのコラボレーションモデル「CPFR(Collaborative Planning, Forecasting, and Replenishment)」ならびに、先ほどのS&OP/IBP(Integrated Business Planning)は、TPSの考え方を参考にしています。
カテゴリマネジメント、製造業のサービタイゼーションなども同様です。
CPFRでは、小売りとメーカーが計画情報を多段階で共有しながらローリングしていきます。
これはトヨタ自動車がディーラーと生産計画・販売計画をローリング型で共有している手法をモデルにしています。
生産日の3カ月前、2カ月前、1カ月前、2日前といったタイミングで計画をローリングしていき、徐々に次のタイミングまでの計画の修正幅を小さくしていきます。
その結果、実際に生産する時点ではほとんど計画生産の状態になります。
これはTPSの核心となる考え方であり、CPFRのモデルです。
ZARAもトヨタからTPSとコンプリートノックダウン(CKD)方式を学んだそうです。
ZARAは衣料品の表生地はもちろん、裏生地、ボタン、芯地などのパーツをカットした後に全てセットにして、世界中の縫製工場にエアで送っています。
工場への材料供給のタイミングを生産が始まる寸前まで設定できることで、ぎりぎりまで生産供給計画を修正できるようにしています。
これについてZARAは日本のワールドが編み出したQR(クイックレスポンス)も参考にしたと言っています。
また有名なカテゴリマネジメントは、セブン─イレブン・ジャパンが買い物客の年齢・性別の属性コードを会計時に入力して分析していたPOS分析システムを高度化したものといえます。
さらに、製造業の「サービタイゼーション(Servitization)は日本のコマツがモデルになっています。
これはウォートン校のモーリス・コーエン教授の仕事です。
コマツは世界中の建機の稼働状況を見える化して遠隔管理する「KOMTRAX(コムトラックス)」が有名ですが、コーエン教授が研究したのはそれとは少し違います。
コーエン教授によると、コマツは南米の鉱山会社に建機を販売するだけではなく、出荷量当たりの従量制で鉱山との契約を結びました。
これをコーエン教授は、コマツが製造業からサービス業に転換したと意義付けました。
なぜなら、コマツは自社製品にこだわらず、極論すればライバルのキャタピラー社の建機さえ使えるようになったからです。
つまりビジネスモデルを変革したわけです。
もっともサービス化するためには補給部品管理など通常鉱山会社が行っていたオペレーションを全て代替することが必要です。
こうした顧客企業の業務を代替する形態でのビジネスモデル開発までがOMの研究テーマになっています。
高度物流人材の要件 OMについて代表的なキーワードは日本でも知られています。
JIT(ジャスト・イン・タイム)と言われたら「知ってる知ってる。
1個流しだよね。
1個売れたら、かんばんで1個補充すればいいんだろ」とほとんどのビジネスマンが答えるはずです。
しかし、大事なのはそこではないのです。
事前の緻密な計画の共有とローリングがない限り、1個流しなどできるはずがありません。
また、デルモデルも「受注生産」と唱えればできるわけではありません。
実際、デル以外のPCメーカーは受注生産に成功していません。
なぜでしょうか。
何がいつどれだけ売れるか分からない状態で、多様な商品の受注生産を行い、短納期リードタイムを満たし、ビジネスとして成立させることは当然ながら容易なことではありません。
巨大な部品在庫を保有しなければそれは可能になりません。
しかし、部品在庫は時間の経過と共に価値がどんどん下がっていき、陳腐化します。
一方、スポット市場で小ロット・即納で部品を調達すれば調達コストが高くなってしまいます。
デルモデルの根幹は部品調達のポートフォリオにあります。
デルはCRMが非常に行き届いているので、顧客データベースから、アーリーアダプターは新製品にいくら払ってくれるのか、どの顧客は何パーセントマークダウンすれば買ってくれるのか、といったことをつかんでいます。
この確率分布関数を管理して部品のポートフォリオを時間軸で回しているのです。
いわば金融工学の応用といってもよいでしょう。
実はデルモデルは、当時テキサス大学オースティン校教授だったオペレーションズリサーチの松尾博文先生(現・神戸大名誉教授)が、デルの勃興期から付き合って構築したものです。
松尾先生がデルモデルの創生期に密接に関わったという話は、日本ではあまり知られていませんが、海外のOM関連の学会では極めて有名です。
こうした経営のエンジニアリング、経営工学やオペレーションズマネジメントを日本でも社会人、特に経営層の予備軍が短期に学習できる機会を設けることが重要だと思います。
そこで扱うのは経営そのものです。
文系でも理系でもない。
文理融合でなくてはなりません。
世界中がそうしています。
それが今の日本に最も欠けている、最も必要とされている人材だと思います。
コンピューターパワーの爆発的な進化を活用するには、経営そのものが変わらなければなりません。
「高度物流人材」とは、決して現場の物流だけを担当する人材ではなく、経営全体を俯瞰し、産業全体のオペレーションを設計・管理・意思決定していくことができる人材であり、経営人財そのものだと私は思います。
そして物流産業には、荷主の業務を代替し、かつ事業としてスケールアウトできる仕組みをもった高度なサービス設計を行うことが期待されています。
話題のフィジカルインターネットはそのためのインフラと考えると少し分かりやすいのではないでしょうか。
(*本稿は「高度物流人材シンポジウム」における藤野氏の講演「ビジネススクールで教える物流 ~日本発の経営理論 OM~」を本誌が編集したものです)
OMはこの20年間で最も成長した研究分野の一つです。
現在、米国の学会「POMS(Production and Operations Management Society)」には約1万人、欧州の「EurOMA(European Operations Management Association)」には約5千人の会員が所属しています。
その研究者たちは異口同音に「日本から多くを学んだ」と言います。
個人的にもウォルマートとデルのCIOを歴任したランディ・モット氏やZARAの経営陣などから直接そう聞いたことがあります。
実際、ハーバードやスタンフォード、ウォートンなどの米国のトップスクールのOMのケーススタディには、トヨタをはじめセブン─イレブン・ジャパン、丸井、靴下屋のダン(タビオ)など日本企業がたくさん出てきます。
しかし、皮肉なことに日本にはOMの学習機会があまりありません。
日本の経営層は知らされていないのです。
ビジネススクールでも、教育機関としての厚みがないことに加え、OMは文理融合領域であるために日本では扱われないことが多いようです。
私は1990年代半ばに本格的にSCMを研究したいと考えて渡米し、スタンフォード大ビジネススクールのグローバルSCMフォーラムのメンバーとして、産学が一体となったSCM研究の勃興期を経験しました。
実は、米国がビジネススクールでSCM研究に乗り出したきっかけの一つがトヨタ自動車でした。
米国市場に進出したトヨタが驚異的なパフォーマンスを発揮していることに米国の研究者たちは衝撃を受け、徹底的に調査・研究しました。
その調査プロジェクトの結果は「Made in America」というレポートにまとめられて大統領報告書になりました。
それと同時にMBAビジネススクールの科目体系が変わっていきました。
これが米国のビジネススクールのダイナミズムです。
一方、あれから30年が経った今も一般的な日本企業のオペレーションはあまり変わっていません。
むしろ「部分最適のKPI管理」が強化されて、OMの視点では劣化していると感じることさえあります。
例えば、今期の物流原価が前期よりも増加すると「物流部門は何をやっているんだ」と責められるようです。
しかし、私の経験上、物流部門だけで物流原価をコントロールすることなど実際はほとんどできません。
よくあるケースとしては、新製品の上市時にマーケティング部門が大規模なプロモーションをかけたけれども、空振りに終わった。
その結果として在庫が過剰になり営業倉庫の費用が跳ね上がったりします。
これを物流部門の責任にするのはまったくおかしな話です。
それでも管理系のボードメンバーでは「適切なKPIを設定していれば物流部門の問題として解決できたはずだ」という立場の方が多いのが日本の現実でしょう。
しかし、その考えが誤っていることは、ハーバード大の管理会計学会の重鎮、ロバート・キャプランが指摘しています。
彼は著書『レレバンス・ロスト(適合性の喪失)』でこのことを指摘し、学会で「われわれは間違っていた」と90年代の半ばに自己批判を行っています。
その反省に立ってキャプランは「バランス・スコア・カード(BSC)」を開発しました。
それが今では欧米ビジネススクールの管理会計の主要テーマとなっています。
欧米のビジネススクールには世界中から学生が集まるので、日本以外の世界中のエリートにとってはBSCが常識になっています。
もちろん日本でもBSCは有名ですが、「財務的視点からビジネスプロセスを設計してはいけない」というメッセージの本質は正確には伝えられていない気がします。
このため日本では今でもマーケティング、物流、販売などの機能別に、各々独立したKPIを設定し、運用している会社が多数派となっています。
これは、機能別組織の部分最適を積み重ねれば、それがそのまま全体最適になるという、大量生産大量消費時代の古い考え方に立脚しています。
製品の多品種化やライフサイクルの短縮化に伴う需要の不確実性の拡大に適応できていないのです。
この機能別組織の部分最適が誤りだったということを、皮肉にも世界はトヨタから学んだのです。
グローバルSCMの実務 OMは経営システムのマネジメント手法です。
そこで物流が教えられているのは、物流の問題が物流部門単独では解決できない問題だからです。
サプライチェーンのコストは設計段階で約8割が決定します。
現場の工夫や日々の改善で左右される部分は、わずかでしかありません。
そのため物流の問題を解決するにはシステム全体を視野に入れることが必要になります。
OMのスコープは広くならざるを得ないのです。
これも一つ例をご紹介しましょう。
われわれ野村総研は欧米のグローバル企業が日本でオペレーションを行う際のコンサルティングにも携わってきました。
中長期のサプライチェーンの設計・計画は多くの場合、本社から数人の幹部社員が来日して検討します。
工場や物流センターの配置、カバーエリア、面積規模、地代、生産ライン数、商品数、生産性、輸送費用、商品と生産ラインとの組み合わせなどの相互に関連するパラメータについて、SCMのシミュレーションモデルを基礎にして、1泊2日、もしくは2泊3日で朝から晩まで議論します。
例えば、「ガソリンの値段が上がったらこの設計は変わるのか」といった細部のパラメータの不確実性への感度分析なども考慮してSCM設計の意思決定を行います。
これらの数字が少し異なるだけで結果は大きく異なってきます。
サプライチェーンの設計問題は、他社の類似事例のモノマネで意思決定できるものではないのです。
彼らは日本だけではなく、一つのチームで数カ国のサプライチェーンの設計問題を担当しています。
右のような会議を1カ月に1回の頻度で実施して、半年から1年かけて、その国のサプライチェーンの長期設計を行っています。
数カ国同時にです。
構造的なシミュレーションを基礎に意思決定を行う、いわゆる経営工学、経営のエンジニアリングを徹底的に実施しているわけです。
一方、物流やOMに欧米企業並みのスタッフを抱えている日本企業は例外的です。
しかし、グローバル経営で壁にぶつからないようにするためには、日本企業も経営工学やOMの知識を体系的に学習する必要があると思います。
もうひとつの例をご紹介しましょう。
最近、ようやく日本でも話題になってきている「S&OP」(セールス・アンド・オペレーションズ・プランニング)です。
いわゆるローリング型の戦略実行計画のことで、中長期の戦略意思決定を機敏に行い続けるための方法論です。
ここ十数年にわたり、欧米だけでなく、オーストラリア、東南アジアや中国を含め世界各地で、S&OPの大規模なカンファレンスが活発に開催されています。
しかし、日本ではあまり開催されたことがありません。
従来、サプライチェーンは北米、南米、アジア、欧州といった地域ごとにほぼ完結していました。
しかし現在はそこにインドが加わり、ネットワークがグローバルに錯綜してきています。
そのためグローバル企業は各地の需要変動や設備の供給能力、為替の動向などを常にモニターして中長期のサプライチェーンの設計・シミュレーションを繰り返しています。
例えば、インドネシアの国内市場が大きくなってきたので、これまでは輸出していたけれど現地に工場を作ろう、という話になったとしましょう。
効率的に生産するには工場の最小規模があるため、現地の国内需要に供給規模を合わせるわけにはいきません。
それでも工場進出するとなれば、今度はインドネシアから輸出しなくてはなりません。
その場合、どこに輸出すればよいのか。
こうしたサプライチェーンのネットワーク設計を地域を越えてシミュレーションしながら、向こう18カ月から24カ月先までの月次計画を常にローリングして、想定される環境変化のさまざまなシナリオに対して、あらかじめボードメンバーで対応方法のコンセンサスを形成しておく、といったことが行われています。
具体的には、マーケティング戦略とオペレーション戦略との統合、新商品の投入タイミングと商品数の調整、商品の共通モジュール化やプラットフォーム設計、供給ネットワークの設計、さらには設備投資計画やM&Aの意思決定を含む計画を、毎月ローリングしていくのが基本です。
「日本企業だって年に1回の計画は立てているし、四半期で見直しているのでほぼ同じではないか」と言う経営層の方もいます。
確かにエリアごとに年間計画を策定して向こう3カ月の営業政策を議論しています。
しかし、向こう3カ月で結果が出ない論点については議題にしません。
逆に目の前の営業活動や「2週間先にこの製品が欠品する」といった短期の場当たり的な在庫調整にかなりの労力をかけて奔走しています。
一方で工場整備や海外進出などの意思決定は「EIYA!」、いわゆる「天の声」でハイリスクをいとわず、KKD(勘と経験と度胸)で決めています。
果たして21世紀の今になってもそのままでよいのでしょうか。
例えば、競合が新商品を12カ月後に発売することが分かったとします。
マーケティング部門としては12カ月後に市場に投入する計画だった新商品を2カ月前倒しで投入したい。
それを行うには、日本の工場で生産して利益は出ないが飛行機で送る、あるいはメキシコの工場に追加の設備投資をしてカバーする、もしくは新しい工場を作るといった選択肢があります。
これらの選択肢を整理して、それぞれのリスクと収益を計算するのがチーフ・ロジスティクス・オフィサー(CLO)やチーフ・サプライチェーン・オフィサー(CSCO)など、いわゆる「役員クラス」のサプライチェーンマネジャーの役割です。
しかし、日本企業はそのような担当役員を置いていないことが多いようです。
そもそも会社の機能組織横断の活動が常に俯瞰的な立場でシミュレーションできていないと、サプライチェーンマネジャーを円滑に務めることは容易ではありません。
グローバル企業において、サプライチェーンマネジャーは経営者への登竜門となってきています。
ウォルマートやアップルなどのCEOがサプライチェーン担当役員だったことは皆さまもご存じと思います。
サプライチェーンマネジャーからCFOを経てCEOに昇進するというのが、キャリアアップの王道となっているのです。
SCMやロジスティクス、OMが経営マターであることは、そのことからもよく分かると思います。
昨今、日本でもデータサイエンスが盛んですが、「何を分析したらよいのか分からない。
それでもまず、データを蓄積すべきだ」という指摘がIT産業側からよくなされているようです。
私は感心しません。
一般的な日本企業と海外のグローバル企業を比べると、経営管理方式のギャップはあまりにも大きく、その違いを理解するどころか、認知すらできなくなってきているのが実状ではないでしょうか。
しかし、極めて興味深いことに、このS&OPも、いわゆるTPS(トヨタ・プロダクション・システム)の応用なのです。
SCMの四つの階層 ここでSCMのシステム構造の話に少し触れておきます。
サプライチェーンは四つのレイヤーに整理されます。
最上位レイヤー(レベル1)はキャッシュフローの階層です。
サプライチェーン全体の経済性です。
レベル2は各種の財務インデックス数値です。
生産量や販売量の予測、欠品や転送費用、段取り替えや製造原価などの階層です。
そしてレベル3がオペレーション設計の階層です。
具体的には、生産計画のローリング頻度、計画のスパン、計画メッシュ(商品、時間)、計画固定期間などです。
問題はその下のレベル4、サプライチェーンのアーキテクチャ階層です。
取引契約の形態、各組織の権限と責任、社内ルールや業績評価システム、情報システム、情報共有の仕組みなどです。
そこがしっかり設計されていないと、優れたオペレーションを設計しても現実のものとはなりません。
サプライチェーンを右の四つのレイヤーに整理した上でレイヤー間の関数関係を明らかにし、これら全体を再設計して変革を管理していくことが、サプライチェーンの革新には必要となります。
各種のステークホルダーと議論して全体を変革する、いわゆるチェンジマネジメントまでが、OMという科目の一つのミッションです。
繰り返しになりますが、その原型になったのが実は日本企業でした。
米国は日本企業のオペレーション領域における競争優位性を理解することを目的として、1984年に米国科学/工学アカデミーの働きかけで、日本学術振興会に第149委員会を設置して、産学のハイレベルの日米対話を実現させました。
しかし、同委員会は2000年に解消しています。
その最後のあいさつでハロルド・ブラウン博士(元米国防長官)は、「日本が追求した自働化技術は米国企業がIT技術をうまく活用したことにより、問題解決に重要ではなくなった。
米国企業は『かんばんシステム』などの日本の慣行を採用し、それにIT技術を付加した。
この意味において、米国は学び、日本は自己変革に失敗した」と述べています。
では、欧米は日本から何を学んだのか。
具体的には次の通りです。
ウォルマートとP&Gをはじめとするサプライヤーのコラボレーションモデル「CPFR(Collaborative Planning, Forecasting, and Replenishment)」ならびに、先ほどのS&OP/IBP(Integrated Business Planning)は、TPSの考え方を参考にしています。
カテゴリマネジメント、製造業のサービタイゼーションなども同様です。
CPFRでは、小売りとメーカーが計画情報を多段階で共有しながらローリングしていきます。
これはトヨタ自動車がディーラーと生産計画・販売計画をローリング型で共有している手法をモデルにしています。
生産日の3カ月前、2カ月前、1カ月前、2日前といったタイミングで計画をローリングしていき、徐々に次のタイミングまでの計画の修正幅を小さくしていきます。
その結果、実際に生産する時点ではほとんど計画生産の状態になります。
これはTPSの核心となる考え方であり、CPFRのモデルです。
ZARAもトヨタからTPSとコンプリートノックダウン(CKD)方式を学んだそうです。
ZARAは衣料品の表生地はもちろん、裏生地、ボタン、芯地などのパーツをカットした後に全てセットにして、世界中の縫製工場にエアで送っています。
工場への材料供給のタイミングを生産が始まる寸前まで設定できることで、ぎりぎりまで生産供給計画を修正できるようにしています。
これについてZARAは日本のワールドが編み出したQR(クイックレスポンス)も参考にしたと言っています。
また有名なカテゴリマネジメントは、セブン─イレブン・ジャパンが買い物客の年齢・性別の属性コードを会計時に入力して分析していたPOS分析システムを高度化したものといえます。
さらに、製造業の「サービタイゼーション(Servitization)は日本のコマツがモデルになっています。
これはウォートン校のモーリス・コーエン教授の仕事です。
コマツは世界中の建機の稼働状況を見える化して遠隔管理する「KOMTRAX(コムトラックス)」が有名ですが、コーエン教授が研究したのはそれとは少し違います。
コーエン教授によると、コマツは南米の鉱山会社に建機を販売するだけではなく、出荷量当たりの従量制で鉱山との契約を結びました。
これをコーエン教授は、コマツが製造業からサービス業に転換したと意義付けました。
なぜなら、コマツは自社製品にこだわらず、極論すればライバルのキャタピラー社の建機さえ使えるようになったからです。
つまりビジネスモデルを変革したわけです。
もっともサービス化するためには補給部品管理など通常鉱山会社が行っていたオペレーションを全て代替することが必要です。
こうした顧客企業の業務を代替する形態でのビジネスモデル開発までがOMの研究テーマになっています。
高度物流人材の要件 OMについて代表的なキーワードは日本でも知られています。
JIT(ジャスト・イン・タイム)と言われたら「知ってる知ってる。
1個流しだよね。
1個売れたら、かんばんで1個補充すればいいんだろ」とほとんどのビジネスマンが答えるはずです。
しかし、大事なのはそこではないのです。
事前の緻密な計画の共有とローリングがない限り、1個流しなどできるはずがありません。
また、デルモデルも「受注生産」と唱えればできるわけではありません。
実際、デル以外のPCメーカーは受注生産に成功していません。
なぜでしょうか。
何がいつどれだけ売れるか分からない状態で、多様な商品の受注生産を行い、短納期リードタイムを満たし、ビジネスとして成立させることは当然ながら容易なことではありません。
巨大な部品在庫を保有しなければそれは可能になりません。
しかし、部品在庫は時間の経過と共に価値がどんどん下がっていき、陳腐化します。
一方、スポット市場で小ロット・即納で部品を調達すれば調達コストが高くなってしまいます。
デルモデルの根幹は部品調達のポートフォリオにあります。
デルはCRMが非常に行き届いているので、顧客データベースから、アーリーアダプターは新製品にいくら払ってくれるのか、どの顧客は何パーセントマークダウンすれば買ってくれるのか、といったことをつかんでいます。
この確率分布関数を管理して部品のポートフォリオを時間軸で回しているのです。
いわば金融工学の応用といってもよいでしょう。
実はデルモデルは、当時テキサス大学オースティン校教授だったオペレーションズリサーチの松尾博文先生(現・神戸大名誉教授)が、デルの勃興期から付き合って構築したものです。
松尾先生がデルモデルの創生期に密接に関わったという話は、日本ではあまり知られていませんが、海外のOM関連の学会では極めて有名です。
こうした経営のエンジニアリング、経営工学やオペレーションズマネジメントを日本でも社会人、特に経営層の予備軍が短期に学習できる機会を設けることが重要だと思います。
そこで扱うのは経営そのものです。
文系でも理系でもない。
文理融合でなくてはなりません。
世界中がそうしています。
それが今の日本に最も欠けている、最も必要とされている人材だと思います。
コンピューターパワーの爆発的な進化を活用するには、経営そのものが変わらなければなりません。
「高度物流人材」とは、決して現場の物流だけを担当する人材ではなく、経営全体を俯瞰し、産業全体のオペレーションを設計・管理・意思決定していくことができる人材であり、経営人財そのものだと私は思います。
そして物流産業には、荷主の業務を代替し、かつ事業としてスケールアウトできる仕組みをもった高度なサービス設計を行うことが期待されています。
話題のフィジカルインターネットはそのためのインフラと考えると少し分かりやすいのではないでしょうか。
(*本稿は「高度物流人材シンポジウム」における藤野氏の講演「ビジネススクールで教える物流 ~日本発の経営理論 OM~」を本誌が編集したものです)
