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2021年7月号
特集

日本型SCM人材戦略が持続的発展もたらす

欧米企業におけるSCM人材  「SCM人材」と聞いて頭に浮かぶのは、SCM部門の管理者や専門スタッフ、同部門を管掌する役員(サプライチェーン・オフィサー)であろう。
筆者らは、これらの「狭義のSCM人材」だけでなく、SCMに関わる全ての構成員を「広義のSCM人材」と見なすことを提案したい。
 本稿では、日本におけるSCMの教育・仕事環境が欧米とは異なることを踏まえた上で、さまざまな部門に所属し、目標や行動原理が異なる構成員に共通に求められる要件を提示する。
加えて、広義のSCM人材がその要件を身に付けることがSCMの持続的な発展をもたらすという仮説を説明する。
 まず、文献調査に基づいて、欧米企業で働くSCMの実務家のキャリアを共有しよう。
米国のSCMプロフェッショナル253人を対象としたボルストフら(2016)によるアンケート調査によれば、45%が学士、38%が修士あるいは博士の学位を有し、19%はロジスティクスあるいはSCMの学位を持つ。
他の学位で多いのは、ビジネス(29%)である。
 27%は(ロジスティクスを含む)SCMに関する業務から社会人としてのキャリアを始めている。
残る大半の回答者はSCM以外の業務(例:製造、技術、調達、IT、ファイナンス、販売)からスタートしているが、平均15年はSCMの業務に携わっている。
しかも、20年以上のSCMの業務経験がある人が44%と多く、彼ら/彼女らは“多芸多才”であり、キャリアの中で約4種類の異なる業務を経験している。
回答者は平均で3社の勤務歴を持ち、年収は145千ドルという。
 ドイツ語圏のサプライチェーン幹部307人を対象としたフレートマン&ホバーグ(2017)の調査によれば、回答者の87・4%が修士あるいは博士の学位を有している。
学位の種類としては、経営学あるいは経済学(44・2%)、工学(19・0%)、経営工学(14・2%)が多いが、年齢が若い幹部には、ロジスティクスの修士号を持つ人が増えている。
 キャリアパターンは6種類に分類される。
多い順に、「ロジスティクス部門出身」(33・9%)、「SCM部門出身」(20・8%)、「コンサルタント出身」(18・6%)、「需要側部門(販売、マーケティング)出身」(12・1%)、「生産部門出身」(8・5%)、「調達部門出身」(6・2%)となっている。
「SCM部門出身」以外は、サプライチェーン幹部になる前に(ロジスティクスを含まない)SCMの業務を経験した人は少ないが、若い世代はSCM部門からストレートにサプライチェーン幹部になる機会を持ち始めているようである。
 ざっくりと言えば、米国のSCM管理者には機能横断的な業務経験とロジスティクスやSCMの専門性を兼ね備えた人、ドイツ語圏のSCM幹部にはロジスティクスやSCMの深い専門性を備えた人が多い。
日本におけるSCM教育・仕事環境  残念ながら、日本のSCM人材を対象とした同様の調査はないが、欧米のそれとは異なる事情が垣間見える。
アカデミックな教育環境では、SCMの学位を取得できる大学および大学院は日本には存在しない。
経営・商学系の学部学生は授業でSCMについて学ぶ機会はあるが、物流論(あるいはロジスティクス論)や生産管理論、流通論の一部(数回分)に限定される場合がほとんどである。
つまり日本では、大学あるいは大学院を卒業・修了する時点で、SCMの専門性を有する人材はほとんどいないのが実情である。
 筆者らの過去の調査を通じて実務家から聞いた話になるが、仕事環境を見ても、社会人になって初めての配属がSCM部門であったり、機能横断的なSCMタスク(例:需給調整、在庫パフォーマンスの管理、SCM改革の企画・推進)を担うことはまれである。
ドイツ語圏で見られる、「SCM部門一筋で幹部になるような人」は、ほとんど見られない。
 また、ある会社の調達、生産、物流、販売といった機能部門の中で、たいていは一つ(例:物流)、中には二つ(例:生産と物流)の部門での業歴を持つ人がSCM部門の上級管理者(例:SCM本部長)になる事例は日本でもよく見られる。
しかし、米国で見られる、「異動や転職を繰り返しながら、機能横断的に多彩な業務を経験している人」は少ない。
 さらに、ドイツ語圏では、大半のサプライチェーン幹部は経営かつ/あるいは工学に関するアカデミックな知識をベースに、SCMの業歴を積み上げている。
一方、日本企業の大半では、SCMの領域での専門性を深めつつ、出世を含めてキャリアを積み上げていく環境が整っているとは思えない。
SCM部門の上級管理者になっても、数年後に連絡をとると異なる部署へ移っている場合が多く、サプライチェーン・オフィサーのような役員クラスのポストを設置している会社も少ないからである。
 マンガン&クリストファー(2005)は、サプライチェーン管理者にはT型のスキルが求められると主張している。
垂直方向はSCMの専門性であり、水平方向は関連領域の専門性を意味する。
この考え方を参考にすれば、上記三つの国・地域のサプライチェーン管理者が有するT型能力は、図1のように描ける。
 米国型は機能横断的に多彩な業務を経験しており、かつSCMの専門性もそれなりに高い。
ドイツ語圏型は教育・仕事の両面から、SCMの専門性を深めている。
また、米国型ほど、さまざまな部門での業歴があるわけではないが、SCM部門での仕事を通じて、水平方向の能力を広げている。
これらの国・地域と比べると、日本のサプライチェーン管理者は水平方向の能力を伸ばしたり、垂直方向の能力を向上させる機会は相対的に少ないと思われる。
狭義と広義のSCM人材  以上のことから、教育・仕事環境がそれほど変わらなければ、米国型やドイツ語圏型のT型能力を持つSCM人材が、今後日本で増えていくことは期待できない。
したがって、SCM部門の管理者や専門スタッフ、同部門を管掌する役員といった「狭義のSCM人材」のみに焦点を当てて、求められる能力を高める必要があると言っても、それを身に付けられる環境の整備とセットで議論しなければ、あまり意味がない。
 そこで、筆者らは別の道を探っていくことを提案する。
それは、狭義のSCM人材だけでなく、SCMに関わる全ての構成員を「広義のSCM人材」と見なして、さまざまな部門に所属し、目標や行動原理が異なる構成員に共通に求められる要件を見いだし、それを身に付けてもらうようにするという道である。
 筆者らは、狭義のSCM人材を、「SCM部門に所属し、機能横断的なSCMタスクの実務を担う担当者、同部門の管理者、同部門を管掌する、あるいは企業におけるSCMへの取り組みの責任者となる幹部」と定義している。
 ここで、「SCM部門」の定義を明確にしておかないと誤解を招く恐れがあるだろう。
SCM部門とは、機能横断的なSCMタスクを担う、あるいはそれらのタスクを含む(全ての)部門を指している。
ある製造業者に、生産と物流の機能を統合したSCM本部があると仮定する。
その本部内のロジスティクス部需給調整課が需給調整や在庫パフォーマンス管理を担い、SCM戦略室がSCM改革の企画・推進を担っている場合、SCM本部、ロジスティクス部需給調整課、SCM戦略室はいずれもSCM部門と見なされる。
 一方、SCM本部内で物流の実務を担うロジスティクス部物流管理課や製造の実務を担う生産部のように、主に単一の機能に関わるタスクを担当する部門は、(SCM部門と見なされる)SCM本部内に配置されていても、SCM部門とは見なさない。
つまり、この場合は、上位のSCM部門(SCM本部)の中に、中位や下位のSCM部門(SCM戦略室、ロジスティクス部需給調整課)とSCM以外の中位・下位部門(生産部、ロジスティクス部物流管理課)が存在することになる。
 この定義を踏まえて、筆者らは広義のSCM人材を、「狭義のSCM人材だけでなく、さまざまな部門でサプライチェーンにおける個々のプロセスの運営・変革を担う担当者および管理者を含めた、サプライチェーンの全ての構成員」と定義する。
 対象となる部門は、それぞれの企業が設定するSCMの範囲によって異なる。
典型的には、調達、生産、物流、販売といった機能部門が含まれるだろう。
しかし、例えば製品の企画・開発やアフターサービス、サステナビリティの推進といった部門については、ある企業では広義のSCM人材に含まれないが、別の企業では含まれるということがあり得る。
企業におけるSCMの段階が発展していったり、外部環境の変化によって企業のSCMに求められることが変化するにつれて、対象となる部門が広がり、該当するSCM人材が増えていくことになる。
共通要件としてのSCMフィロソフィー  こうした広義のSCM人材は、さまざまな部門に所属し、目標や行動原理が異なる。
彼ら/彼女らがSCMに取り組む上で求められる共通の要件はどのようなものだろうか。
それは、「サプライチェーンの各構成員が、他の構成員のパフォーマンスやサプライチェーン全体のパフォーマンスに、直接的あるいは間接的に影響を及ぼすことを強く意識すること」ではないか。
 これは、メンツァーら(2001)が「SCMフィロソフィー」と呼ぶマネジメントの理念である。
SCMフィロソフィーは、三つの要素から構成される(図2)。
サプライヤーから最終顧客までを一つのサプライチェーンとして見る「全体観」、組織内および組織間のオペレーションの能力や戦略的な能力を一つに結集させるために尽力する「協働・協業的な見方」、他と異なるものを創り出す「価値重視の見方」である。
 これらの要素は、狭義のSCM人材に求められる能力項目の中で、これまで断片的に言及されてきたものである。
筆者らは、これらの要素から構成されるマネジメントの理念としてのSCMフィロソフィーを、広義のSCM人材である各構成員の行動に落とし込むことが、企業におけるSCMの持続的な発展をもたらすのではないかと考えている。
その理由について、まず広義のSCM人材にSCMフィロソフィーを身に付けてもらうことの必要性を説明しよう。
 SCMの実務は、従来からSCM部門の管理者や専門スタッフ、管掌役員といった一部のリーダー主導で行われてきた。
SCMリーダーが、事業環境に基づいてSCM戦略の方向性を決定し、SCM戦略に適合する組織内および組織間の構造やプロセスを設計し、全体最適を実現するための機能・組織間の調整・連携を企画・推進し、パフォーマンスを監視・評価するといった具合である。
 しかし、先に述べた通り、日本のSCMリーダーには深い専門性や幅広い業務経験を有する人材が少ない。
専門家が育ちにくい日本の教育・仕事環境では、SCMの舵取りを任せられる適任者はあまりいそうにない。
たとえ優秀なSCMのプロが社内にいたとしても、昨今はサプライチェーンリスクへの対応や環境への配慮、社会的な貢献も求められるようになってきている。
そこまで守備範囲が広い人はまれであろう。
SCMの課題が高度化するほど、一部のリーダーが導くというやり方には限界があると考えられる。
 一方、日本には、現場改善が組織に根付いており、一致団結して創意工夫で課題を解決することを脈々と続けてきた企業が多い。
その組織文化を、ぜひSCMにも活用してほしいのだが、ここで一つ問題が残る。
それは、そうした改善活動は主に個々の部門のようなローカルな範囲で行われてきたことである。
「わが社は、全社的な改善活動に取り組んできた」という反論があるかもしれないが、それはローカルな活動の足し算ではないだろうか。
 これに対して、SCMでは部門をまたいだパフォーマンスのトレードオフが発生する。
典型的なのは、需要側の部門(例:営業)が重視する顧客満足と供給側の部門(例:生産、物流)が重視する効率性の間のトレードオフである。
そこに、日本企業では責任が曖昧になりがちな在庫の問題が絡んでくる。
さらに、さまざまなリスクやESGへの対応も求められるようになってきており、極めて複雑なトレードオフを克服していかないといけないというのが、今日的なSCMの課題である。
 こうした課題を解決するには、広義のSCM人材、すなわちSCMに関わる全ての構成員に当事者意識を持ってもらわなければならない。
顧客満足向上も効率性向上もリスク軽減も環境配慮も社会貢献も法令順守も、組織がいつの間にか解決してくれることではない。
それらは全て個々の構成員の仕事に関わることであり、彼ら/彼女らが自分でなんとかしようとしないといけない。
そうした意識のベースになり得るのが、SCMフィロソフィーなのである。
これが、日本型とも言える広義のSCM人材にSCMフィロソフィーを身に付けてもらう理由である。
フォロワー焦点のSCM  次に、広義のSCM人材がSCMフィロソフィーを身に付けることが、企業におけるSCMの持続的な発展をもたらすと考える理由を説明する。
 先述したように、従来のSCMはSCM部門の管理者や専門スタッフ、管掌役員といったリーダー視点で捉えられてきた。
これを、「リーダー視点のSCM」と呼ぶことにする。
組織デザインの専門家であるJ・R・ガルブレイスのスターモデルに当てはめて考えると(図3)、リーダーがSCMの戦略を決定し、それに合う組織の構造やプロセスを設計する。
運営自体はサプライチェーン・プロセスに関わるさまざまな部門が行うが、リーダーがパフォーマンスを監視・評価することになる。
五つのマネジメント要素が適合していればパフォーマンスは上がるが、不適合ならパフォーマンスは上がらないというのが、スターモデルの教えである。
 リーダー視点のSCMの場合、優れたSCMマネジャーやサプライチェーン・オフィサーが組織を引っ張っていける間はうまくいくが、日本ではその人材が薄い。
そこのピースが欠けると、SCMの戦略・組織は崩れてしまう。
 筆者らは過去の調査において、SCMを主導あるいは支援してきた経営トップやマネジャーが退任した後、改革が道半ばで終わり、SCM部門は解体されて、元のやり方に戻ってしまったという事例をいくつも見てきた。
こうした現象は、スターモデルを使えば、リーダー視点のSCMの限界として説明できる。
 これに対して、筆者らは「フォロワー焦点のSCM」を提唱したい。
この考え方は、第一世代の経営学者の1人と言われているM・P・フォレットの1920~30年代の著作物や講演録における思想をベースにしている。
 スターモデルに当てはめると(図4)、フォロワー焦点のSCMでは共通の目的が「目に見えないリーダー」となり、それをフォローする人・組織は全てフォロワーと位置づけられる。
つまり、SCM部門の管理者や専門スタッフ、管掌役員を含めて、SCMに関わる全ての構成員が共通の目的を達成するためのフォロワーと見なされる。
 組織の構造は固定的なものではなく、流動的に捉えられ、解決すべき課題に応じて関係する人・組織が参加する。
プロジェクト・チームを想像するかもしれないが、そうした中核的な組織だけでなく、緩やかに関わる協力・応援組織も含まれる。
そこに多様な人たちが参加し、異なる種類の知識や経験が統合されることで、新たな考えや価値が創出される。
このプロセスを、フォレットは「進歩的な統合」と呼んでいる。
こうした組織の進歩と共に、活動に参加した個人を満足・成長させる。
 リーダー視点のSCMとフォロワー焦点のSCMの大きな違いは、前者ではSCMを組織レベルの活動と見なしてきたのに対して、後者ではSCMを組織と個人の両方のレベルで捉えている点である。
 SCMの先行研究の中には、「サプライチェーン統合は人間によって行われる」といった主張が見られるが、リーダー以外の個人の存在に注目した研究はわずかしかない。
フォレットの100年近く前の思想は、SCMを個人レベルに落とし込むための示唆を与えてくれる。
具体的には、共通の目的を達成するためのフォロワーには、部署や役職によらずSCMフィロソフィーの三つの要素を身に付けていることが求められる。
 「全体観」であれば、例えば会社の経営理念や中長期の戦略を踏まえた上で、自分の仕事について考える。
サプライチェーン全体のプロセスにおいて、自分の仕事はどのような役割を果たしているのかを認識する。
自部門の業務プロセスと前工程や後工程で関わる他の部門の業務プロセスのことを把握するように努める。
 「協働・協業的な見方」であれば、例えば新たな価値を生み出すために、他の部門と一緒に力を合わせてやっていく。
仕事の見直しに当たっては、さまざまな部門の社員との間で自由に意見を述べ合う。
インフォーマルな場を含めて、他の部門の社員との間でお互いの仕事のことを情報交換する。
 「価値重視の見方」であれば、例えば自社は顧客や社会に対して、いったい何を提供できるのかを考えて、自分の仕事をする。
顧客の満足度を維持・向上させる上で、自部門や他の部門が無理するのは仕方がないという認識を持たない。
企業イメージやブランド・イメージの向上/低下に影響を及ぼすことを頭に入れて、自分の仕事に当たる。
 このようなSCMフィロソフィーを身に付けている程度の高いフォロワーが増えるほど、さまざまな知識や経験が持ち寄られ、新たな考えや価値が創出されて、継続的な課題解決へとつながっていく。
こうして、企業におけるSCMが持続的に発展していくことが期待できるのである。
SCMを組織と個人の マルチレベルで見ていく  SCMの実務家の方々の中には、ここまで述べてきたことを理想論だと感じている人もいるかもしれない。
ライアルら(2018)の論稿(サプライチェーン・マネジメントの終焉)にもあるように、サプライチェーン・プロセスの運営において、今後は人工知能やIoT、ロボットといった破壊的な技術が人間に取って代わる傾向が強まるだろう。
それでも、「サプライチェーンは魂のない機械ではない」(ウィーランドら,2016)。
われわれは人間不在のサプライチェーンの未来像を描くのではなく、人間を生かす理想を追求していきたい。
 本稿の内容はまだ筆者らの仮説にすぎない。
現在、それを実証するための事例研究を行いつつ、SCMフィロソフィーを身に付けている程度を測定するための尺度の開発および実験に取り掛かっているところである。
サプライチェーンの構成員にSCMフィロソフィーを身に付けてもらうための施策も検討していきたい。
 フォレットの思想の特徴は、組織の発展と個人の満足・成長の両方を目指すことにある。
そこに近づけていくためには、SCMではこれまで捨象されてきた個人レベルの現象にも目を向けていくことが必要だと考えている。
 SCMを企画・推進する実務家も、SCMの理論化を試みる研究者も、組織と個人のマルチレベルで物事を見ていかなければならない。
組織と個人の統合的な関係を構築していくためにも、SCM人材を広義に捉えて、フォロワー焦点のSCMに取り組んでいくことを提言したい。

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