2020年7月号
特集
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【物流管理】これから起きる三つのパラダイムシフト
既に始まっていた変化
新型コロナウイルスが日常生活や経済に大きな影響を与えている。
歴史を振り返れば、戦争や災害そして経済変動や技術革新は、人々の意識に大きな影響を与え、社会生活行動を変えてきた。
今回の新型コロナウイルスが引き起こす問題(以下、新型コロナ問題)も、社会に大きな変革をもたらすに違いない。
そこで本稿では、首都圏の緊急事態宣言が解除された5月25日までの情報を基に、長期的な視点からみた社会変革の可能性と、ロジスティクスへの影響について考えてみることにする。
「大きな出来事によって社会における認識や価値観が劇的に変化すること」をパラダイムシフトという。
わが国でも、終戦やバブル崩壊、震災などの歴史的転換点において人々の意識は大きく変わり、また冷凍食品や宅配便などの技術革新は日常生活の在り方を変えてきた。
現在、物流においては「いつでも運べる時代から、運びを確保する時代へ」というパラダイムシフトが進行していると筆者は考えている。
この背景には、ネット通販の普及による「消費者行動の変化」と、人手不足に起因した「物流における需給のアンバランス」がある(図1)。
近い将来、繁忙期の車両不足や引っ越し難民のような混乱が常態化する恐れさえ指摘されている(参考文献1)。
そして新型コロナ問題は、既に始まっていた物流のパラダイムシフトに、新たなパラダイムシフトを加えることになるだろう。
具体的には「リスク回避重視」「新たな配送論・在庫論の台頭」「ICT(Information and Communication Technology)の標準化と活用の拡大」の三つと予想している(表1)。
リスク回避重視のサプライチェーンへ ・調達先の複数化 新型コロナ問題がもたらす第一のパラダイムシフトは、グローバル化したサプライチェーンにおける「効率重視から、リスク回避重視へ」の変化だ(図2)。
調達先の集約化が見直されることになる。
従来、サプライチェーンにおける調達先の選定は、リスク回避を考慮はしても、低廉なコストが優先される傾向にあった。
しかし、今回の新型コロナ問題では、海外で生産している部品・半製品、住宅資材などが日本に届かず、大きな経済的損失を被った企業がかなり出た(参考文献2)。
このため、とりわけ国内外にまたがるサプライチェーンの構築にあたっては、調達先の選定が「コスト重視の集約化から、リスク回避重視の複数化へ」と変化する可能性がある。
・生産拠点と物流拠点の分散化 拠点展開についても同様だ。
従来、生産拠点は効率的な生産のために、また物流拠点は費用削減のために、リスクを考慮しつつも拠点の集約を図る傾向にあった。
しかし、物流拠点の数を絞ると、建設費用や在庫費用の削減にはつながっても、輸送費用は増加することが多い。
また災害やトラブルが発生した時のリスクは、拠点が少ないほど高くなる。
拠点が被災して業務が中断されてしまう恐れがある。
このため、拠点配置の考え方が「効率化のための拠点集約から、リスク回避のための拠点分散へ」と変化する可能性がある。
配送論・在庫論の変化 ・情報化による相乗効果と代替効果 新型コロナ問題がもたらす第二のパラダイムシフトは、配送と在庫に対する考え方の変化である。
配送においては「店舗配送から宅配へ」、在庫論は「在庫削減重視から、備蓄重視へ」シフトする。
情報化がもたらす変化から、考えてみよう。
情報と交通の間には、相乗効果(交通量の増加)と代替効果(交通量の抑制)があるとされる。
ロジスティクスにおいて、受発注情報システムは取引の活発化によって相乗効果(物流活動の増加)を生み、また物流情報システムは効率化による代替効果(物流活動の抑制)を生むとされている。
物流は商取引の結果として生じる派生需要であることから、基本的に取引が活発になれば物流量は増加する。
受発注情報システムが高度化されて、より多くの人が、より多くの商品情報を手軽に入手できるようになることで、遠隔地から商品を購入したり、購入頻度が上がったりする。
輸送トンは変わらない場合でも輸送距離(キロ)は増える。
一方、物流情報システムは実際の売れ行きに合わせて在庫を調達したり、注文を納品先に近い在庫に引き当てたりすることで、在庫や輸送のムダを省く。
このため、輸送トンは変わらない場合でも輸送距離(キロ)は減る。
ただし、物流の効率化よりも取引の活性化を優先するため、受発注情報システムによる相乗効果は、物流情報システムによる代替効果を上回ると考えられている。
結果として情報化の進展は、社会全体の物流活動を増加させることになる。
・配送先と荷姿の変化 ネット通販を受発注情報システムの一つとみなせば、消費行動を「自ら店舗に出かける買い物から、宅配へ」と促すことで、代替効果を超える相乗効果をもたらすと考えられる。
新型コロナ問題でテレワークが定着していけば、現在進行中のパラダイムシフトをも加速することになるだろう。
実際、日本で感染の拡大が本格化した3月以降、生産の停滞や店舗営業の自粛により、原材料や半製品などの長距離輸送と衣料品などの都市内配送が大きく減少する一方、食料品や日用品の配送や宅配が急増している。
生協の宅配(個配)が約17%増加したとの報道もあった(参考文献3)。
こうなると配送における人手不足はより深刻化する。
配送先は商業施設から住宅に代わり、荷姿は箱(ケース)単位よりも個(ピース)単位が増える。
届け方も、対面受け取り、宅配ボックス、置き配、コンビニ受け取りなど、商品特性と消費者のニーズによって多様化していくことになる。
・在庫削減論と備蓄論の両立 多くの企業がJIT(Just In Time)システムを取り入れることで、低い在庫率を実現してきた。
しかし、災害などが起きて輸送需要が急増すると、途端にトラックやドライバーの手当てがつかず輸送が滞り、稼働停止に追い込まれることになる(図3)。
「平時と有事(緊急事態)の両立」に対する考え方は、企業の経営思想や業態、取扱品目(原材料か最終製品か、専門品か最寄り品かなど)によって大きく異なる。
それだけに個々の企業がそれぞれに「従来の価値観(平時の在庫削減論)と、新たな価値観(有事の備蓄論)の両立」を迫られることになるだろう(参考文献4)。
・社会的備蓄とローリングストック 今回の新型コロナ問題では、医療関係者が着用する防護服や医療材料の不足が大きな問題になった。
しかし、災害やリスクの種類によって備蓄すべき物資や製品は大きく異なる。
食糧や飲料水から洪水用ゴムボートまで、多様なリスクに合わせてさまざまな物資を民間部門だけで備蓄することには限界がある。
新たな価値観に基づく官民協力が求められる。
たとえば、離島における発電や移動に不可欠な石油について、公共部門が石油タンクの大型化を補助する一方、増加した在庫の一定量を自治体の備蓄分とすることで、ローリングストックによる予防対策を実施している例がある。
このように、食料品や医療用品などの重要物資や石油などの重要資源については、「企業努力に頼る備蓄(自助)」だけでなく「社会的備蓄(共助・公助)」を検討する必要がある。
ICTの標準化と活用の拡大 ・データ形式の統一 新型コロナ問題がもたらす第三のパラダイムシフトは、ICT活用である。
輸送業界ではいまだに電話やファクスが前提の受注が多い。
円滑で効率的な物流活動の障害となり、ロジスティクスを停滞させる一因となっている。
もちろん日本でも大手荷主は自社を中心とするサプライチェーンの内部でICTを駆使して円滑化と効率化を図ってきた。
しかし、ライバル企業をはじめサプライチェーンの外部との情報共有は、一部の求車求貨システムなどを例外として、あまり進んでいない。
ICT活用はデータ形式の統一とデータの相互利用が不可欠である。
過去にもデータ形式の標準化・規格化・共有化の議論は多くあったが、従来の方法に対する慣れや新たなシステムの導入が壁となり、諸外国と比較して遅れが目立っていた。
しかし、新型コロナ問題を契機に医療業界ではオンライン診療が解禁された。
病院間での医薬品や医療材料の在庫データベースの構築も始まるもようだ。
トラックの積み荷情報や走行情報などのデータ形式の統一なども検討されている。
物流分野においてもデータの取得・分析・活用の幅が広がる可能性がある。
「自社優先のICTから業界内・業界間のICT活用へ」踏み出すきっかけになる。
・追跡管理の新たなルール 台湾政府は今回、国民全員にマスクが行き渡るようにするために、ICTをうまく活用した。
各薬局のマスクの在庫をスマートフォンアプリで確認できる貨物追跡システムを構築、店頭で「国民健康保険(NHI)」カードを提示すれば確実にマスクが手に入るようにした。
一方、わが国は、転売目的のマスクの買い占めを防ぐことができず、全世帯に2枚のマスクを配布するのにも時間がかかっている。
残念ながらICTを上手く活用しているとは言い難い。
両国の違いは、個人情報に対する認識と物資の追跡管理システムにある(参考文献5)。
もちろん平時において公共部門が企業活動に関与するのは避けるべきであろう。
しかし、有事における緊急支援物資に限定すれば、ICTを活用して情報共有を図り、必要な物資を必要な人々に確実に届ける仕組みがあって良いはずだ。
5月25日、ようやくヒトについては「感染者(濃厚接触者)追跡アプリ」の利用促進が報道されたが、これに続いてモノの追跡システムに関しても新たなルール作りを期待したい。
「平時における自由な企業活動と企業秘密の保持」と「有事(緊急事態)における公共部門と民間部門の情報共有」の両立は、公共部門の使命であるとともに、民間企業の社会的責任(CSR)にも深く関わる問題だ。
明確な道筋はいまだ見えてはいないものの、例えば、緊急事態宣言の発令や「災害警戒レベル3」以上といった他の基準と連動させて、各種の協会や業界団体などの中間的組織を含む官民の協力のもとで「平時と有事の両立」を模索すべきではないだろうか。
ロジスティクスの「自助・共助・公助」 これまで物流やロジスティクスは、コストを中心に議論されてきた。
またサプライチェーンが著しくグローバル化したにもかかわらず、危機管理については日本の国内基準の性善説のままであり、先送り論から脱却できていない。
しかし、新型コロナ問題は「いつでも運べる時代から、運びを確保する時代へ」という従来から進行中のパラダイムシフトに加え、新たな三つのパラダイムシフトを引き起こす。
わが国は、喉元過ぎれば熱さを忘れるその国民性とは裏腹に、世界でも稀な災害大国である。
今回のような感染症もさることながら、地震・津波、台風、噴火、エネルギー・食糧安保など、これからもさまざまな危機に直面するこになるだろう。
過去の災害で見せた日本人の協調性や規律は誇るべきだが、危機を乗り越えていくにはそれだけは足りない。
防災対策の3要素は「自助・共助・公助」だとされる。
自分のことを自分で守る「自助」、仲間同士や隣人同士が助けあう「共助」、そして行政機関が国民を守る「公助」の三つのレベルでそれぞれ、災害に備えておくことが肝要だ。
ロジスティクスにおける危機管理は、これにどこまで対処できているであろうか。
個々の企業努力による「自助」だけでなく、業界内と業界間での「共助」の取り組み、官民連携による「公助」への協力が期待される。
また、公的組織として日本にも、米国の「連邦緊急事態管理庁(FEMA:Federal Emergency Management Agency)」や感染症などに対処する「米国疾病予防管理センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)に相当する組織の設置や拡充が望まれる。
もちろんこれらの組織には、緊急支援物資の調達や供給を司る有事(緊急事態)のロジスティクスを担う部門が不可欠である。
「3・11の東日本大震災から新型コロナ問題を経た令和の時代に、日本のロジスティクスにかかわる危機管理の考え方は大きく変わった」──後世において、そう述懐されることを願っている。
参考文献 (1) 苦瀬博仁著:『デジタル化による物流のパラダイムシフト』、機関誌「日立総研」、Vol.13-3、pp16~19、㈱日立総合研究所、2018年11月 (2) 苦瀬博仁編著:『サプライチェーン・マネジメント概論』、pp215~223、白桃書房、2017年5月 (3) カーゴニュース:『【ズームアップ】コロナショック受け食品宅配活況』、2020年4月16日、http://cargo-news.co.jp/cargo-news-main/2201 (4) フレーゼル著、中野雅司訳:『在庫削減はもうやめなさい!-経営戦略としての「サプライチェーン最適化」入門』、pp19~49、ダイヤモンド・フリードマン社、2013年9月 (5) 高城正成著:『大混乱を回避、台湾の知られざる「マスク事情」』、東洋経済オンライン、2020年3月7日、https://toyokeizai.net/articles/-/334652?page=2
歴史を振り返れば、戦争や災害そして経済変動や技術革新は、人々の意識に大きな影響を与え、社会生活行動を変えてきた。
今回の新型コロナウイルスが引き起こす問題(以下、新型コロナ問題)も、社会に大きな変革をもたらすに違いない。
そこで本稿では、首都圏の緊急事態宣言が解除された5月25日までの情報を基に、長期的な視点からみた社会変革の可能性と、ロジスティクスへの影響について考えてみることにする。
「大きな出来事によって社会における認識や価値観が劇的に変化すること」をパラダイムシフトという。
わが国でも、終戦やバブル崩壊、震災などの歴史的転換点において人々の意識は大きく変わり、また冷凍食品や宅配便などの技術革新は日常生活の在り方を変えてきた。
現在、物流においては「いつでも運べる時代から、運びを確保する時代へ」というパラダイムシフトが進行していると筆者は考えている。
この背景には、ネット通販の普及による「消費者行動の変化」と、人手不足に起因した「物流における需給のアンバランス」がある(図1)。
近い将来、繁忙期の車両不足や引っ越し難民のような混乱が常態化する恐れさえ指摘されている(参考文献1)。
そして新型コロナ問題は、既に始まっていた物流のパラダイムシフトに、新たなパラダイムシフトを加えることになるだろう。
具体的には「リスク回避重視」「新たな配送論・在庫論の台頭」「ICT(Information and Communication Technology)の標準化と活用の拡大」の三つと予想している(表1)。
リスク回避重視のサプライチェーンへ ・調達先の複数化 新型コロナ問題がもたらす第一のパラダイムシフトは、グローバル化したサプライチェーンにおける「効率重視から、リスク回避重視へ」の変化だ(図2)。
調達先の集約化が見直されることになる。
従来、サプライチェーンにおける調達先の選定は、リスク回避を考慮はしても、低廉なコストが優先される傾向にあった。
しかし、今回の新型コロナ問題では、海外で生産している部品・半製品、住宅資材などが日本に届かず、大きな経済的損失を被った企業がかなり出た(参考文献2)。
このため、とりわけ国内外にまたがるサプライチェーンの構築にあたっては、調達先の選定が「コスト重視の集約化から、リスク回避重視の複数化へ」と変化する可能性がある。
・生産拠点と物流拠点の分散化 拠点展開についても同様だ。
従来、生産拠点は効率的な生産のために、また物流拠点は費用削減のために、リスクを考慮しつつも拠点の集約を図る傾向にあった。
しかし、物流拠点の数を絞ると、建設費用や在庫費用の削減にはつながっても、輸送費用は増加することが多い。
また災害やトラブルが発生した時のリスクは、拠点が少ないほど高くなる。
拠点が被災して業務が中断されてしまう恐れがある。
このため、拠点配置の考え方が「効率化のための拠点集約から、リスク回避のための拠点分散へ」と変化する可能性がある。
配送論・在庫論の変化 ・情報化による相乗効果と代替効果 新型コロナ問題がもたらす第二のパラダイムシフトは、配送と在庫に対する考え方の変化である。
配送においては「店舗配送から宅配へ」、在庫論は「在庫削減重視から、備蓄重視へ」シフトする。
情報化がもたらす変化から、考えてみよう。
情報と交通の間には、相乗効果(交通量の増加)と代替効果(交通量の抑制)があるとされる。
ロジスティクスにおいて、受発注情報システムは取引の活発化によって相乗効果(物流活動の増加)を生み、また物流情報システムは効率化による代替効果(物流活動の抑制)を生むとされている。
物流は商取引の結果として生じる派生需要であることから、基本的に取引が活発になれば物流量は増加する。
受発注情報システムが高度化されて、より多くの人が、より多くの商品情報を手軽に入手できるようになることで、遠隔地から商品を購入したり、購入頻度が上がったりする。
輸送トンは変わらない場合でも輸送距離(キロ)は増える。
一方、物流情報システムは実際の売れ行きに合わせて在庫を調達したり、注文を納品先に近い在庫に引き当てたりすることで、在庫や輸送のムダを省く。
このため、輸送トンは変わらない場合でも輸送距離(キロ)は減る。
ただし、物流の効率化よりも取引の活性化を優先するため、受発注情報システムによる相乗効果は、物流情報システムによる代替効果を上回ると考えられている。
結果として情報化の進展は、社会全体の物流活動を増加させることになる。
・配送先と荷姿の変化 ネット通販を受発注情報システムの一つとみなせば、消費行動を「自ら店舗に出かける買い物から、宅配へ」と促すことで、代替効果を超える相乗効果をもたらすと考えられる。
新型コロナ問題でテレワークが定着していけば、現在進行中のパラダイムシフトをも加速することになるだろう。
実際、日本で感染の拡大が本格化した3月以降、生産の停滞や店舗営業の自粛により、原材料や半製品などの長距離輸送と衣料品などの都市内配送が大きく減少する一方、食料品や日用品の配送や宅配が急増している。
生協の宅配(個配)が約17%増加したとの報道もあった(参考文献3)。
こうなると配送における人手不足はより深刻化する。
配送先は商業施設から住宅に代わり、荷姿は箱(ケース)単位よりも個(ピース)単位が増える。
届け方も、対面受け取り、宅配ボックス、置き配、コンビニ受け取りなど、商品特性と消費者のニーズによって多様化していくことになる。
・在庫削減論と備蓄論の両立 多くの企業がJIT(Just In Time)システムを取り入れることで、低い在庫率を実現してきた。
しかし、災害などが起きて輸送需要が急増すると、途端にトラックやドライバーの手当てがつかず輸送が滞り、稼働停止に追い込まれることになる(図3)。
「平時と有事(緊急事態)の両立」に対する考え方は、企業の経営思想や業態、取扱品目(原材料か最終製品か、専門品か最寄り品かなど)によって大きく異なる。
それだけに個々の企業がそれぞれに「従来の価値観(平時の在庫削減論)と、新たな価値観(有事の備蓄論)の両立」を迫られることになるだろう(参考文献4)。
・社会的備蓄とローリングストック 今回の新型コロナ問題では、医療関係者が着用する防護服や医療材料の不足が大きな問題になった。
しかし、災害やリスクの種類によって備蓄すべき物資や製品は大きく異なる。
食糧や飲料水から洪水用ゴムボートまで、多様なリスクに合わせてさまざまな物資を民間部門だけで備蓄することには限界がある。
新たな価値観に基づく官民協力が求められる。
たとえば、離島における発電や移動に不可欠な石油について、公共部門が石油タンクの大型化を補助する一方、増加した在庫の一定量を自治体の備蓄分とすることで、ローリングストックによる予防対策を実施している例がある。
このように、食料品や医療用品などの重要物資や石油などの重要資源については、「企業努力に頼る備蓄(自助)」だけでなく「社会的備蓄(共助・公助)」を検討する必要がある。
ICTの標準化と活用の拡大 ・データ形式の統一 新型コロナ問題がもたらす第三のパラダイムシフトは、ICT活用である。
輸送業界ではいまだに電話やファクスが前提の受注が多い。
円滑で効率的な物流活動の障害となり、ロジスティクスを停滞させる一因となっている。
もちろん日本でも大手荷主は自社を中心とするサプライチェーンの内部でICTを駆使して円滑化と効率化を図ってきた。
しかし、ライバル企業をはじめサプライチェーンの外部との情報共有は、一部の求車求貨システムなどを例外として、あまり進んでいない。
ICT活用はデータ形式の統一とデータの相互利用が不可欠である。
過去にもデータ形式の標準化・規格化・共有化の議論は多くあったが、従来の方法に対する慣れや新たなシステムの導入が壁となり、諸外国と比較して遅れが目立っていた。
しかし、新型コロナ問題を契機に医療業界ではオンライン診療が解禁された。
病院間での医薬品や医療材料の在庫データベースの構築も始まるもようだ。
トラックの積み荷情報や走行情報などのデータ形式の統一なども検討されている。
物流分野においてもデータの取得・分析・活用の幅が広がる可能性がある。
「自社優先のICTから業界内・業界間のICT活用へ」踏み出すきっかけになる。
・追跡管理の新たなルール 台湾政府は今回、国民全員にマスクが行き渡るようにするために、ICTをうまく活用した。
各薬局のマスクの在庫をスマートフォンアプリで確認できる貨物追跡システムを構築、店頭で「国民健康保険(NHI)」カードを提示すれば確実にマスクが手に入るようにした。
一方、わが国は、転売目的のマスクの買い占めを防ぐことができず、全世帯に2枚のマスクを配布するのにも時間がかかっている。
残念ながらICTを上手く活用しているとは言い難い。
両国の違いは、個人情報に対する認識と物資の追跡管理システムにある(参考文献5)。
もちろん平時において公共部門が企業活動に関与するのは避けるべきであろう。
しかし、有事における緊急支援物資に限定すれば、ICTを活用して情報共有を図り、必要な物資を必要な人々に確実に届ける仕組みがあって良いはずだ。
5月25日、ようやくヒトについては「感染者(濃厚接触者)追跡アプリ」の利用促進が報道されたが、これに続いてモノの追跡システムに関しても新たなルール作りを期待したい。
「平時における自由な企業活動と企業秘密の保持」と「有事(緊急事態)における公共部門と民間部門の情報共有」の両立は、公共部門の使命であるとともに、民間企業の社会的責任(CSR)にも深く関わる問題だ。
明確な道筋はいまだ見えてはいないものの、例えば、緊急事態宣言の発令や「災害警戒レベル3」以上といった他の基準と連動させて、各種の協会や業界団体などの中間的組織を含む官民の協力のもとで「平時と有事の両立」を模索すべきではないだろうか。
ロジスティクスの「自助・共助・公助」 これまで物流やロジスティクスは、コストを中心に議論されてきた。
またサプライチェーンが著しくグローバル化したにもかかわらず、危機管理については日本の国内基準の性善説のままであり、先送り論から脱却できていない。
しかし、新型コロナ問題は「いつでも運べる時代から、運びを確保する時代へ」という従来から進行中のパラダイムシフトに加え、新たな三つのパラダイムシフトを引き起こす。
わが国は、喉元過ぎれば熱さを忘れるその国民性とは裏腹に、世界でも稀な災害大国である。
今回のような感染症もさることながら、地震・津波、台風、噴火、エネルギー・食糧安保など、これからもさまざまな危機に直面するこになるだろう。
過去の災害で見せた日本人の協調性や規律は誇るべきだが、危機を乗り越えていくにはそれだけは足りない。
防災対策の3要素は「自助・共助・公助」だとされる。
自分のことを自分で守る「自助」、仲間同士や隣人同士が助けあう「共助」、そして行政機関が国民を守る「公助」の三つのレベルでそれぞれ、災害に備えておくことが肝要だ。
ロジスティクスにおける危機管理は、これにどこまで対処できているであろうか。
個々の企業努力による「自助」だけでなく、業界内と業界間での「共助」の取り組み、官民連携による「公助」への協力が期待される。
また、公的組織として日本にも、米国の「連邦緊急事態管理庁(FEMA:Federal Emergency Management Agency)」や感染症などに対処する「米国疾病予防管理センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)に相当する組織の設置や拡充が望まれる。
もちろんこれらの組織には、緊急支援物資の調達や供給を司る有事(緊急事態)のロジスティクスを担う部門が不可欠である。
「3・11の東日本大震災から新型コロナ問題を経た令和の時代に、日本のロジスティクスにかかわる危機管理の考え方は大きく変わった」──後世において、そう述懐されることを願っている。
参考文献 (1) 苦瀬博仁著:『デジタル化による物流のパラダイムシフト』、機関誌「日立総研」、Vol.13-3、pp16~19、㈱日立総合研究所、2018年11月 (2) 苦瀬博仁編著:『サプライチェーン・マネジメント概論』、pp215~223、白桃書房、2017年5月 (3) カーゴニュース:『【ズームアップ】コロナショック受け食品宅配活況』、2020年4月16日、http://cargo-news.co.jp/cargo-news-main/2201 (4) フレーゼル著、中野雅司訳:『在庫削減はもうやめなさい!-経営戦略としての「サプライチェーン最適化」入門』、pp19~49、ダイヤモンド・フリードマン社、2013年9月 (5) 高城正成著:『大混乱を回避、台湾の知られざる「マスク事情」』、東洋経済オンライン、2020年3月7日、https://toyokeizai.net/articles/-/334652?page=2
