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2020年7月号
特集

【海運】運航効率の低下と港湾混雑が落とす影

船員の乗船期間が長期化  中国・武漢市で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID─19)の感染拡大が世界経済に深刻な影響を及ぼしている。
国際通貨基金(IMF)が4月に公表した世界経済見通し(WEO)は2020年の世界経済成長率をマイナス3・0%と予測している。
この数値はリーマンショックを超え、1929年の世界大恐慌以来の悪化となる(図表1)。
 日本も加盟している環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に象徴されるように、近年の世界経済は関税撤廃・削減やサービス貿易の自由化など、幅広い経済関係の強化を目指した貿易や投資の自由化・円滑化、すなわち「ヒト、モノ、カネの流動をボーダーレス化させる」ことを志向している。
 船舶による海上輸送は世界の貿易量の9割を占めるとも言われており、グローバルな「モノの流動」の主力を担っているのが海運業界であることはあらためて言うまでもないだろう。
本稿では新型コロナウイルス感染拡大がグローバルなモノの流動と、これを担う海運業界にどのような影響を与えているかを解説していきたい。
 日本においては、ある時期まで新型コロナウイルスの感染拡大がどこか遠い外国の出来事のように受け止められていた。
そうした状況が一変したのが横浜港に寄港した客船ダイヤモンド・プリンセス号で起きた集団感染だった。
わが国における新型コロナウイルスとは、その初期段階より「海運業」と密接な関係にあったと言えよう。
 ダイヤモンド・プリンセス号では、症状が発生していない乗員・乗客合わせて約3700人が14日間の船内待機となった。
その後、各国でクルーズ船の寄港拒否が相次ぐ事態ともなった。
 同様のことはクルーズ船だけではなく、実は貨物船でも起きていた。
感染拡大国に寄港した貨物船に対して14日間の入港禁止措置が出されたり、船員の上陸を拒否されたりする事例が各国で発生していたのである。
 そのため、海運各社は貨物船の寄港順を変えたり、やむを得ない場合は隔離期間を確保するために港湾の沖合いで滞船するといった対応を余儀なくされた。
こうした措置によって効率的な配船が困難になった。
 船員の上陸が拒否されることで、定期的な船員の交代ができなくなるという問題も出てきた。
船員交代には上陸国から航空機や陸上交通機関による国や都市をまたぐ移動が生じる。
これによって船員が移動中に感染するリスクとともに、船員が上陸国での感染源となってしまうリスクが出てくる。
 しかも、交代で乗船した船員が新型コロナウイルスに感染していた場合、船内という閉ざされた空間では感染拡大を防ぐことが極めて困難だ。
海運会社自身も船員交代による感染リスクを回避したいと考えた。
これが船員の乗船期間長期化につながっている。
 乗船期間の長期化によって船員たちに対する精神的負担、体力的負担も大きくなり、彼らの健康への影響が懸念されている。
その一方で船員交代ができないということは、本来であれば乗船していたはずの待機船員がいつまで経っても職場復帰できないことを意味する。
そのため、船員が生計を維持できないという問題も起きている。
事態の長期化は船舶の安全運航やグローバルなサプライチェーンの安定を脅かすことにつながりかねない。
 こうした状況を受けて、国連の専門機関の一つである国際海事機関(IMO)が改善に動いた。
海運会社や船員は医療品や食料品などの安定輸送という極めて重要な役割を担っている。
円滑な海上貿易を維持するために船員や海技者などの専門職をライフラインの維持に欠かせない労働者、いわゆる「エッセンシャル・ワーカー」として取り扱い、入国や港湾へのアクセスの制限から除外することなどを関係各国に求めたのだ。
これに呼応して制限を緩和する動きが一部の国でみられている。
ただ、本稿執筆時点の5月末では、先行き不透明なままである。
コンテナ荷動きの停滞が継続  海運業はグローバルなサプライチェーンを支えるインフラである。
新型コロナウイルスの影響は、そのサプライチェーン自体に混乱を及ぼしている。
感染拡大がまず「世界の工場」とも言われる中国で発生し、多くの工場の稼働が一時的に停止されたことで、電子機器や自動車関連などといった中国を中心としたアジア地域に調達依存度の高い産業においては世界各国で生産の停滞を招いた。
 最初の感染爆発地となった武漢市は中国内陸部における交通の要衝であり、自動車をはじめとする製造業の生産拠点が多く集積している。
これら生産拠点の操業停止によって、日本の製造業向けの中間財の供給が滞ったため、自動車製造業などで国内工場の生産ラインが一部停止に追い込まれた。
 そもそも、日本は主要先進国の中でも中間財の輸出入における対中依存度が高い国である。
図表2は経済産業研究所「RIETI-TID2017」より作成した、アジア(日本、NIEs、ASEAN、インド)および米国、EU28(英国を含む)における貿易財別の中国からの輸入割合(金額ベース、2017年)である。
 最終財についてみると、日本における資本財の中国からの輸入割合は50・3%で他のアジア諸国と比較して高く、また消費財についても31・6%と高いことが分かる。
中間財については加工品が16・6%と、他のアジア諸国と比較してそれほど高くない一方、部品をみると30・3%と他国と比しても高い水準となっている。
すなわち、わが国の製造業は中国からのサプライチェーンが途絶えた際、他国と比べて相対的に大きな影響を受けやすい産業構造であるということを、この数字は示している。
 グローバルなサプライチェーンの停滞は、当然ながら輸出入コンテナ貨物量を大きく下押しする要因となる。
その影響を受けているのは日本だけではない。
日本海事センターではPIERS Port of Import/Export Reporting Serviceの統計データを基に『主要コンテナ航路の荷動き動向』を毎月発表している。
それによると、2月のコンテナ貨物の荷動きは中国を中心としたアジア発着航路において、対前年同月比で大きく落ち込んでいる。
中国政府の後押しもあって多くの生産拠点が稼働を開始したため、3月に入っていくらかマイナス幅は落ち着いたものの、依然としてコンテナ荷動きの停滞は続いている(図表3)。
 中国の生産拠点における稼働再開によってサプライサイドでの状況が改善される一方、3月以降は世界各国でのロックダウンなどに伴う需要減退ともあいまってデマンドサイドが冷え込んでいる。
そのため、荷動きの改善に関しては先行きが見えない状況が今も続いている。
貨物量減少にも関わらず港湾は混雑  海上輸送されたコンテナ貨物は港湾で荷揚げされ、港湾から陸送により最終需要家の元まで輸送される。
つまり港湾は海上輸送と陸上輸送との結節点となるわけだが、コンテナ貨物の荷動きが減退する中で港湾が閑散としているかというと、実はそうではない。
むしろ混雑状況が悪化している港湾の方が多い。
 コンテナ荷役を中心として、港湾における荷役では多くの作業が自動化されているものの、人手が全く不要になっているわけではない。
都市がロックダウンされている影響もあって、港湾では荷役に必要な作業員の確保に苦労している。
港湾の作業効率が低下することで貨物のクリアランスが遅くなり、貨物の滞留を招いているのだ。
 また、生産活動の停滞によってデマンドサイドの事情で輸入された貨物の引き取りが遅れていることや、サプライチェーンが正常に動いていれば適正にポジショニングされるはずの空コンテナがヤードから搬出されないことなども、港湾の混雑に拍車をかけている。
 前述のように船員の上陸が制限される一方、EUにおけるトラックドライバーに関しては少々事情が異なる。
EUでは域内の自由な移動を認めるシェンゲン協定の対象区域を含めて国境の通過が制限される中であっても、生活必需品を輸送するトラックドライバーは「エッセンシャル・ワーカー」として位置付けられ、一般的な制限からは除外されている。
 3月23日付で欧州委員会から出された通達によると、指定の主要国境ポイントに設けられた「グリーンレーン(優先レーン)」を通させること、既存の国境ポイントが混雑するようなら近場に臨時通過ポイントを追加設置すること、新型コロナに関して特別な通過手続きは追加すべきではないこと、国境では念のためドライバーに検温を実施することなどと言ったガイドラインが示されており、国境管理が域内のサプライチェーンを阻害しないような配慮がなされている。
図表4はその欧州の運輸ネットワークと主要な国境ポイントを示している。
 しかし、国境を越えて広域を移動することは感染リスクの増大を伴うことから、必要なトラック輸送能力を確保するため長距離輸送に従事するトラックドライバーに対する手当てを引き上げるといった措置が取られている。
これがクロスボーダー輸送におけるコスト上昇につながっている側面もある。
加えて、ガソリンスタンドや飲食店などの施設利用を拒まれたり、配達先で必要以上に距離を取られたりするなど、日本の一部で見られたようなトラックドライバーに対するいわれのない偏見はEUでも報告されており、優先レーンの設定や各種手当だけではドライバーの確保が容易ではないようだ。
 5月に入って、各国でロックダウンが段階的に解除され始めた。
製造業の稼働は早い段階から再開されるようであるが、欧米各国では需要回復の足取りが重く、一足先に拡大基調に戻りつつある中国とは異なり、依然として生産の不振が続いている。
 こうした欧米各国における経済活動の停滞は、日本における港湾混雑の要因ともなっている。
東京港では中国の生産回復に伴って中国からの輸入コンテナが回復する一方で、欧米向けの輸出が減少したため、コンテナが輸出に回らず、空コンテナの増加につながっている。
また、日本国内の需要停滞で引き取りが滞る輸入コンテナや、本来であれば輸出されるはずであったが、船積みをキャンセルされてしまった輸出コンテナなどが港湾に滞留。
以前から蔵置キャパシティが不足気味であった東京港にさらなる混雑を引き起こしているのだ。
 新型コロナウイルスに起因する需給の混乱と労働力不足が世界各国で港湾混雑の要因となっている以上、これらがある程度の落ち着きをみせるまでは状況の改善は進まないであろう。
ポスト新型コロナ時代の海運業  コンテナ船の海上運賃は国際的な輸送需要と各海運会社の船腹の供給量により変動する、いわゆる市況産業である。
したがって、輸送需要が減退している状況下では、海運各社は航路の削減や減便などで供給を減らすことで需給の調整を行うため、市況自体は比較的安定している。
 ただし、いくら運賃が安定していても輸送量そのものが減少しているので、海運各社の減収は避けられない。
コンテナ船以外の船種についても、需要の落ち込みによる生産活動の停滞によって、自動車専用船や原材料を輸送する一般貨物船の荷動きが悪化している。
世界的に新型コロナウイルスの収束が不透明である中で、海運各社は業績の見通しすら立てられずにいる。
こうした状況はまだ続くだろう。
 日本政府は、4月7日に閣議決定された「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」において、「一国依存度が高い製品・部素材について生産拠点の国内回帰等を補助する」とともに、それらの「ASEAN諸国等への生産設備の多元化を支援する」という方針を示している。
「ASEAN諸国等への生産設備の多元化」と明示していることから、「一国依存度が高い」という部分の対象が中国であることは明らかである。
とは言え短期的な産業構造の「脱中国化」は、わが国に限らず容易なことではないであろう。
しかし、今回のコロナ禍における非常に苦い経験を踏まえれば、パンデミックへの対応にとどまらず、広くBCP的な観点からも中長期的にはグローバルなサプライチェーンの在り方自体が大きく変わっていくと筆者は感じている。
 その他の多くの産業と同様、海運業界も現時点では新型コロナウイルス感染拡大への当面の対応に追われている。
そのため、ポスト新型コロナ時代の海運ビジネスの在り方について明確な絵図が描ける環境にはまだない。
ただ、グローバルなサプライチェーンが変革を余儀なくされるのは間違いない。
新型コロナ収束後の海運業界がそれ以前と同じままの姿ではあり得ないこともまた、その他の多くの産業と同様であろう。
その新たな姿が具体的にどのようなものになるのかが見えてくるには、新型コロナウイルスの収束と同様、今しばらく時間がかかるのではないだろうか。

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