2023年7月号
特集

東京海洋大 麻生研究室「作業プローブシステム」――庫内作業の“大変さ”をスマホで計測する

作業中の「姿勢」まで測定  筆者は2012年から「作業プローブシステム」と呼ぶ庫内作業の見える化ツールの開発に着手している。
スマートフォンを小さな針(プローブ)に見立て、スマホに内蔵されたセンサーで取得したデータから作業を分析する。
作業者が感じているけれど、管理者に伝えるのが難しい「小さな声(大変さ)」を代弁(可視化)するツールである。
 作業者がスマホを身につけて作業をするだけで、業務を阻害することなく、作業を「移動」「手作業」「運転」などの複数の要素作業(作業要素ともいう)に分類して、姿勢・動作レベルでの分析ができる。
安価かつ簡易に作業を分析できることがセールスポイントだ。
 現在までに複数の物流施設で、ピッキング作業、梱包作業、フォークリフトの作業、バース作業、トラックへの荷積み作業といった庫内作業を中心に計測を行い、精度の高い分析ができることを確認している。
 計測方法はシンプルだ(図1)。
スマホに計測用アプリをインストールするだけで、スマホが計測機になる。
これを作業員に携帯してもらうことで、それぞれの作業の「大変さ」を数値化する。
現場の問題点を定量的に可視化できる。
 現在のスマホは、加速度センサーと角度(スマホの方向)を測定するジャイロセンサー(ジャイロスコープ)を標準装備している。
作業員が何もせずに立っている状態だと、当然ながら加速度や角度はほとんど変化しないため、センサーは反応しない。
 しかし例えば、作業者が歩くと、加速度センサーが図2のように周期的な揺れを観測する。
あるいは作業者の胸ポケットにスマホを入れて、棚から荷物を取り出す作業をすると、ジャイロセンサーが作業員の姿勢の変化を示す時々刻々の角度を測定して図3のような波形を示す。
センサーは作業内容によってそれぞれ違う波形を描く。
 このような、スマホのセンサーから得られるデータの特性と傾向をうまく利用して、庫内作業を複数の要素作業に分類した上で、姿勢・動作レベルで分析を行う。
 これまでの筆者の経験では、歩行時間や停止時間のデータが改善活動のきっかけになることが多い。
どうしてこの時間帯やこの業務で「歩行」や「停止」が発生しているのか、作業者の問題かそれとも管理の問題かなど、現場管理者を中心に多くの議論が起こる。
 これまで作業員の「姿勢」に関するデータは計測すること自体が難しく、話題に上がることが少なかった。
しかし、実は姿勢を測定することは腰痛リスクの防止はもちろん、作業者の主観的な「大変さ」を数値化するのに大変に役に立つ。
実際、われわれが過去に行った研究から、ピッキング作業においては、上体の稼働範囲(角度)から、作業者が感じる「作業しにくさ」を推定できることがわかっている。
非効率な動作を検出  余談になるが、筆者が作業プローブシステムの研究に着手したきっかけは、とても単純だった。
筆者はコンピュータ技術の研究者を経て、2012年に東京海洋大学海洋工学部の流通情報工学科に助教として採用された。
日本の国立大学としては唯一、物流を工学的に教育・研究している学科である。
筆者も物流分野に貢献できそうなテーマを探していたところ、同部門の教員の助言もあり、スマホを用いた作業計測を思いついた。
 「スマホアプリで○○を計測する」という発想は、今では珍しいものではないだろう。
しかし、本研究を開始した2012年当時、日本のスマホ普及率は20%程度だった。
そのため、少なくとも物流に関する研究分野では、スマホを使って作業を計測しようと考える研究者はいなかった。
 前例のない研究であるため大変さもあったが、それ以上に得るものも多く、2020年には「作業者の属性(性別、年齢、身長、作業速度)に依存しない作業特徴の抽象化技術」で特許を取得できた。
この技術により、スマホでも高精度に要素作業を推定することが可能になった。
2018年の日本物流学会賞、2020年の東京海洋大学学長賞(最優秀賞)など学術面での評価も得た。
 しかし今でも、計測結果を現場の方々に見てもらう際にはとても緊張する。
そして現場の管理者から「われわれの感覚と合っている」との評価をもらえることが、何より嬉しい瞬間である。
 話を作業プローブシステムに戻す。
作業プローブシステムとそのアプリケーションの全体像を図4に示す。
作業プローブシステムでは、前述の特許技術を利用することで、作業者が時々刻々、どんな要素作業をしているのかを推定する。
 さらに、統計的な手法を利用することで、その要素作業中の非効率な動作を検出する。
非効率な動作とは具体的には「停止」「不要な旋回」「不要な前屈」などである。
 これに加えて、例えば胸ポケットにスマホを入れて作業すれば、上体の角度が測れるので、腰痛リスクが高い姿勢(例えば、膝を曲げずに作業しているなど)を検出できる。
Bluetoothビーコンをフォークリフトに設置すれば、誰がどのフォークリフトを使って作業しているのかも捕捉できる。
 一連の計算は、クラウドサーバー上で行う。
サーバーは、計測結果に基づき、管理者向けの報告書(Excelファイル)を自動で作成する。
作業者一人一人に対しては作業方法をアドバイスする。
 作業プローブシステムの「作業指導アプリ(プロトタイプ)」を図5に示す。
このアプリは、スマホやスマートスピーカーで動作する。
作業者はアプリを起動して、テキストもしくは音声で従業員コードを入力する。
するとアプリが計測結果に基づき、チャット機能を介して作業員に作業方法をアドバイスする。
 機械化を検討している場合には、その導入効果を管理者向け報告書に書き出すこともできる。
実際、筆者自身でも集荷場のレイアウト変更と搬送用機械の導入効果を推定してほしいとの要望を受け、その効果(削減可能な作業時間)を算出したこともある。
「歩行」を1/4、「前傾」を1/5に  本システムの活用事例を紹介する。
ある物流施設で、ピッキング作業を計測した。
新設されたばかりのアパレル系倉庫であり、女性の多い職場だった。
マニュアルがきちんと整備され、作業員はとてもテキパキと動いており、管理の行き届いた施設であった。
 しかし、そのような施設でも少なからず改善点はあった。
例えば、狭い通路は、台車ですれ違うのが難しいため、作業者は台車を広い通路に置いて、何度もラックと往復することを迫られていた。
本システムで計測すると、「歩行」がピッキング作業全体の3割以上を占めていることがわかった。
 また、同施設ではピッキング作業者が、管理用ラベルの手書きや商品の値札貼りを行う。
しかし、利用していた台車には作業台が付いていなかったため、作業者は空いている棚等を利用してこれらの作業を行っていた。
その作業負担が姿勢(角度)として可視化された。
管理者はその計測結果を見て作業台の付いた小型台車への変更を決断した。
 一連の改善によって1行当たりの歩行時間は約1/4に減少した。
手書きや値札貼り等の作業時の負担では、60度以上の大きな前傾姿勢が約1/5に減った。
作業者に寄り添う管理を実現できて、管理者の方からも大変喜んでもらえたことを今でも覚えている。
 作業プローブシステムを利用するメリットは、作業者と管理者の双方にある。
作業者は、なかなか客観的に伝えることが難しい、作業しにくさ(作業負荷)と自身の努力を定量的に管理者に伝えることが可能になる。
自身の改善点も素早く知ることができる。
その結果、無理な姿勢の修正や作業の省力化、標準化、安全性向上が図れる。
 一方、管理者は管理業務が削減されるだけでなく、実データに基づいた人員配置の最適化や、機械化を含む現場改善を実施できる。
離職率の低下も期待できる。
計測データを、荷主企業との交渉にも利用できる。
 さらに現在は、WMSの生産性のデータを利用することで、本システムで、マテハン機器の使い方が悪い場合や、作業員の不慣れが原因で発生する非効率な動作(他者より明らかに多い旋回・屈伸・停止)を統計的に検出することもできるようになっている。
このような検出に基づく具体的な指導にニーズがあることは、現場管理者へのアンケート調査で確認済みである。
 NX総合研究所との共同研究も開始している。
改善案の立案支援が可能な次世代型改善事例データベースの構築を進めている(詳細は、https://www.logitan.jp/archives/1775を参照)。
2024年は起業も視野に置いている。
 ここまで読むと、あたかもずっと順調に研究が進んできたように思われるかもしれない。
しかし実は、本システムの開発を始めてから3年の間は、まったく芽が出なかった。
企業名は伏せるが、ある物流企業の厚意で現場計測をすることができなければ、前述のような成果は出ていない。
 その現場には多いときは週1で足を運び、管理者や作業者から話を聞き、現場のニーズを学んだ。
計測協力は現在も続いている。
そうした支援がなければ、作業プローブシステムの開発を前に進めることはできなかった。
この場を借りて感謝したい。
とはいえ、まだまだ道半ばであり、いただいた恩を物流業界に還元できるよう、これからも研究開発を続けていく考えだ。

月刊ロジスティクス・ビジネス

購読のお申し込みはこちらから